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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
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第十一話 一抹の不安




 咲弥は素早く、背後を振り返った。

 すぐ動ける姿勢を整え、音がした方角をじっと凝視する。

 背丈をも越える草むらから、人の形をした女が一人――


「……ありゃりゃ! 君、受験者?」

「へ……? あ、はい」


 一気に緊張が()がれ、やや間の抜けた声が漏れた。

 橙色の短い髪に、三角形に尖った耳が覗いている。

 細長い尻尾も生えており、猫型の獣人だと見当をつけた。


 獣人は昇華(しょうか)と呼ばれる変身能力を扱えるため、普段からも薄着をする傾向がある。だが彼女は、一際(ひときわ)肌の露出が多い。もはや、ただの痴女にすら思える。

 胸はやや(ひか)え目だが、すらりとした綺麗な体形だった。

 尻尾をふらふらと揺らして、女が喋りかけてくる。


「いやぁ、まさか同じ受験者と出会えるなんて、本当かなり嬉しい! 魔物が多過ぎて、一人じゃ厳しかったんだぁ」

「あなたも魔物に襲われたんですか?」


 女は何度も首を縦に振る。


「君も襲われたみたいだね」


 指を差された場所を、咲弥はぼんやり理解する。

 鞄から漏れたレイガルムの角を、一つ取り出した。


「はい。早速、魔獣? の、群れに襲われました」

「あにゃ! 君、素材の取り方が下手くそだねぇ!」


 尻尾をぴんと伸ばし、女は指摘してきた。

 咲弥は苦い笑みがこぼれる。


「見よう見真似でやってみたんですが、なかなか難しくて」

「ちょいと貸してごらんよ」

「え、あ、はい」


 咲弥は角を手渡した。

 すると女は、自分の鞄をあさり始める。

 どう扱うのかわからない工具を、いくつか取り出した。


「ここ、レイガルムの肉片がついてるっしょ? 根もとから摘出し過ぎてるってことなの。これじゃ、角の質がどんどん下がっちゃうから、こっからでいいんだよ」


 凄まじいほど手際よく、角の根もとを切り離している。

 最初の村で(ゆず)り受けた角も、思えば同じ形をしていた。


「ほい。まだあるなら出して。ついでにやっちゃうから」

「ほ、本当ですか。ありがとうございます!」


 咲弥は入手した角を、すべて取り出した。

 あっという間に、綺麗な素材へと変化する。


「これで、よしっと。素材の摘出は、丁寧(ていねい)にしなきゃね」

「ははは……すみません。あ、あの……?」


 咲弥はレイガルムの角を一本、女へと差し出した。


「……よかったら、これを受け取ってください」

「へゃっ?」

「素材を綺麗に整えてくださった、そのお礼です」

「別に気にしなくていいよ。気持ち悪くてやっただけだし」

「いいえ。本当に助かりました」

「……そこまで言うなら、じゃあいただいちゃおっかなあ」


 受け取ったレイガルムの角を、女は自分の鞄に入れた。

 それから、にこやかな笑みで見据えてくる。


「遅れたけど、ラ・イ・ミラっていうの。ミラでいいよ」

「僕も遅れてすみません。咲弥っていいます」

「ああ、思いだした。どこかで見かけた記憶あるなあって、ずっと思ってたんだけど、咲弥は試験官に抗議してた人ね」


 咲弥の脳裏に、飛行船での出来事がよみがえった。


「ああ……そうですね」

「カッケかったよ。あそこでビシッて言える根性も凄いし」


 ミラはずいぶん、明るい性格の持ち主のようだ。

 身振り手振りが激しく、見ていて飽きない。


「ところで、咲弥もお宝狙い?」

「お宝?」

「うんうん。幽鬼(ゆうき)の古城!」


 咲弥はつい頬が引きつった。


「いや、お宝って……あれは、危険というマークでは?」

「あにゃ? 咲弥、まだ知らないんだね」


 なんの話をしているのか、咲弥は小首を(かし)げた。

 ミラは不敵に笑う。


「それじゃあさ、ミラが得た情報の一つを教えてあげる」

「どんな情報なんですか?」

「にゃっはっはっ。ちょっと、ついておいでよ」


 ミラはそう言い、やってきた道のほうを引き返した。

 状況を呑み込めないまま、咲弥はミラの後を追う。


「ドクロマーク以外にも、いろいろあったっしょ?」

「はい。星と赤丸のマークですよね?」

「実はミラ、最初に向かったのは星のところなんだよね」


 向かっている場所を予想できた。

 星のマークが何を示しているのか、確かに気にはなる。


「星のマークには、何があるんですか?」

「見ればわかるよ。ほらほら、きびきび歩く歩くー!」


 そう急かされたが、道はあまりよろしくない。

 そもそも、道と呼ぶにはふさわしくない地面であった。

 気を抜けば、すぐに草や木の根に足を取られる。


 移動を始めてから、だいたい十分弱か――

 ミラが肩越しに咲弥を振り返り、にっこりと笑った。


「もうそろそろ、着くよ」


 ついに、星のマークの場所へと辿(たど)り着いた。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 島の地図では、東側に位置する場所に荒廃(こうはい)した町がある。

 草木一つない廃墟を、少女は銀髪をなびかせて歩く。

 石の建造物や道などが、当時はたくさんあったらしい。

 今では倒壊し、崩壊し、滅茶苦茶になっていた。


 ドクロ地点は、滅びた場所を指し示していると予想する。地図によると、ここは緑色のドクロが記されていたからだ。

 そんな場所を歩き、少女はふと思いが巡る。


(独りで歩くのは……いつ振り……?)


 どこへ行くのも、何をするのも――

 いつも少年が、(そば)にいてくれた。

 しかし今現在、その彼の姿はどこにもない。心の中が妙にざわつき、落ち着かない感覚がずっと(くすぶ)り続けていた。


 紋章具が少年を、落下から守っているだろう。

 だから島のどこかで、無事ではいるはずだった。


(咲弥様……早く、合流をしなければ……)


 紅羽は静かに、そっと両拳を作って意気込んだ。

 ただ咲弥の発見には、困難を(きわ)めると思われる。

 アイーシャという女が発動した風の紋章術――受験者達は全員、完璧に分断され、島に落とされたとみて間違いない。


 それほどまでに、かなり強力な紋章術であった。

 すぐ(あらが)う努力をしたが、不意の出来事では対処が難しい。

 見た目や性格はさておき、相当な実力者だと推し量れる。


(今は、ただ……)


 自分の予感を信じて、奇跡を願って歩くほかない。


(……?)


 背後のほうから、奇妙な気配が(にじ)んだ。

 さっと振り返ると、なにやら禍々(まがまが)しいオドを察知する。

 リストには、見た記憶のない魔物の名が数多くあった。

 先手を取られるわけにはいかない。


 紅羽は迅速に、行動を開始する。

 純白の紋様を浮かべ、静かに唱えた。


「光の紋章第二節、(きら)めく息吹」


 夜空の星々にも似た欠片が、紅羽の周囲に発生した。

 身体強化の紋章術を浴び、倒壊した建物を駆け上がる。

 瞬間――


 瓦礫(がれき)の隙間から、何かが飛んできた気がした。

 なかば反射的に、手刀で()ぎ払う。

 はめられた腕輪に当たってしまい、パキッと音が鳴る。

 何かを弾いた実感はあったが、正体を見逃してしまった。


(これは……?)


 途端に無数の場所から、気配が一気に湧き起こる。

 すでに後手であったと、紅羽は気づかされた。

 わざと気配を察知させ、動いたところを突かれたらしい。

 紅羽は再び、純白の紋様を虚空に描き出す。


「光の紋章第四節、白熱の波動」


 右手の先に光が集い、高熱の光芒(こうぼう)を放つ。

 光の筋が瓦礫を飲み込み、荒々しい爆発が生じる。

 確実に回避すると、紅羽はそう予測していた。

 気配はしっかりあったが、どこにも姿が見えない。


(逃げない……? なぜ……?)


 ヒュッと風を切る音が聞こえた。

 今度は払うのではなく、しっかりと(つか)んだ。

 ぬめりのある奇妙な感触はあるが、手には何も見えない。

 何も見えないのに、掴んでいる感覚だけが残っていた。


(……透、明?)


 そうだとしか考えられない。

 これまでにないぐらい、厄介(やっかい)な敵だと感じる。

 姿どころか、オドも完全に透明化できるようだ。

 個体なのか、複数なのか、それすらも把握ができない。


 あちらこちらから、風を切る音が響き渡る。

 回避を試みるが、いくつかはかすってしまう。

 (つか)んだ感触では、矢のような物体らしい。

 物陰に身を寄せ、隠れながら対策を練る。


 目に見えない相手は、初めての経験だった。

 そんな生物が存在していることに、まず驚きを隠せない。


(どうすれば……)


 紅羽は頭の中で、勝つための作戦を構築していく。

 いかに透明といえども、そこに実はある。

 それはさきほど、(つか)んだ物体で実証済みであった。


(なら……)


 紅羽は、さっそく行動に移った。

 透明の攻撃を、瓦礫(がれき)の陰で回避する。

 素早く高い場所へ駆け上り、頂上付近で大きく跳躍した。


「光の紋章第四節、白熱の波動」


 右手から光線を放ち、適当に瓦礫を破壊する。

 即刻、二度目、三度目と同様の術を連発した。

 合計四回、第四の紋章術を発動し終える。

 周辺は色濃い煙が立ち込め、深い粉塵(ふんじん)にまみれていた。


(いた……一匹?)


 触手を持つ、海洋系の巨大な魔物だと思えた。

 自分の姿を隠せても、周りの粉塵までは消せない。透明の攻撃を再び仕掛けてきたものの、煙がふわりと揺れ動いた。軌道さえ読めれば、容易(ようい)にかわせる。


 風で流されてしまう前に、透明の魔物へ詰め寄った。

 紅羽は再度、紋章術を唱える。


「光の紋章第一節、閃く剣戟(けんげき)


 純白の紋様が砕け、小さな光球が宙を舞い踊る。

 魔物は深く切り裂かれ、どす黒い血を噴いた。


(血は透明にできない? 逃しても、場所を特定できる)


 透明の矢を撃たれ、紅羽は大きく()退()いてから離れる。

 また高い場所へ駆けのぼり、上空に大きく舞い上がった。

 背から外した弓を構え、渾身(こんしん)のオドを(まと)わせる。

 紋章効果を宿した弓が、光の矢を創り出した。


 放たれた光の矢は無数に分裂して、光の雨を降らせる。

 魔物のあらゆる場所を貫き、ついでに地面をも砕き粉塵を色濃くしておいた。

 手応えは充分にあったが、生命力の高さがわからない。


 すぐにその場から去り、物陰からこっそりと観察する。

 透明だった魔物は、徐々にその姿を現した。

 海洋系の生物だと思ったが、どうやら違う。


(植物系の魔物……?)


 草木が生えていない理由が、漠然と呑み込めた。

 きっと透明の植物が、すべてを養分にしたのだろう。

 紅羽は観察を手早く終え、右手を前に伸ばした。


「光の紋章第四節、白熱の波動」


 右手から光芒(こうぼう)を放ち、植物の(みき)にあたる場所を攻撃した。

 中には死んだふり、気絶したふりをする魔物がいる。

 確実に仕留(しと)めたと判断できるまでは、安心ができない。

 威力を上げた閃光に貫かれても、動かなくなっていた。


 上手く処理できていた様子で、ほっと一息つく。

 今回の一件で、こんな奇怪な魔物までもがいると知れた。

 ドクロのマークは、おそらくは滅びた場所とかではない。非常に危険な魔物がいる地点だと、紅羽は認識を改める。


 そうともなれば、いよいよ咲弥との合流は急ぎたい。

 人のいい彼は、さまざまな理由から――危険性の高い妙な何かに、つい巻き込まれてしまう場合が多々とあるからだ。

 きっと、そういう(いびつ)な運命力を持っているのだろう。


 合流するまでの間は、そうならないことを願うほかない。

 漠然とした不安を抱え、紅羽はまた魔物に視線を据えた。

 ある一つの部分に、自然と目が奪われる。

 虹色の玉みたいな物が、木の実のごとく一つなっていた。


 リストにある品かどうか、その判断は難しい。

 念のため、宝石にも見える実を回収しておいた。


(咲弥様……)


 咲弥の安否を求め、紅羽はその場から素早く移動した。




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