第八話 人との繋がり
咲弥達は、南レイストリアまで戻って来た。
そこから、冒険者ギルドへの道中――
「おぉい! 咲弥くぅーん!」
どこかからか、ネイの声が聞こえた気がした。
周囲を見渡すと、遠くのほうで大手を振っている。
その隣には、ゼイドの姿もあった。
「ネイさん! ゼイドさん!」
咲弥も手を振り返していると、ネイ達が歩み寄ってきた。
「そっちは、どうだった?」
「情報屋とは、会うことができたんですけど……」
苦い気持ちを抱えながら、咲弥は首を横に振る。
「そうか……こっちも、一向にギルド長に会えないんだ」
ゼイドは渋い顔をして、言葉を続けた。
「情報をもとに、ギルド長の足取りを追ってはいるが……」
「わりと真面目に、故意に撒かれてる気がすんのよね」
「なぜですか?」
「聞いたでしょう? あいつ、変人なのよ。ミリアに連絡を取らせてんだけどさ、なんか一向に返答がないみたいだし。絶対わざとに違いないわ」
ネイはむすっとした顔で、短く吐息を吐いた。
ギルド長がどんな人なのか、想像すらも浮かばない。
いずれにしても、もう時間はほぼ残されていなかった。
かなり悔しいが、今回ばかりは諦めるほかないのだろう。
「すみません……ネイさん。ゼイドさん」
咲弥はネイ達に向かい、深く頭を下げた。
「こんなにも親身に協力してくださったのに……僕の失態のせいで、冒険者を諦めるしか……本当にすみませんでした」
ネイとゼイドから、気落ちしたようなため息が聞こえる。
少しの沈黙が流れたあと、ゼイドが重い声を吐いた。
「いや……俺らも、確認不足だった。すまない」
「そんな……ゼイドさん達は、何も悪くありません」
咲弥は否定してから、自責の念を言葉にする。
「少し考えれば、わかってたはずのことなんです。それを、お二人に伝えられなかったのは……全部、僕の責任です」
「まっ、それはそうなんだけれどもね」
ネイはおどけた口調で、そう呟いた。
それから神妙な顔をして、真面目な声で質問してくる。
「あんたさ、これからどうすんの?」
「しばらくは……」
咲弥は言葉を止め、少し考えてから答えた。
「酒場で働きながら、情報収集するつもりです。冒険者にはなれませんでしたが……諦めず、自分の目的を追います」
咲弥は紅羽に視線を移す。
紅羽が活を入れてくれたからこそ、辿り着けた境地だ。
たとえどんな最悪な状況でも、諦めるわけにはいかない。
咲弥の心情を悟ったのか、紅羽はゆっくりと頷いた。
「私は、咲弥様についていきます」
「ありがとう、紅羽」
ゼイドが豪快に笑った。
「なぁに。冒険者になれなかったからといって、別に俺達の関係が切れてなくなるわけじゃないんだ。何か困ったことがあれば、ちゃんと頼ってくれ」
「ゼイドさん……」
「そうね。暇なら、私の仕事を手伝いなさい」
ゼイドは苦笑して、渋い顔でネイのほうを横目に見た。
「いや、お前……それ、バレたら絶対に問題が出るぞ」
「なあによ。私の荷物持ち君なんだから問題ないでしょ?」
「いやぁ……どうかなぁ……」
「……仲間なんでしょ? だったらいいじゃない」
声はとても小さかったが、ネイの本心だと受け取れた。
咲弥はとても嬉しく思い、泣きそうになる。
「本当に……ありがとうございます」
涙をぐっと堪え、咲弥は声を絞り出してお礼を告げた。
途端に、ネイのほうから機械的な音が飛んだ。
通信機を取り出して、ネイはその音を止める。
「ああ……時間切れね……」
「なあに! 来年だって、チャンスはあるさ。来年にもまだ目的が果たせていないようなら、また考えればいいだろ」
確かに、すぐに片づけられるような使命でもない。
ゼイドの提案に、咲弥は大きく首を縦に振った。
「はい! そのときは、またよろしくお願いします!」
「一年もあれば、身分証ぐらい手に入れられるでしょう?」
ネイの指摘に、咲弥は空笑いをする。
「そうですね。まずはなんとか、身分証を取得してみます」
「ええ」
突然、またネイの通信機から音が飛んだ。
ネイが通信機の操作を始める。
「……ん?」
「どうしたんだ?」
「ミリアが、咲弥君達を連れて即座に戻れってさ」
「なんだ? そりゃ?」
「さあ?」
ネイとゼイドは、互いに困惑している。
咲弥も怪訝に思うや、ふとある予測が脳裏に浮かぶ。
「あ……まさか……」
「何よ?」
「いや、あの……実は……」
黒十字騎士団との揉め事を、咲弥は簡潔に説明した。
そして――
「きっと、そのときの話……ですかね?」
ネイとゼイドの二人は、ぽかんとした顔で固まっていた。
それはどこか、口から魂が抜けているようにも見える。
白い目をしていたネイが、途端に青い瞳を取り戻した。
「なっ、なに考えてんの、あんた! よりにもよって、あの黒十字と揉めたですってっ? ばかじゃないの! クソ掃き溜め騎士団の部隊長を返り討ちにしたとか、やべぇすら通り越して超絶緊急事態じゃない!」
凄まじいほどの早口で、ネイが言い放った。
「あいつら蛇みたいに、執拗につけ狙ってくるわよ!」
「確かに……ちょっとばかしやべぇな……しばらくの間は、王都から離れてたほうが、咲弥君達は安全かもしれないぞ」
ゼイドは苦い顔で、そう提案してきた。
ネイが言葉をまくし立てる。
「なにをのんきなこと言ってんのっ? 今すぐにでも、この大陸から離れておくべき事態でしょうが。ただの一般人――犯罪者としてでっち上げることだって、あの連中なら平然とやりかねないわよ!」
そんな信じられないことを、確かにしそうな気配はある。
なりゆきだったとはいえ、非常に面倒な展開になった。
「ああ、どうしよう……どうしましょう……」
普段お調子者のネイが、珍しくとてもうろたえていた。
「あの奴隷施設のときとは、訳が違うわよ!」
「とりあえず、ギルドに戻るか?」
冷静なゼイドの言葉に、ネイは真剣な顔でじっと黙る。
口に親指をあて、ネイは同意を示した。
「そうね。ギルドに戻って先手を打ちましょう」
「なんか……本当……なんか……すみません……」
本当に申し訳なく思い、咲弥はかろうじて謝罪した。
「謝るのはあと……早く戻るわよ」
「はい!」
一同――冒険者ギルドを急いだ。
折角、王都で人との縁が繋がり始めたところだった。
騎士団との一件で、すべて水泡に帰すかもしれない。
王都を訪れてから、問題しか起こしていない気がする。
嘆いていても始まらないが、ショックはやはり大きい。
悔恨の念を抱いている間に、冒険者ギルドへ辿り着いた。
メインホールを駆け抜け、ミリアの待つ受付へと進む。
「あらあら、まあ。おかえりなさい」
ミリアはいつもと変わらず、穏やかな微笑みを向けた。
紅羽以外の全員が、息を切らしている。
「まあ。そんな急いで来るだなんて、ちょっと驚きね」
「はあ……はあ……ミリア、ちょっと説明させてくれる?」
「んぅ?」
ミリアに黒十字騎士団との経緯を、ネイが簡潔に伝えた。
「――というわけ。このままじゃ、咲弥君達が危ないわ」
ミリアは顎に人差し指を添え、虚空を見上げた。
「うぅん……特に問題はないわね」
「え……?」
「へ……?」
「は……?」
紅羽以外が、一斉に間の抜けた声を漏らした。
「そちらの話はもう、決着がついているからね」
「決着がついてる……? いったいどういうこと?」
ネイの問いに、ミリアは小首を傾げた。
「黒十字騎士団の団長様は、逆に咲弥君達をスカウトしたいぐらいだって、そう言って豪快に笑い飛ばしていたそうよ」
勝手に話が進んでいる状況に、咲弥は怪訝に思った。
今朝の出来事を、すでに冒険者ギルドが把握している件についてもそうだが、あまりにいいほうに話が転がっている。
同時に、不可解な謎も生まれた。
「あの……それじゃあ、僕達はなぜ呼ばれたんですか?」
「そうそう。試験のエントリーに関してね」
おそらくは、時間切れの通達か何かに違いない。
騎士団の件は安堵したが、咲弥は苦い気持ちになる。
しかし、ミリアの言葉は予想外なものであった。
「本当にぎりぎりね。無事に試験のエントリーが済んだの」
紅羽を含めた一同――沈黙のあと、一斉に声が漏れる。
「……えっ?」
咲弥は激しく混乱する。
騎士団の話かと思えば、今度は勝手に試験のエントリーが済んでいる。何がどうなっているのか、まるでわからない。
咲弥は震える手を、少し前に伸ばした。
「あ、あの。え、いや……ど、どういうことですか?」
急激な展開に、ついどもってしまった。
「別に、この国の人間になっても構わないんだろ?」
ミリアの背後にある扉のほうからか、聞き覚えのある男の声が飛んだ。
そこから現れた男を見て、漠然と記憶がよみがえる。
「あ、あなたは……あのときの……?」
「あぁああああっ!」
ネイが突然、大きな声を上げた。
帽子を目深にかぶった男へ、ネイはずかずかと詰め寄る。
そして、受付カウンターを両手で叩いた。
「ちょっと、ギルド長! 今までどこをぶらぶらとほっつき歩いてたわけ? こっちは、ずぅっと探してたんだけど?」
ギルド長――窓の出っ張りに、くつろいでいた男だ。
ギルド長は帽子を、さらに目深にかぶり直した。
どんな顔をしているのか、あまりよくわからない。
「こちらはやることが、たくさんあるのさ」
「……のわりには、逃げられてた気がしたんだけれど?」
「それは誤解だ。偶然、そうなっただけだ」
ギルド長の声はとても穏やかで、乱れが一つもない。
ネイが目を細め、じっと睨んでいる。
ネイの肩をぽんぽんと叩き、ギルド長が鷹揚に歩いた。
「さて、少し説明しようか」
咲弥と紅羽の目の前で、ギルド長は立ち止まった。
「君達二人は、レイストリア王国の住人として――国の情報機関で処理済みだ。ほぼ勝手に手続きを済ませてはいるが、あとで書類にサインだけはしてくれ」
「あの、ギルド長? どうやって審査を通したんですか?」
ゼイドの問いに、ギルド長は不敵に笑った。
「ある伝手を使ったからさ」
ギルド長は答えたあと、帽子をそっと脱いだ。
四十代半ばぐらいの、とても紳士的な顔立ちをしている。
そんな男が突然、帽子を胸に添えてから頭を下げてきた。
咲弥は訳がわからず、激しく戸惑うしかない。
「え、あ、あの……?」
「護ってくれて、本当にありがとう。心から感謝する」
「な、なんの話ですか?」
ふと、咲弥は気配を感じた。
またミリアの背後に、見覚えのある女と女の子が現れた。
「あれ……?」
「自己紹介が遅れたこと、心よりお詫び申し上げます。私はギルド長の秘書をしている、リリスと申します」
「私はシア。パパの娘よ」
咲弥は再び、頭がこんがらがってくる。
「まさかこの王都で、死の狂姫に襲われるなど夢にも思っていなかったが……君達のお陰で、大事な部下と娘を失わずに済んだ……本当に、心より感謝する」
「ああ……えっと……」
「娘のお転婆にも、秘書の生真面目さにも、困ったものだ」
ギルド長は頭を上げ、帽子をかぶり直した。
「娘も秘書も、事前にさわりでも報告をしてくれていたら、こんな事態にはならずに済んだのだがね……やれやれだ」
リリスは胸に手を添え、深く頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。事実確認を優先した結果、敵に悟られてしまい、通信機の破壊及び、甚大な被害者を出してしまいました」
「だって、リリスが途中で通話切るんだもん。そりゃ心配もするでしょ?」
ギルド長はゆったりと首を横に振る。
まるで理解を求めるかのように、咲弥達にギルド長は肩を竦めて見せた。
「何はともあれ……私がしてやれるのはここまでだ。君達が試験を無事に突破できるか否かは、それは君達の実力次第だ……恩人といえども、そこは贔屓できない」
冒険者の道は仕方がないと思い、さすがに諦めていた。
別の道を進むしかないと、そう考えるほかなかったのだ。
それなのに、今――思い描いた道が見える。
咲弥はギルド長に、深く頭を下げた。
「いいえ。ここまでしてくださって、感謝しかありません。ここから先は僕達自身の力で、冒険者になってみせます」
咲弥は頭を上げ、ギルド長に視線を戻した。
ギルド長は、にっこりと微笑んでいる。
「いい返事だ。実際のところ、それほど心配はしていない」
「え?」
「アラクネ女王に猩々、それから死の狂姫の撃退――実力は申し分ない」
ミリアから聞いたのか、ギルド長はお見通しらしい。
ただ、咲弥はギルド長の買い被りを否定する。
「いえ、僕は……いい仲間に、恵まれただけですから」
ギルド長は優しい声で笑った。
「そう思えることこそが、君には資質があると感じさせる」
「あ、ありがとうございます」
咲弥がお礼を口にするなり、ゼイドが呟いた。
「ああ、まあ……じゃあ、つまり……」
「はぁああああ……これで、試験に挑戦できるってわけね」
ネイは力が抜けたように、大きくうな垂れた。
つかの間の沈黙を経て、ネイはがばっと顔を上げる。
「って! 待てぇい!」
ネイが鬼のような形相で、声を張り上げる。
「アラクネ女王に猩々ですってっ? ミリアもギルド長も、連絡をしっかり取り合ってたってことじゃない! 私らを、ばかにしてるか!」
確かに考えてもみれば、そういうことになる。
ミリアが手を合わせ、自身の頬に添えた。
「えへへ。ギルド長から、口止めされちゃった」
「無国籍の彼らを知るには、必要なことでもあったのさ」
正体不明の者というのは間違いない。
だから、慎重にはならざるを得なかったのだろう。
ギルド長の意図は、充分に呑み込める話ではあった。
咲弥は微笑してから、ネイ達にも頭を下げる。
「ゼイドさんもネイさんも、ありがとうございました」
「おう! あとは、咲弥君達次第だ」
「落ちたら、絶対に許さないわよ?」
「はい! 頑張ります!」
咲弥は紅羽を見た。
「やったね。紅羽」
「はい」
紅羽はそっと微笑みを見せた。
その微笑みに見惚れていると、ギルド長の声が飛んだ。
「では書類に目を通したあと、サインしてもらえるかい?」
「あ、はい。わかりました」
それから――
咲弥と紅羽は、結構な量の書類に目を通した。
サインを終えたあとは、またすぐに酒場の仕事に入る。
酒場は本日も、かなりの大盛況であった。
咲弥は激務をこなしながら、ふと考える。
冒険者になれば、酒場での仕事もできなくなるだろう。
寂しくもあるが、目的のためには仕方がない。
(あ、そうか……)
ある一つの思いつきが、咲弥の脳裏に浮かんだ。
酒場のマスターに、事情を説明する必要がある。
受け入れてくれると嬉しいが、どうなるのかは不明だ。
試験が始まるまでの間、できることから始めようと思う。
期待――
不安――
焦燥――
いろいろな感情が、咲弥の胸の中で混じり合う。
咲弥は試験までの日を、そんな状態で過ごしていった。
お読みいただき、ありがとうございます。
二章のほうも、どうかよろしくお願いします。
蛇足のアレな話――
死の狂姫がレイストリアに来たのは、使徒のジオのせい。
彼のついた大嘘のせいで、大陸を渡ってきてしまいます。
ただ死の狂姫が誰も殺さなかった理由もまた、実はジオに深い関係があります。
まあ、ジオがついた大嘘のお陰で、試験までの切符を手に入れられたので、咲弥からすれば怪我の功名でしょうか。
いつか、ジオ編もスピンオフとして、書いてみたいなとは思いますが……仕事があまりにも多忙なため、実現するのは難しいかもしれません。
では区切りの蛇足はここまでで――
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