表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
80/222

第三十七話 襲撃者の討伐




「いやぁ。(あば)れた、暴れたっと」


 ネイの高笑いを聞きながら、咲弥は瓦礫(がれき)から()い出た。

 じんじんとした痛みが、体のあちこちから発生している。とにもかくにも、ネイとは本当に戦いづらさしかない。


 ただ一方的に、咲弥はおもちゃにされただけであった。

 咲弥は痛みを(こら)え、ネイに叫ぶ。


「ネイさん! ちょっと、やり過ぎじゃないですかっ?」

「だって暇だったんだもぉん。あまりに暇なもんだからさ、一人寂しく、風玉ぶっ放して遊んじゃってたくらいなのよ」


 赤髪の後頭部に両手を回し、ネイはにっこりと微笑む。

 悪びれる様子もないネイに、咲弥はつい頬が引きつる。

 同時に、ふとある事実についての可能性が浮かんだ。隠し通路の出入口から漏れていた風は、設計ミスなどではなく、ネイが遊んでいたせいなのかもしれない。


 隠し通路を発見できた事実としてはありがたいが、もしも推測が正しければ、苦笑がこぼれる話でもある。

 それは少し、問題視されそうな行為だと思えたからだ。

 ネイは小首を(かし)げ、なにげない声を(つむ)ぐ。


「ところでさ」

「は、はい?」

「どうして、こんなところにいんの?」


 咲弥は重いため息をつきながら、大きくうな()れた。


「順序がおかしくないですか!」

「まあまあ、事情を話してごらんよ」


 どっと疲れが押し寄せたが、咲弥は手短に事情を伝える。

 それから、少しして――

 聞き終えたネイが(あご)に指を添え、虚空をすっと見上げた。


「はぁん。母親の形見ねぇ。確かに、身につけてたかも」

「それを、クロエさんに返してあげてほしいんです」

「ふぅん……」


 ネイは生返事をして、とことこと咲弥に迫ってくる。

 咲弥は額を、ネイの指でつんとつつかれた。


「まったく、あんたは……そんなことばっかりね」

 呆れた様子で、ネイは手を腰に置いた。

「まあ、いいわ。私から頼んでみようか?」


 ネイの提案に、咲弥は驚いた。


「え? いいんですか?」

「別に()()()()()なら、特に問題もないでしょ」


 今までの頑張りはなんだったのか、咲弥は少し落ち込む。タラレバではあるものの、初めからネイに相談していれば、物事がスムーズに進んでいたかもしれない。

 ネイは不敵に笑い、誇らしげに語った。


「私が中級冒険者の資格を持ってるから、避難路での待機を命じられていたの」

「そ、そうだったんですか……」

「裏を返せば、それだけ信頼されてるって証でもあるわけ。だからちょっと話を通すぐらいなら、簡単にできるわよ」

「あ、ありがとうございます!」


 お礼を告げるや、咲弥はまた額をつんとネイに押された。


「でぇも。あんた達は隠れ家に帰りなさいよ。その紅真珠のネックレスは、私が受け取ってきてあげるから。じゃないと信用問題に関わんの。わかった?」


 ネイの言葉を聞き、咲弥はクロエに視線を移した。

 クロエは渋い顔をして、大きく一歩前に出る。


「それだけじゃ、だめなの。なぜ母の形見を持っているのか……入手経路……それも、私は本人に問いたいのよ」

「わかったわかった……それも重ねて聞いておくし、もしも必要とあれば、面会の場を設けるように提案しておくから。どこへも逃がさない。約束する」


 クロエから戸惑った様子がうかがえた。

 事が綺麗に運ぶなら、そのほうがいいに決まっている。

 咲弥は優しい声で、クロエを(さと)しにかかった。


「ネイさんが言うのなら、信じても大丈夫ですよ。今日ではないかもしれませんが……会って話せるなら、確実なほうがいいです。そのほうが安全ですし」

「ええ……そうね……」


 クロエは渋々ではあるが、納得してくれたようだ。

 咲弥はネイを振り返った。


「それじゃあ、ネイさん」

「ええ。任せておきなさい。必ず――」


 ネイの言葉を(さえぎ)るように、けたたましい警報が響き渡る。


「な、なんですか?」


 突然、咲弥の耳に電子的な雑音が届いた。


《アニキ、まずいことになったわ! 今現在、盗賊と思しき連中とアネキが交戦中。その仲間達が、アニキがいる建物に侵入しているみたい!》

「なっ……!」


 咲弥は戦慄する。

 真っ先に脳裏に浮かんだのは、紅羽の姿であった。


「紅羽……無事なのか……?」

「なに? どうしたの?」


 紅羽の安否が気にかかり、ネイに答える余裕がない。

 この世界の盗賊がどんなものなのか、何も知らないのだ。

 咲弥の不安が増大する中、再びプリムの声が飛ぶ。


《今のところ無事。というか、アネキなら問題ないでしょ。問題は、そっちへ侵入した賊のほうだわ。気をつけて》

「あ、あれ……? 僕の声が……?」

《隠してたけど、全員に盗聴器仕込んでんの。だから普通に届いてるわよ》


 いまさらに明かされた衝撃的な事実に、咲弥は絶句する。なかば無理矢理に納得すると、冷静さも自然と取り戻せた。

 まずは紅羽の近況と事態を、手短にネイに伝える。

 すると、ネイは(けわ)しい顔つきをした。


「それはさすがに、いろいろと――」


 ネイは不自然な場所で、言葉を止めた。

 わけを()かずとも、咲弥はすぐ理解に達する。

 咲弥達が通って来た長い通路の先――そこから気味の悪いぬめりのある気配が、じわりじわりと(にじ)んでいるからだ。


「ひとぉつ……ふたぁつ……みぃっつ」


 両手足が異常に長い男が、暗がりからぬっと現れる。

 かなり高身長の男は、恐ろしいぐらい猫背をしていた。

 男は両手に太い棍棒を持ち、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 ネイは呆れ気味の吐息をつき、男に問いかけた。


「あんたが、賊の一味?」

「ふぇっふぇっふぇっふぇっ」

「一応、聞いておくけれど、ここには何のご用?」

「みぃ、なぁ、ごぉ、ろぉ、しぃ」


 口調や声に加え、その見た目からひどく不気味に思えた。

 ネイは物怖(ものお)じもせず、いつも通りの姿勢で応じ始める。


「やれやれ……こぉ、まぁっ、たぁ、ぞぉ?」


 相手の口調を真似て、ネイが(あお)った。

 しわくちゃになるぐらい、男の顔に(けん)がこもる。

 ネイは肩を回しながら、男のほうへ少し向かい歩いた。


「ほんじゃま、さくっと処理しますかぁ。手伝ってね?」

「え? あ、はい!」


 咲弥は流されるように了承した。

 正直、魔物とは違い、人が相手では戦いづらい。


 通常の籠手では威力はさほどだが、解放した途端に相手を殺しかねない威力が出る。このアンバランス過ぎる武器が、人との戦いを忌避(きひ)させる要因となっていた。

 咲弥は緊張感を抱きつつ、まずはクロエの身を案じる。


「クロエさん、少しのあい――あ、あれ?」


 気がつくと、クロエの姿はどこにもない。

 ふと奥のほうで、走り去っていくクロエを発見する。


「ちょ、クロ――」

「ほっときなさい! 今は、こっち! 疾風の舞」


 固有能力を発動するネイの奥で、男が向かってきていた。

 何から何まで、問題ばかりが起こる。


 クロエを追うにしても、まずは賊の対処が先決であった。ネイ一人を置き去りにして、場を任せるわけにもいかない。

 オドを少量流し込み、黒白の籠手を獣の手へと解放する。


 即座に戦闘態勢を整えるや、ネイが先陣を切った。

 華麗に宙を舞い、若草色の紋様を浮かべる。


「風の紋章第二節、妖精の輪舞」


 男の体が、激しい風に捕らわれた。

 咲弥は隙を(のが)さず、白い手を大きく振り上げる。

 ネイの紋章術もろとも、男の体を縦に深く引っかいた。


「うぉ、おぉおおお……」


 途端に体内のオドを奪われ、賊は驚倒(きょうとう)している。

 間髪(かんぱつ)を入れず、威力を抑えた黒い拳で男の腹を打つ。

 うめき苦しむ男の背後に、ネイが迫った。


「風の紋章第六節、暴君の宝玉」


 咲弥はぎょっとした。

 それは爆発系統に属する紋章術だと、そう記憶している。慌てて足先に力を込め、素早く飛び退()いて距離を取った。

 ネイの右手付近に、宝石みたいな風の玉が生まれている。


 男の猫背に向けて放たれ、風の宝玉が爆発音を(とどろ)かせた。男は激しい爆風を浴びせられ、大きく吹き飛ばされる。

 魔物相手とは違い、威力を抑えた一撃だとうかがえた。


「いやいや! やり過ぎですよ!」


 まるで風に流される紙みたいに、男はまだ転がっている。

 石柱に衝突してようやく、男はその動きを止めた。

 ネイは一仕事終えた雰囲気で、濡れていない額を拭う。


「ふう。恐ろしい戦いだったわね」


 咲弥達がではなく、賊側の視点でならそうなのだろう。

 咲弥は深いため息をついた。

 ふと、視界の端でぼんやりとした光が発生する。


(しの)ぶ幻影」


 なんらかの固有能力を、男はこっそりと発動した。

 ゆらりと立ち上がり、男は気味の悪い笑みを浮かべる。


「ふぇっふぇっふぇっ……」

(いったい……なんの……?)


 思った途端、咲弥は眉間に力を込める。

 空気に溶け込むように、男の姿が視認できなくなった。


「なっ……」

「オドの気配も、途絶(とだ)えた?」


 ネイの声には、緊張感がこもっていた。

 オドの気配すら完全に()ち、姿を視認できなくさせる固有能力らしい。その事実は、戦慄させるには充分であった。


 いつ、どこから、どのように襲われるのかがわからない。

 ひどく張り詰めた静寂に、場が支配される。

 ネイがふんっと鼻を鳴らし、若草色の紋様を描いた。


「しゃあないわね――疾風の極意(ごくい)


 咲弥は驚愕する。

 ネイが初めて見せる二つ目の固有能力――まず固有能力を二つも持った人物を、今まで一度も見た記憶がなかった。


 咲弥に(いた)っては、与えられた固有能力しか扱えない。

 もしそれがなければ、自身の固有能力が一つもないのだ。


(二つ目……ネイさんは、いったい……?)


 もちろん、そこには才能も一枚()んでいるのだろう。だがそれでも、どれほど血の(にじ)むような鍛錬(たんれん)を積んできたのか、推し量らずにはいられない。

 ネイの周囲では、これまでとは異なる風が流れる。


「見えなくとも……感じなくとも……私には、関係ない」


 ネイは吹き荒れる風に、五本の投げナイフを(ゆだ)ねた。

 目を閉じて、立てた人差し指を高らかに(かか)げる。

 まるで破裂したかのごとく、風は一気に広がった。


「そこ!」


 ネイが指を素早く振り下ろした。

 風に漂っていた投げナイフが、凄まじい速度で放たれる。

 男が消えた位置――そこで、投げナイフが(とど)まった。


 まるで、宙に刺さっているふうにも見える。

 次第に男が、ゆっくりと姿を現した。

 腕や足のほか、腹に二本の投げナイフが刺さっている。


「いぃ……たぁ……いぃ……」

「……って、場所変わってない! ただ消えただけかい!」


 ネイは男に向け、怒声じみた声を張った。

 男はばたりと仰向(あおむ)けに倒れ、うめきを漏らしている。

 ネイはすこぶる呆れた様子で、首を左右へ振った。


「おそらく、動いたら能力が解除されちゃうんでしょうね」

「それ……なんの意味がある能力なんですか……?」


 咲弥はつい、(つぶや)きにも近い問いを投げた。

 ネイは肩を(すく)め、クロエが消えたほうへと歩く。


「まっ。知らなければ、恐怖心だけは与えられるかもね」

「……は、はぁあ……」


 生返事をしてから、咲弥は思いだしたようにネイを追う。


「あ、待ってください」

「早くしないと、あんたのお姫様が殺されるわよ。ほかにもまだ、敵がいるわ」


 ネイの勘違いに、咲弥は唐突(とうとつ)な照れを覚える。

 どぎまぎしているさなか、ふと倒れた男に視線を移した。

 死なない程度の攻撃ではあったらしい。


 その事実に、咲弥はどこか安堵(あんど)する。

 たとえ悪党でも、人の死は見たくない。

 咲弥はふと湧いた疑問を、そのまま口にする。


「あの男の人……どうするんですか?」

「まあ、実際のところ……あの手の(やから)は殺しちゃったほうが早いんだけどね……組織に渡すか衛兵に渡すか、かな?」


 ここが別世界なのだと、咲弥は久々に強く実感する。

 相手が殺意を持っているのだから、当然の話ではあった。ほんの少しの(なさ)けが、別の危険を呼ぶ可能性は(いな)めない。


 ただ頭でわかっていても、とても悲しい気持ちになった。

 ネイが半目で小首を(かし)げ、じっと(にら)んでくる。


「はぁ……あんたってさ……」

「え? あ、はい」


 ネイが突然、咲弥の額を指先でつんと押してきた。


「別に、なんでもない」


 何が言いたかったのか、予想すら浮かばない。

 咲弥は困惑するが、ネイは唐突(とうとつ)に駆けだした。


「あ、待ってくださいよ。ネイさん」

「早くしないと、置いて行くわよ」


 咲弥は慌てて、ネイの背を速足で追いかける。

 疑問は尽きないが、今はクロエの身が心配だった。

 なぜ一人で先走ったのか、その理由はわからない。

 咲弥は焦燥感に駆られながら、クロエの無事を祈った。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 暗い闇に支配された夜の世界――

 苦悶(くもん)に満ちた男のうめき声が、風に乗って届いた。


「がぁ……あ……あぁっ……バケ……モノかよ……」


 血にまみれた女の首を、紅羽は手から離した。

 地に()した女は、完全に気を失っている。

 襲撃者の始末は、予定よりも早く済んだ。

 ただ急いだせいか、あまり手加減が()かなかった。


(死にさえしなければ、それでいい)


 今は一刻も早く、咲弥の安否(あんぴ)が知りたい。

 紅羽が駆けだそうとした瞬間、微量の気配を察知する。

 素早く飛び退()いた瞬間、灼熱の炎が突き抜けた。


「なあに、女にヤられちまってんだ。オメェら」


 野太い男の声がした方向へ、紅羽は視線を滑らせた。


(……新手が……三人?)


 一人は獣人の男、もう一人は小人の男であった。

 二人は確実に姿を捉えたが、もう一人いる気配がする。

 闇にまぎれ、気配を殺しながら動く支援型に違いない。

 紅羽の心は、苦渋(くじゅう)に満ち溢れる。


 眼前の敵をまき、逃げるわけにもいかない。

 状況からみて、咲弥のいる建物に用事があると思われる。そうだと仮定した場合、ここで逃げだしたところで、咲弥の身に危険を与える可能性が高いのだ。


(……咲弥様)


 咲弥のもとへ、早く駆けつけたい気持ち――

 賊を放置はできない思考――

 咲弥の安否を、一刻も早く知りたい願望――

 賊の数が判明しない不安――


 それらすべてが混ざり合い、紅羽の胸に不快感が募った。


「まったく、情けねぇ奴らだ」

「まあ、カタキはとってやんよ」

「さあ、お嬢ちゃん――」


 紅羽はカッと目を見開き、敵をじっと注視する。

 男達はびくりと瞬間的に震え、石像のごとく硬直した。


「邪魔を……するな」


 それはどこか、自分とよく似た声だった。

 ただひどく(にご)りきり、威圧感に満ち満ちていた気がする。

 一呼吸ほどの間を置き、紅羽ははっと我に返った。


 さきほどの声は、どうやら自分が発した声だったらしい。胸に募る不快感のせいか、認識までに少しの時間を要した。

 紅羽は静かに呼吸を整え、冷静さを取り戻すよう(つと)める。

 咲弥の身を案じればこそ、賊の存在は無視できない。


「すっげぇー……気迫……何もんだ?」


 男獣人の問いに、紅羽は何も答えない。

 その代わり――光の速さで、男獣人の眼前へと迫った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ