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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
51/222

第八話 人との繋がり




 咲弥達は、南レイストリアまで戻って来た。

 そこから、冒険者ギルドへの道中――


「おぉい! 咲弥くぅーん!」


 どこかからか、ネイの声が聞こえた気がした。

 周囲を見渡すと、遠くのほうで大手を振っている。

 その隣には、ゼイドの姿もあった。


「ネイさん! ゼイドさん!」


 咲弥も手を振り返していると、ネイ達が歩み寄ってきた。


「そっちは、どうだった?」

「情報屋とは、会うことができたんですけど……」


 苦い気持ちを抱えながら、咲弥は首を横に振る。


「そうか……こっちも、一向にギルド長に会えないんだ」


 ゼイドは渋い顔をして、言葉を続けた。


「情報をもとに、ギルド長の足取りを追ってはいるが……」

「わりと真面目に、故意に()かれてる気がすんのよね」

「なぜですか?」

「聞いたでしょう? あいつ、変人なのよ。ミリアに連絡を取らせてんだけどさ、なんか一向に返答がないみたいだし。絶対わざとに違いないわ」


 ネイはむすっとした顔で、短く吐息を吐いた。

 ギルド長がどんな人なのか、想像すらも浮かばない。

 いずれにしても、もう時間はほぼ残されていなかった。

 かなり悔しいが、今回ばかりは諦めるほかないのだろう。


「すみません……ネイさん。ゼイドさん」

 咲弥はネイ達に向かい、深く頭を下げた。

「こんなにも親身に協力してくださったのに……僕の失態のせいで、冒険者を諦めるしか……本当にすみませんでした」


 ネイとゼイドから、気落ちしたようなため息が聞こえる。

 少しの沈黙が流れたあと、ゼイドが重い声を吐いた。


「いや……俺らも、確認不足だった。すまない」

「そんな……ゼイドさん達は、何も悪くありません」


 咲弥は否定してから、自責(じせき)の念を言葉にする。


「少し考えれば、わかってたはずのことなんです。それを、お二人に伝えられなかったのは……全部、僕の責任です」

「まっ、それはそうなんだけれどもね」


 ネイはおどけた口調で、そう(つぶや)いた。

 それから神妙な顔をして、真面目な声で質問してくる。


「あんたさ、これからどうすんの?」

「しばらくは……」


 咲弥は言葉を止め、少し考えてから答えた。


「酒場で働きながら、情報収集するつもりです。冒険者にはなれませんでしたが……諦めず、自分の目的を追います」


 咲弥は紅羽に視線を移す。

 紅羽が活を入れてくれたからこそ、辿(たど)り着けた境地だ。

 たとえどんな最悪な状況でも、諦めるわけにはいかない。

 咲弥の心情を(さと)ったのか、紅羽はゆっくりと(うなず)いた。


「私は、咲弥様についていきます」

「ありがとう、紅羽」


 ゼイドが豪快に笑った。


「なぁに。冒険者になれなかったからといって、別に俺達の関係が切れてなくなるわけじゃないんだ。何か困ったことがあれば、ちゃんと頼ってくれ」

「ゼイドさん……」

「そうね。暇なら、私の仕事を手伝いなさい」


 ゼイドは苦笑して、渋い顔でネイのほうを横目に見た。


「いや、お前……それ、バレたら絶対に問題が出るぞ」

「なあによ。私の荷物持ち君なんだから問題ないでしょ?」

「いやぁ……どうかなぁ……」

「……仲間なんでしょ? だったらいいじゃない」


 声はとても小さかったが、ネイの本心だと受け取れた。

 咲弥はとても嬉しく思い、泣きそうになる。


「本当に……ありがとうございます」


 涙をぐっと(こら)え、咲弥は声を絞り出してお礼を告げた。

 途端に、ネイのほうから機械的な音が飛んだ。

 通信機を取り出して、ネイはその音を止める。


「ああ……時間切れね……」

「なあに! 来年だって、チャンスはあるさ。来年にもまだ目的が果たせていないようなら、また考えればいいだろ」


 確かに、すぐに片づけられるような使命でもない。

 ゼイドの提案に、咲弥は大きく首を縦に振った。


「はい! そのときは、またよろしくお願いします!」

「一年もあれば、身分証ぐらい手に入れられるでしょう?」


 ネイの指摘に、咲弥は空笑(そらわら)いをする。


「そうですね。まずはなんとか、身分証を取得してみます」

「ええ」


 突然、またネイの通信機から音が飛んだ。

 ネイが通信機の操作を始める。


「……ん?」

「どうしたんだ?」

「ミリアが、咲弥君達を連れて即座に戻れってさ」

「なんだ? そりゃ?」

「さあ?」


 ネイとゼイドは、互いに困惑している。

 咲弥も怪訝(けげん)に思うや、ふとある予測が脳裏に浮かぶ。


「あ……まさか……」

「何よ?」

「いや、あの……実は……」


 黒十字騎士団との揉め事を、咲弥は簡潔(かんけつ)に説明した。

 そして――


「きっと、そのときの話……ですかね?」


 ネイとゼイドの二人は、ぽかんとした顔で固まっていた。

 それはどこか、口から魂が抜けているようにも見える。

 白い目をしていたネイが、途端に青い瞳を取り戻した。


「なっ、なに考えてんの、あんた! よりにもよって、あの黒十字と揉めたですってっ? ばかじゃないの! クソ()()め騎士団の部隊長を返り討ちにしたとか、やべぇすら通り越して超絶緊急事態じゃない!」


 凄まじいほどの早口で、ネイが言い放った。


「あいつら蛇みたいに、執拗(しつよう)につけ狙ってくるわよ!」

「確かに……ちょっとばかしやべぇな……しばらくの間は、王都から離れてたほうが、咲弥君達は安全かもしれないぞ」


 ゼイドは苦い顔で、そう提案してきた。

 ネイが言葉をまくし立てる。


「なにをのんきなこと言ってんのっ? 今すぐにでも、この大陸から離れておくべき事態でしょうが。ただの一般人――犯罪者としてでっち上げることだって、あの連中なら平然とやりかねないわよ!」


 そんな信じられないことを、確かにしそうな気配はある。

 なりゆきだったとはいえ、非常に面倒な展開になった。


「ああ、どうしよう……どうしましょう……」


 普段お調子者のネイが、珍しくとてもうろたえていた。


「あの奴隷施設のときとは、訳が違うわよ!」

「とりあえず、ギルドに戻るか?」


 冷静なゼイドの言葉に、ネイは真剣な顔でじっと黙る。

 口に親指をあて、ネイは同意を示した。


「そうね。ギルドに戻って先手を打ちましょう」

「なんか……本当……なんか……すみません……」


 本当に申し訳なく思い、咲弥はかろうじて謝罪した。


「謝るのはあと……早く戻るわよ」

「はい!」


 一同――冒険者ギルドを急いだ。

 折角、王都で人との(えん)が繋がり始めたところだった。

 騎士団との一件で、すべて水泡(すいほう)()すかもしれない。

 王都を訪れてから、問題しか起こしていない気がする。


 (なげ)いていても始まらないが、ショックはやはり大きい。

 悔恨(かいこん)の念を抱いている間に、冒険者ギルドへ辿(たど)り着いた。

 メインホールを駆け抜け、ミリアの待つ受付へと進む。


「あらあら、まあ。おかえりなさい」


 ミリアはいつもと変わらず、(おだ)やかな微笑みを向けた。

 紅羽以外の全員が、息を切らしている。


「まあ。そんな急いで来るだなんて、ちょっと驚きね」

「はあ……はあ……ミリア、ちょっと説明させてくれる?」

「んぅ?」


 ミリアに黒十字騎士団との経緯(けいい)を、ネイが簡潔に伝えた。


「――というわけ。このままじゃ、咲弥君達が危ないわ」


 ミリアは(あご)に人差し指を添え、虚空を見上げた。


「うぅん……特に問題はないわね」

「え……?」

「へ……?」

「は……?」


 紅羽以外が、一斉(いっせい)に間の抜けた声を漏らした。


「そちらの話はもう、決着がついているからね」

「決着がついてる……? いったいどういうこと?」


 ネイの問いに、ミリアは小首を(かし)げた。


「黒十字騎士団の団長様は、逆に咲弥君達をスカウトしたいぐらいだって、そう言って豪快に笑い飛ばしていたそうよ」


 勝手に話が進んでいる状況に、咲弥は怪訝(けげん)に思った。

 今朝の出来事を、すでに冒険者ギルドが把握している件についてもそうだが、あまりにいいほうに話が転がっている。

 同時に、不可解な謎も生まれた。


「あの……それじゃあ、僕達はなぜ呼ばれたんですか?」

「そうそう。試験のエントリーに関してね」


 おそらくは、時間切れの通達か何かに違いない。

 騎士団の件は安堵(あんど)したが、咲弥は苦い気持ちになる。

 しかし、ミリアの言葉は予想外なものであった。


「本当にぎりぎりね。無事に試験のエントリーが済んだの」


 紅羽を含めた一同――沈黙のあと、一斉に声が漏れる。


「……えっ?」


 咲弥は激しく混乱する。

 騎士団の話かと思えば、今度は勝手に試験のエントリーが済んでいる。何がどうなっているのか、まるでわからない。

 咲弥は震える手を、少し前に伸ばした。


「あ、あの。え、いや……ど、どういうことですか?」


 急激な展開に、ついどもってしまった。


「別に、この国の人間になっても構わないんだろ?」


 ミリアの背後にある扉のほうからか、聞き覚えのある男の声が飛んだ。

 そこから現れた男を見て、漠然と記憶がよみがえる。


「あ、あなたは……あのときの……?」

「あぁああああっ!」


 ネイが突然、大きな声を上げた。

 帽子を目深(まぶか)にかぶった男へ、ネイはずかずかと詰め寄る。

 そして、受付カウンターを両手で叩いた。


「ちょっと、ギルド長! 今までどこをぶらぶらとほっつき歩いてたわけ? こっちは、ずぅっと探してたんだけど?」


 ギルド長――窓の出っ張りに、くつろいでいた男だ。

 ギルド長は帽子を、さらに目深にかぶり直した。

 どんな顔をしているのか、あまりよくわからない。


「こちらはやることが、たくさんあるのさ」

「……のわりには、逃げられてた気がしたんだけれど?」

「それは誤解だ。偶然、そうなっただけだ」


 ギルド長の声はとても(おだ)やかで、乱れが一つもない。

 ネイが目を細め、じっと(にら)んでいる。

 ネイの肩をぽんぽんと叩き、ギルド長が鷹揚(おうよう)に歩いた。


「さて、少し説明しようか」


 咲弥と紅羽の目の前で、ギルド長は立ち止まった。


「君達二人は、レイストリア王国の住人として――国の情報機関で処理済みだ。ほぼ勝手に手続きを済ませてはいるが、あとで書類にサインだけはしてくれ」

「あの、ギルド長? どうやって審査を通したんですか?」


 ゼイドの問いに、ギルド長は不敵に笑った。


「ある伝手(つて)を使ったからさ」


 ギルド長は答えたあと、帽子をそっと脱いだ。

 四十代半ばぐらいの、とても紳士的な顔立ちをしている。

 そんな男が突然、帽子を胸に添えてから頭を下げてきた。

 咲弥は訳がわからず、激しく戸惑うしかない。


「え、あ、あの……?」

「護ってくれて、本当にありがとう。心から感謝する」

「な、なんの話ですか?」


 ふと、咲弥は気配を感じた。

 またミリアの背後に、見覚えのある女と女の子が現れた。


「あれ……?」

「自己紹介が遅れたこと、心よりお()び申し上げます。私はギルド長の秘書をしている、リリスと申します」

「私はシア。パパの娘よ」


 咲弥は再び、頭がこんがらがってくる。


「まさかこの王都で、死の狂姫(きょうき)に襲われるなど夢にも思っていなかったが……君達のお陰で、大事な部下と娘を失わずに済んだ……本当に、心より感謝する」

「ああ……えっと……」

「娘のお転婆にも、秘書の生真面目さにも、困ったものだ」


 ギルド長は頭を上げ、帽子をかぶり直した。


「娘も秘書も、事前にさわりでも報告をしてくれていたら、こんな事態にはならずに済んだのだがね……やれやれだ」


 リリスは胸に手を添え、深く頭を下げた。


「申し訳ありませんでした。事実確認を優先した結果、敵に(さと)られてしまい、通信機の破壊及び、甚大(じんだい)な被害者を出してしまいました」

「だって、リリスが途中で通話切るんだもん。そりゃ心配もするでしょ?」


 ギルド長はゆったりと首を横に振る。

 まるで理解を求めるかのように、咲弥達にギルド長は肩を(すく)めて見せた。


「何はともあれ……私がしてやれるのはここまでだ。君達が試験を無事に突破できるか否かは、それは君達の実力次第だ……恩人といえども、そこは贔屓(ひいき)できない」


 冒険者の道は仕方がないと思い、さすがに諦めていた。

 別の道を進むしかないと、そう考えるほかなかったのだ。


 それなのに、今――思い描いた道が見える。

 咲弥はギルド長に、深く頭を下げた。


「いいえ。ここまでしてくださって、感謝しかありません。ここから先は僕達自身の力で、冒険者になってみせます」


 咲弥は頭を上げ、ギルド長に視線を戻した。

 ギルド長は、にっこりと微笑んでいる。


「いい返事だ。実際のところ、それほど心配はしていない」

「え?」

「アラクネ女王に猩々(しょうじょう)、それから死の狂姫の撃退――実力は申し分ない」


 ミリアから聞いたのか、ギルド長はお見通しらしい。

 ただ、咲弥はギルド長の買い(かぶ)りを否定する。


「いえ、僕は……いい仲間に、恵まれただけですから」


 ギルド長は優しい声で笑った。


「そう思えることこそが、君には資質があると感じさせる」

「あ、ありがとうございます」


 咲弥がお礼を口にするなり、ゼイドが(つぶや)いた。


「ああ、まあ……じゃあ、つまり……」

「はぁああああ……これで、試験に挑戦できるってわけね」


 ネイは力が抜けたように、大きくうな()れた。

 つかの間の沈黙を経て、ネイはがばっと顔を上げる。


「って! 待てぇい!」

 ネイが鬼のような形相で、声を張り上げる。

「アラクネ女王に猩々ですってっ? ミリアもギルド長も、連絡をしっかり取り合ってたってことじゃない! 私らを、ばかにしてるか!」


 確かに考えてもみれば、そういうことになる。

 ミリアが手を合わせ、自身の頬に添えた。


「えへへ。ギルド長から、口止めされちゃった」

「無国籍の彼らを知るには、必要なことでもあったのさ」


 正体不明の者というのは間違いない。

 だから、慎重にはならざるを得なかったのだろう。

 ギルド長の意図は、充分に呑み込める話ではあった。

 咲弥は微笑してから、ネイ達にも頭を下げる。


「ゼイドさんもネイさんも、ありがとうございました」

「おう! あとは、咲弥君達次第だ」

「落ちたら、絶対に許さないわよ?」

「はい! 頑張ります!」


 咲弥は紅羽を見た。


「やったね。紅羽」

「はい」


 紅羽はそっと微笑みを見せた。

 その微笑みに見惚(みほ)れていると、ギルド長の声が飛んだ。


「では書類に目を通したあと、サインしてもらえるかい?」

「あ、はい。わかりました」


 それから――

 咲弥と紅羽は、結構な量の書類に目を通した。

 サインを終えたあとは、またすぐに酒場の仕事に入る。

 酒場は本日も、かなりの大盛況であった。


 咲弥は激務をこなしながら、ふと考える。

 冒険者になれば、酒場での仕事もできなくなるだろう。

 寂しくもあるが、目的のためには仕方がない。


(あ、そうか……)


 ある一つの思いつきが、咲弥の脳裏に浮かんだ。

 酒場のマスターに、事情を説明する必要がある。

 受け入れてくれると嬉しいが、どうなるのかは不明だ。

 試験が始まるまでの間、できることから始めようと思う。


 期待――

 不安――

 焦燥――


 いろいろな感情が、咲弥の胸の中で混じり合う。

 咲弥は試験までの日を、そんな状態で過ごしていった。





 お読みいただき、ありがとうございます。

 二章のほうも、どうかよろしくお願いします。


 蛇足のアレな話――


 死の狂姫がレイストリアに来たのは、使徒のジオのせい。

 彼のついた大嘘のせいで、大陸を渡ってきてしまいます。

 ただ死の狂姫が誰も殺さなかった理由もまた、実はジオに深い関係があります。


 まあ、ジオがついた大嘘のお陰で、試験までの切符を手に入れられたので、咲弥からすれば怪我の功名でしょうか。

 いつか、ジオ編もスピンオフとして、書いてみたいなとは思いますが……仕事があまりにも多忙なため、実現するのは難しいかもしれません。


 では区切りの蛇足はここまでで――

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