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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
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第九話 試験の開始




 一隻(いっせき)の飛行船が大空を(かけ)る。

 飛ぶ原理は、正直まだよくわからない。ただ船の形をした飛行物体は、まるで海のごとく空を悠々(ゆうゆう)と進み続けている。

 船内には立派な大広間があり、咲弥と紅羽はそこにいた。


 周囲にはほかの種族も含め、さまざまな人達がいる。

 きっと全員が、冒険者資格取得試験の受験者に違いない。

 そして大広間にはもう一つ、見上げるほどの高台がある。

 そこの奥にある大扉が、不意に強く開かれた。


 高台に男二人のほか、女が一人現れる。

 中央にいるバンダナの男が、拡声器を口の前へ運んだ。


「ああ、ええ……」


 場はしんと静まりかえる。

 誰もがじっと言葉を待つが、なぜか男は喋らない。


(……え?)


 男は石像のごとく、ぼんやりとした表情で固まっていた。

 困惑した咲弥は、ふと隣にいる紅羽を見る。

 弓と矢筒を背負っている彼女は、静かに前を向いていた。


「とっとと、喋りやがれ! クソドカス野郎!」


 あまりの声量に、咲弥の肩が大きく飛び跳ねる。

 罵倒(ばとう)を含む野次(やじ)を飛ばしたのは、高台にいる女であった。


「ああ……何を言うんだっけかなあ」

「引っ込んでろ、クソカス雑魚!」


 拡声器を強引に奪い、女が高台のふちまで進んだ。

 後頭部で束ねた紫色の髪が、まるで花のようにも見えた。ずいぶん露出度が高い服装で、目のやり場にかなり困る。

 高台のふちに片足を上げたせいで、下着が丸見えだった。


「試験官のアイーシャだ。後ろのドカスナメクジに変わり、私が説明会を()りおこなう。始めに――本試験から、従来の試験を一変させ、難易度を爆上げする。これまでは、一次、二次と細かく分けていたが、それはもうない」


 アイーシャの発言に、咲弥は驚きを隠せない。

 試験のエントリー終了後、咲弥は紅羽と酒場で働きつつ、試験の傾向と対策のため、ネイ達からいろいろ学んでいた。


 同時に、紋章術とオドの訓練も頑張ったのだ。

 努力が水泡(すいほう)()さないと、ただ願うほかない。


「同時に――本来なら、新米冒険者は下の五級から始まる。だが今回から、力量に見合った等級が飛び級で与えられる」

 アイーシャは不敵な笑みを張りつかせた。

「それだけ、難易度がやばくなったってことさ」


 唐突(とうとつ)過ぎる大きな仕様変更に、咲弥はただただ戸惑う。

 一番端にいた強面の男――四十代ぐらいの男が前に出た。


「行方不明者二千百二十五名。死亡者三千七百八十三名だ」

「在籍していた、全国の冒険者達の末路(まつろ)だ。上のほうから、(しつ)の悪いゴミは最初から振るい落とせって言われてんだ」


 アイーシャは高台から、颯爽(さっそう)と飛び降りた。

 じろじろと周囲を眺めながら、ゆっくりと歩き始める。


「さて、それはなぜか? お前、答えてみろ」


 男の受験者の前に、アイーシャは拡声器を差し出した。


「え? なんでって……えっと……」


 突然の問いに驚いたのか、男は悩むしぐさを見せた。

 普通に考えれば、行方不明者と死亡者数を極力減らしたいからだと思われる。

 もしほかの理由があるとすれば、何があるのか――自分が問われているわけではないが、咲弥は少し思索(しさく)()る。


「行方不明者数と死亡者数を、減らしたいから……ですか」

「ふむ。それで?」

「え? それでって……えっと……わかりません」


 アイーシャは大仰(おうぎょう)に、呆れた様子のため息をついた。


「おい! こいつは失格だ。飛行船から落とせ!」

「え、ちょ、え、待ってください! そんな……!」


 慌てふためく男に続き、咲弥も驚きに満ち溢れる。

 今現在、かなり上空を飛行中のはずであった。

 アイーシャはこともなげに、冷ややかな眼差しを向ける。


「お前は強敵を前にしても、同じことを言うんだろうな」


 咲弥は不意に、激しい風を全身に浴びる。

 広間の壁だった場所が、大きく開いていた。

 船員らしき者が、どこからともなく続々と現れる。

 その船員の一人が、失格者の体に何かを取りつけていた。

 おそらく、パラシュート的な物だと思われる。


「ちょっと、待って! こんなんで、失格なんですかっ?」

「知能が足りない。オドの総量も足りない。お前は何もかも足りないづくしだ」


 抗議する男を、船員が肩に抱え上げる。

 咲弥はとっさに行動に移った。


「待ってください! こんな高い場所……慣れている人ならまだしも、いきなり落とされたら、死ぬかもしれません!」


 船員が困った様子で、アイーシャに目で(うった)えた。

 アイーシャが、呆れ声で述べる。


「冒険者は、いつもいつだって命懸けだ。ここで死ぬようなクソカスなら、最初からなろうだなんて思うんじゃねぇ」

「だからといって、別に落とす必要はないじゃないですか」

「だからちゃんと、大丈夫なようにしてんだろ。早くやれ」


 船員は咲弥を押し退()け、開かれた場所へと進んだ。

 そして、なんのためらいもなく男を外に放り投げる。

 男の悲鳴が、素早く流れて消えた。


「さて、続けようか。では次、お前……なぜだ?」


 今度は女に、アイーシャは拡声器を突きつけた。

 女は(おび)えた様子で、絞り出すように言葉を発する。


「……し、質を高めたいからですか?」

「ほう。それで?」

「そ、そ、そんな……急にはぁ……」

「おい。こいつも失格だ。捨てろ。次、お前」

「ひ、ひぃ……そんなの、どれが正解なのかわかりません」

「失格。次、お前」


 どんどんと受験者達が、文字通り本当に落とされる。

 そして――

 アイーシャは、咲弥の前に立った。


「さて……もうそろそろいいか。私の指示を(はば)んだ勇気ある小僧。次、お前だ」


 咲弥は心臓がはちきれそうになる。

 どれが正解で不正解なのか、まるでわからない。

 間違えれば、ほかの者達と同じく落とされるのだろう。

 ひっそりと重い深呼吸をして、咲弥はアイーシャを見た。


「ここ最近……魔物が活発化してるという情報があります。おそらくですが、さきほどの行方不明者と死亡者も、全体の総数ではなく、活発化してから増えた数ではありませんか」

「ほう。それで?」

「多かれ少なかれ、冒険者は魔物との対峙(たいじ)が不可避です……そのため育てるのではなく、最初から一定以上の力量を持つ人達を、優先的に招き入れたい……」


 アイーシャは冷たい表情を、まったく崩さない。

 背筋に悪寒が走る中で、咲弥は最後まで言い切る。


「だからこそ……試験の難易度を上げ、さらに飛び級という大きな仕様変更が、今回からなされたんではありませんか」


 正解か不正解か、アイーシャの顔からは読み取れない。

 不穏な空気が流れ、沈黙が広がる。

 少ししてから、アイーシャは鼻で笑った。


「貴様ら、小僧に感謝するんだな。そういうことだ」


 開いていた壁が、ゆっくり閉じた。

 咲弥は強く脈打つ心臓を、静めるように(つと)める。


 女は高台へ向かい、そして飛び戻った。

 常人の跳躍力を、明らかに越えている。

 ただの身体能力なのか、はたまた紋章効果の宿った何かを装着しているのか、見た目からでは判断がかなり難しい。

 視界の端で、紅羽が隣に寄ってくるのが見えた。


「落とされずに済み、安心しました」

「ははは……そ、そうだね」

「それではこれより、試験の内容を話す」


 アイーシャの隣に、一番年長者らしき強面の男が並んだ。


「試験官のゴルダだ。今、この飛行船が向かっているのは、魔物が支配するマドカレ島だ。そこには、さまざまな魔物がうようよといる」


 場がざわめいた。

 ゴルダは特に気にした様子もなく、淡々と続ける。


「試験の内容は単純明快。島にある指定物を入手すること。指定物リストは、今から船員達が、お前達に配っていく」

(指定物……納品系の試験!)


 咲弥は心の内側で喜んだ。

 指定物納品の内容は、ネイ達から学んでいる一つだった。

 船員達が現われ、紙を配り始める。

 手渡された紙を、咲弥はまずざっと眺めた。


(うげっ……なんだ、これ……)


 文字は読めても、書かれている物の意味が理解できない。

 かろうじてわかるのは、魔物の素材らしき品だけだ。

 だが魔物の名称など、見て判明するとは限らない。


 もう一つ、リストで気になる点がある。

 なぜか品々の隣に、金額が書かれているのだ。


「……ここに書かれている物、紅羽ならわかる?」

「いいえ。ほとんどわかりません」

「……え」

「魔物らしき名も、私の記憶にはない魔物ばかりです」


 紅羽の言葉に、咲弥は別の意味で唖然とした。

 彼女ですら判明しない名称が並んでいる。

 それだけ、本当に難易度が高いという証明でもあった。

 今度は一つ一つ、咲弥はじっくりリストを見直してみる。


(あ……こいつは……)


 咲弥の胸の内側が、驚きに満ちた。

 リストの中の一つ――確実に知っている魔物の名がある。


「レイガルム……」

「私もわかるのは、レイガルムと鬼熊くらいです」

「……鬼熊?」

「鬼の顔をした熊みたいな魔物です。魔法も扱いますよ」


 どうやら、一筋縄ではいきそうにない。

 そう思いながら、咲弥はぼんやりと過去を振り返る。

 あの頃はまだ、この世界を訪れて間もない頃であった。


(レイガルム……)


 あれから、ずいぶん成長しているはずだった。

 今の自分がレイガルムを相手に、どこまで通じるのか――試験の最中に、もしかしたら遭遇する可能性は充分にある。


 恐怖とは別に、少し試したいという気持ちも湧いた。

 ただ生き物の命を奪うのは、あまり気が進まない。

 できれば別の物で代用したいが、そうはいかないだろう。


「さて、全員配られたな。そのリストはなくさないように。もう二度と、同じ物をこちらから配りはしないからな」


 ゴルダの言葉が終わるや、誰かが声を飛ばした。


「すみません。リストの名称がほとんどわかりません」

「俺もわからない」

「私も……」

「何か、わかるヒントはあるんですか?」


 次々に疑問の声が飛び交い、場が騒然とする。

 アイーシャは一歩を前に踏み出た。


「うるせぇぞ、クソザコカスどもが!」


 拡声器を使わず、鼓膜を破りかねないほどの声量だった。

 驚きのあまり、咲弥の足が自然と一歩後退する。

 しんと静まり返った空間に、アイーシャの声が飛ぶ。


「次一言でも質問してみやがれ! 即刻叩き落としてやる」

「質問はいっさい受けつけない。各々で対処しろ。以上」


 誰一人として、声を上げる者はいなかった。


「うぉっと……」


 途端に、体の感覚がおかしくなった。

 飛行船が着陸態勢に入ったと予想する。


「それじゃあ、全員――甲板(かんぱん)に移動する」


 ゴルダはそう言い残して、二人の試験官と出ていった。

 姿が消えるや、ところどころで不満の声が聞こえてくる。


「咲弥様。移動しましょう」


 紅羽はいつも通り、淡々とした口調で告げた。

 もうまもなく、試験が始まるに違いない。

 咲弥は両頬を叩き、気合を入れる。


「よし……行こう」

「はい」


 紅羽と並び、咲弥は甲板を目指した。

 豪華に造られた通路を進んでいると、強風が流れ込んだ。

 吹き抜ける風が、まるで緊張を運んでくるようだった。

 甲板に出るや、咲弥は息を呑む。


 遥か下のほうに、不気味な大きい島が見える。

 しかし着陸までには、まだまだ時間がかかる様子だった。

 そこで咲弥は、ふと異変に気づく。

 飛行船が、まるで下降していかない。

 むしろ、どんどんと上昇している気さえした。


「全員、ちゃんと来たな」


 アイーシャの言葉が終わるや、船員達が詰め寄ってきた。

 受験者は謎の腕輪を一つ、左腕に装着させられる。


 なんのための装飾品なのか、よくわからない。

 しかしそれよりも、愕然とする事態が起こる。

 今度は次々に、ある物が受験者達に取りつけられていた。


(え、これって……失格者達がつけてたやつじゃ……?)


 咲弥は一気に血の気が引いた。


「島の滞在期間は三日だ。各々、死なないように頑張れ」


 ゴルダの言葉が終わるや、アイーシャが前に歩み出た。

 船員達が慌てた様子で、船内へと駆け戻る。


「それじゃあ、テメェら! 試験開始だぁっ!」


 瞬間――アイーシャの右手付近に、緑色の紋様が浮かぶ。


「風の紋章第八節、粗暴(そぼう)な渡り鳥」


 緑色の紋様が、大きく砕け散った。

 甲板に激しい風が巻き起こる。


「咲弥様!」

「うわ、うわ、うわぁあああ――!」


 上空へと舞い上がる咲弥は、心の底から悲鳴を上げた。

 どんどん飛行船が遠ざかる。

 紅羽がどこに飛ばされたのか、まったくわからない。


 ここは気温が低いのか、かなり肌寒かった。

 だが寒さがどうでもいいぐらい、恐怖に心が染まる。

 激しい風を全身に浴び続け、今度は一気に落下した。


「うわぁああああ――っ!」


 パラシュートの使い方など、知らないに等しい。

 いっさい何も説明もされなかったのだ。

 死に物狂いで、咲弥は装着された物の使い方を探った。




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