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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
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第二十九話 罰として




 王都にある活気溢れる酒場に、咲弥は紅羽といた。

 本来、まずは冒険者ギルドに顔を出すのが筋に違いない。だがあまりに気が重く、もう少し心の整理をつけたかった。

 咲弥はふと、隣の席に座っている銀髪の少女を見つめる。


 お気に入りのパフェを、彼女はゆっくりと味わっていた。無表情のまま一口、また一口と、丁寧(ていねい)に食べ続けている。

 咲弥は頼んだリャタンに、まだ口すらつけていない。

 紅羽をぼんやりと眺め、咲弥は過去の記憶を振り返った。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 栗色の長い髪をした村長の娘――初めて会ったときに見た面影が思いだせないほど、チェリッシュは晴れやかな顔に、とびっきりの笑みを(たた)えた。

 その眩しい笑顔を、咲弥は一瞥(いちべつ)しかできない。

 視線を落としたまま、咲弥は(つぶや)くように言葉を(つむ)いだ。


「チェリッシュさん。この国を離れるらしいですね……」

「うん。これから行く国にはね、魔物を研究、保護している施設があるの。とても難関で厳しい場所みたいだけれど――でも、なんとか入り込もうかなって」


 チェリッシュの声は、とても澄み切っていた。

 対して咲弥は、ひどく沈んだ声で応える。


「そうですか……」

「アンリは、きっと……自分の信じた道を歩いた。ふふっ。泳いでいた。かな?」


 チェリッシュは元気な声で続けた。


「負けてなんかいられないよね? だって私には、アンリが救ってくれた……たとえ世界の裏側にですら、どこへだって行ける立派な体があるんだから」

「……はい」

「あのね……依頼を()けてくれて、本当にありがとう」


 唐突(とうとつ)なお礼に驚き、咲弥はチェリッシュの顔を見た。

 チェリッシュは、にっこりと微笑む。

 咲弥は首を横に振った。


「お礼なんか……言ってもらえる資格なんか、ありません。チェリッシュさんの大切な存在を、奪ってしまったんです」

「そんなことない。だってね……魔物が死んで泣くなんて、きっとこの国……大陸じゃあ、君と私だけだと思うから」


 やや涙ぐんだ青紫色の瞳で、彼女はじっと見据えてきた。


「依頼を請けてくれたのが、君でよかった。アンリのために泣いてくれて、本当に(うれ)しかった。落ち着いたらさ、君宛に手紙を書いて、送ってもいいかな?」


 突然の願いに、咲弥はやや戸惑う。


「え? あ、はい」


 チェリッシュは目を閉じ、そっと自身の胸に手を添えた。


「私がどこまでできるのか、君には知ってもらいたいから」

「わかりました……遠くからですが、応援しています」

「ええ。ありがとう」


 その日――

 チェリッシュは自らの意思で、村から(さわ)やかに旅立った。

 きっと彼女の目指した道は、大変(けわ)しいものに違いない。それでも、咲弥は心のどこかで、大丈夫なのだと思えた。


 なぜなら、彼女の心の中には、いつもずっと――

 アンリが優しく、寄り添い続けてくれているからだ。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 あれから――そのときの記憶が、脳裏に張りついていた。

 当の本人はもう、気持ちを新たに立ち直っている。

 それなのに、咲弥の心はいまだ深く沈んだままだった。


「傷心かい? 少年」


 男の声に驚き、咲弥は肩越しに背後を振り返る。

 帽子を目深(まぶか)にかぶったギルド長が、音もなく立っていた。


「あっ……ギルド長……」

「よっこらせっと」


 ギルド長は、咲弥の隣の席に座った。

 しばしの無言を経て、咲弥は重い声を吐く。


「すみませんでした……僕はまだ、ただの子供でした」

「調査班から報告は聞いている。後悔しているのかい?」


 ギルド長の問いに、咲弥は少しばかり悩んだ。


「はい。もっと、慎重に動くべきでした」

「そうだね。その通りだ。でも――」


 ギルド長は紳士的な顔に、わずかな微笑みを(たた)えた。


「君が動かなきゃ、救えない心があったのもまた事実だ」

「救えない心……?」

「報告では、依頼者は別の国へ旅立ったそうだ」

「はい。魔物を研究、保護している施設があるんだとか」

「これは、ただの憶測に過ぎないが……依頼を()けたのが、もし咲弥君ではなくほかの誰かだったら、彼女は同じように旅立っただろうか」


 ギルド長は帽子を目深にかぶり直した。


「答えは、おそらく否だ。君が彼女の心を救ったからこそ、彼女はそういう決断をしたのだ。大切な存在のために、共に涙を流してくれた君だからこそ」


 ギルド長からの(なぐさ)めを受け、咲弥は小刻みに(うなず)いた。


「慰めてくださって、ありがとうございます……」

「おっと。これは、慰めではない。ある種の事実だ」


 ギルド長は紅羽のほうへ、左手をひらりと漂わせた。


「以前、紅羽君が言ったように、そんな咲弥君だからこそ、救われる者がいる。私もまた、その一人なのは間違いない」


 ギルド長の言葉から、咲弥は気持ちの整理がつけられた。

 咲弥は立ち上がり、頭を深く下げる。


「……はい。ありがとうございます」

「とはいえ、君達には今回の罰は受けてもらうよ」

「はい。どんな罰でも受けます」

「んん。いい心意気だ」


 咲弥はギルド長から、一枚の紙を手渡された。

 紅羽にも、なんらかの紙が手渡されている。

 咲弥が手渡されたほうは、どうやら予定表らしい。

 冒険者ギルドにある部署名と、時刻だけが記されていた。


「明日から一週間、罰として各部署でこき使わせてもらう」

「えっ……それで、いいんですか?」

「激務のため、みんな尻尾を巻いて逃げちゃうんだ。だから思った以上に、きっと楽な仕事ではないと言っておこうか」


 ギルド長の意図を、咲弥は漠然と呑み込めた気がした。

 激務を通して、あれこれ学ばせるために違いない。

 しかしそれは、今の咲弥にはとても(うれ)しい話ではある。


 もっと多くを、学ばなければならない。

 罰という名の配慮に、咲弥は心から感謝する。

 ギルド長に向かい、また深く頭を下げた。


「ありがとうございます。誠心誠意、しっかりと働きます」

「ああ。期待しているよ」

「はい」


 ギルド長は颯爽(さっそう)と席を立ち、軽く手を振って去った。

 咲弥は見送ったのち、リャタンを一気に飲み干す。

 炭酸がきついが、今の咲弥にはいい刺激となった。


「紅羽」

「はい」

「巻き込んで、ごめんね」

「いいえ。私が自分で選んだ結果ですので」


 紅羽は言ってから、一口分のパフェを口へと運んだ。

 表情に変化はないが、幸福そうな気配がある。

 ごくりと呑み込んでから、紅羽は紅い瞳を向けてきた。


「あのときにも言いましたが、私も一緒に背負いますから」

「紅羽……うん。ありがとう」


 咲弥は素直にお礼を告げ、テーブル席に座り直した。


「紅羽ちゃぁあん!」


 青髪の受付嬢ミリアが、まさに飛ぶように現れた。

 パフェを堪能中(たんのうちゅう)の紅羽に抱き着き、頬ずりをしている。


「聞いたわよ。明日から、職場体験するんですってねぇ?」

 間延(まの)びした声で問いかけるが、紅羽は無言を貫いていた。

「私と同じ受付だから、あとで衣装を考えましょうね」


 確実に向いていない配属に、咲弥は冷や汗をかいた。

 しかし罰だと考えれば、確かに適任の場所かもしれない。

 咲弥は隙を見計らい、ミリアに謝罪する。


「ミリアさん。この前は、本当にすみませんでした」

「んぅ? 別に問題ないわ。むしろ逆に、ナイスだったわ」


 ミリアの言葉に、咲弥は小首を(かし)げる。

 だがすぐに、意味を予測できた。


「だって、紅羽ちゃんと一緒にいられる時間が増えるから」

(あ、やっぱり……)


 苦笑が漏れかけたが、咲弥はかろうじて抑え込んだ。

 今の自分は、そんなことをできる立場にはいない。


「お姉さんが受付の極意(ごくい)を、一から教えてあげるからねぇ」


 ミリアは再び、紅羽に話しかける。

 どうやら本当に、気にしている様子はなさそうだった。

 ミリアを無視して、紅羽はパフェを食べ続ける。

 そんな紅羽を、咲弥はどこか微笑ましく見つめた。


(明日からは、ギルドの職員として……いっぱい学ぼう)


 心の中で意気込み、咲弥は紅羽達を眺め続けた。

 それから、時は流れ――


 一日目の業務内容は、清掃員となって働くことだった。

 王都にある冒険者ギルドは建物自体が巨大なため、確かにかなり大変な作業には違いない。だが奴隷時代に比べれば、遥かにマシだとは思える。

 しかも照明具の交換は、個人的に楽しんで作業ができた。


 実際、まじまじと照明具の観察をできる機会は少ない。

 だから謎の構造を知れる、いい勉強となった。

 構造的には、おそらくはLEDに近い。発光石と呼ばれる鉱石をチップ状に加工し、そこに微量な電気を流し込めば、恐ろしいぐらいに発光するのだ。


 発光石は世界中にあるため、安価で手に入る。とはいえ、安い物には、やはりそれなりの理由というものが存在する。

 LEDとは違い、一般的な発光石は寿命がとても短い。

 ただ人通りが多い場所や重要な場所には、高価だが寿命の長い、特注加工された発光石をギルドでは使用している。


(王都ではこうやって、明るさを保ってるんだなぁ)


 咲弥はしみじみと、そんな感想をもった。

 そうして一日目を終え、二日目を迎える。

 この日は、冒険者ギルドの事務仕事のほうに回された。

 依頼書の整理から、報告書のまとめが(おも)な業務となる。


「おぉーい! 咲弥君!」


 机にかじりついていた栗毛のロイが、大手を振っていた。

 咲弥は声を大きくして返事をする。


「あ! はい!」

「至急、この書類を二十枚コピーしといてくれ!」

「はい! 了解です!」


 ロイは目を見張るほど、てきぱきと仕事をこなしていた。

 そもそも事務仕事は、得意だと口にしていた過去がある。

 ロイはまだ、ギルドでは新参者の部類ではあった。しかしもう、周囲からの信頼を得られている様子がうかがえる。

 彼の仕事振りを見れば、納得のいく話だった。


 咲弥は書類をコピーしつつ、別の仕事も同時に進行する。

 そうでもしなければ、時間内に業務を終わらせられない。

 ロイに(いた)っては、三つ四つと効率よく事を進めている。


(なるほど……確かに、逃げ出したくなるわけだ……)


 そんな感想を持ちつつ、気を取り直して働き続ける。

 最初は戸惑ったコピー機も、だいぶ扱えるようになれた。

 構造はよくわからないが、前の世界より性能がよさそうに思える。印刷ではなく、どちらかと言えば、パソコンにあるコピー&ペーストに近い代物であった。


 そして二日目が終了して、三日目に移行する。

 午前は清掃をおこない、午後からは事務仕事に入った。

 初日よりはマシだが、まだできないことはたくさんある。特に初見のものに関しては、()かなければ何もわからない。


 しかし誰もがあくせくと働いているため、下手に訊けない場合が多々とある。だから隙を見計らって、先んじて訊いて覚えるほかないのだ。

 また、できることが増えれば、仕事量も爆発的に増える。

 覚えなければならない仕事は、まだ尽きることはない。


 四日目――罰期間の内、ついに半分を超える。

 本日は、各部署へ荷物を届ける仕事を担当していた。今は資料が詰められた箱を届けるため、受付のほうに来ている。

 これまでは、仕事中に受付周辺を通る機会がなかった。


 だから仕事終わりに、話にしか聞いていなかったのだが、紅羽はもはや、完全にギルドの看板娘と化しているようだ。

 酒場での人気は(おとろ)えないどころか、むしろ悪化している。

 そうなった原因は、ミリアの責任でもあった。


 神々しい容姿がゆえに、紅羽は本当に何を着ても似合う。

 ミリアが見立てた衣装を着させられた紅羽は、楚々(そそ)とした雰囲気を(かも)しつつ、しかし強烈な存在感も放っていた。


 それこそ老若男女を問わず、視線を奪うに違いない。

 いつも一緒にいる咲弥ですら、恍惚(こうこつ)と眺めたほどだった。


「ミリアさん。資料の箱は、ここに置いておきますので」

「ええ。ご苦労様です」


 ミリアが柔和(にゅうわ)に微笑み、咲弥の言葉に応じた。

 そんなミリアの隣にいる紅羽へ、咲弥は視線を向ける。

 紅羽の衣装と取り巻きに驚きはしたものの、もう一つ――それ以上に、我が目を疑うような事実を咲弥は捉えていた。


 あの紅羽が、パソコンをこなれた様子で操作している。

 初めてここを訪れた頃は、存在すら知らない様子だった。きっとミリアが教え込み、すんなりとものにしたのだろう。


 ネイが少し前、紅羽を万能型だと言っていた記憶がある。

 確かに、本当の意味から万能型だと思えた。


(たどたどしい僕とは、全然違うや……)


 心の中で、咲弥は(なげ)きのため息をついた。

 受付から出ようとしたとき、紅羽の可憐な声が飛ぶ。


「咲弥様」


 途端に呼び止められ、咲弥は紅羽に視線を移した。

 紅羽は肩越しに、咲弥のほうを振り向いている。


「また、のちほど」


 珍しい微笑みに、咲弥はどきりとさせられた。

 ついでに、周囲にいる男達の視線がぐさりと刺さる。

 照れと恐怖を同時に覚え、咲弥はすぐさま我に返った。


「あ、う、うん。頑張ってね」

「了解しました」


 少し名残惜しさを感じつつ、咲弥は再び激務へと戻った。


 そして、五日目と六日目を無事に終え――

 最終日に、事件は起こった。




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