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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
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第十六話 消えない痛み




 マドカレ島の一隅(いちぐう)に、遥か昔に造られた洞窟がある。

 赤黒い岩肌をした洞窟の中を、アイーシャは歩いていた。大きく背伸びをしたあと、後頭部にある髪留(かみど)めを抜き取る。


 勢いよく首を振ると、長い紫髪がふわりと広がった。

 隣を歩く同じ試験官であるゴルダに、髪が何度か触れる。()けるわけでもなく、強面の彼はただ黙々と前を進む。

 アイーシャもまた、特に気にすることもなく声を(つむ)いだ。


「っしゃあ。やぁっと、ゆっくりできるな」


 洞窟の奥にある広い空間には、頭に布を巻いた男がいる。

 地べたで胡坐(あぐら)をかき、地図のほうを覗き込んでいた。


「ケイス。こっちは終わったぞ。そっちのほうはどうだ」


 ケイスは応えない。表情一つ変えず、無言を貫いている。

 アイーシャは、つい軽く頬が引きつった。

 本当に()えない男だと、心の底から呆れ果てる。

 試験官という立場でなければ、関わり合いたくなどない。


「おい、クソドカス! どうなんだって()いてんだ!」

「……ドクロ地点の魔物が、すでに四体討伐されている」


 ケイスは(ささや)くような声で言った。

 アイーシャの溜飲(りゅういん)が下がり、代わりに驚きが湧いた。


「ほぉう……?」

「その内の三体は、紅羽という受験者が討伐したみたいだ」

「はっ? マジかよ……やるじゃねぇか、そいつ」


 ドクロ地点の魔物は、どれも苦戦をしいられるだろう。

 難易度的には、中級クラス以上の実力が必須になる。

 紅羽という受験者は、そんな魔物を三体も討ったらしい。

 かなりの逸材(いつざい)だと、アイーシャは記憶に(とど)めておいた。


「で? 紅羽ってのは、どの魔物を処理したんだ?」

「一体目はアルモネア。二体目がヒリポフ。そして少し前に三体目のベセルブと、その配下すべてを駆除したっぽいな」

「おいおい待て待て! 一体目があのアルモネアだと?」

「あの透明植物を……? 何人で固まって倒したんだ?」


 ゴルダが驚きに満ちた声で、会話に割り込んできた。

 ケイスは表情一つ変えずに答える。


「単独だ。島に到着後、ほどなくして倒している」

「ありえねぇ。あいつだけは、全員逃げるしかできねぇって踏んでたんだが……もう中の上級クラスの実力があんのか」

「戦闘時間は五分もなかった。簡単に処理している」


 今現在の自分でも、五分以内で倒せるかはあやしい。

 オドすらも見えず、ほぼ感覚に頼るしかない魔物なのだ。

 攻略方法としては、(みき)に当たる場所に怪我を負わせるか、または煙幕か何かで、透明化の強みを消すしかないだろう。


 ただそれがわかっても、簡単に倒せる魔物ではなかった。無数に張り巡らしている根で、目で捉えられない無色透明の遠隔攻撃を仕掛けてくるのだ。

 アイーシャはふと、別の疑問が生まれる。


「まさかとは思うが、ヒリポフやベセルブも単独か?」

「近くに受験者の反応はなかった。単独で間違いない」


 どちらの魔物も、群れをなして行動する。

 特にベセルブは、まるで人と同じく多用の手段を用いる。それこそ、連携の強みを理解し、重んじているほどだった。

 多数で協力しなければ、主敵(しゅてき)にまでは届かない。


 そんな魔物達を相手に、単独で殲滅(せんめつ)している者がいる。

 驚きを通り越して、下手な冗談という可能性を模索した。

 ゴルダが豪快に笑う。


「はっはっはっ。こりゃ驚いた。零級(ぜろきゅう)の受験者じゃないか」


 最大級の賞賛を、ゴルダは口にした。

 横目にゴルダを見てから、アイーシャは疑問を述べる。


「そいつは、いったい何者なんだ?」

「見た目は、まだ十代半ばの銀髪の娘だ」


 アイーシャの脳裏に、漠然と記憶がよみがえる。

 飛行船で唯一、異質なほど静かなオドを(まと)う少女がいた。

 ゴルダが、あっと短い声を上げる。


「……つい最近、レイストリアの国籍を取得した娘か。確か、ミルドレット公爵のお墨付きだとかで、今回の冒険者試験に滑り込み登録したって聞いたぞ」


 ミルドレット公爵――王家の血を引く変わり者だった。

 真偽は知れないものの、王都のほうにある冒険者ギルドの支部長と、ずいぶん仲のいい間柄だと記憶している。


「自分のところの私兵を……って感じか?」


 アイーシャは誰にとなく、そう(つぶや)いた。

 反応を示したゴルダが、否定の声で唱える。


「いや、それはねぇだろ。王家の血筋つっても、あの公爵はかなり毛並みが違う……まあ、俺もそこまで詳しくねぇから、なんとも言えねぇが」

「反応しといて、んだよ。使えねえドクソジジイだな」

「ははは……弁解の余地はねぇ」


 会話の隙間を見計らったかのように、ケイスが口を挟む。


「そのミルドレット公爵、もう一人の御墨付きが、着地早々レイガルムと鬼熊を討ち、少し前に幽鬼(ゆうき)を撃破している」

「ほぉう……?」

「アイーシャに()みついた、あの子だ」


 アイーシャは、ぴくりと肩が跳ねる。

 飛行船で唯一、失格者を護ろうとした少年であった。


「あいつかぁ……」

「ただ不死の魔物は、別の受験者と協力した様子だな」


 不死の魔物には、通常の攻撃がほぼ効かない。

 特殊な方法を用いるしか、すべはないはずだった。


「どうやって撃破したんだ?」

「さすがに、そこまではわからない。俺の紋章術はあくまで動向の把握ぐらいで、もっと詳しく調べるなら腕輪がいる」

「ったく、つっかえねぇ紋章術だな、おい」


 アイーシャの罵倒(ばとう)に、ケイスは深い落ち込みを見せる。


「こんな広範囲……俺以上の人材は、いないと思うが……」

「もっと精度を上げろっつぅ話だ。クソドカス」


 ゴルダが短い咳払(せきばら)いをした。


「それで……現状、死亡者のほうはどうだ?」

「いや、今のところはいない」

「そりゃ、そうだろうよ! 明らかにやばいと思ったのは、アタシが(かた)(ぱし)から、飛行船から落としてやったからな」


 アイーシャはからからと笑った。

 少しの間を置いてから、ケイスが低い声で喋る。


「……それに関しては、本当に英断だったと思うよ」

「まったくだ。上の連中も何を考えてんだか……こんなの、冒険者になろうって奴が、挑める試験じゃねぇだろうに」


 ゴルダの言葉はもっともだが、アイーシャは否定する。


「アタシは賛成だね。クソゴミクズなんかいらねぇよ」


 ゴルダは(うな)ってから黙った。

 ぼそりとケイスが言葉を発する。


「魔神の復活……おそらくは、それを危惧(きぐ)している」

「はんっ。そんな御伽噺(おとぎばなし)を信じてんのか? 乙女だな」

「そうじゃなく……危惧するに越したことはないって話だ」

「まあまあ……」


 なだめるような声を出したあと、ゴルダは続ける。


「いずれにしても、今年度は各国どこも……かなり質の高い冒険者が生まれるだろう。それは、いいことだ」


 その発言を最後に、一同沈黙する。

 アイーシャは大きく欠伸(あくび)をした。


「さてと……どうせ今日は、もうたいした動きはないだろ。アタシは少し寝てくるとするか。あんたらは頑張ってろ」

「ああ、何かあれば起こそう」

「じゃあ、俺は見張りにでも行ってくるとするか」

「はいはーい。二人とも、あとは頼んだ」


 アイーシャは立ち上がり、軽く手を振った。

 もうまもなくして、二日目を迎える。



 忍び寄る戦慄(せんりつ)の足音に――

 誰も気づくことはできなかった。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 天真爛漫(てんしんらんまん)なミラが、じっと咲弥のほうを(にら)んでいた。

 これにはさすがに、咲弥も苦い笑みでしか返せない。


「ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるぅーいっ!」

「いや……僕自身も、あまり理解してませんから」

「その火の紋章石、咲弥の持ち物だとばかり思ってたもん」


 生命の宿る宝具の力から、精神世界の出来事まで――火の紋章石を手に入れる経緯(けいい)を、咲弥は簡潔に説明していた。

 最初は半信半疑に思われたが、実際に現物が手元にある。


 信じてくれたのはいいが、ミラは不満げな様子であった。

 咲弥は困り果てた末に、ミラに一つ提案する。


「じゃ、じゃあ……ジャンケンで決めませんか?」

「ふん! いいもーん! ミラはあの鏡を貰うんだから」

「鏡って……時音の鏡ですか?」

「文句言わないでよ。咲弥はもう紋章石を貰ったんだから」


 一瞬、火事場泥棒みたいに思ったが、千年も前の話だ。

 試験の指定物でもあるため、止めるわけにもいかない。


「わ、わかりました。じゃあ、そうしましょう」

「ふふーん! そんじゃあ、取ってくるから待っててね」

「ラシャスさんと一緒に、ほかの骸骨達も消えましたが……まだ魔物がいるかもしれません。気をつけてくださいね」

「りょぉーかぁーい」


 軽快な足取りで、ミラが小走りに進んでいった。

 ミラの姿を見送ったあと、咲弥は右の横腹に手を当てる。

 いろいろな姿勢を試してから、激しく動いて確認した。


「あぎゃっ……!」


 ズキッとした痛みが、右の横腹から脳へと直撃した。


(体力やオドは回復したのに……まだ、かなり痛いや……)


 当初に比べれば、だいぶましにはなっている。

 激しく動いたりしなければ、我慢できないほどではない。

 それが、結構な問題だった。


 試験開始から、まだ一日目なのだ。

 これからもっと、魔物との戦闘が続くと思われる。

 治癒(ちゆ)の紋章具でも治らない怪我を負い、苦い思いを抱く。


(我慢するしか……ないよなぁ……)


 咲弥は座り込み、どっとため息をついた。

 なににしても、夜が明けるまで休息を取るしかない。

 ぼんやりとした意識の中で、空色の紋様を浮かべた。


(まだ紋章穴は、一つしか()いてないんだよなぁ……)


 火の紋章石を入手したが、自分にはまだ扱えそうにない。

 たとえ自分の属性と違おうとも、もう水の紋章石のほうが扱いに慣れている。試せる時間があれば話は別だが、今すぐ入れ替えるのは、さすがに無理がある。


「咲弥の紋様ってさ、変わってるよねぇ」

「うわっ!」


 唐突(とうとつ)にミラの声が背後から飛び、肩が大きく跳ねる。

 鏡を小脇に抱え、前屈みに紋様を眺めていた。

 つい小さな胸の谷間が目に入り、すぐに視線を()らす。


「なんか天使様が宿ってるみたい」

「ははは……よく言われますね。それ」

「生命の宿る宝具にしてもだけど、咲弥はなんだか凄いね」


 それに関しては、本当にただの偶然に過ぎない。

 誤って奴隷とならなければ、手にすることはなかった。


(でもそうしたら、紅羽と出会うこともなかったのか……)


 銀髪の少女の姿を、咲弥は脳裏に描いた。

 今どこで何をしているのか、不安ばかりが胸に募る。

 まさかとは思いつつも、否定のできない予感があった。


(こんな暗い中……僕を探してたりしないかな……?)


 冷静な紅羽に限って、あまり無茶はしないと信じたい。

 試験も大事だが、やはりまずは紅羽と合流すべきだろう。

 明日の方向性を、咲弥は胸の内側で定めておいた。


「どうしたの? ぼうっとして」

「あ、いいえ……」


 咲弥は我を取り戻してから、ミラに尋ねる。


「ミラさんは、明日からどうするんですか?」

「んぅ……? 咲弥はどうするの?」


 反対に質問を返され、咲弥は苦笑する。


「僕は、はぐれてしまった仲間を探そうと思います」

「そっか。じゃあ、ミラもそれ手伝うよ」

「え? いいんですか?」

「だってミラ一人じゃ、魔物の群れに殺されちゃうよ」


 戦闘タイプではない。そう言っていたのを思いだした。

 確かに、ミラの発言は正しい。

 単独行動は、なるべく(ひか)えたほうが賢明であった。


「わかりました。それじゃあ、よろしくお願いします」

「こちらこそ!」


 途端にミラは、何か思いついたような表情をした。


「そういえばさ、咲弥の言ってる仲間ってどんな人なの?」


 ミラに説明していなかったと、咲弥はいまさらに気づく。

 トリッキーに言伝(ことづて)を頼んだときも、近くにはいなかった。


「銀色の髪をした女の子です。かなり強いですよ」

「ああ、飛行船で咲弥の隣にいた凄く綺麗な子?」

「ははは……そうです」


 ミラは虚空を見上げ、人差し指で口に触れる。


「ふーん……あの子かあ」

「可愛いだけじゃなくて、おそらく僕が出会ってきた人達の中でも、本当に一番強い、バリバリの戦闘タイプですね」


 ミラは横目に、いやらしい笑みになる。


「えらく買ってんじゃん? 好きなの?」

「えっ……す……」


 まさかの問いに、咲弥は面はゆい気持ちになる。


(好き……か……)


 きっと、同じ世界に生まれていたのならば――咲弥は首を小さく横に振って、頭の中にあった思考を打ち消した。

 特別な感情を抱いてはいけないと、自身を強く(いまし)める。


 仮に紅羽が、特別な感情を受け入れてくれたとしても――彼女からすれば、単純に迷惑にしかならないと思われる。

 使命を果たせば、咲弥は自分のいた世界へと戻るからだ。

 だからきっと、自分にそんな感情を抱く資格などない。

 咲弥は息を整え、まっすぐミラに伝える。


「僕のために力を貸してくれる、大切な仲間なだけです」

「それだけ?」

「……はい」


 咲弥は笑みを作って(うなず)いた。

 ミラは複雑そうな顔をして、小さく(うな)った。


「ふーん。それじゃあ、今日は寝て明日に備えよう!」

「そうですね」


 咲弥は掛布団もないまま、そっと床に寝そべった。

 奴隷での経験がなければ、野宿は少しばかりつらかったに違いない。あのときの経験が、こうして()かされている。


(紅羽……どうか、無事でいてくれ……)


 (いまし)めたはずなのに、心のどこかがざわざわとした。

 理由はどうであれ、いつしか別れが必ず訪れる。


 少しばかり寂しいと思う反面、家族を思えば仕方がない。

 こうしている今も、きっと行方不明者扱いのはずなのだ。

 右の横腹と同様、複雑な思いがズキズキと胸を痛める。


(それでも……僕は……)


 消えない二つの痛みを抱えながら――

 咲弥の意識は、ゆっくりと眠りに落ちていった。




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