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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
79/222

第三十六話 連鎖する予想外




 不意の疑問に意識が奪われ、警戒が(おろそ)かになっていた。

 咲弥は自分の迂闊(うかつ)さを呪う。

 長い通路の先には、大きな空間が広がっている。


 採掘場跡らしき景観なのだが、そこは発掘というよりは、地下施設を造ろうとしている雰囲気のほうが色濃い。

 どこからともなく、聞き覚えのある女の声が響いた。


「仮面のお二人さん。ここになんのご用かな?」


 獣人に等しい軽装をしている赤髪の女が、上空から颯爽(さっそう)と舞い降りてきた。


「んげぇっ――?」


 聞き覚えのある声の正体は、やはり仲間のネイであった。

 さまざまな疑問が、咲弥の脳裏を飛び交う。


「お宝かな? それとも人? まっ、なんであったとしても通さないわよ。それが、私の任されたお仕事だからね」


 ネイは言いながらに、数本の投げナイフを指に(はさ)んだ。

 この展開は、あまりにも予想外――口ぶりから察するに、ネイはなんらかの依頼を()け、ここに(ひそ)んでいたのだろう。

 仮面のお(かげ)か、咲弥の正体はまだばれていない。


 咲弥は、どうするのが最善か悩んだ。

 正体を明かし、ネイに事情を話すべきか――

 それとも、一度この場は逃げ出すべきか――

 思考する咲弥をよそに、クロエが一歩を前に進んだ。


「悪いけれど……無理矢理にでも通させてもらうわ」


 事情を知らないクロエが、ネイに敵対宣言をした。

 わかりきった展開に、咲弥は頭を抱えたい気分に陥る。

 ネイはゆっくりと足を前へ踏み出した。


「ご自由にどうぞ。ただ、私は邪魔をするけれども、ね!」


 ネイが言葉終わりに、投げナイフを放った。

 咲弥はとっさに、クロエの体をがっしりと抱きかかえる。

 そのまま素早く、石柱の物陰へと身を隠した。


「ふぅん。わりと反応は悪くないじゃない」


 ネイの声を聞きながら、咲弥は必死に思考を巡らせる。

 いっそ、ネイに事情を告白すべき――そう考えた。


 ただ現在、不本意ながらも盗賊まがいの行為をしている。

 込み入った事情があるとはいえ、その事実を知られれば、何を言われるかわかったものではない。とはいえ、この場を静めるためには、正体を明かすべきだろう。


「ア、アニキ……」


 クロエが、どこかか細い声で呼んできた。

 咲弥は一瞬、思考が停止する。

 とっさの回避から、クロエを胸に抱き寄せたままだった。


 現状の把握をしたせいか、クロエと接触している部分から柔らかな感触が伝わり、同時に華やかな香りを()ぎ取る。

 咲弥は即座に肩を(つか)み、彼女をやや遠くに離した。


「す、すす、すみません!」

「風の紋章第四節、自在の旋風」


 ネイの詠唱が飛び、咲弥はぎょっとした。

 激しい風が吹き荒れ、あらゆる場所から物が飛んでくる。

 思考する余地なく、再び咲弥はクロエを抱きしめた。


 その場から逃げ、また別の物影へと身を(ひそ)める。

 ただ隠れるのは、あまり得策とは言えない。ネイの場合、見えていようがいまいが、敵しかいなければ関係ないのだ。


 風を巧みに操り、見えない場所をも簡単に攻撃できる。

 攻撃の展開から、ネイは本気を出し始めていると知った。


「風の紋章第一節、暴虐(ぼうぎゃく)の風神」


 暴虐の風神は切り裂く風だと、咲弥はよく知っている。

 切迫(せっぱく)する状況の中、咲弥は空色の紋様を宙に描いた。


黒白(こくびゃく)の籠手、装着!」


 紋様が砕け、咲弥の両手がまばゆい光に包み込まれる。

 光が弾けるなり、両腕に白と黒の籠手が装着された状態で出現した。少量のオドを黒い籠手にだけ流し込んで、即座に獣の手へと解放する。


 近場の物を黒い手で(つか)み、迫る風へと投げつけた。

 自在に動く風は、白い手では対処しきれない。

 だから障害物で多少の時間さえ稼げば、また回避する道は生みだせる――ただこれ以上、ネイとやり合うのはさすがに限界だと感じられる。


 咲弥は観念(かんねん)すると同時に解放を()き、仮面を外した。

 両手を上げた状態で、素早くネイにその姿を見せる。


「ネ、ネイさん! ちょっと待ってください!」

「……ふぁ?」


 ネイの間の抜けた声が、咲弥の耳へと届いた。

 ネイからしても、この展開は予想外だったに違いない。

 攻撃がやみ、ネイは呆然と立ち尽くしている。


「ちょっと、複雑な事情がありまして――」


 咲弥が言っている間、ネイの青い瞳が左右へ行き来する。

 それから呆れ果てた表情に変化し、咲弥の言葉を(さえぎ)った。


「まぁた、別の女をたらし込んでんのか!」


 ネイは声に怒気を込めていた。

 咲弥は胸の前で両手を振る。


「またってなんですか! 誤解ですって!」

「何が誤解か! こんな人気のないとこ連れ込んで!」

「ち、ちが、違うんですってば!」


 説明も聞かず、ネイは右手の(そば)に若草色の紋様を描いた。

 咲弥はぎょっとする。即座に、クロエへと指示を飛ばす。


「クロエさん! 離れててください!」


 言いながらに、咲弥は両方の籠手を解放する。

 ネイは片目を細め、キッと(にら)んできた。


「これはちょっと――きつぅい、お仕置きが必要みたいね」

「いやいやいやっ!」

「風の紋章第三節、戦神の号令」


 ネイの(かか)げた右手付近に、激しい風が(つど)う。

 風の槍が五つ誕生し、ネイは右手をさっと振り下ろした。


「うげぇっ!」


 ミサイルを彷彿とさせる動きを見せ、風の槍が(くう)を貫く。

 白き爪で風の槍を二つ裂くが、手応えがまったくない。

 裂かれた風の槍は再び(つど)い、素早くもとの形へと戻った。


「うぉっ!」


 縦横無尽に攻めてくる風の槍を、咲弥はからくも()ける。

 風の槍に襲われる中、ネイは上空に舞い上がった。


「風の紋章第二節、妖精の輪舞」


 気づいた頃には、咲弥の周囲に風がなだれ込んだ。

 激しい風に巻きつかれ、体の動きが封じられる。

 そして四方八方から、五本の風の槍が襲いかかってきた。


「ぐっ……ぐぐ……うぉおおおおっ!」


 白き爪で風の拘束を裂き、咲弥は即座に転がり離れた。

 さきほどまで立っていた場所で、風の槍同士が衝突する。


 爆発じみた轟音(ごうおん)が響いた。その際に生じた爆風に飲まれ、咲弥は吹き飛ばされる形で、ころころと転がされてしまう。

 咲弥はぞっと背筋を凍らせた。


 仲間だという理由もあるが、ネイとは本当に戦いづらい。

 それこそ、実体のない風を相手にしているようなものだ。

 敵対されて初めて、それが身に染みてよくわかった。


「まっだまだ! 行くわよ!」


 元気いっぱいそうなネイが、再び宙を軽やかに舞った。

 こちらが捕らえられない間隔(かんかく)を、適度に(たも)ち続けている。

 どう対処すればいいのか、咲弥は激しく悩まされた。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 黒衣を身に(まと)い、仮面をつけた紅羽は闇の中を駆ける。

 咲弥達は無事、建物の内部へと侵入できたらしい。

 何が起こるのか予測不能なため、万全(ばんぜん)()す必要がある。


 紅羽は今、脱出路の確保に動いていた。

 プリムから預かった睡眠針を使い、警備の者を眠らせる。首筋に刺せば、素早く眠らせられる裏商品の一品であった。


《アネキ。まずいことになったわ。アニキが今現在、ネイと交戦中。組織からの依頼で、警固の任についてたみたいね》


 紅羽は、ため息をつきたい気分に陥った。

 彼はやはり、奇妙を引き寄せる運命力がある。

 ネイとの邂逅(かいこう)(ぜん)とみるか、それとも悪とみるか――

 現状からでは、判断がつけられそうになかった。


 本音を言えば、咲弥のもとへ即座に駆けつけたい。しかし未来を見据えた場合、脱出路の確保は重要な任務ではある。

 ここはネイを信じ、上手く事が運ぶ展開を祈るほかない。


 プリムの情報から、把握できた事実がある。

 警備員達の中に服装が異なる、または着慣れていない感のある者がいた。おそらく冒険者か、雇われた者なのだろう。

 紅羽は気配を完璧に()ち、警備員の背後へと忍び寄る。


「ったく……侵入者なんかどこにいるんだ……ぐぁ……」

「まったくだ。こんなところに攻め込むとか、ばかぁ……」

「ん? なんだぁらら……?」


 一人、また一人と、首に針を刺して眠らせる。

 これで目についた警備員は、あらかた排除し終えた。

 (とどこお)りなく、プリムの策通りに事は運べている。


 正直、まだ十歳程度の彼女が、これほどの智謀(ちぼう)を巡らせた事実に、紅羽は驚かされていた。訓練で得たものではない。明らかに天賦(てんぷ)(さい)に属するものであった。

 真面目に〝(ごう)持ち達〟と比較しても、なんら遜色(そんしょく)がない。


 このまま才覚を伸ばせば、必ずや咲弥の役に立つだろう。

 紅羽の立場からすれば、喜ばしく思う反面、危惧(きぐ)もする。


(そう。味方であるうちは――)


 未来がどう転ぶかなど、誰にもわからないのだ。

 だからすべての可能性を考え、不測の事態に(そな)えておく。


 少なくとも今は、そうなる可能性はないと言ってもいい。紅羽は思考を切り替え、オドの気配がないか探り始める。

 神経を素早く研ぎ澄まし――その直後のことだった。


「――っ?」


 空を切る音を捉え、紅羽は即座に身を()()らせた。

 紅羽の居た位置を、小型のナイフが突き抜ける。

 飛来物の軌道から予測し、視線を即座に滑らせた。

 付近にある樹上から、二つの人影が飛び降りる。


 一人は長身の男、もう一人は小柄な女らしい。

 二人は会話をしながら、紅羽のほうへと歩んできた。


「あぁらら? やっぱ外してんじゃん」

「わりと反応が凄い奴だったってことね」

「下手ったんじゃね?」

「なわけあるか」

「つか、あれ同業者? 組織の奴を倒してくれてんじゃん」

「さあ? あんな仮面つけた奴、見たことないわ」


 長身の男が、片手を高く上げた。


「やあやあ。おたくは同業者ですかぁ?」


 紅羽は応えない。

 どちらも相当の手練れ――加えて、血臭が()ぎ取れた。

 おそらくは賊か、敵対組織の者である可能性が高い。


「あららぁ、会話してくれねぇや」

「まあ……知らない奴なら、排除してもいいんじゃない?」

「うぅん……だな」


 男が応じるなり、二人は凄まじい速度で移動してきた。

 紅羽は戦闘態勢を整え、二人の気配から行動を予測する。


 女の反対側から、短刀を手にした男が迫った。

 女は間合いを取ったまま、いくつかナイフを投じる。

 紅羽は回避と同時に、一つのナイフの柄尻(つかじり)を蹴り抜いた。


「いでぇ!」

「わぉっ!」


 狙い通り、上手くいった。

 男の左肩に、紅羽が蹴ったナイフが刺さっている。

 どちらもが、紅羽から大きく離れた。


「下手くそか! なぁにしやがる!」

「違う違う。こいつが蹴って飛ばしたんだって」

「んな、アホな!」


 紅羽は冷静に、まずは一体の排除を試みる。

 動きがあまりよくない男へと、素早く距離を詰めた。


「うぉ……?」


 睡眠針を刺す――その刹那(せつな)、またナイフが飛来する。

 針を刺すのが間に合わない。男から飛び退()いた。


「氷の紋章第三節、氷雪の牢獄(ろうごく)


 走るように地が凍らされ、飛び退いた紅羽へと迫った。

 地から飛び出す複数の氷柱(つらら)を、紅羽は軽やかに回避する。

 頃合いを見計らってか、男が上空から降ってきた。

 斬撃をかわすなり、男の詠唱が始まる。


「雷の紋章第六節、放電と放りゃ! い――っ!」


 紅羽は男の頬を足場にして、一定の間隔まで離れた。その直後、男の周囲で凄まじい雷が発生し、縦横無尽に(ほとばし)る。

 範囲型の紋章術に、(あや)うく呑み込まれるところであった。


 紅羽は苦い思いを抱える。

 想像以上に、どちらも手強(てごわ)い。

 警備の者達と同様、認識されてさえいなければ、背後から奇襲もできる。だが、今は完全に捉えられてしまっていた。


 そうなっては、真っ向からの勝負に転じるしかない。

 男女二人が絶妙な間合いを取り、一か所に集まった。


「いちちち……なんなんだ、こいつ?」

「かなり強いね。こんなんが同業者とか嫌なんだけど」

「ここで殺したほうが、後々よさそうだな」

「そうね。てか、あんた攻撃くらい過ぎ」

「ばぁか。俺が体張ってっから、オメェは無傷なんだよ」

「あら、ありがと」

「つか、ほかの奴らは、もう建物の中か?」

「そうじゃない?」


 問わずして、情報が得られた。

 どうやら、ほかにもまだ仲間がいるらしい。これクラス、またはそれ以上がいた場合、危険度は計り知れなくなる。

 こんなときに、別の敵との遭遇(そうぐう)とは運が悪い。


(これも、咲弥様のせいなのかな……?)


 紅羽はつい、そんな感想を抱いた。

 彼自身から動けば、高確率でどこかに(ひずみ)が生じる。

 いったい、どんな星の下に生まれているのか――


 生まれて初めて、紅羽はため息を漏らした。

 その吐息が、仮面の中に熱をこもらせる。


「そんじゃあ、まあ……」


 男が言い切る前に、紅羽は戦闘態勢を整える。

 わざとらしく驚いた姿勢で、男は声を(つむ)いだ。


「おおう……やる気満々じゃん」

「仲間はほかに、何人いますか?」

「おっ? 女だったのか」


 男はいやらしい笑みを浮かべた。

 紅羽は冷静に、言葉を繰り返す。


「もう一度、問います。仲間は何人ですか?」

「さあ? 何人かな?」


 女が代わりに答えた。

 予想した通りの解答を聞き、紅羽は問答(もんどう)を諦める。


「では――早々に処理します」

「へへっ。いいねぇ。俺が勝ったら、あの女は貰うぞ」

「お好きにどうぞ」


 女が呆れたように了承した。

 男の言葉に、紅羽は激しい嫌悪感(けんおかん)を覚える。

 正直なところ、この手の(やから)は殺したほうが手っ取り早い。

 しかしきっと――殺せば、彼が悲しむ気がした。


 死んだ相手はもちろんのこと、手を血で赤く染めた紅羽に対しても、同様に深い悲しみを抱く展開は想像に(かた)くない。

 ただ殺さないのは、なかなか難易度が高かった。

 さらに仮面のせいで、視界も(せば)まっている。


 紅羽は悩み、考え、迷い、そして――

 顔につけた仮面を、そっと外した。


「うっわぁっ! すっげぇ極上の美人じゃん」

「時間を、取らせないでください」


 仮面を手から落とし、紅羽は地を砕く速さで駆けだした。




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