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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
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第十七話 さらなる絶望を




 咲弥は樹木に背を預け、先を歩くミラに声を投げた。


「ミラさん。すみません。ここで少し、休憩しませんか?」

「やっぱり、まだ痛む……?」

「はい……結構、きついみたいです」

「わかった。それじゃあ、休憩にしよっか」


 ミラと一緒に、荷物を地面へと下ろす。

 咲弥はぐったりとして、その場に座り込んだ。

 全身から湧く冷や汗が止まらない。

 右の脇腹が徐々に、謎の痛みを増しつつある。


(またちょっとの間、動けそうにないな……)


 やや朦朧(もうろう)とする意識を抱え、咲弥は痛みの回復にはかる。

 起床してから、もう半日ほどの時間が経っていた。

 しかし依然として、紅羽の消息は(つか)めていない。


 まず立ち寄ったのは、言伝(ことづて)を頼んだトリッキーだった。

 何人か訪れたみたいだが、それは銀髪の少女ではない。

 落胆(らくたん)を覚えた矢先、トリッキーからある提案が出された。


 トリッキーとギルドは繋がっているが、トリッキー同士は繋がっていない。だから別の商店を巡れば、何かしら(つか)める可能性が高いとの話であった。

 咲弥は提案を受け、別の商店も(たず)ねる方針に定めたのだ。


 それから――一つ、二つ、三つと移動型商店を巡ったが、どこからも紅羽の情報は、何一つとして得られていない。

 その道中、別の受験者達と何度か鉢合(はちあ)っている。それぞれチームを結成して、魔物狩りに精を出している様子だった。


 もちろん、紅羽に関して話を聞き回っている。だが彼女の行方を知っている者は、誰一人としてそこにはいなかった。

 時間が経つにつれ、不安がきつく胸を圧迫する。


(紅羽に限って、そんなことはない……と、思うけど……)


 増大する不安と同時に、焦燥感も増した。

 一刻も早く、紅羽と合流して相談がしたい。

 紅羽であれば、誰よりも理解してくれるはずだった。

 咲弥が初めて、精神世界へと飛んだ相手だからだ。


 ふと、暇そうなミラが視界に入る。

 咲弥は間をもたせるため、ミラに話しかけた。


「それにしても、指定物はいくつ集めればいいんですかね」

「うぅーん……」


 ミラは鞄から取り出した地図を広げた。


「それじゃあ……一度、ここに行ってみない?」


 地図に記された赤丸を、ミラが指差した。

 ほかのマークと違い、赤丸は一つしかない。


「たぶんだけどね、ここが集合地点のはず。だから試験官が待機してると思うから、怪我のことも合わせて()いてみよ」

「……ああ、なるほど」


 ミラが言った通り、集合場所がないと確かにおかしい。

 そこまで考えが至らなかった自分に、咲弥は呆れ果てる。

 ミラは難しい顔をして、言葉を続けた。


「正直さ、その怪我? ちょっと普通じゃないよ。見た目はどうもないのに、精神的に傷を負っちゃってるだなんてさ」

「ははは……ですよね」

「でもね、試験官になら何かわかるかもよ。試験官の一人は月章(げっしょう)を授与されてる、他国の上級冒険者だろうからね」


 咲弥は首を(ひね)った。


「月章? 他国?」

「あにゃ? 咲弥、知らない? こんな大規模な試験では、ギルドの本部が認定した他国の冒険者が、公平を()すために雇われてるんだよ」

「へえ、そうなんですか」


 咲弥が生返事すると、ミラは説明を続けた。


「月章ってのは冒険者として、多大な功績を残した人にのみ与えられる、とっても凄い証のこと。ギルドの紋章に、月を模した図形があったっしょ?」

「ああ……」


 咲弥は曖昧(あいまい)に応じたが、正直そこまで記憶してなかった。

 ミラがやれやれと肩を(すく)める。


「まっ。試験官の誰か一人は、絶対にその与えられた月章を持ってるから、そんだけ実力は言わずもがなだよってこと」


 確かにそれであれば、不可解な謎も解ける可能性は充分に考えられる。いずれにしても、今の状態では、紅羽を満足に探すことすらも難しい。

 どうするのが最善なのか、咲弥は深く悩む。

 笑顔のミラが後頭部に両手を回し、陽気な声を飛ばした。


「それに、紅羽ちゃんだっけ? そこにいるかもよ?」

「え? どうしてですか?」

「だって……この島、広いんだもん。咲弥がここに来るかもしれないって考えたら、むやみに探すよりはいいでしょ?」


 ミラの予想に、咲弥は衝撃を受けた気分だった。

 むしろ、至極当然の思考だとも感じられる。

 自分の思慮の足りなさに、ほとほと呆れ果てた。


「わかりました。では、赤丸へ向かいましょう」

「うんうん! 行けそうになったら言ってね」


 咲弥は、ゆっくりと立ち上がった。

 それはきっと、ただの気休め的なものに過ぎない。しかし希望が少し湧いた事実から、痛みはかすかに(やわ)らいだのだ。

 咲弥は自分の鞄を拾い上げ、ミラに伝える。


「もう、大丈夫です。行きましょう」

「ほんとに大丈夫?」

「はい」


 ミラも立ち上がり、地に置いた鞄を拾い上げる。

 大きく指を差しながら、ミラが肩越しに目を向けてきた。


「じゃあ、目標地点はここから……南東の方角になるね」

「わかりました」


 深い森を突き抜けると、()ち果てた町へと出た。

 石造りの建物が多かったのか、その残骸が残っている。

 それとは別に、咲弥の目を奪うものがもう一つあった。


「ここにも、魔物の死骸(しがい)がずいぶんと多いですね」

「たぶん受験者の仕業(しわざ)だろうね。素材を取った跡があるし」


 地に()した死骸を見ていると、複雑な気分になる。

 遥か昔に人々を殲滅(せんめつ)し、この島を占領した。

 そして今もなお、人を見れば見境なく襲ってくる。

 その事実は、決して許されない。


 これはあくまで人側の視点であり、彼ら魔物からすれば、ここでただ普通に生きていただけ――そんなふうに考える。

 だからといって、黙って殺されるわけにもいかない。

 さまざまな理由から、咲弥も多くの命を奪っている。


 護るため――

 生きるため――

 使命を果たすため――

 願いを叶えるため――


 いまだにこんな感情を抱くのは、ただの偽善(ぎぜん)に過ぎない。

 それは咲弥自身も、重々承知している。たとえそれが自己満足だったとしても、死した魔物達の冥福(めいふく)を心の中で静かに祈っておいた。


 正しい人でありたいと願うからこそ――忘れてはいけない気持ちなのだと、咲弥なりにそう答えを導きだしたのだ。

 誰にとなく(つぶや)くミラの声が、ふと耳に届いた。


「速いもの勝ちだけどさ、ミラ達の分がなくなりそう」

「……すみません。ミラさんまで付き合わせてしまって」

「それは、いいよ。ミラが組むって、選んだんだからさ」


 ミラは明るい声で続けた。


「まあでも、今は逆にありがたいかもね」

「どういう意味ですか?」

「だって咲弥、できれば戦闘を()けたいっしょ?」

「そ、そうですね。また悪化しそうですし」

「でしょ? でもさ、ほかの受験者が狩ってくれてるから、魔物もあまり姿を見せなくなってんじゃん。それだけ赤丸に辿(たど)り着きやすいってこと」


 ミラに(うなず)きで応じてから、咲弥は前を向いた。

 本日中には、目的地には着いておきたい。

 試験終了まで、あと一日半ほど――

 横腹が治るかどうかに関わらず、時間は残されていない。


 考えることだけは、まるで山のようにたくさんある。

 しかし現状、その大半がどうにもできない。

 咲弥はとても歯がゆい気持ちになる。


(今はただ、かすかな希望でも(すが)りつくしかない……)


 町を抜け、草原を進み、丘を越え、森を横断する。

 受験者達が狩り尽くしているのか、信じられないぐらい、生きた魔物と遭遇しない。ただ、死骸(しがい)だけはよく目にした。

 争った形跡も、そこかしこにある。


(紋章術か魔法の跡……かな?)


 痛みをまぎらわすため、咲弥は観察を続ける。

 ミラの言葉通り、自分達の指定品すらなくなりそうだ。

 まさか二日目でこれほどとは、予想もできなかった。


 休憩を何度も挟みつつ、咲弥達は目的地を急ぐ。

 日も暮れかけ――島は茜色に染まりつつあった。


「うわぁ……滅茶苦茶になってんじゃん」


 (ひたい)に手を近づけ、ミラは遠くのほうを眺めている。

 咲弥は眉間に力を込め、じっと遠くを凝視した。


「あれ、これって……」


 これまでとは、明らかに様子が違った。

 争った形跡はあるが、魔物の死骸(しがい)が一つも見当たらない。


(いや、違う……!)


 近づくほどに、はっきりと惨状を目撃する。

 部分的ではあるものの、魔物の死骸は確かにあった。

 食い散らかされた様子の死骸に、少し吐き気を覚える。


「これは、人の仕業(しわざ)ではありませんね」

「だね。なんだかちょっと、気味が悪いかも」


 魔物といえども、生物には違いない。

 鬼熊がガルムを喰ったように、食物連鎖は存在する。


(それにしても……なんだろう……なんか、変だ)


 魔物の残骸が、あまりにも多過ぎる。

 この調子で喰い散らかす魔物が、多数存在していた場合、島中の魔物がすでに、ほとんど消えていそうな気がした。

 魔物の残骸に交じり――ふと、咲弥の目に()まる。


「あ……う、うわあっ……!」


 あまりの驚きに、咲弥は地面に尻もちをついた。

 その衝撃で脇腹がズキンと痛むが、気にしていられない。

 魔物の残骸の中に、人のものと思われる部位を発見する。


 指、目、手首、足と、一部分しか残っていなかった。

 靴の違いや部位の細さから、一人や二人ではないらしい。


「受験者……だよね?」


 ミラの(つぶや)くような問いに、咲弥は何も応えられなかった。

 いつか、そんな場面に出くわす――頭で理解していても、残酷な現実にいざ直面すれば、悲しい気持ちだけが溢れる。


 きっと、大型のチームだったのだろう。あまりにも遺体がバラバラに散っているため、正確な数までは把握できない。

 目に涙が溜まり、咲弥はふと思った。


 今の自分の状態では、おそらく何ができたわけでもない。それでも、もう少し早く来ていれば、もしかしたら一人でも多く救えた可能性は充分にある。

 青ざめた顔をするミラが目に入り、咲弥は悲しみに満ちた感情を押し殺した。


「ミラさん……急いで、ここから離れましょう……いったいどんな魔物なのかはわかりませんが、見境がなさ過ぎます」

「そ、そうだね」


 咲弥が立ち上がろうとした瞬間、怪鳥の奇声が飛び交う。

 そのとき、視界の端で不穏な影を捉えた。


「ミラさん!」

「へっ?」


 咲弥はとっさに、ミラの足首を()ぐように蹴りを入れた。

 力を変に込めたせいで、右の脇腹に激痛が走る。


「きゃっ!」

「ぐぁっ……」


 ミラが大きく地に()した。同時に、彼女の上半身があった場所を、まるで放水でもされたような何かが通り過ぎる。

 一瞬、魔法を疑った。だが、即座に違うと断定する。

 咲弥達の後方で落下しても、まだ消えていない。


「ミラさん、大丈夫ですか!」

「し、し、死んだと思ったよぉ!」

「なんなんだ……こいつは……」


 ゲル状の物体が、地面をうねうねと動いている。

 草に触れるや、瞬間的に溶かされていた。


「最悪……あいつ、スライムだ!」

「ス、スライム?」


 久々に聞き覚えのある単語が飛び出た。

 自分の知っているスライムとは、かなり違いがある。

 不純物がたくさん入り混じった、透明の肌を持つ魔物だ。


 籠手にオドを込め、獣の手で戦闘態勢を取る。

 ただ脇腹の傷のせいで、直接攻撃は難しい。

 冷や汗をかきながら、咲弥は空色の紋様を浮かべた。

 散乱する死骸(しがい)を呑み込みながら、スライムが進んでくる。


「水の紋章第一節、螺旋(らせん)の水弾!」


 紋様が砕け、咲弥の周囲に一つの青い渦が生まれる。

 渦から放たれた水弾が、スライムへと向かった。


「んなっ……」


 水たまりに水滴を落としたに等しい。

 効いている気配がまるでなかった。

 バネのごとく跳ね、スライムが素早く距離を縮めてくる。


(くそっ……)


 咲弥は横に回避しながら、黒い爪を宙に(とど)めておく。

 振ると脇腹から激痛が生じる。

 これが現状、最大限の努力だった。


 大きく裂かれたスライムが、いくつかに分離して散った。

 しかし、手応えをまったく感じられない。

 風の流れに、指を当てているような感覚であった。


(さ、再生?)


 スライムがうねうねと動き、元通りになりつつある。


「咲弥! 逃げよ!」


 ミラの指示に、咲弥は素早く応じる。

 見た感じでは、魔法による再生ではない。明らかに特殊な構造を持つ、スライムならではの身体能力だと考えられた。


 物理攻撃が効かないとなれば、方法を考える必要がある。

 そのためにも、一時的であれ撤退(てったい)するほかない。


「はあ……はあ……はあ……」


 また脇腹が悪化し始め、痛みがどんどん増した。

 治りようのない怪我が、恐ろしいほど重荷になっている。

 情けなく思いつつ、悔しさで胸がいっぱいになった。


「さ、最悪だぁ……」


 青ざめた顔をするミラが、不意に立ち止まった。

 傷みをも忘れ、咲弥は絶望に打ちひしがれる。

 スライムがあちこちから、うねうねと現れてきたのだ。


(どこに……逃げれば……)


 現実逃避したい気持ちを忘れ、必死に思考を働かせた。

 素早く視線を滑らせ、逃走ルートを模索する。

 だが、どこにもそんなものはない。

 スライムの数が、あまりにも多過ぎた。


(どう、すれば……!)


 そのとき、スライム達に異変が起こった。

 地響きが聞こえ始めた途端、気味が悪い圧迫感を覚える。まるで周囲の空気が、一気に冷え込んだような寒気もした。殺意か何か――全身から嫌な汗が湧く。


 スライム達が、途端に慌てた様子で離散(りさん)する。

 訳がわからない事態は、すぐにさらなる絶望を生んだ。


「なん、なん、だ……あれ……」


 恐れを多分に含んだ声を、咲弥は我知らず(つぶや)いていた。

 どこか恐竜に似た顔をもつ、亀らしき魔物がやってくる。大きな(ぞう)ですら、一口で丸のみできそうなほど、その体格は巨大であった。


 本体の一部か、または寄生なのかはわからない。ただ亀の背には、蛇を彷彿とさせる生き物が無数に生えていた。

 まるでイソギンチャクみたいに、うようよと動いている。


 数体の蛇が口から閃光を放ち、スライムの進行を(はば)んだ。

 また別の数体が、素早くスライムを(くわ)えて捕らえる。

 捕まったスライム達は、まるでバケツリレーかのように、蛇達によって巨大な魔物の口へと放り込まれていた。


 これまで遭遇してきた魔物が、すべて小さいと感じられるぐらいの魔物――咲弥の思考は完全に現実逃避してしまい、ひたすら呆然と眺め続ける。

 ただただ、その場に立ち尽くすしかできなかった。




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