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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
64/222

第二十一話 一人じゃない!




 紅羽は死んだ――

 試験官の二人からは、そう聞かされていた。

 だが目の前にいるのは、幻覚でも幽霊でもなんでもない。ジャガーノートの魔法を、彼女の紋章術が(ふせ)いだからだ。


 驚きと喜びのほか、疑問に安心と、さまざまな感情が胸の中で複雑に混ざり合い、もはや混乱に近い状態へと(おちい)る。

 とめどなく涙が溢れ、咲弥は精一杯の声で伝えた。


「よかった……生きてて……本当に、よかった……」

満身創痍(まんしんそうい)みたいですが、咲弥様もご無事で何よりです」


 咲弥の事情など、紅羽が知るよしもない。

 淡々とした紅羽の声が、逆に安心感をもたらした。

 咲弥は涙を拭い捨て、紅羽に視線を据える。


 服はぼろぼろになっているが、怪我は特に見当たらない。きっと幾度(いくど)となく、魔物と戦い続けてきたのだと思われる。

 紅羽は前を向き直り、そのままの姿勢で疑問を(てい)した。


「あれは、なんですか? 禍々(まがまが)しそうな魔物ですね」


 グレイスに手酷くやられたジャガーノートは――少しずつ再生していっていた。しかし再生に集中しているのか、今は動き出しそうな気配が感じられない。

 とはいえ、じきに動き出すのは目に見えていた。


 観察と同時に、咲弥はふと疑問を抱く。

 試験官の話では、受験者が大量に消失した地点で、紅羽の反応が消えたと言っていた。だが彼女は、ジャガーノートの存在を知らないらしい。

 よくわからないが、とにかくまずは簡潔に説明する。


「空白の領域にいるはずの魔物だよ。再生力がやばいぐらい高くて、多種類の魔法を背の龍で撃ってくる。かなり強い」

「そうですか」


 そう短く応えてから、紅羽が再び視線を向けてきた。


「移動型商店のトリッキーに、お話をうかがっております。なんでも……腹部を、かなり損傷されたのだとか……?」

「いや、うん……それはもう、大丈夫なんだけど……」


 紅羽は静かに咲弥を振り返り、治癒(ちゆ)の紋章具を置いた。


「引きつけている間、少しでも回復しておいてください」

「あ、ありがとう……いや、違う! 一人じゃだめだ!」

「問題ありません」


 ジャガーノートのほうへと、紅羽は素早く突っ走った。

 さすがの紅羽といえども、一人では無謀(むぼう)過ぎる。

 しかし咲弥の体力とオドは、もう底を尽きかけていた。

 急いで治癒の紋章具を拾い上げ、回復に専念する。


(早く……早く……)


 火、風、雷、光、闇、氷、土、水――ジャガーノートから生えている龍達が、一斉に多種類の魔法を紅羽へと放った。

 紅羽はそのすべてを、必要最小限の動作で回避していく。


 銀髪の少女が見せた華麗な姿に、咲弥は言葉を失った。

 軽やかにかわしながら、紅羽は純白の紋様を浮かべる。


「光の紋章第一節、閃く剣戟(けんげき)


 小さな光球が舞い踊り、付近にいた龍に襲いかかる。

 鉄がこすれ合うような、不快な音が響き渡った。

 精霊の攻撃力と、黒い爪の攻撃力が尋常ではない。


 そのため、咲弥はついうっかりとしていた。手短い説明のせいで、きちんと伝えきれていない情報があまりにも多い。

 紅羽は紋様を描きつつ、まばゆい光の矢を()る。

 硬い皮膚を持つ龍は、光の矢すらも難なく弾いていた。


「光の紋章第二節、(きら)めく息吹」


 ちかちかとした欠片が、紅羽の周囲に漂った。

 身体強化の紋章術を浴び、再びジャガーノートへ向かう。

 龍達の魔法を()(くぐ)り――


「へっ……!」


 咲弥は驚愕のあまり、つい間の抜けた声を漏らした。

 紅羽はジャガーノートの背に、無謀にも侵入したのだ。

 当然、これにはジャガーノートも黙っていない。

 背の龍達が魔法での攻撃をやめ、直接攻撃に打って出る。


 咲弥は、なかば放心状態となっていた。

 どの龍がどう攻撃してくるのか――紅羽はそのすべてを、予知しているとしか思えない。さらには、同士討ちを狙って回避している様子であった。


 紅羽は光の矢を射って、龍達の目を潰し回っている。硬い皮膚に攻撃が通らずとも、目だけはさすがに(やわ)いようだ。

 そんなことを、咲弥は考えすらもしなかった。

 紅羽の状況分析と戦闘技術は、知らない間に爆発的なほど向上している。


(……凄いや……本当に、紅羽は……)


 絶望的な魔物でさえ、紅羽は対等に渡り合っていた。

 弱い自分とは対極にあり、少しばかり悔しさが湧き出る。

 しかしそれ以上に、心の底から尊敬の念を抱いた。


 ジャガーノートは、いまだ紅羽を捕らえられない。

 (ごう)()やしている気配はあるが、魔法は使わなかった。

 不思議に思っていると、紅羽が空高く舞い上がる。


(え……あれじゃあ……)


 咲弥の懸念は、すぐ現実のものとなった。

 ここぞとばかりに、龍達が一斉(いっせい)に魔法陣を描く。魔法陣が完成する寸前――紅羽も瞬時に純白の紋様を顕現(けんげん)する。


「光の紋章第七節、明滅(めいめつ)の流星」


 まるで道標(みちしるべ)のごとく、小さな球体がぽんぽんと発生する。初めて見る紅羽の紋章術は、どうやら移動型の術のようだ。

 紅羽は光の線となって、小さな光の玉を繋ぎ合い、瞬時にジャガーノートの背へ戻っていた。まばたきをしていたら、瞬間移動にも見えていたかもしれない。


 発動寸前だった魔法は、中断できない様子だった。

 そのまま紅羽のほうをめがけ、多種類の魔法が放たれる。

 咲弥は我が目を疑うと同時に、ふとある推測が立つ。


 目を潰された龍が、紅羽を護る壁の役割を果たしている。はなからこのために、彼女は目を潰し回っていたらしい。

 もし本当に狙ってやったのなら、恐ろしさすら感じた。


 紅羽の紋章術は通じずとも、本人の魔法は通じるのだ。

 巻き添えを食らった龍達が、次々に吹き飛ぶ。


「ガァアアア――ッ!」


 自らの攻撃を食らい、ジャガーノートは悲鳴を上げた。

 精霊の攻撃と同じぐらい、ジャガーノートは傷を負う。

 紅羽がまた、純白の紋様を浮かべた。


「光の紋章第七節、明滅(めいめつ)の流星」


 光の玉を線で繋ぎ、咲弥の(そば)まで瞬時に戻ってきた。

 咲弥はただ、茫然と紅羽を見上げる。


「おそらくですが、弱点が判明しました」

「ふぇ……?」


 紅羽が飛び出してから、まだ五分にすら満たない。

 それなのに、彼女はもう弱点を見抜いたと言っている。

 もはや、理解不能としか言いようがなかった。


「確かに凄まじい再生力に加え、攻撃力と防御力も桁違いに高いですね。もっと力を込めた紋章術と矢であれば、背の龍程度は討てそうですが、本体までは難しいかもしれません。ですから、もはや即死を狙うしかありません」


 紅羽は淡々とした口調で、簡単に言ってのけた。

 そのさなか、失った龍達がまた徐々に再生している。

 紅羽の印象的な紅い瞳に、咲弥は見据えられた。


「咲弥様。少しは回復できましたか?」

「えぇえ……まあ、動けるほどには……かな」

「私一人では、力が足りません。ですが――咲弥様の黒白の籠手と固有能力であれば、そのまま弱点を貫けませんか?」


 咲弥は素早く思考を巡らせ、紅羽に問いかけた。


「弱点って、どこなの?」

「大きな目の裏側にあると思われます。あの場所だけ唯一、護りに(てっ)しておりました。おそらくは間違いないでしょう」


 確かに、思いあたる(ふし)がある。

 咲弥が目を裂こうと向かうや、龍達から猛反撃された。


(そうか……あれは、護ろうと必死だったからか……)

 反撃されたときの記憶がよみがえり、つい弱気になる。

「でも、僕は紅羽みたいに強くないから……あそこまで辿(たど)り着くのが、ちょっと難しい気がするかな……」


 紅羽が紅い瞳で、じっと見つめてくる。

 怒りか、はたまた(なげ)きか――無表情からはわからない。


「前にも言いましたが、咲弥様はお強いです。あの魔物も、咲弥様のお力を借りなければ、処理するのが不可能だと――私は、そう判断しています」


 まっすぐな言葉に、咲弥はほんの少し嬉しく思った。

 きっと紅羽は、本当に心からそう信じてくれている。

 だからこそ――禁断(きんだん)の選択が、咲弥の頭の中に浮かんだ。


「限界突破を自分に全開で使えば……世界がゆっくり流れるぐらいの力を得られるんだ。でもその代わり、全身に激痛がきて気絶しちゃうから、一発勝負になる」

「そう、なんですか……初めてお聞きしました」


 咲弥は短い苦笑を漏らす。


「何度も死ぬ思いをして、使う気にはならなかったからね」

「死ぬ……というわけでは、ないのですか?」

「うん。死ぬほど痛いけど、死にはしないかな。たぶん」

「……了解しました」


 ついに再生を終え、ジャガーノートが活動を再開する。

 咲弥は立ち上がり、ジャガーノートをじっと見つめた。


「もし失敗したときは、咲弥様を抱えて逃げます。それでもよろしいですか?」

「うん……限界突破の時間は短いから、もっと近づいてからじゃないと使えない。というか、オドもほぼもうないから」

「私が活路を開きます。能力使用の際は、合図をください」

「わかった」


 咲弥は紅羽と並び立った。

 正真正銘(しょうしんしょうめい)――これが本当に、最後の戦いになる。

 失敗は決して許されない。

 咲弥は深呼吸して、気合を入れた。


「よし――行こう!」


 ()け声とともに、紅羽と一緒に駆ける。

 素早い紅羽が、最初にジャガーノートとの距離を縮めた。

 ジャガーノートは、彼女を集中的に攻撃している。

 さきほどの件で、紅羽を強敵と認識したからなのだろう。


 きっと本能的に、恐れを抱いているのだ。

 咲弥は全力で隙を探り、走りながらチャンスをうかがう。

 龍の一体が狙いを定め、咲弥にも火球が降り注いだ。

 落ち着いて白い爪で切り裂き、咲弥は身を護る。


(もう少し……もっと防御が手薄になってから)


 紅羽が純白の紋様を浮かべた。


「光の紋章第四節、白熱の波動」


 紅羽の右手から、まばゆい光が放たれた。

 白い帯は龍を擦り抜け、ジャガーノート本体に向かう。

 しかし寸前のところで、龍が犠牲になって護った。


 続けざまに、無数の光の線がジャガーノートを襲う。

 光の矢を防ぐため、龍達が一斉(いっせい)に防御に(てっ)した。

 ほんのわずか――そこに隙が生まれる。


「紅羽!」


 咲弥は合図を飛ばしつつ、空色の紋様を虚空に顕現(けんげん)する。

 咲弥はただひたすら、ジャガーノートを見据え続けた。


「限界突破ぁっ!」


 紋様がカッと輝き、豪快に砕け散った。

 時間停止にも等しい空間へ、咲弥は突入する。

 黒い爪を構え、ジャガーノートの目に辿(たど)り着いた。

 だがここで、異常事態が発生する。

 たった一体だけ――普通に動いている龍がいた。


(な、んで……)


 想定外の事態に、咲弥は心の底から驚愕する。

 今の今まで、動ける魔物など存在しなかった。しかし仮に反撃を食らおうとも、もう止められはしない。

 ここで仕留(しと)めるほかないのだ。


 動ける龍の一体が、白い魔法陣を瞬時に虚空へ描き出す。咲弥は捨て身の覚悟を決め、下段で黒い手を大きく広げた。

 オドを吸い込み、黒い手は通常時の三倍ほど巨大化する。

 その瞬間、銀色の影が視界の端に入った。


「光の紋章第五節、極光(きょっこう)障壁(しょうへき)


 唐突(とうとつ)に飛び出してきた紅羽が、光の幕を張り巡らした。

 一体の龍が放った光の魔法を、紅羽の光の盾が(ふせ)いだ。

 理解不能といった気持ちで、咲弥の胸はいっぱいになる。


 なぜ紅羽も動けているのか、何一つ状況を呑み込めない。

 訳がわからないものの、咲弥は感謝の言葉を述べた。


「助かった!」


 黒い爪を下のほうから、咲弥は激しく振り上げる。


(お前は、絶対に野放しにはできない! ごめん)


 黒い爪はまず地を裂き、次いで(くう)を裂く。そして、咲弥は力強く()び上がりながら、ジャガーノートの一つ目を強烈なほどまでに引き裂いていった。

 ぽつぽつと雨粒が落ちたみたいに、赤黒い血をゆっくりと湧かせていく目の奥に、なにやら気味の悪い物体が見えた。


(あれは……これが、こいつの心臓……脳か?)


 きっと(かく)に間違いないと、咲弥は瞬時にそう判断する。

 ただ、爪の斬撃が届いていない。


 爪の斬撃と斬撃の隙間に、(ひそ)む形で核はあったからだ。

 このままでは、たとえ限界突破が終わったあとに起こる、爆発じみた現象があったとしても、討てないに違いない。


 そういった衝撃だけでは、おそらく不十分な予感がする。追撃するため、そのまま黒い爪を――咲弥は愕然となった。

 腕を振り上げた姿勢から、全身が硬直したまま動かない。


 疲労困憊に加えて、オドもほぼほぼない状態だった。

 そのせいで肉体に限界が来たのだと、とっさに呑み込む。


「動けぇええええっ!」


 咲弥は腹の底から叫び、己を全身全霊で鼓舞(こぶ)する。

 だがしかし、気合だけではどうにもならない。

 咲弥の思いとは裏腹に、体が言うことをきかなかった。


(くそっ! くそっ! くそぉおおお――っ!)


 あと一歩――

 もう少しで、ジャガーノートを倒せるかもしれないのだ。

 そのたった一歩が、まったく踏み出せないでいる。

 胸に悔しさを抱え、ギリリッと奥歯を()み締めた。


「咲弥様!」


 紅羽の声が耳に届いた。咲弥は、はっと我を取り戻す。


(そう……僕は……一人じゃないんだ!)


 黒い爪だけであれば、まだかろうじて動かせる。


「紅羽! 押してくれぇえっ!」

「了解しました」


 紅羽が黒き腕を(つか)み、押しながらに爪の角度を変えた。

 黒い爪の先端が、ジャガーノートの核へと突き進む。

 しかし、刺さったのかどうか――そんな微妙なところで、限界突破の時間が、突如として終わりを迎えてしまった。


 オドが枯渇(こかつ)したからか、黒白の籠手も光の泡となる。

 無事に間に合ったのか、微妙過ぎて咲弥にもわからない。


(頼む! 間に合っていてくれ!)


 吐き気を(こら)え、天にも祈る気持ちで前を見据え続ける。

 そしてそれは、どこか荒波にも等しい現象だった。


 激しい地割れが発生し、空気が凄まじい衝撃を放つ。

 その荒々しい衝撃に、咲弥と紅羽は吹き飛ばされる。ただ紅羽が上手く姿勢を保たせ、咲弥の身を護ってくれた。


 その際中に――ジャガーノートは赤黒い血を噴き、全体の半分以上を四つに切り裂かれる。そして、隙間にあった核が粉々に破裂していた。

 背の龍達が一斉(いっせい)に力を失い、だらんと()れ下がっていく。


「……や、やった……」


 喜びもつかの間に過ぎない。

 咲弥の全身に、尋常ではないくらいの激痛が襲ってきた。

 吹き飛ばされたあとの落下から、紅羽が優しく咲弥を地に着地させてくれた――それでも、そのときに生じた振動が、訪れていた激痛に拍車(はくしゃ)をかける。


 咲弥は地に()して、必死に呼吸を繰り返す。全身を裂かれ続けているような激痛に加え、警鐘にも近い頭痛が始まる。

 そういった痛みのすべてが、どんどん力強さを増すのだ。


(が……ががぁ……痛い痛い痛い痛い痛い……)


 やはり、禁断の方法に違いない。

 だがそうでもしなければ、間違いなく勝てなかった。

 もっと強くならなければならない。

 咲弥は心に、そう誓いを立てる。


 視界が涙で(にじ)み、そして――

 咲弥の意識は闇の中へと落ちた。




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