表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
55/222

第十二話 移動型商店




 咲弥は目を細めて歩き、やや遠くを観察した。

 出店的な何かが、森の中にぽつんとある。そのすぐ(そば)にはペットなのか、丸々とした牛に近い生物が草を食っていた。

 店にはさまざまな道具から、食料まで備えているらしい。


 そこにいた執事ふうの(よそお)いをした獣人――その姿に、つい咲弥の目が奪われる。

 なぜか昇華(しょうか)している様子で、狐と思われる姿をしていた。


「おや、いらっしゃいませ」

「やっほー、トリッキー! まぁた来たよー」

「これはこれは、ミラ様――ご機嫌麗(きげんうるわ)しゅう」


 糸目なのか笑みなのか、あるいは両方なのかもしれない。

 言葉づかいや立ち振る舞いから、妙なぐらい気品が漂う。


「そちらの殿方(とのがた)は、ご友人でございますか?」

「あ、どうも……初めまして、咲弥といいます」


 咲弥は自己紹介をしてから、頭を下げる。

 トリッキーと呼ばれた獣人が、優雅(ゆうが)な一礼を見せた。


「大変、失礼をいたしました。私は移動型商店を(いとな)んでいるトリッキーと申します。どうぞ、お見知りおきのほどを」

「厳密には、トリッキーは名前じゃなくて種族名だけどね」


 ミラの補足に、トリッキーはこくりと(うなず)いた。

 咲弥は小首を(かし)げる。

 すると、トリッキーが説明した。


「私達トリッキー族は個々の名を持ちません。生まれてから数年程度で自立をするため、その期間以外で、同族が生活を営むことはありませんから」

「そ、そうなんですか……無知で、すみません」


 いろいろ疑問が湧くものの、咲弥に()く勇気はない。

 獣人は少々、複雑な事情を持つ者が多いからだ。

 トリッキーは優しい笑みを浮かべる。


「基本は旅をしつつ、旅人が多そうな場所に店を構えます。中には辺境地ばかり行く、変わったトリッキーもおりますが――自立してから同族と出会うのは、仕入れ時に立ち寄った町の中か、あとは偶然ばかりですね」


 話を聞き、咲弥はぼんやりと記憶がよみがえる。

 王都にはそれこそ、多種多様な種族がわんさかいた。

 その中に、トリッキーの同族がいたような気もする。


「今回は冒険者ギルドからのご依頼で、この島にたくさんのトリッキー達がおります。いつでも、ご利用くださいませ」

「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 トリッキーは優美(ゆうび)な一礼をした。

 咲弥もつられて、軽くお辞儀する。


「トリッキーって()()()()()って感じだから、どこにいてもわかりやすいよね!」

(えぇえええっ……!)


 ミラは禁句めいた言葉を、ずばずばと口にした。

 咲弥は内心、慌てふためく。だが、ミラも獣人ではある。

 そこは同族のよしみとして、許されるのかもしれない。


「ミラ様とは異なり、今が素の容姿でございますからね」

「昇華しなくてもいいのは、楽ちんそうだね」

「はは。そうでございますね」


 トリッキーが大人の対応なだけなのか、判別はつかない。

 いずれにしても、口を(はさ)むような勇気は持てなかった。


「それでは、お客様方……今回は何をお求めでしょうか?」

「もう一度、幽鬼(ゆうき)の古城について教えてもらえる?」


 ミラは人差し指を立てて、トリッキーに説明を(うなが)す。

 トリッキーは、ゆったりと(うなず)いた。


「幽鬼の古城に関する情報のご料金は、少し前にミラ様から頂戴しておりますゆえ、無料でご説明させていただきます」

「はあい」


 物だけではなく、情報も売っているのだと知った。

 トリッキーは、紳士的な声で説明を始める。


「幽鬼の古城に巣食うは不死なる魔物――いわゆる、死鬼(しき)。そして幽鬼の古城のどこかには、指定物リストの四十八番、時音の鏡が眠っております」


 咲弥は手渡されたリストを、もう一度眺めてみる。

 四十八番目には、確かに時音の鏡と記されていた。


「――ですが、幽鬼の古城を徘徊(はいかい)する主敵は、非常に獰猛(どうもう)で好戦的。魔物としての等級は、中の四級となっております」


 咲弥は漠然とした恐怖を抱き、頭の中を疑問が飛び交う。

 小さく手を上げ、トリッキーに尋ねる。


「あ、あの、すみません」

「どうされましたか?」

「実は僕、等級に関してあまり詳しくありません。その中の四級とは……具体的には、どれほど危険なんでしょうか?」


 トリッキーは(あご)に指を当て、少し悩ましげな顔をした。

 適切な説明を、思索してくれているのだろう。

 考えてもみれば、それは至極当然だった。


 咲弥の知識量など、トリッキーが知るよしもないのだ。

 知識量が不明という前提で、相手が納得してくれる説明を導き出すのは、かなり困難な作業に違いない。

 非常に申し訳なく思い、咲弥は必死に思考を働かせた。


「あ、えっと……アラクネ女王って魔物はご存じですか?」

「はい。地底を根城とした、蜘蛛型の魔物でございますね」

「アラクネ女王の等級は、いくつぐらいなんでしょうか?」

「私の記憶が確かであれば、下の三級でございます」

「ふぇ……っ?」


 驚きのあまり、咲弥はつい間の抜けた声が漏れ出る。

 この世界を訪れてから、一番危機感を覚えた魔物だった。

 そのアラクネ女王ですら、中級にすら至っていない。

 ドクロマークは、やはり想像通りの場所だと理解する。


「ちなみに、指定物リストの品に関してなのですが――どのトリッキーにお渡しくださっても、納品完了となり、相応の金額をお支払いいたします。また、リスト外の魔物の素材も買い取りしておりますゆえ、ぜひご利用ください」

「ああ……だから、金額とか書いてあったんですね……」


 ようやく咲弥は、試験の趣旨を把握できてきた。

 ミラが覗き込むように、いたずらな笑みを見せてくる。

 彼女が言わんとすることを、咲弥はそれとなく呑み込む。


「ね?」

「わかりました……」


 試験官が説明しなかったのは、事前にトリッキーを各所に配置しておき、情報源をきちんと用意していたからだろう。

 トリッキーに辿(たど)り着けるよう、地図まで配布されている。

 もしお金がなければ、魔物を狩ったり、あるいは指定物を納品したりして、資金を自分で稼がせる算段だと思われる。


(これはつまり……冒険者としての縮図ってことか)


 咲弥は早速、手にした素材を売り払うことにする。

 合計で一二〇〇〇スフィアを入手する。

 トリッキーが優美に一礼した。


「もしまだ何かご入用でしたら、おっしゃってください」


 そう勧められ、咲弥はまじまじと商品を眺める。

 どれもこれも、王都の店よりも少し高い気がした。

 運送代や手間代も、金額に含まれているからに違いない。

 急ぐほどの品はないが、かなり悩む品が目に入った。

 紅羽がいない現状、購入しておくべきかもしれない。


(うーん……治癒の紋章具か……二五〇〇〇……高いなあ)


 しかもこの治癒の紋章具は、一回きりの使い捨てだった。

 魔物と戦闘が不可避だと考えれば、入手するほうがいい。だがそうすると、今度は食糧問題に直面しそうな気がする。


 最初に与えられた物資は、一食分程度の食料しかない。

 咲弥が深く悩んでいると、ミラがからからと笑った。


「また今度でも、いいんじゃない?」

「そ、そうですね……」

「二十四時間いつでも、お待ちしております」

「わかりました。そのときは、よろしくお願いします」


 咲弥の言葉に、トリッキーはこくりと(うなず)いた。


「さて、それじゃあ――幽鬼の古城に向けて出発しよ!」


 満面の笑みを浮かべ、ミラは拳を高く(かか)げた。

 知らない間に、咲弥も行くことになっている。

 咲弥は腕を組み、深く悩んだ。


 なるべく早く、紅羽と合流しておきたい。

 そのうえ相手は、アラクネ女王よりも等級が高いのだ。

 今の咲弥では、太刀打ちなどできるはずもない。

 ふと、ミラのもの悲しげな表情が目に入った。


「ええぇー……付き合ってくんないの?」

「いや、その……実は、仲間とはぐれていまして」

「もしかしたら、幽鬼の古城にいるかもよ!」


 ミラは本当に、表情がころころと変わる。

 尻尾をふらふらと揺らし、咲弥の反応をうかがっている。

 咲弥は困り果てた。


 確かに、まだ確認したわけではない。最悪、紅羽がドクロ地点に、運悪く落ちている可能性は否定できなかった。


「確認も含め、ちょっと手伝ってよ! ミラね、どうしても今回で、冒険者にならなきゃならないの。だからお願い!」


 両手をパチンと合わせ、ミラが深く頭を下げた。

 すぐに姿勢を正し、ばつが悪そうな笑みを浮かべる。


「ミラさあ、あんま戦闘タイプって感じじゃないからさ……でも咲弥は、魔獣を狩れるなら戦闘タイプっぽいし、一緒にミラと冒険してみてよ」


 戦闘タイプかどうかは、正直あやしいところであった。

 真の戦闘タイプが身近にいるからか、余計にそう思える。


(いや、それよりも……やっぱり、まずいよなぁ……)


 中級の魔物がどんなものか、想像すらもつかない。

 下級のアラクネ女王にですら、恐ろしさを感じている。

 とはいえ、必死な彼女の願いを、むげにできそうもない。


 素材の加工から、トリッキーの紹介という恩もある。

 咲弥は少し悩んでから、ミラに伝える。


「いえ……やっぱり、危険過ぎませんか?」

「ええぇ……!」

「僕も別に、戦闘タイプってわけではありませんから」

「うぅーん……」


 ミラは頭を抱え、深く(うな)る。

 すぐ満面の笑みに転じて、人差し指を立てた。


「最悪さ、時音の鏡さえ手に入ればいいの」

「と、言いますと?」

「魔物との戦闘は最小限、または逃げに(てっ)するってこと」

「そんな上手く……いきますかね」

「いけるいける! なんだか、いけそうな気がしてきたし」


 何も根拠になりえない感覚を、ミラは感じているらしい。


「あの……時音の鏡でなければ、ならないんでしょうか?」

「え?」

「もっと入手しやすい品を狙うとか……どうでしょう?」

「だめだめ!」


 ミラは素早く両腕を交差させ、罰点(ばってん)を作って否定する。

 そのしぐさを、咲弥はどこか不思議な気持ちで見つめた。


「競争率の高い品は、ほかの受験者に荒らされてそうだし。だからこその、時音の鏡――危険度の高い魔物がいるなら、普通は咲弥みたいに避けるもんね」

「ああ……」


 理屈としては、間違っていない。

 安全性が高ければ、誰もがこぞって狙うだろう。

 これもまた、冒険者としての縮図なのかもしれない。


「別に魔物と戦わなくても、指定物を入手すればいいの」

「うぅーん……」


 咲弥はなかば諦めの境地に達する。


「……正直、僕では完全に力不足だと思います。ですから、少し覗いて危なそうであれば、絶対に引き返しましょうね」

「うんうん。わかった!」


 奇妙な形をした石から、南西に進んだ先に古城はある。

 しかし咲弥からでは、どちらが東西南北かわからない。

 トリッキーに尋ねてみようと思ったが、ふと気になった。


「あれ……そういえば、ミラさん。方角がわからなければ、トリッキーさんのお店まで辿(たど)り着けませんよね? たまたま近くに落ちたんですか?」


 自身の後頭部に両手を置き、ミラは大きく笑った。


「太陽や植物とかを見れば、だいたいならすぐにわかるよ。たとえばそこら中にある、木についている(こけ)とかでもね」

「へぇえ……凄いですね」


 咲弥は素直に感心した。

 周囲に視線を流したが、咲弥にはまるでわからない。


「じゃあ、南西ってどちらの方角になるんですか?」

「んぅー。こっちだね」


 ミラと来た道の、少し左側のほうを指差した。

 心から、咲弥は感心する。現在地だけを知ったところで、方角が何もわからなければ、なかなか動きづらい。

 方角さえ知れば、今後はかなり移動しやすくなるだろう。


「でもね、そっちの方角に進む道はないから、来た道を戻ることになるよ」

「ああ……なるほど……それはそうですよね」


 咲弥は苦笑する。

 至極まっとうな話だった。


「それじゃあ! そろそろ、行こ行こ!」


 ミラが進み、咲弥はやや重い足取りで歩いた。

 不意に後ろから、トリッキーの声が飛ぶ。


「それでは、またのご利用――お待ちしております」


 咲弥はトリッキーを振り返り、軽い会釈(えしゃく)で応える。

 不意に、ある考えに至った。


「あ、ミラさん。ちょっと待っててください!」

「んにゃ?」


 先を行くミラに伝え、咲弥は(きびす)を返した。


「あの、トリッキーさん。一つ質問してもいいですか?」

「……? はい、どうぞ」

「ほかの受験者がどこにいるか、ご存じではないですか?」


 トリッキーは、ゆっくり首を横に振った。


「さすがに、そこまでは把握しかねます。私達が知っている情報は、あくまで事前に冒険者ギルドから提示された、島に関する資料程度なのでございます」

「ああ、そうですか……」

「ですが……言伝(ことづて)程度であれば、承り(うけたまわ)いたします」

「ほ、本当ですか?」


 トリッキーは小さく(うなず)いた。


「この程度のサービスなくして、移動型商店は営めません」

「あ、ありがとうございます」


 紅羽の容姿に加え、現在自分がどこに向かうか――咲弥はトリッキーに伝え、言伝を頼んでおいた。


「かしこまりました。お見かけしましたら、お伝えします」

「こちらこそ、本当にありがとうございます」

「もお! おそぉい! 何してんのぉー?」


 不満げな顔で、遠くにいたミラが近づいてくる。

 咲弥は苦笑いで誤魔化しておいた。


「すみません、もう大丈夫です」

「よぉし! じゃあ、今度こそ行くよぉ!」


 咲弥は不安を抱えつつ、ミラと幽鬼の古城を目指した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ