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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
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第二十三話 試験の結果




 大広間には、すでに百人を超える受験者が集まっている。

 演壇(えんだん)がある以外は特に何もない、質素な空間であった。

 咲弥が入室するや、橙色の短い髪をした女――猫型の獣人ミラが飛んでくる。


「咲弥ぁ――っ!」

「あ、ミラさん……よかった。無事だったんですね」

「うんうん! 咲弥も無事そうでよかったぁ。どこにも姿が見当たらないから、あのでっかい魔物に、やられちゃったのかと思ったよ」

「ははは……なんとか、生きてますね」


 ミラは腕を組み、深く(うな)った。


「ミラ、あの魔物の攻撃で気絶しちゃったからさ、あれからどうなったのか、あんまよくわかってないんだよねぇー」

「そうなんですか」

「うんうん」


 会話の最中――ミラの目は、ずっと紅羽へと向いている。

 紅羽と会話をしているのかと、そう錯覚するほどだった。

 咲弥はつい苦笑する。


「えっと……こちらが、探してた仲間の紅羽です」


 紅羽の紹介をしてから、咲弥はミラへ手を向けた。


「こっちは、ミラさん。試験でチームを組んでた人なんだ」


 手を前で組んでいる紅羽は、無言のまま軽い会釈(えしゃく)をした。

 ミラも、つられたようにお辞儀している。


「紅羽。ミラね、ラ・イ・ミラっていうの。よろしくね」


 ミラが紅羽の手を、ぎゅっと握る。

 無表情のままの紅羽は、手を上下に軽く振られていた。

 変な誤解を招かないよう、咲弥はフォローを入れる。


「紅羽は、あまり人付き合いが上手くないんです」

「近くで見ると、本当に可愛いね。しかも強いんでしょ?」


 ミラは満面の笑みを浮かべ、咲弥のほうを向いた。

 あまり気にはしていないらしい。


「はい。試験の最中に、もっと強くなったみたいですけど」

「そうなんだ。いいなあ。ミラも、もっと強ければなあ」

「僕も、自分にそう思います」

「咲弥は、もう充分に強いじゃん」


 両手を小さく広げ、ミラは呆れた声でそう言った。

 紅羽みたいに強ければ、この先に待ち受けている合格者の発表を、もっと堂々(どうどう)と構えていられたように思える。

 咲弥は肩が、ずんっと深く沈んだ。


「ねえねえ。紅羽、知ってる? 咲弥ね、紅羽が死んだって聞かされたとき、子供みたいにぎゃあぎゃあ泣いたんだよ」

「ちょ、ちょっと……ミラさん、やめてくださいよ」

「ええ、いいじゃん。素敵なことだよね?」


 ミラの発言に、紅羽が淡々とした口調で応えた。


「試験官の方からも、その話は聞かされています」

「えっ……」


 一瞬どちらか悩んだが、すぐに予想がついた。

 きっと、アイーシャに違いない。

 咲弥は不意の恥じを覚える。


「ちょっと、羨ましいな……」


 か細い声で、ミラが何かを(つぶや)いた。

 恥じを抑えようとしていたため、つい聞き逃した。


「何か言いました?」

「なんでもない」


 後頭部に両手を置き、ミラは後ろを振り返った。


「そうそう! もしまた膝枕してほしくなったら、ちゃんとミラに言ってね。いつでもいくらでも、してあげるからさ」


 ミラのからかいに、咲弥は驚きのあまり()()る。

 隣の紅羽が、無言で見つめてきた。


「いや、違っ……体が動かなくて、あれだったんだって……や、か、からかうのは、やめてくださいよ。ミラさん……」


 とっさに言い訳をするが、上手く言葉が出てこない。

 紅羽はじっとりと見据えたまま、何も言わずにいる。


「にゃはははっ!」


 ミラは笑いながら、受験者の立つ奥へと戻った。

 紅羽の視線が、少しばかり痛い。

 一から経緯(けいい)を説明しようとした、そのときであった。


「おら! ここで詰まんな! とっとと進め!」


 後ろから、アイーシャの声が飛んだ。

 アイーシャはむすっとした顔で、(にら)んできている。

 その隣には、頭にバンダナをしたケイスの姿もあった。


「あ、す、すみません」


 咲弥は謝罪し、紅羽と中央付近までそそくさと進んだ。

 ミラが無事とは知れた。移動の最中、ほかの者達の安否(あんぴ)が気になるが、この人込みではなかなか探し出すのは難しい。

 アイーシャが演壇に立ち、その斜め後ろにケイスが立つ。


「これから合格者の発表をする。名前を呼ばれた奴は、前に出てこい」


 アイーシャの言葉に、空気が張り詰めた。

 合格確定の紅羽には、緊張など感じないだろう。

 不合格確定の咲弥に(いた)っては、緊張する余地などない。

 咲弥と紅羽以外は、誰もが固唾(かたず)を飲んで見守っている。


「まずは、首席合格者からだ!」

「ドクロ地点の主格魔物討伐数、十一体。指定物の納品数、二十八。総獲得スフィア、約一六〇〇万」


 ケイスの言葉に、受験者達の間からどよめきが起こる。

 咲弥も、これには驚かされた。

 いったい誰なのか、凄いという以外の感想が出ない。


「受験者、紅羽。前へ」

「えっ――!」


 首を痛めるぐらいの速度で、咲弥は紅羽を向いた。

 合流前なのか、それとも後なのかわからない。

 紅羽は淡々と進み、アイーシャと台を(はさ)む形で立った。


「文句なしの首席合格だ。おめでとう」

「はい」


 アイーシャは渋い顔をした。


「腕輪が途中で壊れたから、お前に関しちゃ……ぶっちゃけよくわかんねぇ。本当はもっと、倒してんじゃねぇのか……一応、納品から主格討伐数を割り出したが」

虱潰(しらみつぶ)しに回っていましたから、私もよく覚えていません」

「たぁーはっはっはっ! こりゃあ、零級(ぜろきゅう)だわ。なあ?」


 アイーシャは、ケイスに同意を求めるような視線を送る。

 しかし、ケイスは無言のまま固まっていた。


「なんとか言えよ。ドカスナメクジ野郎!」

「まあ、そうだな」

「かぁ……ほんっと、くれぇ奴だな」


 ケイスに、紅羽と似た雰囲気を感じた。

 ()なのかどうか、それはわからない。


「それじゃあ、次の合格者!」


 ケイスが淡々と、受験者の名を呼んでいく。

 討伐数は最大でも二体までだったが、納品数が多い。

 現在、十六人の冒険者が誕生している。

 その中には、幽鬼(ゆうき)の古城で出会った男――ハオもいた。


「次で最後だ」


 アイーシャの言葉に、全員が固唾(かたず)を飲んで見守っている。

 やはり咲弥は、名前を呼ばれる気配がまったくない。


「指定物の納品数三。総獲得スフィア、三七〇万。受験者、ラ・イ・ミラ。前へ」

「やったぁ! やったやったぁ! ギリギリじゃんね!」


 咲弥は驚きながら、前へと進むミラを見た。

 納品数から考えれば、おそらくジャガーノート戦以降に、頑張ったと思われる。

 当然の結果に、咲弥はがっくりと肩を落とした。


「今回の合格者は、十七名だ」


 後ろ側にいる者達から、どんよりとした空気を感じる。

 咲弥も重いため息しか漏れない。


「さて――本来であれば、不合格者はこの時点で退散をしてもらうんだが、お前らに少し話しておきたいことがある」

 アイーシャは勇ましい顔を、さらに強く引き締めた。

「中には参加した者もいるが……今回ある事件が起こった。空白の領域の魔物――ジャガーノートが突如として現れた」


 騒然とする場を、アイーシャは手で制する。


「受験者及び試験官を含め、七十四名の死者を出した」


 死亡者の数に、咲弥は愕然となる。

 咲弥は周囲を、改めて見回した。

 討伐時にチームを組んでいた受験者の数が足りない。逃げ出そうとした男達に加え、チームリーダーの姿もなかった。


(そんな……)


 足に力が入らなくなり、崩れ落ちそうになる。

 アイーシャの発表に、咲弥は大きなショックを受けた。


「冒険者は常に、死の危険と隣り合わせだ。いつ死ぬのか、わかったもんじゃない。その上でまだ、不合格者のお前らが冒険者を目指したいというのなら、勝手に目指せばいい――合格したお前らも、やめるなら今の内だぞ?」


 アイーシャの勧めに、合格者は誰も乗らなかった。ただ、不合格者のほうでは、今回が最後だと口にした者もいる。


「空白の領域の境には、国の兵士、あるいは冒険者ギルドに属する者が、日夜関係なく、中の魔物が外へ漏れないように監視、または迎撃(げいげき)している」


 その話は、ネイから聞いた記憶があった。


「もしも今回、ジャガーノートを放置してたら、おそらくはここにいる全員殺されていた。果ては海をも越え、この国を蹂躙(じゅうりん)していたかもな。一応、冒険者ギルドと国の兵が討伐の準備をしていたが、んなの待ってたらアタシらが死んでる」


 その言葉に、顔を青ざめさせる者が出る。

 一歩間違えば、大惨事へと(いた)っていた。

 今でも倒せたのが、不思議でならない。


「まぁ、なんだ。それが、アタシら冒険者だ。危険な魔物を排除し、空白の領域を攻め――人々の暮らしに、または国に役立つ資源の発見、確保をする。当然、自分の目的のため、あるいは生きていくためにもだ。不合格者の中にまだそんな(こころざし)があんなら、次も頑張れってことだ」


 アイーシャの締めに、不合格者の中から拍手(はくしゅ)が飛んだ。

 冒険者になれなかったのは残念だが、それは仕方がない。

 きっと誰もが、なんらかの目的のために頑張っている。

 異世界から訪れた者が、そう簡単に受かるはずもない。


「と、言うわけでだ」


 アイーシャが、両手をパチンと叩き鳴らした。


「今回、特別にもう一人の合格者を発表する」

「えっと……ドクロ地点の主格魔物討伐数、一体。指定物の納品数、二。総獲得スフィア、八〇〇〇。空白の領域の魔物討伐数、一体――受験者、咲弥。前へ」

「へっ……?」


 あまりにも唐突(とうとつ)な出来事に、咲弥は呆然となる。

 周囲にいる者達が、さっと咲弥のほうを向いた。

 半信半疑のまま、咲弥は前へと進む。

 演壇の手前で立つなり、アイーシャが鼻を鳴らした。


「正直、戦闘力は申し分ないが……頼りねぇな、お前」

「あ、あの……僕、合格なんですか?」

「ジャガーノートの件がなければ、完全に不合格だったな」

「僕一人で、倒したわけじゃありません……」


 ジャガーノートを討ったのは、確かに咲弥で間違いない。

 だが、そこに(いた)るまでの過程があった。それをなくして、あれほど凶悪な魔物は、確実に討ち取れなかっただろう。


 さらに言えば、紅羽の助力がなければ一歩届かなかった。

 この点については、自分でも不思議に感じている。全開の限界突破でも、限界が存在している可能性があるのだ。

 そうでなければ、体が動かないことはないと思える。


 単純に扱い慣れていないからか、または根本的に扱い方を間違えているのか――いずれにしても、自分の力ですら扱いきれない程度の未熟者に過ぎない。

 少しの静寂が流れ、アイーシャがまた鼻を鳴らした。


「ああ、そうだ。みんなが協力したお(かげ)だな。だが、お前があの場にいなきゃ、誰一人として倒せなかったのも事実だ。そこにいる、紅羽ですらもな」

 アイーシャは真面目な顔で、言葉を(つむ)ぎ続けた。

「過程は確かに大事だ。しかし同じぐらい、決め手がなきゃどうにもなんねぇ。お前があのときあの場所にいなければ、今この場に人は存在しない。わかるか?」


 咲弥は重い気分を抱いた。

 アイーシャの励ましが(うれ)しく思う反面、素直に喜べない。

 その部分を見抜かれたのか、アイーシャが呆れ声で言う。


「どうせ、死んだ奴のことを考えてんだろ……お前」

「はい。全員が無事に、生還(せいかん)したわけではありませんから」

「アタシは……あのとき、お前になんつった?」


 アイーシャの質問に、咲弥ははっとさせられた。


「失った仲間を思うなら、前を向いて戦い続けろ……です」

「そういうことだ。わかってんなら、ちゃんと顔を上げろ」


 アイーシャに(さと)され、咲弥は前を向いた。

 微笑みながら、アイーシャは小刻(こきざ)みに何度か(うなず)く。


 からくも、咲弥は冒険者の資格を得た。

 それがたとえ、どんなに短い付き合いだったとはいえ――失った仲間達の分も、咲弥は前へと進まなければならない。


「以上十八名が、今回の冒険者資格取得試験の合格者達だ。不合格者のクソザコどもは、とっとと失せろ。次回の試験をもし受けんなら、今度は気張っていけよ!」


 肩を落として退室する者――

 どこかほっとしながら退室する者――

 何やら悩ましげに退室する者――

 それぞれがさまざまな様子で、退室していった。


「お前らは準備ができ次第、説明会に出てもらう」

「説明会ですか?」


 咲弥の質問に、アイーシャは不敵な笑みを見せた。


「ああ。冒険者は何かと、覚えておくことが多いんだ」

「はあ……わかりました」

「それまでは、各自――ここで待機してろ」


 アイーシャがケイスと並び、大広間から出ていく。

 まだ実感が湧かないが、ついに冒険者にはなれたようだ。


 この道が正解なのかどうか、それは咲弥にはわからない。

 しかし一歩、また一歩と、前に進んでいくしかないのだ。

 邪悪な神を討つため――

 そして、もとの世界へ帰るために、歩き続けるほかない。


 頭でわかっていても、心のどこかで否定する自分がいる。

 失ってから気づくことが、あまりにも多い。

 今回は、ただの疑似的なものではある――自分の心の中に生まれ始めていた感情に、咲弥はふと気づいてしまった。


「おい。咲弥」


 呼んできたのは、民族的な服装をしたハオであった。


「貸しの件、忘れてねぇだろうな?」

「はい。覚えています」

「なんかでいつか、絶対に返せよ?」

「ははは……どういうのが嬉しいんですか?」


 ハオは腕を組み、じっと考えるしぐさを見せた。


「……そりゃあ、やっぱ手柄(てがら)だろ」

「手柄ですか……なんだか、難しそうですね」

「難しくても簡単でも、いつか返してもらうからな」

「はい。わかりました」


 会話の切れ目に、ミラが素早く駆け寄ってきた。

 満面の笑みで、尻尾をふらふらと揺らしている。


「咲弥咲弥! ミラ達、冒険者だよ! ひゃっほぉーい」

「僕はなんだか、首の皮が繋がった感じでしたけど」

「それでも、冒険者じゃん! 気にしない気にしない!」

「ははは……そうですね」

「お前ら、ずっとイチャイチャしてんな……」


 苦々しい顔をして、ハオがそう言い放った。

 咲弥はつい、頬を引きつらせる。

 そんなつもりはまったくない。

 不意に、後ろから可憐な声が飛んだ。


「そうなんですか?」

「いっ……紅羽」

「うぉ……首席……なんで?」


 仰々しく驚いたハオだったが、それよりも否定が先立つ。


「いや、だから誤解だってば。そんなつもりないから」

「そうですか」

「そうだよ」

「そうですか」

「……それ、わざとやってるでしょ?」


 紅羽はぷいっと顔を背けた。

 必死に探していた相手が、異性と楽しげに過ごしていたと聞かされれば、誰もが不満に思うに違いない。

 そう理解するからこそ、苦笑いで誤魔化すほかなかった。


「お前……どんだけ、女に手ぇ出してんだ!」


 ハオの怒鳴りにびっくりして、咲弥は肩が飛び跳ねた。

 ハオが拳をわななかせている。


「くっそぉ……こんな天使みたいな首席にまで……このクソスケコマシ野郎が!」

「えぇえ……」

「ああ、つまんねえ。ほんと、つまんねえ! クソが!」


 何やら勝手に怒って、ハオは遠くに離れた。

 そんな彼に、咲弥は何も言えない。


「おい、お前ら。準備ができたみたいだ。移動するぞ」


 アイーシャの声に、誰もが反応を示した。

 各自、アイーシャについていく。

 その中には、ミラとハオの姿もある。

 紅羽と咲弥は、ぽつんと残っていた。


「……あのさ」

「はい」

「ほんと、ただの誤解だから……ほんと……」


 誰もいなくなったからか、紅羽が小首を(かし)げて微笑んだ。


「わかっています」


 不意打ちで見せるその笑顔に、咲弥の鼓動が速まる。

 同時に少しばかり、ほっともした。


「それじゃあ、僕達も行こうか。紅羽」

「はい」


 ようやく、新たな一歩が踏み出せる。

 それなのに、どうしてなのか――答えはわかっている。

 しかし認めてしまえば、前に進めなくなる気がした。


 だから、心の奥底へ――ずっと。




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