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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
73/222

第三十話 百発儀




 罰期間の最終日――

 咲弥は配達員として、王都中を駆けずり回っていた。

 最後に新たな未経験の仕事を与えられてしまい、今現在も困難の(きわ)みにある。もしわかりやすい地図を貰わなければ、達成が確実に不可能な業務だった。


 時間の指定に加え、配達先はかなり広範囲に渡っている。

 そのため交通機関を使わないと、時間内に配り切れない。ただ下手に文明力が高いせいで、移動方法にも難点がある。


 王都を巡る列車やバスが、どこの地区へ向かうのか非常にわかりづらい。一つ間違えば、まったく別の場所に運ばれる可能性があるのだ。

 土地勘のない咲弥は、それこそ必死にならざるを得ない。


(えっと……次は東レイストリアから中央レイストリアか。時間的余裕はそれほどないから、次の列車を降りたら全力で走らないとだめっぽいな……)


 列車に乗っている間に、次のルートをしっかりと考えた。そして列車から降りるなり、また王都中を駆け巡る。

 気がつけば、晴れ渡る青空は茜色へと色褪(いろあ)せていた。


 最後の配達場所は、西レイストリアの北側――そこにある噴水のふちに腰をかけ、達成感に満ちながら休憩している。

 本日の経験から、かなり王都に詳しくなれた気がした。

 咲弥は茫然と広場を眺め、ロイの言葉を振り返る。


 適材適所、それぞれ見合った場所にいればいい――

 大勢の人が、それこそ多種多様な仕事に携わっていた。

 その結果として、王都から村や町へと機能していくのだ。


 神秘に溢れた世界だが、そこはもとの世界と変わらない。人が住まう世界はきっと、どこもそうなのだと考えられた。

 この一週間、ギルド長のお(かげ)で本当にいい経験ができた。


「んん……が……かぁ……よしっ!」


 咲弥は大きく背伸びをしてから、軽快に立ち上がった。

 意気揚々(いきようよう)と、冒険者ギルドのほうへ足を進める。

 その直後――風を切る音が、咲弥の耳へと届いた。


 驚きまじりに、音を視線で辿(たど)る。

 そこには、一本の矢が噴水のふちに突き刺さっていた。


(……え? なんだ? これ)


 周囲を見回したが、特に弓を手にした者は見つからない。

 改めて矢に視線を向けると、紙が(くく)りつけられていた。

 まるで矢文(やぶみ)だと思いつつ、矢から取り外す。

 手にした紙を開き、咲弥は戦慄から息を呑み込んだ。


(なんっ、だ――)


 紙の中には、一枚の写真が重ねられていた。

 両手首を縄で締められ、どこかに吊るされた銀髪の少女が写っている。手にした写真からでは、場所を特定できない。

 周囲は薄暗く、どこかの建物にある一室のようだ。


 写真を目にしてもなお、咲弥はどこか半信半疑だった。

 あの紅羽が、そんな簡単に捕まるとは思えない。それよりなにより、今もまだミリアと受付嬢をしているはずなのだ。

 だが、写真に写っているのは紅羽で間違いない。


 咲弥は怪訝(けげん)に思いながらも、紙に目を通した。

 紙には、特に何も書かれていない。

 写真を眺めてから裏返し、咲弥は血の気が引く。


(誰かに話せば、殺す――今すぐ、一人で北レイストリアの第八区に来い……)


 錯乱状態に(おちい)りそうなのを、咲弥は必死に抑え込む。

 心臓が(にぶ)い鼓動を繰り返し、胸が痛くなった。気づけば、息遣いがひどく乱れており、(のど)が焼けついたように痛い。

 いったい何が起こっているのか、わかりようもなかった。


 通信機、あるいはギルドへと戻り、真偽(しんぎ)を調べるわけにはいかない。自分のちょっとした行動一つで、紅羽が殺されてしまうかもしれないからだ。

 指定された区は、現在地からそう遠くない場所にある。

 下手に交通機関を使うよりも、走ったほうが確実に早い。


(紅羽……!)


 足がもつれそうになりながらも、咲弥は走りだした。

 周囲の景色が徐々に(せば)まり、同時に(ゆが)んで見える。不安が胸をかき立て、走ること以上の息苦しさを覚えさせた。

 本日の件から、土地勘はわりと(やしな)われている。


 咲弥は迷わずに、指定の第八区まで辿(たど)り着いた。

 工場系の建物が多い北レイストリアだが、第八区は廃棄物(はいきぶつ)処理場が主立(おもだ)っている。時間帯による影響もあるが、ここは普段からも人通りは極端(きょくたん)に少ないのだ。


「どこだ……紅羽……」


 区は指定されていたが、詳細な場所まではわからない。

 咲弥は立ち止まり、写真の裏を確認してみる。

 やはり区以外の情報は、どこにも書かれていない。

 視線を巡らせてから、またあてもなく走りだした。


(どうして、ちゃんと場所が書かれていないんだ)


 激しい焦燥感は、次第に神経をすり減らした。

 ついには思考も(にぶ)り、視線すら上手く動かせない。

 しばらく走り、疲労からその足を止める。

 瞬間――左肩に強烈な激痛を覚えた。


「がぁっ!」


 まるで叩きつけられるようにして、地面へと転倒する。

 なかば無意識に、右手が左肩へ向かった。


「――ぐっ!」


 激痛を走らせた正体は、一本の矢だったらしい。

 左肩を貫通しており、矢に触れるだけで痛みが広がる。

 力づくで抜けるものではない。


「おやおや、大丈夫かい?」


 その浮ついた男の声には、聞き覚えがあった。

 いつの間にか、武装した男達が現れている。

 その中心に――咲弥は今ようやく、全容(ぜんよう)(つか)めてきた。


「黒十字、騎士団……?」

「テメェのせいで降格したがなぁ!」


 紅羽に転ばされた経験をもつ大男が、憤怒の声を荒げた。

 なぶり殺しにされる――咲弥は、瞬時にそう直感する。

 立ち上がりながら、空色の紋様を虚空へ描き出した。


「愛しの彼女が、どうなってもいいのか?」


 部隊長と呼ばれていた男、レオルが静かに声を(つむ)いだ。

 咲弥は震撼する。紋様を引っ込めざるを得ない。


「また紋様を浮かべたら、即座にあの娘を殺すからな」


 本当に王国の騎士団なのか、はなはだ疑問でしかない。

 ただ今は()()()()()よりも、もっと大事な話がある。


「紅羽は……無事なんですか?」

「さあ……」


 レオルの表情は柔らかい。

 しかしその目は据わっており、不穏(ふおん)な光が宿っていた。


「無事かどうか、それはお前の行動次第だ」


 周囲にいる男達が、下卑(げび)た笑い声を飛ばした。

 咲弥は不意に、背後から軽めの衝撃を受ける。

 こっそり迫っていた男に、押されるように蹴られたのだ。


「ぐっ――!」

「一人、三発。全員の攻撃を受けても立ち上がれたら、娘は無傷で返してやる。立ち上がれなくなったら――終わりだ」


 それはつまり、百発程度の攻撃を耐える必要がある。

 どう考えても、まっとうな話ではない。

 そもそも、紅羽がまだ無事か確認できていなかった。


「紅羽は……どこですか……?」

「耐えられたらわかるさ」

「ちゃんと無事か、先に確認させてください!」

「お前に、そんな権利はない」


 凄惨(せいさん)な笑みを浮かべ、レオルは言った。


「なぁに。俺ら黒十字が入団試験でやる――百発儀(ひゃっぱつぎ)だ。もし耐えられたら、お前を認め、娘の件も綺麗さっぱり忘れると約束してやる」


 どうやら、空手でいう百人組手みたいなものらしい。

 咲弥はレオルを(にら)み、ギリッと奥歯を(かみ)み締める。


 そもそも、もう手は出さないと誓っているはずであった。それ以前に、彼は決闘の(さい)も、紋章術を使うといったルール違反を犯した過去をもっている。

 卑怯者の言葉など、簡単に信用できるわけがない。

 レオルは不敵に笑い、すっと手を高く上げた。


「それじゃあ――一人目、開始!」

「っしゃあああああああ!」


 屈強そうな男が歩み出るなり、ごつい拳が咲弥をめがけて飛んできた。

 顔面に強烈な痛みを覚えるも、かろうじて立ち続ける。


「ぐぅっ……」


 このまま素直に従ったところで、紅羽が無事でいてくれる保証はどこにもない。

 もうすでに、酷い目に()っている可能性も考えられる。

 それでも――


(少しでも、希望があるなら……紅羽のために耐えなきゃ)


 あらゆる場所から、拳と蹴りの攻撃が飛んでくる。

 咲弥は何度倒れても、立ち上がり続けた。

 最初は何発目か数えていたが、次第に記憶から消え去る。


 今が何発目なのか、それすらも知るすべを失ったのだ。

 ただただ――

 激痛だけが、咲弥の全身を(むしば)んでいた。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 本日も紅羽は、ぼんやりと受付の席に座っていた。

 四六時中、依頼や迷い人が舞い込んでくるわけではない。


 だから物見遊山(ものみゆさん)にやってきた者達の存在は、案外いい観察対象とはなっていた。加えて、いい暇潰しにもなれている。

 冒険者なだけあり、目を見張る装備を所持した者が多い。

 咲弥に見合いそうな装備を、動かずに品定めができた。


 ただ、さすがに群がられると、受付業務の邪魔にはなる。

 しかも何を勘違いしているのか、中には通信機IDを聞き出そうとする者のほか、終業後に食事の誘いをしてくる者も少なくはない。

 そのため、数日前からミリアによって遠ざけられている。


 物見遊山の者に興味はないが、業務自体には関心がある。

 受付を通して、紅羽は冒険者ギルドのあれこれを学んだ。ここで得られた知識は、必ずや咲弥の役に立つだろう。

 罰期間の最終日だが、得られそうな知識はまだまだ多い。


「それにしても、ちょっと遅いわねぇ……」


 ミリアの(つぶや)きから、紅羽は咲弥の姿を脳裏に描いた。

 今もまだ、王都中を駆け巡っている可能性は高い。

 土地勘のない者には、少々厳しい仕事だと思える。


 ほどなくして、夜の闇が訪れそうな時間帯であった。

 紅羽は地図上でしか、王都全体を知らない。だがミリアによれば、もう終えていてもいい頃合いではあるようだ。

 生真面目(きまじめ)な彼を思えば、必死なのは想像に(かた)くない。


「やあ。受付嬢さん達」


 カウンターの下から、赤髪の女がひょっこり顔を出した。

 彼女は気配を殺すのが、本当にとても上手い。

 常に警戒し続けている紅羽ですら、気づかないほどだ。


「あらぁ。ネイ、お帰りなさい」

「ただいまん」


 ネイはカウンターに両腕を乗せ、小首を(かし)げた。


「ところで、私の荷物持ち君はもう終わったの?」

「配達業務に出たまま、まだ戻ってこないのよねぇ」

「配達? そりゃそうでしょうよ。王都って広いんだから」


 右手を小さく振り、ネイは呆れ声で言った。


「王都に来てまだ間もないのに、鬼畜(きちく)な業務をさせるわね」

「ギルド長が、観光がてらにそうさせろって」

「観光なんか、してる暇なんかないでしょうに」

「まあ……そうねぇ」


 ミリアは短いため息をついた。


「なんだなんだ。お(そろ)いだな」


 そう言って現れたのは、獣人ゼイドであった。

 依頼を終えて直帰したのか、ぼろぼろの格好をしている。

 ネイが半目で、ゼイドのほうを指差した。


「あんた、どうしたの? それ」

「いやぁ……依頼中に、ゴブリンの群れに襲われちまった」

「まぁた、洞窟?」


 ゼイドは大きなため息をついた。


「それが、ただの森だったんだ」

「はぁん。巣穴探し中に遭遇したのね」

「まったく、やりづれぇったらありゃしなかったぜ」


 ネイは、感情のこもっていない笑いを飛ばした。

 ゼイドはため息で応えてから、紅羽へと目を向けてくる。


「ところで紅羽と咲弥は、今日で罰終了なんだろ?」

「はい」

「なら近々、依頼でチームを組まないか?」


 紅羽は瞬間的に黙考した。

 咲弥の指示なしに、勝手な判断をするわけにもいかない。

 ただ咲弥であれば、喜んで了承してそうではあった。


「了解しました」


 一呼吸の間もなく、紅羽はそう応えておいた。


「結構、稼ぎのいい依頼を見つけてんだ」

「ちょっと、私は?」


 不満げなネイに、ゼイドは苦笑を送った。


「もちろん、オメェも一緒にだ」

「へへ。わかってんじゃん」

「バランスのいいチームだから、きっと問題ない依頼だ」

「へぇ。どんな依頼よ?」

「聞いて驚くなよ。実はな――」


 ゼイドとネイのやり取りを、紅羽はぼんやりと眺めた。

 本来この間には、いつも咲弥の姿がある。

 彼が立っていそうな位置に、その姿を茫然と思い描いた。

 思えば奴隷時代以来、これほど彼と離れた時間があるのも珍しい。そこに少しばかりの、もどかしい気持ちを感じた。


 しかしそれも、もうまもなく終わりを迎える。

 本日もきっと、へとへとの笑みを向けてくれるのだろう。

 紅羽が夢想していると、ミリアがため息まじりに(つぶや)いた。


「それにしても、本当に遅いわねぇ……仕事がきつ過ぎて、逃げちゃったのかな」

「ありえません」

「そりゃねぇな」

「絶対にないわ」


 ミリアの言葉に、紅羽を含めゼイド達も同時に否定した。

 仮に逃げ道があったとしても、彼は絶対に逃げださない。むしろ頑張り過ぎるせいで、こちらが心配するほどなのだ。


 それは彼をよく知る人ほど、そう思うに違いない。

 ミリアは驚きまじりに、柔和(にゅうわ)な微笑みを(たた)えた。


「あら、まあ……ふふっ」


 その直後――

 受付にあるモニターから、短い音が鳴る。

 どうやら、メッセージが一通届いたようだ。

 紅羽は慣れた手つきで、パソコンを操作する。


 届いたメッセージを開き、書かれた文字に目を通していく――予想外の内容に戦慄して、紅羽は瞬時に震え上がる。

 差出人は、黒十字騎士団の副団長からだった。

 そこには、恥を(しの)んでの謝罪と事情が(つづ)られている。


「咲弥様……!」


 紅羽はカウンターを飛び越え、全身全霊の疾走(しっそう)をする。


「く、紅羽ちゃんっ?」

「おぉい?」


 ミリアとネイの声が耳をかすめるが、そんな余裕はない。

 紅羽は石床を砕くほどの速さで――北レイストリアにある第八区を目指した。




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