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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
62/222

第十九話 悪食ジャガーノート




 準備を終えた頃、島はもう夜の深い闇に包まれていた。

 骨まで凍りそうな寒い草原を、アイーシャは駆け抜ける。

 この付近の魔物は、もう喰い尽くされているようだ。

 どこまで力を得ているのか、もはや想像すらもつかない。


(六年振りぐらいか……)


 まだ上級冒険者に、昇級したばかりの頃の記憶――

 数十名の冒険者が集められ、空白の領域へと攻め込んだ。

 そこには、多種多様の奇怪な魔物達で溢れかえっており、ジャガーノートもまた、その内の一体として存在していた。


 無事に生還できたのは、わずか数人しかいない。

 多大な犠牲者が出た。だが、そのときの功績が認められ、アイーシャは冒険者ギルドから、月章(げっしょう)を授与されたのだ。


(さて……まだ、間に合うのか?)


 食べ物が多ければ多いほど、成長速度は加速する。

 少年達を助けたときには、まだ完全体ではなかった。

 完全体に成長すれば、現状では打破(だは)が不可能に近くなる。


 攻撃特化のゴルダを失ったのが、かなりの痛手であった。

 ないものを願っても仕方がないものの――攻撃特化の上級冒険者が、あと数人でもいれば安心感は増したに違いない。


「それでも、やるしかない……」


 仮に完全体だったとしても、引くわけにはいかなかった。

 ここは、空白の領域でもなんでもない。()()()島なのだ。

 ジャガーノートを凌駕(りょうが)する魔物もいなければ、天敵となる存在もいない。自然による恩恵など、あるはずもなかった。

 もし放置すれば、未曽有(みぞう)の災害が起こる。


 だから可能な範囲内で、ジャガーノートを足止めせよ――これが冒険者ギルド本部からの、冷酷なまでの返答だった。

 アイーシャはこの命令に、かなりの(いきどお)りを覚えている。

 自分も含め、完全なる捨て駒扱いであった。


「必ず、ジャガーノートを仕留(しと)めてやる!」


 正直、上からの命令など関係ない。アイーシャや受験者が生存するためには、ただ全力を尽くして戦うほかないのだ。

 周囲の気配を探りつつ、アイーシャは決意を胸に秘める。


 ふと不穏な音が、(ゆる)やかな風に乗って耳へと届く。

 位置的には、ケイスの情報通りの場所だった。陰気(いんき)くさい男ではあるが、仕事だけはしっかりとこなしてくれている。

 視線を滑らせるや、一部の空間がひどく(ゆが)んで見えた。


(ドクソゴミムシが……)


 姿を確認するまでもなく、すぐ理解に達する。

 嫌な気配がしたほうへ、その足を向かわせた。


 丘を少し越えたところで、ジャガーノートを発見する。

 小さな民家を一つ、丸飲みできそうなぐらい巨大な魔物に成長していた。()()()を思わせる首が、無数に(うごめ)いている。


 蜥蜴(とかげ)みたいな顔が消え去り、代わりに甲羅(こうら)の前面に大きな一つ目がぎょろりと動いていた。そして、甲羅の中央付近に巨大な口が覗いている。

 アイーシャは崖のふちに立ち、心の中で激しく(なげ)いた。


(……完全体か)


 死を予感しながら、アイーシャは緑色の紋様を浮かべた。

 崖を飛び降りてから、素早く詠唱する。


「風の紋章第四節、天空の大鷲」


 紋様が弾け、アイーシャの全身に風が(まと)わりついた。

 オドに反応したのか、ジャガーノートが動きを止める。

 龍達の首が、一斉(いっせい)にアイーシャのほうを振り返った。


「オラオラ! クソカス! まだここに餌がいるぞ!」


 挑発してから、ジャガーノートとの距離を詰める。

 龍達の口から、まばゆい閃光が放たれた。

 迫りくる無数の閃光を、風の力を借りて回避する。


 後方で爆発音が(とどろ)き、崖が崩れて降ってきた。

 アイーシャは再び、緑色の紋様を虚空に浮かべる。


「風の紋章第八節、粗暴(そぼう)な渡り鳥」


 生み出した暴風で、大きな瓦礫(がれき)をも軽々と運ぶ。

 ジャガーノートをめがけ、一気に瓦礫を放り投げた。

 重さもあれば、落下とは比にならないほどの速度がある。


 だが龍達が閃光をまき散らし、瓦礫のすべてを粉砕した。

 着地してから、アイーシャは舌を打つ。


「風の紋章第五節、風神の怒号(どごう)


 差し出した手の周囲に、激しい風が流れ込む。

 強烈な風が集い、玉へ形を変え、さらに小さく凝縮する。

 アイーシャは風玉を、ジャガーノートの目へと放った。

 龍達に破壊されないように、操作して目的の地に届ける。


「消え失せろ! クソゴミカス!」


 凝縮した風玉が破裂し、けたたましい爆発音を響かせる。

 激しい爆風が、アイーシャの肌をすり抜けた。

 直撃すれば、大抵の魔物なら粉々に砕け散るだろう。

 風使いなら会得に憧れる、最強紋章術の一つなのだ。


「まあ、お前はそうくるよな」


 数匹の龍が犠牲となり、本体はまるで無傷だった――その考えは正しくないと、アイーシャは即座に心内で訂正する。

 新たに龍の首が生え変わり、最初から無傷でしかない。


「まあ、想定の範囲内だ」


 ジャガーノートの意識は、完全に自分へと向いていた。

 作戦通り、アイーシャは撤退(てったい)の姿勢を見せる。

 案の定、ジャガーノートは追って来ていた。

 巨体のわりには、結構素早い。


 アイーシャを仕留(しと)めようと、龍達がまばゆい光線を放つ。

 ジャガーノートとの間には、諦めない程度の距離がある。

 アイーシャは難なく()け、肩越しに後ろを振り返った。


「うげっ……」


 いつの間にか、多種類の魔法陣が宙に浮かんでいる。

 光線で仕留めるのは、難しいと判断したからに違いない。

 さまざまな属性の魔法が、アイーシャに襲いかかった。


 火炎をすり抜け、水壁を砕き、飛来(ひらい)する岩石をかわす。

 (あや)うく闇の重力に、体が持っていかれそうになった。

 そう思えば、今度は閃光と雷光が同時に(ほとばし)る。


 さすがに――すべてを回避などできない。

 いくつか受けてしまい、奥歯を強く()み締めた。


「上等だぁっ! オッラァアアアア――ッ!」


 アイーシャは死に物狂いで、ジャガーノートを誘導する。

 作戦の地まで――ひたすら逃げ続けるほかないのだ。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 複雑な地形をした岩石地帯には、不穏(ふおん)な静けさが広がる。

 随所(ずいしょ)に浮かんだ光球が、周辺を(ほの)かに照らしていた。

 ここはあまり、植物が育たないらしい。鉄が()びたような色合いをした石や岩ばかりが、そこかしこに転がっている。


 丸い石を椅子代わりにして、咲弥は回復に専念していた。

 ただ治癒(ちゆ)の紋章具では、痛みしか(やわ)らげない。何もしないよりは、多少なりともましといった程度であった。


(少しでも、横腹の痛みをなくさなくちゃ……)


 咲弥はふと、なにげなく周囲に視線を流した。

 それぞれ属性ごとに、チーム編成をしている。そのため、ミラは別のチームへと編成されてしまい、ここにはいない。

 咲弥の付近には、水と雷の属性を持つ者だけがいた。


 誰もが不安な表情を浮かべ、重い空気で張り詰めている。

 零級(ぜろきゅう)の魔物だと聞かされれば、萎縮(いしゅく)しても仕方がない。

 間近で見た咲弥には、その者達の気持ちがよくわかる。


 ぼんやりしていると、忍んだ声がかすかに聞こえた。目を向けてみると、あまり年が変わらなさそうな男が二人いる。

 一人は石の上で腰をかけ、もう一人は立っていた。


「しかしなあ……どうするよ?」

「どうするって?」

「絶対、勝てっこないって……零級だぞ?」

「……つってもさ、もうやるしかねえじゃん?」

「はあ……死にたくねぇよ……」

「それは、みんな一緒だって……」

「なあなあ、逃げねえ?」


 男達の会話を盗み聞き、咲弥は静かに驚かされる。

 ただでさえ、危険極まりない魔物なのだ。

 人が減るのは、どう考えてもよろしくはない。


「ちょっと、あんた達……逃げたら承知しないよ!」


 チームリーダーに任命された黒髪の女が、やや遠い場所で声を荒げた。不満げに、生真面目そうな顔をしかめている。

 黒髪の女は男達のほうへ、ずかずかと歩み寄った。


「腕輪があるんだから、逃げたってすぐバレるでしょ。もし試験官の命令を無視したら、最悪――二度とギルドの試験を受けられなくなるわよ」

「試験なんかより、命のほうが大事なんだよなぁ」

「まあ、死ねば……何もできないもんな」


 リーダーの女は、むっとした表情になる。


「そもそも、試験官だって言ってたじゃない。もしここから逃げたってさ、どうせジャガーノートは追って来るって」

「だから見つからないように、ずっと逃げ続けんだよ」

「まあまあ……どっちも落ち着いて」


 冷静そうな男が、二人をそうなだめた。

 そのとき遠くのほうから、何かが聞こえてくる。

 まるでそれは、地響きにも似た奇妙な音であった。


 一気に緊張感が高まり、咲弥は素早く視線を投げる。

 無数の小さな明かりが、ぽつぽつと闇に浮かんでいた。

 徐々に近づくにつれ、咲弥は息を呑んで戦慄(せんりつ)する。


 無数の明かりの正体は、魔法陣と魔法だったのだ。

 姿を現したジャガーノートは、咲弥が遭遇したときよりも数倍でかくなっている。それは、ただの目の錯覚ではない。


「うわぁああ――っ! 来た来た来たぁ――っ!」

「各自! 持ち場について準備して!」


 リーダーの指示が飛ぶ中、咲弥は急いで横腹を確認する。紋章具のお(かげ)で、ある程度なら動いても問題はなさそうだ。

 まだ少し遠い巨大な魔物を眺め、咲弥は持ち場につく。


 背にいる蛇が、まるで龍らしき存在へと変貌(へんぼう)していた。

 そして恐竜みたいな顔が消え、代わりに巨大な目が甲羅(こうら)の前面に張りついた状態である。口は捉えた獲物を即座に投げ込むためなのか、背の中央に移動していた。


 どう考えても、明らかに(いびつ)な進化を()げている。

 そんなジャガーノートの前を、アイーシャが駆けていた。うっすらとしか見えないが、かなり血まみれになっている。

 状況を確認している最中、周囲の者達の声が飛んだ。


「おいおいおいおい……冗談じゃないぞ」

「あの魔物、なんで……魔法をあんな連発できんだ?」

「ありえない……全属性が扱える? 訳わかんない……」


 受験者達がそれぞれ、恐怖まじりの声で(つぶや)いていた。

 数多の魔法陣が浮かべられ、アイーシャを攻撃している。

 アイーシャはきわどいところで、必死に()け続けていた。


(まさか……誘導中、ずっと……?)


 信じられない気持ちに、咲弥の胸も恐怖に染まる。

 アイーシャの状態を見れば、疑う余地などどこにもない。

 誘導だけですら、恐ろしいぐらい命がけだったのだ。


「各自、紋様を顕現(けんげん)して待機!」


 作戦通り、咲弥のいる場所以外でも紋様が宙に描かれた。


(よし……ここなら……)


 試験が始まるまでの間――ネイ達と訓練していたときに、偶然にも発見した新たな紋章術がある。詠唱する言葉を少し変えただけで、別の紋章術が生まれたのだ。

 この場所は、かなり広々としている。


 だから気兼(きが)ねなく、新たな紋章術が扱えると踏んだ。

 咲弥は空色の紋様を浮かべ、じっと指示を待つ。

 複雑な地形をした岩石地帯の一部に、まるで(おり)を思わせる(くぼ)みがある。その中へと、ついにジャガーノートが入った。


 土の紋章を宿した者達が、岩の一部を破壊する。同時に、アイーシャが退路を突き抜けるや、そこも岩石で(ふさ)がれた。

 岩壁に囲まれたジャガーノートが、その動きを止める。


「発動!」


 遠くのほうで、合図が聞こえた。

 最初に、火と木の紋章術が放たれる。

 何度も繰り返し放たれる光景に、咲弥は少し気圧(けお)された。

 オドが切れ始めたのか、次第に緩やかになる。


「発動!」


 今度は、咲弥側にいるチームリーダーの女が叫んだ。


「水の紋章第二節、流水の渦巻き!」

「雷の紋章第一節、暗雲の落雷」

「水の紋章第三節、水玉の破裂!」

「雷の紋章第二節、雷帝の稲妻」


 それぞれの詠唱が飛び交う。

 咲弥も遅れまいと、練ったオドを紋様に込める。

 オドの発生を()き止め、右手を高く(かか)げた。


()()()紋章第一節、降り(しき)る雨――限界突破!」


 紋様がまばゆく輝き、粉々に砕け散った。

 咲弥は右の手のひらから、一つの水玉を空へ放つ。

 まるで水たまりのように、上空で水玉が大きく広がった。

 そこから無数の雫が、マシンガンのごとく発射される。


 あまりに広範囲のため、非常に扱いづらい紋章術だった。

 だがここであれば、全力が出せる。

 再び紋様を浮かべ、限界突破した清水の紋章術を放った。

 ただ最大威力では、二回までしか使用できない。


「はあ……はあ……はあ……」


 咲弥は肩で息をする。

 ほかも次第に、紋章術が途切れていった。

 次は別の班が、光と氷の紋章術を発動する。

 それが終われば、最後に闇と風の紋章術が飛び交った。


 おぞましいぐらい、集中攻撃を受け続けている。

 もしこれで倒せていなければ、手の打ちようがない。

 粉塵(ふんじん)にまみれた場を、咲弥はじっと見据える。


 次第に晴れ――咲弥は腰を抜かした。

 ジャガーノートはまだ、平然と息をしている。


「あ、ありえない……」


 尻もちをついた咲弥は、自然と驚きの声を漏らした。

 あれほどの攻撃を受けていながら、無傷なはずがない。

 そんな疑問は、すぐに絶望を宿して返ってきた。


 攻撃を受けてちぎれた龍の首を、ずっと喰い続けている。

 それはもはや、永久機関にすら思える事態だった。喰った端から、どんどんと龍の首は新しく生え変わり、抜け落ちた龍の死骸(しがい)を魔物の口へと運んでいる。


「こんなの……どうしろってんだよ……」


 悲壮感に満ちた男の(つぶや)きが聞こえた。

 きっと誰もが、絶望しているに違いない。

 倒し方が、まったく見当もつかなかった。


(ひる)むな! 死ぬ気でオドを絞り出せ!」


 満身創痍(まんしんそうい)であろうアイーシャが叫んだ。

 アイーシャを含め、あちこちで紋様がまた浮かび上がる。

 その瞬間――ジャガーノートの真上に魔法陣が描かれた。

 とても巨大で、見たこともない虹色に輝いている。


「あ……」


 一呼吸の間もなく、謎の魔法が発動する。

 鼓膜(こまく)が破れかねないほどの重低音が響く。同時にジャガーノートの真上にある虹色の円が、波紋のごとく広がった。

 咲弥は爆風にも似た、凄まじい衝撃に全身が襲われる。

 何が起こったのか、まったく理解できない。


 硬い岩壁をも一気に砕き、全員が吹き飛ばされた。

 そこかしこで上がる悲鳴が、やけに遠い。

 完全に耳をやられていた。


 地に()した咲弥は、必死に顔を持ち上げた。

 気がつけば、ジャガーノートの(おり)が崩壊している。

 瓦礫(がれき)に潰された人達の姿が、ちらほらと目に入った。


「あ、ああ……あ……」


 助けるために、動こうとする。だが体が微動だにしない。

 さきほどの凄まじい衝撃が、体の自由を奪っていた。

 また悲鳴が聞こえた気がする。


 まるで耳栓でもしたように、音がかなり遠い。

 おそらくは、ジャガーノートに襲われている。


「くそ……こんな……こんな……」


 咲弥は立ち上がろうと、気力を振り絞った。

 ほんの少しずつ――一動作ごとに、力を込める。


「ぐっ、はあっ……」


 腹部の痛みが、また一段と酷くなる。

 見上げる視線の先に、ジャガーノートがいた。

 受験者達を数人、喰っている姿を捉える。

 咲弥は恐怖に(おのの)き、同時に弱い自分を激しく呪った。


 もっと自分が強ければ、紅羽を失わなかったに違いない。

 自分以外の使徒であれば、誰も失わなかっただろう。

 素質に恵まれた人ならば、全員を救えたはずだった。


 しかし現実は、あまりにも残酷過ぎる。

 弱い自分が憎くて、悔しくて、つらくて仕方がない。


(どうして……天使様は……僕なんかを、選んだんだよ……もっとふさわしい人なら、みんなを護れたはずなのに……)


 涙がとめどなく、目もとから流れ落ちる。

 ジャガーノートの巨大な目が、咲弥のほうへ向いた。

 まるで品定めでもするように、ぎょろりと動いている。


(……母さん……父さん……紅羽……弱くてごめん……)


 龍の口から光の筋が伸び、咲弥のほうへと(ほとばし)った。


(……ここまでか……みんな、ごめん……)


 突然――

 黒白の籠手が、勝手に開放した。




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