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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
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第二十五話 初めての依頼請負




 本日は一時間ほど、目覚めるのが早かった。

 早起きではあったが、特に気怠(けだる)さはない。念願の冒険者になれたのは、思った以上に気持ちを高ぶらせていたようだ。


 王都はいつも通り、多くの人達で(にぎ)わいを見せている。

 喧噪に満ちた王都の中にある冒険者ギルドには、それこそ多種多様の目的を持った人々が、頻繁にやってくるのだ。


 その大半はもちろん、ギルド勤めの職員だったり、または冒険者だったりもする。それ以外の人となれば、それは――なにかしらの事情を抱えた者に違いない。

 咲弥は冒険者の一人として、本日はギルドを訪れていた。


「――と、以上で、依頼請負(うけおい)に関する説明はおしまい」


 冒険者ギルドの受付嬢ミリアは、緩やかな声を(つむ)いだ。

 青髪の彼女から説明を受け、咲弥は重く(うな)る。

 想像以上に、最低等級からのスタートは困難を(きわ)めた。


 冒険者としての等級を上げるためには、信頼と実績を勝ち取らなければならないが、そう簡単な話でもないらしい。

 ネイ達の実力に見合わない等級も、そのせいだと思える。


「数をこなしていかないと、結構厳しいみたいですね」

「それはそうよ。その数が、咲弥君の実績になるんだから」


 当然にも思える話ではあるが、内心のため息は尽きない。

 隣にいる銀髪の少女、紅羽が淡々とした口調で言った。


「しかし私のもとであれば、それなりの依頼は請負(うけお)えます」


 彼女の紅い瞳には、とても真面目な光が宿っていた。

 紅羽におんぶに抱っこの状態は、正直かなり情けない。

 ただそれ以外に、いい道のりがないのも事実ではあった。


(今の僕じゃ、仕方ないよな……)


 咲弥が嘆息(たんそく)すると、ミリアは柔和(にゅうわ)な顔をほころばせた。


「紅羽ちゃんみたいなのは、結構な特例だからね。さすが、()()紅羽ちゃんよね! お姉さん、とても鼻が高いわぁ」


 ミリアのものらしき紅羽は、いつも通りの無表情だった。

 これには、つい苦笑が漏れる。

 紅羽にぞっこんのミリアは、くねくねしながら続けた。


「紅羽ちゃんに見合った依頼を、リストアップするわね」


 それはそれで、咲弥には萎縮(いしゅく)してしまう展開ではあった。

 確かに下級だと、お使いじみた依頼ばかりになる。だが、中級ともなれば、きっと話は大きく変わってくるだろう。


 ただミリアが危険な依頼を、紅羽に勧めるとは思えない。

 ある程度の危険は、おそらく排除していると考えられた。

 ふと(ゆる)やかな風の流れを、咲弥は背後から感じ取る。


 腰まである長い栗色の髪をした女が、咲弥の隣に並んだ。どこか生気の抜けた顔には、悲愴感(ひそうかん)がひどく漂っている。

 その女の隣には、父親らしき壮年(そうねん)の男も立っていた。

 まだ十代後半だと思われる女が、青紫色の瞳を下げたまま重い声を響かせる。


「すみません……依頼をお願いしたいんですが……」

「あらまあ、どうしたのかしら?」


 ミリアの問いに、女は口を(つぐ)んだ。

 代わりに、隣にいる父親らしき男が告げた。


「失礼。私はフォンカーシ村の村長、ハレック・ランソー。こちらは娘のチェリッシュです。実は人を襲う魔物を一体、討伐してほしいんだが」

「魔物討伐の依頼ね。フォンカーシ村なら、査定にちょっとした時間がかかるけれど、それでも構わないかしら?」

「ああ……だが、できる限り早くしてもらいたい」


 咲弥は不意の疑問が浮かび、つい口を(はさ)んだ。


「査定とか、どれぐらいの時間がかかるもんなんですか?」

「そうねぇ。もちろん場所にもよるけれど、早くて数日って場合もあれば、一か月以上もかかる場合があったりするわ」


 ミリアの言葉に、咲弥は自然と眉間に力を込めた。


「えっ……それじゃあ、その間は何もできないんですか?」

「ええ。そうなるわね」

「魔物に襲われる危険性だって……あるのに、ですか?」

「ええ。そのうえ依頼を()けるかどうかは、冒険者次第ね」


 咲弥は言葉を失った。

 隣にいる親子と同様、ほかにも似たような事例はいっぱいあるに違いない。魔物の影に(おび)えながら、いつの日か誰かがやって来るのを待ち続けるのだろう。


 ただの偽善だと、それは咲弥も充分わかっている。

 それでも――


「査定抜きで、この方達の依頼を請けてはいけませんか?」

「んぅ……」


 ミリアは困り顔で、短く(うな)った。


「それはつまり、ギルドの規約に違反しますってこと?」

 表情こそ柔和なものの、その声はひどく硬い。

「ギルドの一員である以上、ギルドの規則には従わなきゃ。あなたがしようとしていることは、プロとしては失格よ?」


 咲弥は不意に、スラムに住む情報屋の少女を思いだした。

 目的次第では、冒険者ギルドが足枷(あしかせ)になる可能性も高い。彼女の言葉の意味が、今さらになって呑み込めた気がする。

 ギルドは慈善事業とかではなく、ビジネスの一環(いっかん)なのだ。


「それでも、困っている人を見捨てられません」

「この方達以外にも、困っている人はほかにも大勢いるわ」

「わかっています。僕に全員を助ける力なんかありません。ですが……手の届きそうな範囲でなら、差し伸べられた手を(つか)んであげたいんです」

「勝手にやれば、あなた自身の査定に響くわよ?」


 目的のためには、正直に言えばあまりよろしくない。

 それでも、咲弥はまっすぐミリアを見据えた。


「目の前の人を見捨てるぐらいなら、それでも構いません」


 ミリアは呆れた様子で、首を振りながらため息をついた。

 その瞬間、男の太い声が咲弥の耳の(そば)で響く。


「たまたま、なんとなくそこに行ったってことにしたら?」

「……わっ!」


 咲弥はびっくりして、声を振り返った。

 紳士的な顔立ちをしたギルド長が、そこには立っている。


「ギルド長……?」

「やあ。ご機嫌はいかがかな?」

「もう……変なこと吹き込まないでください」


 ミリアが片頬を(ふく)らませ、ギルド長へ抗議(こうぎ)した。

 ギルド長はからからと笑う。


「いやぁ……つい、声が聞こえてきちゃってね」

「咲弥君、だめよ? それは立派な違反だから」

「たまたまそこへ旅立って、たまたま困っている人がいて、たまたま流れでなんか、いろいろやっちゃっただけの話さ」

「ギルド長……!」

「とはいえだ。もしそこで何があろうとも、我々はいっさい感知しないし、査定に響くのは致し方なしではあるがね?」


 ギルド長は小さく笑い、焦げ茶色の瞳で見据えてきた。


「ギルドの利益を、君は潰すんだ。それでも、行くかい?」

「……はい。この方達の助けになれるのなら、行きます」

「やれやれ……困った新人君だ」


 ギルド長は、呆れたと言わんばかりに肩を(すく)めた。

 それから、依頼にやって来た親子を振り返る。


「あなた達の望みを、どうやら彼が叶えてくれるようだ」


 村長のハレックが、困惑げに声を投げた。


「失礼だが……君の等級は……?」

「うっ……あ、下の五級です……」


 咲弥はかろうじて声を絞り出した。

 ハレックは(いぶか)しげな顔で、自身の(あご)()でる。


「下の五級……本当に、ただの新人じゃないのか?」

「あ、ええ……」

「いや……それは……しかし……」


 ハレックは言いあぐねたように、その口を閉じた。

 実績も何もない新人に任せるのは、当然の不安だろう。

 ギルド長が耳打ちする姿勢を取る。

 ただ、その声は隠す気のない声であった。


「実はこの子、空白にいる(ぜろ)級の魔物を討伐していますよ」

「なんと……はぁ……これは驚かされた」

「ですから、並大抵の魔物であれば、問題はありません」


 ハレックは(うなず)きながら、咲弥のほうを見据えてくる。


「私も同行します」


 ずっと黙っていた紅羽が、唐突(とうとつ)に声を(つむ)いだ。

 咲弥はやや戸惑い、首を横に振る。


「僕に協力したら、紅羽の査定にも響いちゃうだろうから」

「別に構いません」


 紅羽は胸に両手を添え、そっと紅い瞳を閉じた。


「そんな咲弥様だからこそ、私は身も心も救われました」

「紅羽……」

「だから、咲弥様にお供いたします」


 紅羽の(うれ)しい申し出を、ゆっくり呑み込んでから(うなず)いた。


「ありがとう。紅羽」

「はぁ……」


 重いため息をついたミリアへ、咲弥は頭を下げる。


「すみません。ミリアさん……心配してくださって、きつく言ってくださったのに……でも、ほうっておけないんです」

「仕方がないわね……フォンカーシ村の方、依頼の手続きはおこなってください。きっちり査定はしますが、たとえ先に――〝たまたま〟依頼の内容が完遂(かんすい)された場合でも、料金は支払っていだたきますので、そこはどうかご了承ください」


 ミリアの発言に、咲弥は小首を(かし)げる。


「えっ……そんなことをしても、いいんですか?」

「ギルド長が、なんとかするでしょうから」


 ミリアの言葉に、ギルド長が深いため息をついた。


「やれやれ……またどやされるな……」

「自業自得ですよ」


 頬を膨らませ、ミリアはぷんぷんとしている。

 咲弥はギルド長に頭を下げた。


「ギルド長。すみません」

「なぁに。若いうちは無茶するのが特権さ。学んでおいで」

「はい。ありがとうございます」

「依頼が完遂するまでは、全部自腹だからね?」


 ミリアの発言に、咲弥は短くうめいた。

 しかし今回に至っては、仕方がない気持ちではある。

 咲弥は心の中で、こっそりとため息をついておいた。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 少年達はどんな思いを抱え、前へ進んでいるのだろうか。

 帽子を目深(まぶか)にかぶった男――クァルス・テ・ヴァーンは、少年と少女の後ろ姿を、なかば茫然と見送り続けていた。

 戦闘能力が高いとはいえ、少年達はまだ雛鳥(ひなどり)でしかない。


 これから多くの物事を経験し、そして立派に育つのだ。

 フォンカーシ村について、ある噂を耳にしたことがある。

 もしもそれが真実であれば、おそらくは――


「ギルド長……本当に、よかったんですか?」


 穏やかな口調の部下、ミリアの声が背後から飛んだ。

 クァルスは口もとを(ゆる)ませ、振り向かないままに答える。


「これもまた、成長に必要不可欠な物事の一端(いったん)に過ぎない」

「本部のほうから何を言われるのか、わかりませんよ?」

「なあに。のらりくらりと、上手くかわしておくさ」

「はぁ……ほんと……」


 ミリアのため息には、たっぷりと不満が詰まっていた。

 クァルスは、呆れた様子のミリアを振り返る。


「あんな彼だから、救われた者達がいる。君のお気に入りもまた、そんな彼だから救われた。そう言っていただろう?」

「それとこれとは、話が違います」


 思いのほか頑固(がんこ)な部下に、クァルスは苦笑する。

 クァルスは帽子を上から押さえ、目深にかぶり直した。


「しかし……今回ばかりは、どうかな」

「また、風の便りですか?」

「ああ。ただ風に乗ってやってきた――噂程度のものさ」


 ミリアは、淡々とした声を(つむ)いだ。


「今回の件は、ギルド長に全部お任せしますからね」

「おや? 手伝ってくれる気はないのかい?」

「ええ。ありません」

「やれやれ……手厳しいねぇ」


 微笑みを(たた)える鬼の部下に、クァルスは苦笑を送った。

 少年達が消えた場所に目を向け、クァルスは問いかける。


「君から見て、あの二人はどうだい?」

「紅羽ちゃんってば、本当にとても可愛いんですよ。もう、女神の領域に……いえ、完全に超えています。それに――」


 銀髪の少女について、ミリアは濁流(だくりゅう)のごとく語った。

 女好きではあるが、こうまで入れ込むのも少し珍しい。

 あの()()()()()に関しては、それほど調べるまでもなく、ある程度の把握はできている。かなりのいわくつきであり、正直なところ扱いには困るに違いない。


 それはミリア自身、()()()()に知っているはずだった。

 しかしあの娘だけは、ほかとは異質なほどの違いがある。感情表現はかなり(とぼ)しいものの、まるでないわけでもない。

 その事実こそが、驚きをもたらす要因ではあった。


(零級の魔物も翻弄(ほんろう)する戦闘能力……さすがだねぇ……)


 クァルスは胸中で、感想を(つぶや)いた。

 女部下は少女について、いまだ語り続けている。

 苦笑してから、クァルスは次の問いを投げた。


「では、少年のほうはどうだい?」

「正直、よくわかりませんね。接してわかる以上の情報は、ただただ()です」

「そうだね。何もわからないね」


 本当の意味で、まさに何もわからない。

 生命の宿る宝具に選ばれ、そのうえ精霊までをも使役する――これまで、そんな存在と出会った記憶は当然なかった。


 恩人ではあるが、クァルスの立場としては少年を調べないわけにもいかない。だから冒険者資格取得試験のエントリー後も、調査班を動かして調べさせた。

 しかし彼の足取りを逆に辿(たど)れば、小さな農村で止まる。


 それより前に関しては、いまだに情報が得られないのだ。

 少年の仲間によれば、遠くから海を渡ってきたようだが、そういった情報は、どこを探そうとも残されていない。

 農村側はもちろん、その反対側の海岸まで調べている。


 ただその調査で、彼の人となりはより深く知れた。

 あれほど人に対して熱くなれる少年が、農村以前の消息が完璧に途絶(とだ)えてしまう。有能な調査班が、絶望感たっぷりでお手上げしているくらいだ。


 それこそ、別の異次元か何かから、現れたのではないかと勘繰(かんぐ)ったほどであった。そう思った一因は、耳を疑うような報告を聞かされたからに違いない。

 農村に住む少女によれば、彼は紋章石の宿()()()どころか、神の御使い()()()()()()()()()、何も知らなかったという。


 そしてさらに、ミリアの話では、彼は信じられない使命を背負っていた。

 邪悪な神――

 魔神を討伐するといった任を、誰かから与えられている。

 いったいどんな人物なのか、そこまでは判明していない。


 使命を負わせた人物、それは果たして本当に()なのか――ミリアいわく、かなり人という言葉を強調していたらしい。

 まるで天使の形を模したような、特殊な紋様を持っている部分も(あわ)せて考慮すれば、無駄に憶測が巡り巡ってしまう。


 遠い昔に存在したとされるリフィアと同様、彼もまた――

 漠然とではあるものの、そんな妄想が尽きない。

 いずれにしろ、少年の存在は謎に包まれ過ぎている。

 だから文字通り、まさに何もわからないのだ。


「彼は……どこからやってきて、どこへ向かうのだろうね」


 クァルスの(つぶや)きに、冷酷な部下の声が飛ぶ。


「それよりもまずは、言い訳を考えたらどうですか?」

「ふっ。ほんと……手厳しいねぇ」


 正体不明の少年と、いわくつきの少女ではあるが――

 どちらも恩人であるのは、今でもずっと変わらない。

 彼らの旅路の無事を、クァルスは心の中で祈っておいた。




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