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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
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第二十八話 その音色はただ優しく




 咲弥はただただ、愕然としていた。

 信じられない反面、目の前にある事実は無視できない。

 思い返せば、確かに危害を加えられたわけではなかった。ただ幻惑をかけられ、(そば)まで寄せられていたに過ぎない。


 咲弥達が一方的に攻撃をしたから、ローレライのアンリは身を護るため、反撃せざるを得なかったのだと思われる。

 アンリは今も、チェリッシュを護る姿勢を崩していない。咲弥達が危害を加えないか、不安になっているのだろう。


(魔物……なのに……?)


 これまでの魔物との遭遇(そうぐう)から、感覚が麻痺(まひ)していた。

 どの魔物も人を見れば、見境なく襲ってきたのだ。


 それは疑いようのない、事実ではある。だから、アンリの件もまた疑いすらなく、討伐に打って出たのは間違いない。

 そんな愛情溢れる魔物を、これまで見たことがなかった。


(いや……)


 思ってから、咲弥は自分の思考を否定する。

 そもそも、この世界での魔物という存在は、魔神の放った魔神兵と()われていた。だが同時に、ただの生物でもある。

 現に馬車で使われている迅馬(じんば)も、魔物の一種らしいのだ。


 ただ人に危害を加えない、おとなしい生物だから愛され、大事に受け入れられているだけであった。

 当然、すべての魔物がそうだとは言えない。


 少なくともローレライは、迅馬寄りの心が優しい魔物ではないはずだった。調べた限りでは、音で惑わし、人肉を(むさぼ)る残忍な性格だと記されている。

 それならば、アンリの存在がよくわからない。


「なんで……?」


 咲弥は自然と、そんな(つぶや)きを漏らした。

 当然、アンリの存在への疑問も多少はある。だがそれは、おそらくといった程度の推測が、頭にはもう浮かんでいた。


 人でも、いい人がいれば、悪い人もいる。

 きっと魔物もまた、それと似た感じに違いない。

 だからそれよりも、もっと大きな問題がある。


「……どうして、討伐なんて依頼したんですか!」


 咲弥は我知らず、その声を張り上げた。

 チェリッシュは友人だと口にしていたが、聞けばもはや、命の恩人にも等しい存在だと思える。それほど大事な存在を討伐させるなど、正気の沙汰(さた)ではない。


「……私が……私が、ばかだった……」


 チェリッシュは涙を流し、訥々(とつとつ)と語り始める。

 体から(やまい)が去ったチェリッシュは、それまでできなかったすべてを取り戻すように、多くの物事を経験していった。

 外を歩き、人の友人も増え、周囲の目も変わり――

 文字通り、世界が変わったらしい。


 そうして訪れたのは、魔物の活発化であった。

 多くの村や町が、魔物によって多大な被害を受けている。つまり――アンリもまた、そんな魔物に同一視されたのだ。


「でも、私は……アンリだけは違うって! ずっと……!」


 しかしそんな叫びは、村の者達へは届かなかった。

 そもそも、アンリと仲良くしていたのは、病から救われたチェリッシュだけというのも大きい。ほかの者からすれば、異常な光景に思えたのだろう。


 だから村の者達の目の色が、また別の意味で代わった。

 チェリッシュは、これまで(きず)いたすべてを失いかける――それが彼女にとっては、なによりの恐怖となったのだろう。

 結果、親に言い包められ、討伐という道を選んだのだ。

 咲弥は奥歯をギリリッと噛み締める。


(評価うんぬんの話は、そういうことだったのか……!)


 チェリッシュを依頼者に据えることで、村人全員の溜飲(りゅういん)を下げさせるのが目的だと呑み込んだ。今さらになって、村長ハレックの言葉を本当の意味で理解する。

 さらに、もう一つ――


 人を襲う魔物であり、娘も襲われかけたと聞かされた。

 これらは、明らかに嘘の依頼となる。


(そうか。だからギルドには、査定する調査班があるんだ)


 それを蹴ってまで強行したのは、咲弥自身の失態だった。

 今回の依頼から、見えなかったものが見えてくる。

 同時に、自分の浅はかさに加え、子供っぽさを痛感した。

 想いだけで立ち回れるほど、世界はまったく甘くない。


「咲弥様。どうされますか?」


 苦い思いを抱く中で、背後にいる紅羽が問いかけてくる。

 咲弥は悩み、迷い――立ち上がりながら、解放を解いた。


「僕の責任だ。討伐は……中止する」


 それもまた、冒険者ギルドの違反になりかねない。

 討伐可能な対象を見逃すなど、ありえない失態だからだ。だがそれは、自分の思慮(しりょ)の足りなさが招いた結果でもある。

 今回ばかりは、そのだめな部分を受け入れるほかない。


「それは困るねぇ」


 不意に背後から、男の声が飛んだ。

 振り返ると、ハレックと若い男達が向かって来ている。

 若い男達の手には、物々しい得物が握られていた。

 ハレックは(けわ)しい顔で、言葉を(つむ)いだ。


「依頼の放棄など、絶対に認められない」

「嘘の依頼も、立派な違反です!」


 咲弥は声を荒げ、ハレックに反論した。

 ハレックは怪訝(けげん)そうな顔で、問い(ただ)してくる。


「いったい、何が嘘の依頼なのだ?」

「誰も、この魔物には襲われていません!」

「襲われているさ」


 眉間にしわを作り、咲弥は首を(ひね)る。

 ハレック達は、咲弥の前で立ち止まった。


「こいつが存在するというだけで、娘は打ち首になるんだ」

「なっ……?」

「村長の娘が、(みにく)い魔物と仲良くしている。それが今のこの時代で、どんな重大なことか、君には何もわからないのか」

「醜いって……このアンリのお(かげ)で、あなたの娘さんは今もこうして、自由に歩き回れているんじゃないんですかっ?」

「そんな証拠が、どこにある!」


 ハレックは怒声を放ち、重々しい声で続けた。


「ローレライが(やまい)を治すなど、聞いたことがあるのかっ?」


 それは確かに、その通りではあった。

 そんな情報は、調べた限りでは見た記憶がない。


「どこも魔物が活発化している。被害が出てからでは遅い。それは冒険者の君なら、理解していることじゃないのか!」

「……くっ……」

「それともなにか。魔物は見逃(みのが)して、娘が打ち首になるのは許されると? 君は……人と魔物、どちらの味方なんだ!」


 打ち首――衝撃的な発言を聞き、咲弥は言葉に詰まった。これはチェリッシュ自身も、知らなかった事実に違いない。

 当然、人の味方でありたい。それは普通の感情であった。


 しかし話を聞いてしまった以上、アンリもまた、見捨てるわけにはいかない。きっとアンリを殺せば、チェリッシュの心も同様に死ぬ気がした。

 選べるはずのない二択に、咲弥は唇を()み締める。


「君が依頼を放棄すれば、もう娘は打ち首を(まぬが)れないんだ。プロなら……受けた依頼は、最後まで、まっとうしてくれ」


 ハレックは涙を流し、力強い声で訴えてきた。

 咲弥は、喉の奥から絞り出すように問う。


「そもそも、どうして打ち首なんかになるんですか……?」

「それが村長の娘であり、村の掟だ。魔物が活発化しているご時世――魔物と仲良くしているなど、逆賊(ぎゃくぞく)か不穏分子だと捉われても仕方がないのだ」


 いまだかつてない苦痛に、咲弥は強く奥歯を噛み締める。

 ハレックはチェリッシュを、ただ護りたいだけなのだ。

 村人達はそれぞれの生活を護り、安心感を求めている。

 そしてチェリッシュはアンリを、アンリはチェリッシュをただ護りたい。


 この場にいる誰もが、何かを護りたい一心で動いている。

 それなのに、どうしてこんな食い違いが出るのだろうか。


「それでも……僕は……」

「アァアアア――ッ!」


 そのとき、アンリが奇声を発した。

 チェリッシュを左腕に抱え、尾を曲げて立ち上がる。


「アンリ……?」


 まるで人質のごとく、チェリッシュを盾にする。

 青い魔法陣が浮かび、水弾が発射された。

 唐突(とうとつ)な攻撃に、咲弥は驚きながらも回避する。

 村人達は驚き戸惑い、悲鳴を上げながら逃げだしていた。


「それ見たことか! これが魔物だ!」

 ハレックは後退しつつ、咲弥に指示を飛ばした。

「君が責任を持って討伐したまえ!」


 咲弥は籠手にオドを少量流し込み、素早く解放する。

 撃たれた水弾を、白い爪で裂いて破壊した。


「やめて! アンリ! どうして!」


 チェリッシュの声でも、アンリには届かない様子だった。

 アンリは攻撃の手を(ゆる)めない。

 ハープはすでに、咲弥と紅羽によって破壊されている。

 だからなのか、魔法での攻撃ばかりをしてきていた。


(くそっ……なんで……)


 活発化の影響は、やはりアンリにも表れているらしい。

 魔神兵としての(さが)からは、抜け出せないのだろうか――

 深く考え込んでいる場合ではない。


 とにかく今は、人命の救助が最優先であった。しかし攻め込もうにも、人質を取られていては迂闊(うかつ)に動けそうにない。

 迫る魔法を()け、壊し――咲弥はふと、異変に気づいた。

 漠然と感じ取った異変は、なかなか像を結ばない。


 だが、何かがおかしいのだ。

 咲弥の疑問をよそに、アンリは大きく動いた。


「キシャアアア――ッ!」


 魔法では無駄だと(さと)ったのか、直接攻撃を仕掛けてくる。

 咲弥からすれば、これは願ってもないチャンスであった。


 下手にこちらから近づけば、チェリッシュの身が危ない。だが自らが迫ってくれるのであれば、黒い爪も届くのだ。

 紅羽もしっかり、その好機を(のが)さない。


 咲弥へと迫るアンリの真上を舞い、紅羽は光る矢を射る。背や尾ビレを撃たれたアンリは、それでも止まらない。

 咲弥は黒き手を、大きく広げ――

 心の中にあるすべての感情を、全力で()み殺した。


(ごめん……どうか、安らかに……)


 咲弥は心の中で冥福(めいふく)を祈った。

 アンリの直接攻撃を回避し、鋭利な黒い爪を振るう。


 アンリを裂いた瞬間、咲弥は何もかもすべて察する。像を結ばなかった異変が、いまさらに形をなしたのだ。

 地に()したアンリは、黒い爪でもう大きく裂かれている。


「いやぁああああ! アンリィー!」


 チェリッシュの悲鳴が、とても痛々しい。

 咲弥の胸を、苦しいほどぎゅっと絞めつける。

 裂かれたアンリの(そば)で、チェリッシュは涙を流していた。


「アンリは活発化の影響は受けない! なのに、なんで!」


 チェリッシュの叫びを浴びて、アンリは――残酷なまでの優しい事実が、咲弥の目からも涙をこぼれ落とさせた。


(やっぱり……そうだったんだ……)


 もしチェリッシュを殺す気なら、すぐにでも殺せていた。

 仮に逃げるなら、人質を連れたまま逃亡すればいい。

 それだけの知能を、アンリは確実に持っている。


 放たれた魔法は、誰も傷つかないように計算されていた。

 わざと暴れ回ったのも、わざと迫ってきたのも――それらすべては、チェリッシュを護るためにほかならない。


 きっと、アンリは――

 このまま()()()()()()()()()、チェリッシュが殺されると思ったのだろう。

 だからアンリは、自分が殺される道を選んだ。

 咲弥は、そう確信している。


 なぜならアンリは今、チェリッシュの頬に触れ、(おだ)やかに笑っていた。

 次第に力のない笑みが消え、アンリは静かに沈黙する。

 もう二度と動くことも、笑うことも、護ることもない。


「いやぁああ! アンリ! いやぁあああああ!」


 美しい湖に、チェリッシュの悲痛な声が響く。

 命を奪った咲弥は、そんなチェリッシュから目を離せない――目を()らすことなど、きっと許されないのだと思えた。


「咲弥様」


 不意に、紅羽が咲弥の手を取った。

 咲弥は涙で濡れた瞳で、紅羽の紅い瞳を見据える。


「咲弥様のつらさ、悲しさ――私も、一緒に背負います」


 紅羽の(なぐさ)めに、咲弥は何も応えられなかった。

 そんな資格があるのか、咲弥は自責の念に駆られる。

 今はただ――


 チェリッシュの悲しみを、受け取り続けるしかない。

 それが咲弥にできる、最大限の責任の取り方であった。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 その魔物、ローレライには特殊な力が宿っていた。

 傷や異常を肩代わりする、とても不可思議な力――


 だがそれは、(おさ)に向いた力ではない。むしろそのせいで、異質なローレライは、同族達の中でいつも(いじ)められていた。

 強制的に肩代わりをさせられ、身も心もズタボロとなる。

 そしていつしか、体が動かないほどまでに(いた)っていた。


 ふと目を覚ますと、周囲に同族達の姿がない。

 同族のために働き、同族のために戦ってきた。

 そんな自分は、どうやらもういらない存在らしい。

 それでも、ほかの生き方など知らなかった。


 だから、同族をずっと探し求める。

 ただそれは、困難を(きわ)める旅でもあった。

 多種族の生物から、幾度(いくど)となく命を狙われたのだ。

 海、川、陸――あらゆる場所へ逃げ、同族を探し続ける。


 そうして辿(たど)り着いたのは、森の中にある綺麗な湖だった。

 なぜかその景色は、ローレライの目と心を奪った。

 水面に天空の明かりが、ぼんやりと映っている。

 こっそり覗き込むと、水面の中から何かが覗いていた。


 それが自分の姿だと認識するのに、少しの時間を要する。

 しばらくして、ローレライは湖の中に飛び込んだ。

 これまで味わった経験のない、心地のいい感触だった。

 水中を漂っていると、不意になんらかの気配を察知する。


 それは、同族の気配ではない。

 他種族の何かであった。

 恐る恐る、ローレライは水面から覗き見る。


 湖の付近にいた()()は、危険な生物の一種だ。

 だがまだ幼い生物は、唐突(とうとつ)にぱたりと倒れた。

 徐々に近づき、生物の様子をうかがう。

 (けわ)しい表情で、胸の辺りを押さえている。


 危険なはずの生物の目に、ローレライは視線を奪われた。

 まるで――水面に映った自分と、同じ目をしていたのだ。

 この生物もまた、自分と同じ孤独なのだろうか。


 その生物は苦痛に顔を(ゆが)め、こちらを見据えてきている。

 そして(おび)えることなく、静かな微笑みを(たた)えた。

 迫りくる死を、どうやら受け入れているらしい。


 ローレライは無意識に、肩代わりの音色を響かせていく。

 苦痛に歪められた顔が、徐々に薄らいでいる。

 なにやら体内に異常を抱えていたらしいが、耐えられないほどではない。あまりに(もろ)い生物を、ただじっと見つめる。



 チェリッシュと出会い、アンリは知った。

 危険な別種族のはずだが、同族以上の愛おしさがある。

 きっとこれまでの同族は、本当の同族ではなかったのだ。

 チェリッシュこそが、真の同族に違いない。


 だからアンリは、心にとある想いを宿した。

 たとえ何があろうとも、チェリッシュだけは護ろう――

 仮にそれで、己の命が(つい)えるとしても――

 これは強制されたわけではない。自ら願った意思だ。


 命が尽き果てる寸前、アンリは過去を振り返っていた。

 悲しんでくれている、チェリッシュの顔に――

 ただただ愛おしさを抱きながら、意識は不意に途切れる。


 もう二度と――

 覚醒することはない。




22/03/09 改稿

ローレライが二体になったような表記がありました。

その間違った文章を、ちょぴっと正しくしました。

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