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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
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第三十八話 ひっ迫する状況




 一定の距離を(たも)ちつつ、咲弥はネイの後ろを走った。

 時折、遠くのほうから轟音(ごうおん)が響き渡っている。おそらくは侵入してきた賊と誰かが、戦闘を交えている音なのだろう。

 クロエが巻き込まれていないか、不安がひどく胸に募る。


(クロエさん……)


 咲弥ははやる気持ちを抑え、ひたすら前を進んだ。

 何度か階段を上がった先に、上へと伸びた梯子が見える。


 ネイは軽やかに、梯子(はしご)をのぼる――というよりは、もはや飛んでいく勢いに近かった。華麗に上へ向かうネイの姿を、咲弥は少しの間ぼんやりと眺める。

 当然、咲弥にそんな真似はできない。


 焦りを覚えるが、堅実に一つ一つ丁寧(ていねい)に梯子をのぼる。

 少しして、ようやく最後の一つを(つか)んだ。

 ぐっと体を持ち上げた瞬間――ネイが呆れ声を投げる。


「おっそぉい……」

「いっ――!」


 まずネイの股が、咲弥の視界いっぱいに飛び込んだ。

 ネイは梯子の手前のほうで、しゃがみ込んで待っていた。だから必然的に、彼女の色香に満ちた股が眼前にある。

 短パンをはいているため、かなりきわどい光景に思えた。


 唐突(とうとつ)に恥じ入り、咲弥は慌てて視線を持ち上げる。ネイは自身の(ひざ)で頬杖をつき、じっと半目で見据えてきていた。

 ひどくうろたえる中、なんとかネイの不満に応える。


「い、いや……ネイさんみたいなのぼり方、できませんよ」

「ほれほれ、早く行くわよ」


 ネイは軽快に立ち上がり、さっと後ろを振り返る。咲弥の視線が、ついネイのぷりぷりとしたお尻へと移った。

 咲弥は自身のスケベさに呆れ果てて、ため息をつきながら梯子をのぼりきる。


 短い通路の先には、石造りの綺麗な壁しか見当たらない。まるで迷路の行き止まりみたいな構造に思えたが、現実的に考えれば(いぶか)しさしかない場所であった。

 ネイが右側の壁の一部に、そっと手を置いた。


 すると前にあった壁が、静かにゆっくりと沈む。隠し扉が開くにつれ、なにやら激しい物音が耳に飛び込んできた。

 開かれた隠し扉の先で――



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 心のままに進んだ結果、クロエは行き詰っていた。

 長い梯子(はしご)をのぼった先は、ただの行き止まりでしかない。

 それほど、複雑な分岐(ぶんき)はなかった。しかも、見張りとして冒険者がいたのであれば、なにかしらあるはずだと思える。


(行き止まりのはず、ない……)


 ふと隠し扉がある可能性が浮き、壁を隅々(すみずみ)まで見回した。

 焦燥感に心が(むしば)まれ、視界がだいぶ(せば)まっている。

 それはクロエ自身、しっかりと自覚していた。

 それでも、立ち止まっているわけにはいかない。


 咲弥には申し訳ないが、いてもたってもいられなかった。

 裏組織の首領――賊が攻めてきたともなれば、首領の首が無事という保証はない。両親のかたきである可能性もあり、自分の手で討ちたい気持ちを抱いている。


 それとは別に、母親の形見も心配だった。

 最悪な展開は、それすらも失ってしまうことにある。


「どこ……どこよ! あるでしょ! 何か!」


 クロエはいら立ち、壁を強く叩いた。

 その際、何か奇妙な感触を覚える。

 少しへこんだような――クロエは、はっとした。

 よく見れば、壁の一部分がスイッチとなっているらしい。


 クロエは固唾(かたず)を飲み、壁の一部を押した。

 前方にある壁が、(ひか)えめな音を立てて沈む。

 クロエは不安を抑え込むように、胸に右手を添える。


 隠し扉の先は――壁紙や絨毯(じゅうたん)が豪華なのに加え、調度品や家具も適当な位置に置かれていた。それなのに、広々とした空間のせいか少し殺風景に見える。

 クロエは慎重に歩き、部屋の中央まで来た。

 周囲を見回したが、ここには誰も――


「誰だ? 君は?」


 不意に、背後から男の声が響いた。

 腕を取られると同時に、首筋に何か冷たい物が当たる。

 クロエはとっさに、それが刃物であると直感した。


 扉が閉まっていく音が、かすかに背後で鳴っている。

 男が閉じたのか、または自動で閉じるのかはわからない。


「あの冒険者は、いったい何をやっているんだ……中級だというから優遇(ゆうぐう)して任せたのに、のこのこと侵入を許すとは」

「あなたは……」

「可愛らしいお嬢さん、君も賊かな? なら、おめでとう。私が、ライカムだ」


 標的と思しき男が今、自分の行動を刃物で制している。

 その事実に、クロエは息を呑む。

 肩越しに、ライカムへと視線を向けた。


 中年の雰囲気はあるものの、まだ若々しいその顔面には、見覚えのある大きな傷がついている。視線を少し下げれば、母の形見も見えた。

 この男がライカムで間違いないと、クロエは断定(だんてい)する。


「あなたに、()きたいことがある」

「答えられるかな? 今から君の喉元(のどもと)()っ切るが」


 戦慄する発言だが、クロエは恐怖心を()み殺して問う。


「紅真珠のネックレス……なぜ、あなたが持っているの?」


 触れ合っている部分から、わずかな緊張が感じ取れた。

 ライカムは明らかに動揺している。


「なぜ……?」

「それは……母の物! 私の、母の!」

「まさか……君――」


 ライカムの言葉を(さえぎ)るように、部屋の扉が弾け飛んだ。

 一瞬、(つか)まれたクロエの腕に、わずかな痛みが走る。

 唐突(とうとつ)な出来事に驚いたのか、彼の掴む力が増したのだ。


 破裂した扉の先から、獣人の女と人間の男がやってくる。

 獣人のほうは昇華(しょうか)しているらしく、見た目が虎に見えた。男は聡明(そうめい)そうだが、とても冷徹(れいてつ)な雰囲気が(にじ)み出ている。

 男は眼鏡をクイッと持ち上げ、静かな声を(つむ)いだ。


「君が、ライカムだね。取り込み中のところ申し訳ないが、君にしか開けられない部屋に用がある。開けてくれないか」


 声の端々(はしばし)から、ひどい殺意が飛び散っている。

 紋章者ではないクロエですら、(おび)えてしまうほどだった。

 ライカムは、物怖(ものお)じした様子のない声で応じる。


「残念だが、その願いは応えられないな」

「死ぬ寸前まで痛めつけられるのがお好み? お(かしら)の拷問はきっついよぉ?」


 虎女が男へ目を向けてから、酷薄(こくはく)な笑みを浮かべる。

 クロエは言葉を失う。賊の頭が、目の前にいる男なのだ。

 しかしライカムは、なおも毅然(きぜん)としていた。


「たとえ殺されても、私は開かない。だから、首領だ」

「なるほど……そうか。なら――」


 男が眼鏡の位置を正すや否や、瞬時に消えた。

 ライカムに腰を抱かれ、クロエは引き寄せられる。


「力づくで、どうにかするとしよう」


 背後から声が飛び、クロエは驚愕する。

 目には見えない速度で、眼鏡の男は後ろを陣取っていた。同時に、クロエは困惑する。殺そうとしてきたライカムに、なぜか護られていたからだ。


 戸惑うクロエをよそに、眼鏡の男が細身の剣を振る。

 ライカムがクロエを連れ、素早くその場から離れた。


「がら空きぃ!」


 死角から、虎女の爪が襲いかかってきていた。

 ライカムは間一髪(かんいっぱつ)で回避し、クロエを連れたまま逃げる。一定の距離を取ったあと、ライカムがクロエを優しく離す。

 クロエの前に出る寸前に、母の形見を手渡してきた。


「え……?」


 ライカムはクロエの前に立ち、肩越しに目を向けてくる。

 その金色の目は、どこか寂しさが宿っている気がした。


「よく見れば、()()()()にそっくりだな。それに、目もとが少し、()()()面影(おもかげ)もあるか。どちらも、私のとても大切な幼馴染だ」


 ライカムが口にした者の名は、両親の名であった。

 訳がわからない発言に、クロエは混乱状態へと(おちい)る。

 幼馴染であるはずの彼が、なぜ母の形見を持っているのか――問う間もなく、ライカムは賊のほうへ向かって歩いた。


「さあ、私は逃げも隠れもしない。殺すなら、殺せばいい。そうなれば――君達の目的の部屋は開かずの間となるがね。あと、ただで殺される気もない」


 ライカムは黒い紋様を描き、力強い声で唱えた。


「闇の紋章第四節、月夜の護衛」


 ライカムの周囲に、複数の漆黒の玉が浮かんだ。

 揺らめく漆黒の玉の中、ライカムは逆手に短剣を構えた。

 二名の賊は、同時にライカムへ攻撃を仕掛ける。


 戦うライカムを眺めながら、クロエはまだ混乱していた。母の形見――紅真珠のネックレスを、ぎゅっと握り締める。

 問いたい疑問は尽きない。

 だが彼は今、それを答える暇などないだろう。


(どうして……? どうしてなの……?)


 まるで呪詛(じゅそ)のごとく、同じ言葉を胸中で繰り返した。

 そんなクロエにめがけ、氷の矢が飛来(ひらい)してくる。クロエが狙われたのかどうか、混乱していたためわかりようがない。

 いずれにしろ、クロエはとっさに対応などできなかった。


「あ……」


 クロエは死を覚悟した。その瞬間――

 ライカムが身を(てい)し、クロエを氷の矢から護った。

 氷の矢はクロエではなく、ライカムの腹を貫いたのだ。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 クロエを(かば)うように、見知らぬ男が攻撃を受けた。

 ネイが血相を変え、短く声を張る。


「首領!」


 咲弥は静かに驚いた。

 目的の人物が、今しがた倒れた男だったらしい。


 ネイが駆け寄るや、付近にいた女獣人と男が飛び退()いた。(まと)う雰囲気から、どちらもただ者ではないと判断する。

 二人の眼差しは、明らかに異常者特有のものだった。

 以前に遭遇した死の狂姫と、どこか近い目をしている。


「クロエさん!」


 裏組織の首領へは、ネイが駆けつけている。

 だからまずクロエの(そば)に寄り、外傷がないか目で(さぐ)った。


「どこも怪我はないですか……?」


 クロエは気が動転しているのか、声が出ない様子だった。ただ怪我をしている箇所(かしょ)は、どこにも見受けられない。

 そこに関しては、ほっと安堵(あんど)できた。

 その瞬間、痛々しい声音をした男の呟きが飛ぶ。 


「まったく……仕事は、ちゃんと、してもらいたいものだ」

「返す言葉もないわ……致命傷は()けてるみたいね」

「賊だ。処理、しろ」

「そうね。名誉挽回(めいよばんかい)といきますか」


 ネイは立ち上がりながら言い、咲弥のほうを(にら)んできた。


「罰として、あんたも手伝いなさい」

「え? あ、はい」


 咲弥はたどたどしく応えてから、クロエに声をかける。


「クロエさん。ここにいてください。絶対です」


 念押ししておき、咲弥はネイの隣に立った。

 男が眼鏡の位置を正し、やれやれとため息をつく。


「女のほうがヤバイな。お前は、男のほうを狩れ」

「大丈夫? あの女、さっきからまるで隙がないよ」

「そう思うなら、男のほうをさっさと殺して手伝ってくれ」


 さきほどから、激しい吐き気を覚える。

 眼前の二人から、おぞましいほどの殺意が感じ取れた。

 咲弥は緊張のせいか、喉がひどく(かわ)く。

 ネイは姿勢を崩し、呆れた声を投げた。


「はぁ。男のほうは自信過剰っぽい。女のほうは頭悪そう」

「はぁ?」


 ネイの(あおり)りに乗ったのは、虎みたいな容姿の女だった。


「まあ、あの程度……あんたなら余裕でしょ?」

「え?」


 咲弥はつい、間の抜けた声を漏らした。

 ネイはいたずらな笑みを見せ、眼鏡の男のほうへ駆ける。

 同時に、虎女が咲弥へ向かってきた。


「なに、あいつ。絶対、殺すから」


 ネイの無駄な煽りのせいで、虎女が怒りに満ちていた。

 咲弥は焦りつつ、黒白の籠手を解放する。

 すると、虎女はとっさに距離を置いた。

 (いぶか)しげな顔で、咲弥のほうを観察している。


「変な武器……獣の手……? それは、なぁに?」


 おそらくは、本能的に危険を察知したと思われる。

 見た目もそうだが、本物の獣に等しい。


 咲弥は問いに答えず、どう無力化すればいいのか悩んだ。

 人が相手では、戦える幅が極端に(せば)まる。

 咲弥が戸惑っていると、虎女は諦めたように迫ってきた。


「なんでもいいか。とっとと殺して、あの女をぶっ殺す」


 咲弥は考えがまとまらないまま、戦いに望むほかない。

 見た感じでは、虎女の武器は自身の爪のようだ。

 とはいえ、何かを隠し持っている可能性は捨てきれない。

 咲弥は注意深く観察して、まずは回避に専念する。


 初見の敵は、とにかく怖かった。

 敵が人ともなれば、何をしてくるのか予想もつかない。


「防戦一方? 疲労狙いなら残念」


 虎女の攻撃が、速度を増した。

 咲弥はなかば反射的に、白い爪を振るう。

 だが当然、そんな中途半端な攻撃は当たらない。

 しかも反撃に転じたせいで、回避が間に合わなくなる。


「ぐっ……」


 咲弥は胸の辺りを、わずかに虎女の爪で裂かれた。

 距離を取ろうにも、上手くいかない。

 咲弥が嫌なところを、虎女が的確に狙ってくる。


「あははっ! よっわ過ぎぃ!」


 虎女が余裕そうな笑みを見せた。

 瞬間、虎女の死角から迫った風玉が豪快に弾けた。

 吹き荒れる暴風に飲まれ、虎女は壁に激突する。


「ギャッ――!」

「なにやってんの! 本気を出さんかい!」


 眼鏡の男の猛攻撃を()けながら、ネイが怒号(どごう)を飛ばした。

 思わず、咲弥の肩が()ねる。

 ネイは怒り顔で、一瞥(いちべつ)してきていた。完全に足手まといの状況となっており、咲弥の胸にひどい焦燥感が襲ってくる。


「炎の紋章第三節、燃え盛る劫火(ごうか)


 虎女の詠唱が飛んだ。


「あの女、マジウザ……あんた、とっとと死ね?」


 激しい怒りに呼応するかのように、虎女が炎を身に(まと)う。

 咲弥は気持ちを静め、素早く白い手を中心に構えを取る。魔物とは違い――たとえ悪党だったとしても人は殺せない。


 ひっ迫する状況のさなか、いまだにそんな思考が、咲弥を縛りつけている。

 何度も繰り返し、想像だけはしてきたはずだった。

 こんな日が、いつか訪れる。頭の中では理解をしていた。


 それでも、咲弥には――

 白い爪を駆使し、オドを極限まで削り取るしかない。

 咲弥はそう結論を導き、虎女との距離を縮めていった。




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