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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
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第十話 魔獣の庭




 試験の場となる島へ、咲弥は怒涛(どとう)の速さで落下していた。

 体中を目や手で探っているが、装着されたパラシュートと思われる品の使い方が、いまだにまったく判明していない。

 ぼんやりとした記憶では、何かを引けばいいはずだった。


(ない! ない! ない! どこにもないぞ!)


 自分の世界とこちらの世界では、使い方が異なるらしい。

 紅羽であれば、紋章術で落下を回避できそうではあった。

 以前にも、不意の落下を経験したことがある。


 そのときは、紅羽の紋章術によって助けられたのだ。

 しかし今は、彼女の姿がどこにも見当たらない。

 吹き荒れる風のせいで、はぐれてしまったのだろう。


(どうする! どうする! どうする!)


 時間はもう、あまり残されていない。

 ほどなくして、島に激突する距離にまで迫りつつある。

 咲弥はもう一度、体中をまさぐった。


「どうして何も見つからないんだぁあああ――!」


 眼前の島には、地面すらも見えない。

 ただただ、深い森が広がっている。


「くそぉおおおおお!」


 一か八か、新たな紋章術を生み出すしかないと考えた。

 紅羽のレーザーみたいな、放水する系の紋章術がいい。

 咲弥は覚悟を決め、空色の紋様を浮かべる。


 その瞬間――何かが()ぜた音が、背後から聞こえた。

 途端に白い紋様が、目の前に大きく浮かび上がる。

 紋様は砕け散り、咲弥は大きな球体に包み込まれた。

 シャボン玉が落ちるように、球体が地上へと向かう。


「はあ……はあ……はあ……」


 四つん()いの姿勢で、咲弥は大きく肩で息をした。

 この謎の球体は、紋章具による効果だと思われる。

 咲弥が特別、何かをしたわけではない。おそらくは、ある一定まで落下した場合、自動的に発動する代物なのだろう。


(それぐらいの……説明……してくれよぉ……)


 さすがの咲弥も、これには不満がこぼれる。

 今回ばかりは、本気で死を覚悟した。

 そのせいか、全身にピリピリとした感覚が残っている。


 木々の先端に刺さって割れないか、ふと不安に思う。

 咲弥はじっと見つめ、固唾(かたず)を飲んで見守る。

 球体は木々の先を、まるで押しのけるように落ち続けた。


(もしかして、これって……バリアの一種なのか?)


 なににしても、心からありがたい紋章具に違いはない。

 地面に到達した瞬間、球体はぱっと音もなく弾け飛ぶ。

 咲弥はしばらく、四つん這いの姿勢から動けなかった。


(……だめだ……行動……しなくちゃ……)


 なかば無理矢理、咲弥は気を取り戻して行動に移る。

 降り立った場所は、ひどく薄暗い不気味な森の中だった。

 周囲の木々は背が高く、太陽の光をあまり通してこない。そのせいで、ここはかなり陰鬱(いんうつ)とした雰囲気が満ちている。


 咲弥はまず、船員に取りつけられた装具を外した。

 そこで、不意に気づかされる。


「あれ……? これ、ただの鞄だ……」


 咲弥は自然と、心の声を口から出していた。

 改めて鞄を調べてみると、何かが入れられていた。


(地図と……それに……)


 一日分程度の、水と食料も入っている。

 不思議なことに、紋章具の姿がどこにも見当たらない。

 球体の紋章術を、どう発動したのか疑問が胸に残った。


(もう、訳がわからないな……)


 悩むのをやめ、咲弥は地面に地図を大きく広げた。

 すでに地図には、いろいろ書き込まれている。最初に目を引いたのは、あちこちにあるドクロと星のマークであった。

 しかもドクロマークは、それぞれ色違いがある。


 何を意味するのか、現時点ではよくわからない。

 危険そうな場所なのだろうとだけ、咲弥は察しておいた。

 あまりに必死だったのもあり、今現在どこにいるのか――この島には森が多く、それのどれか一つなのは間違いない。

 現在地を探る過程で、別のマークが目に入る。


(ん……? この赤丸は……なんだ……?)


 ドクロや星とは違い、ほかに同じ記号はない。

 島の南東付近にのみ、唯一の赤い丸が記されていた。


(うぅーん。とにかく……紅羽と合流しなくちゃな)


 咲弥は物資と鞄をまとめ、自分の鞄の中に移した。

 紅羽を探すためにも、まずはひらけた場所に移動したい。


「よし。行くか」


 そう意気込んだ瞬間、嫌な物音が後方から鳴る。

 背の高い草むらから、いきなり四足歩行の魔物が現れた。


「うわっ……」


 その犬っぽい魔物には、見覚えがあった。


「ガ、ガルム……!」

「キシュラララァアア!」


 口先を花びらのごとく開き、ガルムは奇声を発した。

 いろいろな場所から、似た奇声が飛んだ。

 一体だけではなく、複数体が(ひそ)んでいる。

 咲弥はとっさに、空色の紋様を浮かべた。


黒白(こくびゃく)の籠手、装着」


 紋様が砕け、咲弥の両手がまばゆい光に包み込まれた。

 光が弾け飛び、白と黒の籠手が装着した状態で出現する。


 試験が始まるまでの訓練で、唱えずとも解放できる手段を発見していた。実は解放と口にせずとも、オドをほんの少し込めただけで、獣の手を生み出せる。

 獣の手を(かたど)ったモヤを両手に(まと)い、咲弥は力強く走った。


(よし)


 ガルムが距離を一気に縮め、()みつこうとしてきた。

 咲弥はすれ違いざまに、黒い爪でガルムを引っかく。

 鋭利な黒い爪は、ガルムをまるで水のごとく切り裂いた。

 案の定、ガルムの群れが次々にやってくる。


「数が……多過ぎる!」


 これはまるで――村が襲撃にあったときと似ている。

 不穏な想像を抱いた矢先、それはすぐに現実となった。


「シュラララァアアアア!」


 強烈な咆哮(ほうこう)をしたのは、巨獣のレイガルムであった。

 ガルム達を従え、やや遠くのほうを陣取っている。

 咆哮は合図だったのか、ガルム達が一斉(いっせい)に動きだした。


 解放した獣の手で応戦しながら、咲弥は撤退を目論む。

 だがやはり、ここのガルム達もかなり賢い。

 予定していた退路を、確実に()ってきた。


(それなら……)


 覚悟を決め、レイガルムと一気に距離を縮める。

 道中のガルムを退治しつつ、向かう足をさらに速めた。

 痺れを切らしたのか、レイガルムも詰め寄ってくる。

 咲弥は周囲に視線を巡らせ、空色の紋様を浮かべた。


「水の紋章第一節、螺旋(らせん)の水弾!」


 紋様が砕け、咲弥の周囲に一つの渦が生まれる。

 渦から放たれた水弾が、邪魔になるガルムを一体貫いた。

 レイガルムの素早い噛みつきを、落ち着いて避ける。


 回避と同時に、レイガルムに白い爪を振るう。

 オドを失ったレイガルムの巨体が、大きくよろめいた。

 咲弥は黒い手を大きく開き、頭上より高く持ち上げる。


「うぉああああああ!」


 咲弥は叫び、黒い爪を力強く振り下ろした。

 レイガルムの胴体に、五本の線が深く刻み込まれる。

 臓物(ぞうもつ)がこぼれ落ち、巨獣は重い音を立てて倒れた。

 周囲にいたガルム達は驚き、そして戸惑っている。


「はあ……はあ……」


 この世界を訪れ、まだ間もなかった頃とは違う。

 しっかり成長していると、咲弥は強く実感する。


(よし。いける……!)


 喜んでもいられない。まだガルムの群れが残っている。

 ガルム達はレイガルムのほうを、ただじっと眺めていた。

 ガルム達が退散の姿勢を見せたとき、別の異変が生じる。

 激しい物音を響かせ、草むらからまた別の魔物が現れた。


「ん、なあっ……!」


 まるで鬼を思わせる顔をした、巨大な熊の魔物であった。

 紅羽の言葉が、咲弥の脳裏によみがえる。

 おそらくだが、鬼熊と呼ばれる魔物に違いない。


 ガルム二体を(つか)み、そのまま鬼の顔へと運んだ。

 バリッ、ゴリッと、骨が折れる嫌な音が聞こえる。


(うっ……)


 何体かのガルムは逃げたが、数体だけは鬼熊へ向かった。

 花のごとく口を開き、鬼熊に噛みつく。

 ただ、体格に差があり過ぎる。


 鬼熊は平然としており、噛みついたガルム達を(つか)んだ。

 そのまま、また嫌な音を立てて一気に喰っている。

 獲物が消え、鬼熊が咲弥のほうを向いた。


(なんなんだ……この魔物は……)


 一体しかいないとは限らない。

 咲弥は周囲に気を配りながら、戦闘態勢を整えた。

 なぜか鬼熊は襲ってこない。

 こちらの様子を、じっとうかがっている。


 何かを考えていたのか、唐突(とうとつ)に赤い魔法陣を生みだした。

 魔法陣から大きな火球が放たれる。

 咲弥は前に飛び出し、白い爪で火球を切り裂いた。


「グォオオオオオオオオオ!」


 鬼熊の雄叫びが、咲弥の肌に痺れを与えた。

 気迫に呑まれないように、咲弥も叫ぶ。


「うぉおおおおお!」


 迫る鬼熊が、鋭利そうな爪をむき出しにした。

 襲い来る鬼熊の手を、咲弥も黒い爪で対抗する。


「か、硬っ……」


 皮膚が硬いのか、黒い爪でも軽傷しか与えられない。

 とっさに機転を利かせ、まずは白き爪を大きく()いだ。

 白い爪は鬼熊から、大量のオドを裂いて奪う。


 目に見えて、動きがにぶくなった。

 咲弥は浮かべた空色の紋様に、練り上げたオドを込める。


「水の紋章第一節、螺旋の水弾!」


 渦から飛び出した水弾が、鬼熊の胸部を大きく貫いた。

 苦しまぎれの思いつきだったが、さほど悪くはない。白い爪でオドを裂けば、紋章術の耐性が大幅に下がるようだ。


 今になって初めて、咲弥はその事実を知れた。

 鬼熊はそのまま、盛大に後方へと倒れる。


「……はあ……無事に倒せて……よかったぁ……」


 レイガルムとは異なる強敵を討ち、咲弥は安堵(あんど)する。

 本当は休憩でもしたかったが、そんなわけにもいかない。

 いつまた、魔物に襲われるのかわからないのだ。


 レイガルムと鬼熊の角は、指定物リストに載っていた。

 咲弥は黒き爪を眺めてから、先にレイガルムを前にする。


(ごめんね。どうか、安らかに……)


 冥福(めいふく)を祈ってから、黒い爪を使って作業を開始した。

 ネイの見よう見真似だが、下手ながらもレイガルムの角を摘出する。それが終われば、鬼熊の角も手に入れておいた。

 最後に、ガルムの角も得る。リストには載っていないが、ただ命を奪われただけでは、あまりにも哀しい。


(これで、全部かな……)


 解放は解いたが、念のため籠手は出したままにしておく。

 咲弥は気を取り直して、ひらけた場所を目指した。

 なるべく早くに、紅羽と合流しておきたい。


 さきほどの鬼熊みたいな、初見の魔物はまだ怖い。

 もし、アラクネ女王クラスの魔物が出現した場合――命を失う危険性がある。

 単独行動を続けるのは、ただの無謀(むぼう)でしかない。


 しばらく歩き続けると、なにやら妙な物体が見えた。

 森の中を進んだ先に、奇妙な形をした石がある。

 ふと思いだして、咲弥は地図を手に小さく広げた。


(あれは……あった、ここだ……)


 咲弥の背筋に悪寒が走った。

 今現在、島の西側にいると判明する。

 現在地がわかると同時に、この森の名称もわかった。


(魔獣の庭……?)


 不気味な森が、一層不穏(ふおん)な雰囲気を漂わせた。

 吹き抜けていく風が、どこか笑い声にも聞こえる。

 周囲を見回してから、また地図に視線を戻す。


 地図から、さらに最悪そうな情報も得られた。

 魔獣の庭の付近には、幽鬼(ゆうき)の古城と記された建物がある。そこには、赤黒い色をしたドクロマークが描かれていた。


「幽鬼……? なんなんだ……ここは……」


 また草むらを()きわける音が、不意に背後から鳴った。




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