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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
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第三十四話 アニキだから




 視界の端で銀色の影が揺らぎ、咲弥の目が引き込まれる。

 紅羽が小首を(かし)げ、なにやらじっと覗き込んできていた。それはどこか、呆れ気味に(にら)んでいるようにもうかがえる。

 思った以上に、訪れた女を凝視していたのかもしれない。


「へっ……? あ、いやいや……」


 咲弥が戸惑っている間に、黒髪の女がプリムの前に立つ。

 咲弥達へと美貌(びぼう)を向け、女は軽い会釈(えしゃく)をした。


「お取込み中に、ごめんなさいね。少しいいかしら?」

「あ、い、いえ……はい」


 (つや)っぽい声で問われ、咲弥はぎこちなく応えた。

 紅羽の視線を背に感じ、少しばかり嫌な汗をかく。

 女は柔らかく微笑み、すっと前を向いた。


「久しぶり、プリム」

「珍しいこともあるものね。クロエ」

「さすがのあなたでも、予想外は存在するのね」

「私はただの情報屋。神ではないわ」

「ふふっ」


 親しい間柄なのか、二人は他愛もない雑談を始めた。

 そのさなか、咲弥は過去の記憶を掘り返す。


 クロエとは、今が初対面のはずであった――それなのに、なぜかさきほどから、どこかで会った気がしてならない。

 しかし、クロエから咲弥への反応は特になかった。だから気のせいか、他人の空似というだけの話なのかもしれない。


(うぅん……でも、どこかで……)


 咲弥が考え込んでいると、プリムのため息が飛んだ。


「それで、本題は?」

「欲しい情報があるの」


 途端に空気が変わり、咲弥はただ静観する。

 クロエは真面目な顔つきで、プリムに問いかけた。


「つい最近開かれた、第三回目の裏オークション――そこに参加していた人物について、ちょっと聞かせてほしいの」

「誰? 特徴は?」

「紅真珠のついたネックレスを身につけた男……顔に大きな傷があって、年はたぶん四十代半ば。私よりもかなり身長が高かったから、百八十ほどかしら」


 プリムは腕を組み、長考の姿勢を見せた。

 しばらくして、プリムは力強い声を(つむ)いだ。


「六〇万を現金で一括(いっかつ)――支払ってくれるならいいわよ」

(うぉお……)


 恐ろしいほどの高額に、咲弥は心の中でうめいた。

 これにはクロエも驚いたのか、(けわ)しい顔で閉口している。

 プリムは片目を細め、クロエを覗き込むように見上げた。


「今のあなたなら、支払えない額じゃないでしょ? そう。すべてを投げ打てば」


 咲弥からすれば、初めて見る情報屋としての姿勢だった。

 クロエを不憫(ふびん)に思い、つい口を(はさ)もうと――


「それほどの相手……ってこと?」


 クロエの発言を聞き、咲弥は慌てて口を(つぐ)んだ。

 高額の情報には、それ相応の理由があるのだと理解する。

 クロエは少し肩を落として、深いため息を漏らした。


「わかった。六〇万で手を打つわ」

「王都でも屈指(くっし)の富豪、マーウェルズ家当主の側近。名前はライカム・ハーン」

「え……」


 クロエの顔は青ざめ、絶句している。

 咲弥からすれば、聞き覚えのない首を(かし)げる人物名だ。


「マーウェルズ家の当主カザックは、表向きは慈善活動とかいい顔をしているけれど、その裏はかなりあくどいわ。裏の組織とも通じていて、手段を択ばないから。わかる? その裏組織の首領が、ライカムという名の男なの」


 場が重い空気で満ちる。

 プリムは肩を(すく)め、クロエに問いかけた。


「ところで、なぜその男の情報を?」

「……あの紅真珠のネックレスは……母の形見だから」

「形見……?」


 プリムの問いに、クロエはゆっくりと(うなず)いた。


「裏のオークションを利用していた同僚に、無理矢理連れていかれたんだけど……そこで、母が唯一無二(ゆいいつむに)だと言っていた物を、身に着けていた男を見かけたの」


 クロエは(うれ)い顔をして、胸の前で両手を握り締めた。


「私の両親は、盗賊に殺された……そのときに、母がいつも身につけていたネックレスも、ほかの金品と同様……一緒になくなっていたのよ……」


 なんとも言えない気持ちを、咲弥は胸に抱え込んだ。

 この世界では、魔物だけではない。こうして人での被害も普通に存在している。

 その事実は心苦しくもあり、また哀しくもあった。

 プリムがいつも通りの口調で問いかける。


「いつの話しで、場所はどこで?」

「十五年前の八月六日。王都からアリティーク町へ向かう、カラーリア草原で」


 プリムはこめかみに指を当て、そっと目を閉じた。

 しばらくの沈黙が流れる。


真偽(しんぎ)は知れないけれど、ライカムが絡んでいる可能性は、充分に考えられるわね。事件から約二か月後に、ライカムがなぜかその首飾りを毎日身に着け始めた――という情報が、私の頭の中に入っているから」


 プリムの舌は滑らかに回り続ける。


「とはいえ、真偽を探るすべは難しいわよ。十五年も前……私は生まれてすらいないし、当時の盗賊の行方なんか、誰も知るはずもない。意味、わかる?」

「……じゃあ……」

「そう。本人に直接、(ただ)すしか方法はない。でも――」

「……近づけない?」


 クロエの重い声に、プリムはこくりと(うなず)いた。


「あなたがすれ違った。それが、唯一にして最大の奇跡ね」


 クロエは泣き出しそうな顔で、(つや)のある唇を()み締めた。

 少ししてから、涙声でプリムに話しかける。


「今日の最終裏オークション……そこしかないのね?」

「ええ。もし逃せば、一般人にはもう雲を(つか)む話になるわ。ただそれもまた、かなり困難を(きわ)めた話でもあるかしら」

「そう簡単には(ただ)せない?」

「出品物の盗難を危惧(きぐ)して、警戒態勢が敷かれているから」

「そうね。すれ違ったときも、付近にそれらしい人がいた」

「声をかければ――即座に、逆に、あなたが捕らわれるわ」

「……それでも、私は……」


 クロエは(けわ)しい表情をして、そっと胸に拳を添えた。

 心を絞めつけるような静寂が、再びこの場を支配する。

 覚悟を秘めたような目つきで、クロエは首を縦に振った。


「わかった。いきなり来たのに、ありがとう」

「別に。クロエは同じスラム出身の仲だからね」


 咲弥は少しばかり驚かされる。

 クロエがスラム出身とは、思いもしなかった。

 とてもではないが、見た目からでは想像もつかない。


 クロエの表情は、どこかすっきりと晴れ渡っていた。だがそれは、よくない決心を固めたからなのだろう。

 話を聞けば、かなり凶悪そうな相手だと感じられた。


 クロエは一見して、戦闘タイプではないとわかる。オドの流れが、明らかに紋章者ではないと示していたからだ。

 もしもの事態が起こった場合、結末は想像に(かた)くない。


 ただ咲弥は、関係のない部外者であった。

 別に冒険者として、依頼を()けたわけでもない。

 それでも――


「あの――」

「だめです。咲弥様」


 紅羽が咲弥の言葉を(さえぎ)った。

 彼女は無表情だが、咲弥の思惑(おもわく)を見抜いた目をしている。


「ただでさえ、つい先日も違反を犯しています。お気持ちは察していますが、立て続けに違反を犯せば、咲弥様の目的は遠退(とおの)きかねません」


 至極まっとうな意見に、咲弥はたじろいだ。

 返す言葉を選んでいると、プリムがくすりと笑う。


「ほらね? 冒険者の恩恵は、はかり知れない。けれども、足枷(あしかせ)になる場合もある。私が言った通りでしょ? アニキ」

「うっ……」


 咲弥がうめく(かたわ)らで、クロエが驚きの声を上げた。


「えっ? 今のアニキは、この子だったの?」

「ええ。レンが決めた形上のアニキだけどね」

「へぇ。そうなのね」


 プリムが小さな手を、クロエのほうへと差し出した。


「いまさらだけど、クロエはここの出身よ。今現在は雑誌のモデルをやってて、たまにお金だけ置いていってくれるの」

「たまにってなによ。たまにって」


 咲弥は頭の中が、すっと晴れ渡る。

 クロエをどこで見かけたのか、ようやくはっきりとした。


「ああ、思いだした! あの雑誌の表紙にいた人!」


 プリムが半目になって、咲弥のほうを見据えてきた。


「アニキ……そんな雑誌読んでんの? きも……」

「い、いや! 違うよ! 全然だよ? そうじゃなくてさ、この前ロイさんに、差し入れだって言って貰っただけだよ」


 明らかに軽蔑(けいべつ)した眼差しで、プリムは黙って(にら)んでくる。


「いや、本当だってば。それに表紙までは見たけど、中身は見る前に、ネイさんに粉々に切り裂かれちゃったんだよ――ねえ、紅羽?」


 咲弥は助けを求めたが、どうやら無駄らしい。

 紅羽はどこか呆れた様子で、無言を貫いている。

 紅羽とプリムに(にら)まれる中、さらにきつい言葉が飛ぶ。


「えぇえ……私も撮影、頑張ってるのに……ひどい……」


 クロエは心から悲しそうに、綺麗な顔を曇らせていた。

 どう考えても、咲弥が悪いわけではない。そのはずだが、なぜか今この場では、悪者扱いをされてしまっている。

 これには少しばかり、ロイを恨みたい気持ちが湧いた。


「いや……その……なんか……すみません……」


 とりあえず、咲弥はクロエに謝罪しておいた。

 場に静寂が満ちる。

 プリムの短い吐息が、重い空気を吹き飛ばした。


「それにしてもアニキって、ほんっとお人よしね。でも……アニキがもし動くっていうのなら、私も動くけれど?」


 プリムの申し出に、咲弥は素直に笑みがこぼれる。

 なんだかんだ言って、やはり昔の仲間は大事なのだろう。

 頭の中で言葉を整理してから、咲弥は紅羽を振り返った。


「たとえ形上でも……僕は、アニキだから。ここの出身だと聞いたら、やっぱりどうしてもほうっておけないよ。それに身内なら、違反にはならないでしょ?」


 紅羽は表情を変えないまま、可憐な声を(つむ)いだ。


「理由はどうであれ、咲弥様はそうしたと思います」

 そこまで言ってから、紅羽は途端にそっと微笑んだ。

「全部。わかっていますから」


 不意打ちの微笑みに、咲弥はどきりとする。

 神々しくも柔らかな表情に、つい視線が右へ左へと泳ぐ。

 またプリムが、くすりと笑ったのが聞こえた。


「よかったわね。クロエ――最強の護衛ができたわよ」


 プリムに言われ、クロエは戸惑った様子がうかがえた。


「冒険者……と、言ってたかしら?」

「ええ。冒険者資格取得試験を首席で合格し、飛び級で中級冒険者となったアネキの紅羽。その試験で起こったジャガーノート事件。それを討伐したアニキの咲弥」

「まさか、この子達が……?」


 クロエが目を丸くして、咲弥達へと視線が向く。

 プリムは鷹揚(おうよう)(うなず)き、紹介を続けた。


「あとあの黒十字騎士団に、一泡吹かせたのもアニキ達よ」

「まあ……噂で聞いたことがあるわ」


 驚いた様子のクロエは、しかし途端に顔を曇らせた。


「でも、ごめんなさい。あなた達に支払うお金がないわ」


 クロエはすでに、六〇万もの大金を失う予定だった。

 かなり裕福でない限り、一般の人では大変に違いない。

 咲弥は心の中で苦笑し、クロエに告げる。


「別に、お金なんかいりません」

「え?」

「これは、依頼でもなんでもありません。ただ単純に、僕がそうしたいだけの話なんです。だから、ご迷惑じゃなければ手伝わせてください」


 クロエを安心させるため、咲弥は笑みを作った。


「お母さんの形見、返ってくるといいですね」


 クロエは唇を()み締め、精一杯とわかる笑みを見せた。


「ありがとう。アニキ」

「はいはい!」


 プリムがパンッと、手を叩き鳴らした音が響き渡る。

 黒板のほうを向き、プリムは空白の領域の図を消した。

 そして喋りながら、チョークを走らせていく。


「それじゃ、まとめましょう。目的はクロエの母親の形見、紅真珠のネックレスの奪取及び、入手経路の追及――標的はただ一人、ライカム・ハーン」


 見る見るうちに、新たな図が書き込まれる。

 書き終えた様子のプリムが、咲弥達のほうを振り返った。


「では、これからの作戦を伝えるわ」


 プリムは流暢(りゅうちょう)に、作戦内容の説明を続けた。

 瞬時に組み立てたにしては、まったく言い(よど)みがない。

 ふと、レンの言っていた言葉を思いだした。


『この国ではおそらく、随一(ずいいち)の頭脳を持ってる』

(なるほど……これは頼もしいや……)


 プリムは膨大な知識を、ただ(たくわ)えているだけではない。

 プリムの賢さに、咲弥はただただ驚かされた。




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