表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
57/222

第十四話 千年の悲しみ




「お嬢様。失礼します」


 武装をした巨躯(きょく)の男が、部屋の中に入ってきた。

 雄々(おお)しい声をしており、いかめしい顔つきをしている。


(お、終わった……)


 眠る美女の奥に、咲弥達はいる。

 これほどの不審者、そうはいない。

 なかば諦めの境地で、咲弥は固唾(かたず)を飲んで見守った。


 しかし、不思議な事態が起こる。

 咲弥達が見えていないのか、気にした様子がまるでない。

 部屋の出入口からは、確実に見える場所のはずなのだ。


(あ、あれれ……?)


 大男は、ベッドで眠る女の(そば)まで進んだ。

 腰をゆっくりと下ろし、片膝を床につける。

 人の存在に気づいたのか、女は静かに目を開いた。

 大男のほうへ顔を向け、女は清らかな声を(つむ)ぐ。


「まあ、ラシャス」

「ネフトリア様。魔物の軍勢が、第三陣を突破しました」


 咲弥は呆然と、会話に耳を(かたむ)ける。


「そう……どうか、あなた達だけでも逃げてください」

「何をおっしゃります!」

「私はもう……長くはありません。(やまい)に殺されるか、魔物に殺されるか……ただ、それだけの違いでしかないのです」


 病弱そうに見えて当然だった。

 なんらかの病を、彼女は(わずら)っているらしい。

 ネフトリアは、優しい顔をにっこりと緩めた。

 ラシャスは泣きそうな表情で、声を絞り出すように言う。


「我々は、最後まで戦います。旦那様と奥様に拾われ、そのご恩を今こそ返すとき――必ずや、お嬢様をお護りします」

「そう思う、なればこそ、あなた達だけでも生き延びて」

「たとえその命短くとも、魔物の手にはかけさせません」


 ネフトリアはくすりと笑う。


「昔から、変わらないね。互いに幼い頃から……ずっと(そば)にいてくれて、ありがとう。私の人生は、とても幸せでした」


 ラシャスは目に涙を()め、ネフトリアをじっと見つめる。


「ねえ、ラシャス。最後に……子供の頃のように呼んで」


 ラシャスは、ぐっと(こら)えた顔を見せる。

 おもむろに立ち上がり、出入口の扉まで進んだ。


「必ず……必ず俺が護ってやる。安心しろ。ネフェリー」


 そう言い残して、ラシャスは部屋から出ていった。

 ネフトリアは上を向き、(けが)れのない涙がこぼれ落ちる。


「ありがとう。ラシャス……愛しています。ずっと……」


 ネフトリアは(つぶや)いたあと、また静かになった。

 なんとも言えない感情が、咲弥の胸を()め尽くす。

 これが本当の過去だとすれば、結末は残酷であった。


「なんだか、ちょっと悲しいね」


 いつも明るいミラも、さすがに表情を曇らせていた。

 頭の上にある耳も、へなへなと(しお)れている。

 そんなミラに、咲弥は何も言葉を返せなかった。

 少しして――鏡が突然、眩しい光を放つ。


「うわっ!」

「きゃっ!」


 視界は一歩先すらも見えない、まばゆい光に包まれる。


「ミラさん!」

「咲弥!」


 咲弥は手探りで、ミラを必死に探す。

 ミラも同じく探していたのか、彼女の手と触れ合った。

 すると途端に、古びた室内の光景が視界に広がる。

 何が起こったのか、何も理解できない。

 わかるのは、紋章具が照らす空間に戻ってきたことだ。


「ああ。なんとか戻ってこられたね」


 ミラは両手を後頭部に回し、柔和(にゅうわ)な笑みを浮かべた。

 咲弥は無言のまま、(うなず)いて応える。

 しんみりとしていると、どこかで爆発音が(とどろ)いた。

 古城全体が揺れたような、激しい地響きが鳴る。


「な、なんだ!」


 耳を澄ませば、何か物騒な物音が聞こえてきた。

 さきほど出会った男が、魔物と戦っている可能性が浮く。

 しかしここの魔物は、どれだけ倒しても死なない。

 もし一人で大勢に囲まれていたら、男の命はないだろう。

 咲弥はミラを振り返った。


「ミラさん。助けに行きましょう」

「りょ、了解」


 物置部屋から出て、音がするほうへと向かった。

 そしてだだっ広い、大きな空間までやってくる。

 そこには、戦斧(せんぷ)を握り締めた巨躯(きょく)の怪物――


 咲弥は我が目を疑った。

 肌は赤黒く、額には二本の黒い角を生やしている。まるで大鬼を思わせる姿なのだが、その格好には見覚えがあった。


(鏡の先で見た……ラシャスさんと、同じ格好……?)


 大鬼と対峙しているのは、やはり民族的な衣装の男だ。

 黄金色の紋様を浮かべ、男は唱える。


「雷の紋章第二節、雷神の(ほこ)


 男の手から激しい雷撃が放たれ、大鬼に直撃した。

 咲弥の眉間に力がこもる。効いている気配がまるでない。

 大鬼が咆哮(ほうこう)し、電撃を容易(ようい)にかき消した。


滅殺(めっさつ)する! 殲滅(せんめつ)する! 殺す! 殺す! 殺す!」

「くそっ……こいつ、何も効きやしねぇな」


 男の(つぶや)きが聞こえた。咲弥は大鬼をじっと見つめる。

 大鬼の姿が、記憶にあるラシャスと重なり合う。

 だが、それはありえない。

 どう見ても、外見が鬼の魔物にしか見えないのだ。


幽鬼(ゆうき)……?)


 男は再び紋様を浮かべ、大きく飛び上がる。

 華麗に舞い、大鬼の真上を陣取った。


「雷の紋章第三節、轟雷(ごうらい)の鉄槌」


 轟音とともに、紫紺色をした雷が大鬼に落ちた。

 しかしやはり、まったく効いていない。

 大鬼は戦斧(せんぷ)を大きく振った。

 上空では、回避するすべなどない。


 まるでハエ叩きみたいに、男は戦斧の腹で殴られた。

 凄まじい速さで壁に激突する。


「だ、大丈夫ですか!」


 咲弥は急いで、駆け寄ろうと進んだ。


「来るな! こいつは、俺の獲物だ!」


 声を張った男は、よく見ればぼろぼろになっていた。

 ずいぶん長い間、大鬼と戦闘していたと判断する。


「ちっ……こんなところで、負けてられるか!」


 両袖の中から剣身が伸び、男は大鬼へと立ち向かう。

 男は踊るように、剣技を繰り出した。

 大鬼は手強い。そのうえ、かなり硬いのだと思われる。

 まともに斬撃を食らっても、かすり傷しか与えられない。


「殺す! 殺す! 殺す! 通さない! 絶対だ!」


 何度も繰り返される言葉から、またラシャスと重なる。


「ねえねえ、咲弥……あれって、やっぱり……」


 隣に来たミラが、ぽつりと声を(つむ)いだ。

 咲弥はミラを向かないまま、疑問を口にする。


「人が魔物になることって……あるんですか?」

「わからない。でも……そうだとしか……」


 ミラは言葉を止めたが、咲弥には言われずともわかる。

 おそらく死してなお、ラシャスはいまだ戦い続けていた。

 たとえその魂が、幽鬼となり果てようとも、ずっと――

 千年という途方もない間、ひたすら戦い続けているのだ。


 古城への道中に覚えた違和感の正体が、漠然と判明する。

 噴水付近まではあった魔物の気配が、古城に近づくにつれ薄くなっていた。それはきっと、ラシャスや骸骨達が魔物を排除(はいじょ)していたからだと思われる。


 魔物もばかではない。

 命の危機を感じ取れば、ガルムみたいに鬼熊から逃げる。だからこの古城へは、近づかないようにしていたのだろう。


(ここが、原型を(とど)めているのも……もしかしたら……)


 咲弥は、そんな予感がした。

 その直後、男はまた大鬼の攻撃で大きく吹き飛ばされる。

 咲弥は自然と体が動き、巨躯(きょく)の怪物を前にした。


「ラシャスさん! 正気に戻ってください!」


 咲弥は大きく声を張って伝えた。

 背後から、男の激昂(げっこう)が飛ぶ。


「おい、テメェ! 邪魔をするな!」


 男の言葉を聞き流し、咲弥は心から伝える。


「ここにはもう、誰もいません! あなたが護ろうとした、ネフトリアさんも、もうどこにもいないんです!」

「護る! 殺す! 護る! 殺す!」

「ラシャスさん!」


 巨躯の鬼となり果てたラシャスは、大きく咆哮(ほうこう)する。

 肌に突き刺さるような気迫に、咲弥は自然と身構えた。


「イカレてんのか、テメェ! 邪魔だ!」


 咲弥を突き飛ばして、男はラシャスと距離を縮めた。

 咲弥は素早く籠手を解放し、足先に力を込める。

 男の繰り出した斬撃を、ラシャスに当たる寸前で(ふせ)いだ。


「なっ!」

「待ってください! この人は、魔物じゃありません!」

「ふ、ふざけ――」


 ラシャスが戦斧を()いだ。

 男が剣を交差させて受ける。ラシャスの力は凄まじい。

 男の体が咲弥にぶつかり、二人まとめて吹き飛ばされた。


「がはっ――!」


 咲弥の体が、壁か何かに激突した。

 傷みを(こら)えていると、男が胸倉(むなぐら)(つか)んでくる。


「テ、テメェぶち殺すぞ! なに邪魔してくれてやがる!」

「すみません。ですが、傷つけさせるわけにはいきません」

「マジで頭おかしいだろ! あいつは、魔物なんだぞ!」


 激怒する男から視線を外し、咲弥はゆっくり向かってくるラシャスを見る。


「そうかもしれません。ですが、あの人は人なんです」

「訳わかんねぇ……なに言ってんだ!」


 見ている限りでは、紋章術や物理攻撃は効きそうにない。

 だがもし、人の心がまだ残っているのなら――咲弥には、たった一つ試せるすべがあった。成功するのかどうかまではわからない。


 あれから試したことが、ただの一度もなかったからだ。

 それでも咲弥は、ラシャスを想って決心する。

 胸を(つか)む男の手を、咲弥はそっと離させた。


「すみません。少しの間だけでも構いません」

「はあっん?」


 咲弥は憤怒の形相をする男に、少し頭を下げた。


「この戦い、僕に(ゆず)ってください」

「ふ、ふざけんな!」

「お願いします」


 答えを聞きもせず、咲弥はラシャスへと向かう。

 体中に残る痛みを(こら)え、白い手を胸の辺りに置いた。


(頼む。紅羽のときみたいに……どうか、力を貸してくれ)


 咲弥は白い手に懇願して、ラシャスへ一気に駆ける。

 巨躯(きょく)のわりに、ラシャスの動きは俊敏であった。


(は、速っ……)


 戦斧が空を裂き、咲弥の前髪が少しはらはらと散った。

 後から訪れた風圧に、殴られたような気さえする。


「殺す! 殺す! すべて、殺す!」


 ラシャスの前に、赤い魔法陣が顕現(けんげん)する。

 生み出された激しい炎が、戦斧に(まと)わりついた。


()ぜろ!」


 ()いだ戦斧から、炎が破裂して飛散する。

 咲弥はかわせそうにない炎だけ、白い爪で引き裂いた。

 そこで咲弥は、自分の判断の誤りに気づく。

 ラシャスは素早く、咲弥の背後へと回り込んでいた。


()けられな――!)


 なかば本能的に、咲弥は黒い手で身を護った。

 戦斧の刃を(ふせ)ぎはしたが、その勢いは凄まじい。

 衝撃が籠手をもすり抜け、右手首に激痛が走る。

 まともに受けていては、勝ち目などいっさいない。


(ぐっ……!)


 ラシャスの猛攻撃を、黒い手で受け流す。

 防御に(てっ)しても、ダメージは着実に蓄積していた。

 そんな極限状態のさなか――

 咲弥の心に、強い哀しみが溢れた。


 攻撃の一つ一つから、ラシャスの感情が伝わってくる。

 じんじんする右腕を抱え、咲弥はいったん距離を取った。


「護る。殺す。護る。殺す。殺す。殺す。殺す」


 ラシャスはまた(つぶや)き、激しい咆哮(ほうこう)を放つ。

 ラシャスとの戦いを経て、ほんの少しわかった気がする。


 なぜ怪物となり果てたのか――おそらくだが、ラシャスは自分自身を呪ったのだろう。そんな気配が強く感じられた。

 それで魔物化するのか、実際のところ不明ではある。

 いずれにしても、このままにはしておけない。


(だけど……強過ぎる……)


 なかなか白い爪を、ラシャスの胸に刺すことができない。

 戦斧をいなすとしても、限界があった。


 一瞬の隙でもあればいい。

 たった一撃が当たれば、それでよかった。

 それすらも叶わないぐらい、ラシャスは強い。


(中の四級……やっぱり、僕が敵う相手なんかじゃない)


「木の紋章第三節、妖精の束縛」


 突然、ミラの詠唱が飛ぶ。

 ラシャスの体が、(こけ)から飛び出たツタに(から)め取られる。

 ここが最大にして、最後のチャンス――咲弥は考える間もなく、自然と体がラシャスのほうへと詰め寄っていた。


「な、なんだかわかんないけど、今のうちにやっちゃえ!」

「助かります!」


 咲弥は言いながらに、白い爪をラシャスの胸に刺した。

 瞬間、視界が暗い闇に包まれる。

 一枚の写真のように、咲弥の頭の中に光景が浮かんだ。


 どこかの豪華な部屋にいる、幼い少女――

 華やかな庭園にいる、十代ぐらいの少女――

 魔物の大群と血を流して戦う、大勢の兵士――


 本人が記憶していると思しき情報が、流れ込んできた。

 そして気がつけば、真っ白な空間に咲弥は立つ。

 少し先には、戦斧を持ったラシャスがいた。

 ラシャスは肩を落とした姿勢で、ぶつぶつと(つぶや)いている。


「絶対に護るから。魔物は皆殺しだ。絶対に護るんだ」


 咲弥はそっと近づき、ラシャスを前にする。

 ラシャスは泣いていた。

 止まることのない涙は、頬を通って下に(したた)り落ちていく。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ