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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
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第六話 卑怯者




 咲弥が紋様を描くや、騎士団員達が野次(やじ)を飛ばしてきた。


「おいおい。これは決闘だぞ!」

「一騎打ちで紋章術を使うとか、卑怯者じゃないかぁ!」

「そうだそうだ。この卑怯者ぉ!」

「やっちまってください! レオル部隊長!」


 部隊長のレオルが肩を(すく)め、小さく両手を広げた。

 紋章術を扱う気はなかったが、そういうルールのようだ。

 とはいえ、咲弥の武器は紋様を通さなければ出せない。

 野次の隙間を見計らい、咲弥はレオルに伝える。


「安心してください。僕の得物(えもの)を出すだけですから」


 柔弱な表情を崩さず、レオルが手のひらで続きを(うなが)した。

 了承を得た咲弥は、静かに唱える。


「僕に力を貸してくれ……黒白(こくびゃく)の籠手!」


 空色の紋様が砕け、咲弥の両手がまばゆい光に包まれる。

 光が弾け飛んだ瞬間――黒白の籠手が両腕に出現した。

 やや驚いた顔を見せ、レオルは短い口笛を吹く。


「宝具所持者だったのか。こりゃあ、大物じゃないか」


 その(つぶや)きに、咲弥は応えなかった。

 騎士団の部隊長ともなれば、実力者なのは間違いない。

 相手の動向を注視しながら、咲弥はそっと構えを取った。

 剣を斜め下に向け、レオルも戦闘態勢に入る。


 柔弱な顔のレオルは、とてもお調子者の口調をしていた。だが、剣を構えた途端、肌に突き刺さる雰囲気が放たれる。

 その鋭い眼光からは、確かな殺意が感じられた。

 やはり相当な実力者らしく、どこにも隙が見当たらない。


(それでも……)


 咲弥はまっすぐ、レオルを見据えた。


「もし僕が、この一騎打ちに勝てば……もう二度と、ここの人達や僕達に、ちょっかいをかけないと約束してください」

「わかった。俺が勝てば、あの(むすめ)は好きにさせてもらう」


 ほんの一瞬だけ、咲弥は悩んだ。

 悩みはしたが、もう後には引けない。

 負けるわけには、絶対にいかなくなった。

 咲弥は自分に誓いを立てるように伝える。


「そんなことには……絶対なりませんから」

「それじゃあ、楽しい決闘を開始しよう」


 言葉が終わるや、レオルが大きな一歩を踏み出した。

 レオルの鋭い突進に、咲弥はわずかに身が硬直する。

 レオルの剣先が地を駆け、素早い切り上げが襲ってきた。


「……ぅっ!」


 白い籠手で(ふせ)ぐと、凄まじい高音が響き渡る。

 反動を利用した一撃は、咲弥の左腕を強く痛めた。

 振り上げた剣をそのままに、レオルは身を大きく(ひね)る。


(やばい……!)


 とっさに痛めた左腕も上げ、咲弥は両腕で盾を作る。

 さきほどよりも強烈な一撃が、籠手を通じて伝わった。

 やや後ろに吹き飛ばされてしまい、咲弥の姿勢が崩れる。

 防御に(てっ)しているせいで、反撃に移れない。


 レオルはなおも、剣技を繰り出した。

 咲弥は剣筋の軌道を読み、かろうじて籠手で受け流す。


「ほらほら! 護るだけでは、勝てないぞ?」


 レオルの顔には、余裕の笑みが張りついている。

 対して咲弥は、苦い思いしかない。

 暴力的なまでの猛攻撃を、防ぐだけで精一杯であった。

 再び強烈な一撃を食らい、咲弥は大きく後退する。


「あらら……力量にちょっと差があり過ぎるな」

「部隊長、全然本気出してないもんなあ」

「こりゃあ、あと十数秒で終わるかもな」


 そんな(つぶや)きが、咲弥の耳に届いた。

 緊張と焦りが生まれる。

 呼吸が乱れ、視界がわずかにぼやけた。


「はあ……はあ……はあ……」

「おや? もう息切れか? まだほんの小手調べなんだが」


 悔しいが、確かにレオルの実力は高い。

 これが素の能力なのだから、恐ろしさすら感じる。

 しかし、敗北は許されない。

 咲弥は全神経を集中させ、再び構える。


「では、もう一度行くぞ!」


 レオルはまた、鋭く突進する。

 これまでの攻撃は、ぎりぎりながらに防げていた。

 つまり裏を返せば、目と体ではしっかりと追えている。

 防ぐだけでは勝てない。何か別の方法がいる。


(……防ぐだけじゃ、勝てないなら……)


 上空から降り注いだ刃を、下へと受け流し――

 咲弥は大きく、一歩を前へと踏み出た。

 咲弥の中で、何かが()み合った気がする。


 そのまま勢いを乗せ、咲弥は右の拳を振るう。

 レオルの余裕そうな顔に、咲弥の拳が命中した。

 カウンターもあってか、嫌なほど綺麗に衝撃を与える。

 レオルは()()ったものの、なんとか踏ん張った。


「いっ……」


 レオルの形相が一変する。

 じろりと(にら)んだ目から、おぞましいほどの殺意が溢れる。


「……ってぇな、クソガキがぁ! ぶち殺すぞ!」


 人格が変わったとしか、そう思えない声量だった。

 憤怒の形相を浮かべ、レオルは剣で虚空を切り裂いた。


「あ、やべ……部隊長がキレちまった」


 野次馬達の中の誰かが、そんな(つぶや)きを漏らした。


「テメェをぶち殺したあと――その腐った亡骸(なきがら)の前で、あのメスが狂っても、犯し続けてやるからな! オラァアッ!」


 人道から外れた言葉に、咲弥は沸々と怒りが込み上がる。

 自然と口から言葉を(つむ)いだ。


「……なんで、お前なんかが、騎士をやってるんだ」


 咲弥は強く、レオルを(にら)みつけた。

 レオルが途端に、赤い紋様を浮かべる。

 突然のルール違反に、咲弥は驚愕した。


「火の紋章第七節、爆刃(ばくじん)の猛火」


 剣身に火炎を(まと)い、レオルが猛火の斬撃を放つ。

 籠手で(ふせ)いだ瞬間――凄まじい爆発が生じた。

 熱風と爆音に襲われ、咲弥は軽く意識が飛んだ。


「がはぁっ……」


 地に()した咲弥の腹に、蹴りが飛んでくる。

 重い衝撃が、痛みとなって腹部から広がった。

 何度も踏まれているのか、腕や横腹からも衝撃が伝わる。

 かろうじて意識を保ちつつ、咲弥はある気配を察知した。


「紅羽……! 僕は、まだ……負けてない」


 動きだそうとした紅羽を、咲弥は声を振り絞って止めた。

 咲弥は地面を転がり、レオルを再び(にら)んだ。


「卑怯者……決闘で紋章術は……卑怯者じゃないのか」

「知るか! テメェはすぐ死んでろ! カスが!」


 まるで鬼が宿った形相で、レオルは怒りの声を吐いた。

 奥歯をぐっと()み締めて立ち上がり、咲弥は命じる。


「黒白の籠手、解放――」


 咲弥の言葉に呼応し、籠手がまばゆい光を放った。

 力強い光は、たちまち獣を連想させる形へと変化する。

 危険を察知したのか、レオルは大きく距離を取った。


「なんだ、そりゃあ……」


 咲弥の体が、痛みで小刻みに震える。

 さすがに、紋章術の直撃はかなり(こた)えた。重くないはずの籠手ですら、今はずっしりと重く感じられる。

 両腕を垂らし、やや前傾の姿勢でレオルを(にら)んだ。


「二度と……紅羽に汚い言葉を聞かせるな!」


 両腕を垂らしたまま、咲弥は駆けた。

 体中から痛みが広がり、そのうえ気怠さまである。しかし本能的に無駄を(はぶ)いたからか、今の姿勢は案外楽であった。

 残った体力を使い切るつもりで、レオルへと詰め寄る。


「もう遠慮なんかしないぞ!」

「やってみろ! ドクソが!」


 レオルは剣を大きく構え、素早く斬りかかってくる。

 咲弥は黒い手を握り締め、まずレオルの剣身を殴った。

 剣が(いびつ)な音を立てて折れ、レオルの表情が驚きに染まる。

 咲弥は瞬時に、虚空へ空色の紋様を浮かべた。


「白い爪に限界突破!」


 レオルの胴体を、白い爪で縦に引っかいた。

 白い手は黒い手とは違い、外傷をまったく与えられない。

 その代わりに、精神――オドを根こそぎ切り裂いたのだ。


「な……んだ……オド……が……消え……」


 その場で崩れ落ち、レオルは地に()した。

 咲弥は力が抜け、膝が落ちる。それから、肩で息をした。


「はあ……はあ……はあ……」

「おいおい、マジか……部隊長が負けたぞ」

「おい……どうするよ……なあ……」

「どうするって……」

「俺達ぁ、舐められるわけにはいかんだろ?」


 紅羽にこかされた大男が、剣を鞘から抜いた。

 それに続き、ほかの騎士達も抜剣する。


「テメェらは、ここで始末する」

「ぐっ……卑怯者め……」


 酷い怪我を負い、咲弥はもう立ち上がれそうにない。

 騎士団がぞろぞろと動き始めた。


「おやおや……子供相手に、騎士様がなんとも情けない」


 突然、(おだ)やかな男の声が、上のほうから聞こえた。

 建物の窓――出っ張りのところに、声の主がいる。まるでソファーの上で、くつろいでいるかのような姿勢であった。

 男は帽子を、さらに目深(まぶか)にかぶり直す。


「何者だ、テメェ!」

「私が何者なのか? それはさして、重要な問題ではない。国の騎士団ともあろう者達が、決闘で負けた腹いせに集団で襲いかかる――そんな奇妙で滑稽(こっけい)で呆れた話のほうが、今は重要なのではないのだろうか?」


 男は歌うように言い、からからと笑った。


「ここは(いさぎよ)く引いたほうが、今後のためだと思うがね」


 さすがに限界が近くなり、咲弥は地に倒れる。

 地に伏す寸前のところで、紅羽が素早く上半身を抱えた。


「咲弥様」

「紅、はぁっ?」


 まるで流れるように、紅羽が咲弥を膝枕した。

 咲弥は恥ずかしさから、胸がはちきれそうになる。

 紅羽が純白の紋様を浮かべ、静かに唱えた。


「光の紋章第三節、光粒(こうりゅう)の陽だまり」


 純白の紋様が輝きを強め、大きく弾け飛んだ。

 咲弥の周囲に、星々を連想する光の粒が発生する。

 徐々にではあるが、痛みが引いていた。


「あ、ありが、とう。紅羽」

「いいえ。問題ありません」

治癒術(ちゆじゅつ)……マジか、この()……」


 紅羽の治癒術から、場が騒然となる。

 その中――


「――警告します」

 寒気がするほどの声で言い、紅羽はすっと前を向いた。

「もしまだ危害を加えるようでしたら、私はたとえすべてを敵に回したとしても、本気であなた方の息の根を止めます。ご理解いただけますか?」


 何かに腹を立てているのか、紅羽の気迫が凄まじい。

 強烈な気迫に呑まれたらしく、騎士団全員がたじろいだ。

 紅羽に転ばされた男が、大きく舌を打つ。


「部隊長を連れ、撤収するぞ」


 一斉に剣を納め、騎士団員達がぞろぞろと撤退する。

 騎士団の姿が消えるや、周囲から賞賛の声が飛んだ。


「うっはあ! 見たかよ、あの顔!」

「お前ら、ここの英雄だぞ!」

「すげぇ! あの騎士団に立ち向かって退(しりぞ)かせたぞ!」

「こりゃあ、今日はうめぇ酒が飲めそうだ」


 やまない歓声の中で、咲弥はふと気づいた。

 出っ張りのところにいた男が、いつの間にか消えている。

 探していると、紅羽が紅い瞳を向けてきた。


「咲弥様」

「……ん?」

「なぜもっと早くに、宝具を解放されなかったのですか?」

「え……?」


 咲弥の思考が停止する。

 理由を模索していると、紅羽が重ねて告げた。


「あれでは、剣の(さや)のみで戦っているのに等しい行為です」

「だって……卑怯者だって、言われそうだったから……」

「それは紋章術であって、解放とは別ではありませんか? もしそれを卑怯者というのであれば、剣を鞘から抜く行為もまた、卑怯者ではないのですか?」


 咲弥は苦笑しか漏れない。

 突然の出来事に、とっさの対応や判断は難しかった。


「……そこまで、考えが回らなかったよ……」


 ほんの少し呆れ顔を見せ、紅羽は微笑する。


「でも、咲弥様らしいです」


 その小さな笑みに、咲弥はドキッとさせられた。

 膝枕も込みで、心がくすぐったい気分になる。


「すっげぇ! ほんと、すっげぇよ! 兄さん、姉さん!」


 枯れ葉色のフードの者――レンが、(そば)に詰め寄ってきた。


「感動し過ぎて、俺ぁ固まっちまったよ!」

「ははは……もとはといえば、君のせいなんだけどね?」

「あいたたたっ! でも、これで無事にちゃんと返せたし、今回の()びのつもりで、もっと俺達にお礼させてくれよ」


 つい、咲弥は頬が引きつった。

 何を(たくら)んでいるのか、少し怖い。


「俺達の隠れ家に来てくれ! 歓迎するからさ!」

「隠れ家?」

「そう! どんなお礼がいいのか、まだわからないけどさ、兄さん達のお願いなら、聞けるだけなんでも聞けるぜ」


 願いと聞き、咲弥の脳裏にぼんやりと浮かぶ。


「それじゃあ……情報屋について、何か情報はないかな?」


 レンは一瞬だけ硬直したのち、大きく笑った。


「兄さん達のお求めは、まさか俺の仲間の一人かい。お安い御用(ごよう)さ。持っている情報は、なんでも教えさせてやるぜ」


 奇妙な偶然に、咲弥はただ静かに驚かされた。




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