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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
48/222

第五話 紅羽を巡った決闘




 西レイストリアは、歓楽的な施設がとても多い。

 大勢の人で埋め尽くされ、どこも大混雑していた。


「凄いなあ……はぐれないように、気をつけなくちゃね」

「了解しました」


 咲弥の(つぶや)きに、紅羽が応じた。

 隣を歩く紅羽を見てから、咲弥は鞄に手を入れる。

 通行人の邪魔にならない程度に、地図を小さく広げた。

 現在は南から西に入った、すぐのところにいる。


「えぇっと……まずは、中央に向かおうか」

「はい」


 本日の目的は、一般人でも利用が可能な情報屋――昨日、酒場にいた冒険者の会話を、咲弥はつい小耳に挟んだのだ。

 噂の情報屋は、ギルドにもない情報を(つか)んでいることが、多々とあるらしい。そんな者であれば、試験を受けるための推薦に関しても、きっと何かいい案がある。

 咲弥は、そう考えていた。


 それとはまた別に、冒険者になれなかった場合、情報屋と繋がってさえいれば、今後のためになるという打算(ださん)もある。

 いずれにしても、面識を持っておく必要は絶対にあった。


(まずは中央に行き、そこからさらに西に進んでみるか……いや、逆時計周りに攻めてみるべきなのかなぁ……うぅん)


 その情報屋は、ころころと居場所を変えると聞いた。

 冒険者の話によれば、ここ最近は中央付近にいる。

 大きく位置を変えられる前に、見つけなければならない。


 咲弥は周囲を大きく見渡して、方角を把握しておいた。

 よそ見のせいで、咲弥は危うく人とぶつかりかける。


「おっと……」


 咲弥はぎりぎりのところで回避する。

 危なかったと思いつつ、紅羽に視線を移した。


「紅羽。こっちの――」


 言葉の最中、紅羽が無言のまま、途端に逆走を始めた。


「え? く、紅羽!」

「すみません。間に合いませんでした」


 何が間に合わなかったのか、さっぱりわからない。

 咲弥は慌てながら、紅羽の背を追った。


「間に合わなかったって、何が間に合わなかったのさ?」

「前方にいるフードの者が、咲弥様からお金を()りました」

「え、まさか……?」


 枯れ葉色のフードを(まと)った者が、確かに前を走っている。

 盗まれた感覚など、まったく感じられなかった。

 そもそも、人とぶつかってさえいない。


 紅羽の後ろを駆けながら、咲弥は念のため確認をする。

 所持金を入れていた袋が、鞄の中から消えていた。


「う、嘘だ! そんな感覚なかったのに!」

「おそらく、盗みを生業(なりわい)とした者だと思われます」


 ロッカー的な場所もないため、全財産を持ってきている。

 咲弥は必死に、逃げ続けている者を追いかけた。

 路地裏へと逃げ込み、咲弥も建物と建物の隙間に入る。


「咲弥様はそのまま、あの盗人を追ってください」

「え、あ、う、うん」


 紅羽は純白の紋様を浮かべ、可憐な声を(つむ)いだ。


「光の紋章第二節、(きら)めく息吹」


 純白の紋様が砕け、小さな欠片が咲弥達の周囲に漂った。

 身体能力が爆発的に向上し、一層早く走れるようになる。

 紅羽が建物の壁を交互に蹴り上げ、駆けのぼっていく。

 彼女の意図を呑み込み、咲弥は盗人を下で追い続けた。


 逃げ道を完全に把握しているのか、まだ捕まえられない。

 複雑な迷路と化した場所を、ひたすら進み続ける。

 紅羽の紋章術がなければ、完全に見失っていた。


「あっ……」


 ついに、盗人の足が止まった。

 前方には高い壁があり、左右には背の高い建物がある。

 逃げ道は、もうどこにも見当たらない。

 盗人はきょろきょろとして、咲弥のほうを振り返った。


「く、くそっ! なんなんだ、お前!」


 とても中性的な声をしている。

 咲弥よりも年下に思える声質だった。

 たとえ何歳だったとしても、許すわけにはいかない。


「僕の全財産なんです。返してください」

「なんの話だ! 俺は何も盗っちゃいない! ほら!」


 フードを目深(まぶか)にかぶった者が、(ふところ)を裏返して見せてくる。


「あ、あれっ……?」

「おい、コラ! 人を盗人(ぬすっと)呼ばわりしてんじゃねぇぞ!」


 最初に見た、枯れ葉色のフードに間違いはない。

 咲弥は訳がわからず、激しく混乱する。

 そのとき、紅羽が上空から飛び降りてきた。

 

「やっと追い詰められましたね」

「紅羽、違うんだ……盗ったのは、あの人じゃないみたい。僕らいつの間にか、別人を間違えて追いかけてたっぽい」


 じっと固まったのち、紅羽は純白の紋様を虚空に描いた。

 咲弥は思わず、間の抜けた声が漏れる。


「へ……?」

「光の紋章第四節、白熱の波動」


 紋様が砕けた瞬間、紅羽の右手から光の筋が伸びた。

 軽く壁を破壊し、がらがらと音を立てて崩れ落ちる。

 かなり威力を抑え込んでの一撃らしい。

 瓦礫(がれき)のほうを向いたまま、フードの者は硬直していた。


「く、紅羽……?」


 咲弥は不安でいっぱいだが、紅羽は毅然(きぜん)としていた。

 また純白の紋様が浮かべられる。


「次は外しません。盗ったお金を返してください」

「だ、だから、俺じゃ……」

「光の紋章第四――」

「わあわわわあわわあぁあ! わかった。わかったから!」


 フードの者は悲鳴を上げ、その場にへたり込んだ。


「途中で仲間に渡したんだ! でも、すぐ返すから!」


 持っていない理由を、咲弥はやっと把握する。

 紅羽の(おど)しがなければ、すっかり(だま)されていた。


「仲間のところへ案内する。ついて来て」

「下手な真似をした場合、即刻始末します」

「兄さん! この人、凄く可愛い顔して怖いんですけど!」


 激しく慌てているフードの者に、咲弥は苦笑を送った。

 当然といえばそうなのだが、紅羽は敵には容赦(ようしゃ)がない。

 少し歩いた先で、突然大きな悲鳴が聞こえた。


「……クァン?」


 悲鳴が飛んだ方向に、フードの者が素早く走る。

 咲弥も、紅羽と一緒に急いだ。

 軽武装の格好をした者達が、咲弥の視界に入る。

 そこには、軽武装の者に対峙している子供達が数名いた。


「おい! 返せよ!」

「だからさ、みかじめ料だって言ってんだろ? 本来なら、お前ら全員ここから排除したって、構わねぇんだからな?」


 咲弥は立ち止まり、少し遠めから様子を観察する。

 食ってかかる男の子を、大柄な男が手で軽く突き放した。

 その大男の手には、見覚えのある布袋が跳ねている。


(あれは……僕の財布じゃないか!)

「クァン!」


 フードの者が、突き放されたクァンに駆け寄った。


「レ、レンのアニキィ!」


 いかつい顔をした大男に向かい、レンは声を荒げる。


「ふざけるなよ! この前だって奪っていっただろうが!」

「この前は、この前の分。今回は、今回の分だ」


 大人の男達が、げらげらと嫌な笑い声を響かせる。

 いがみ合う者達のところへ、咲弥は歩み寄った。

 関係性は不透明だが、言わなければならない。


「すみません。それを返してください。それ僕のなんです」

「ああん?」

「その袋に入っているお金は、僕が盗られたお金です」


 大男は布袋を軽く眺めてから、じろりと(にら)んできた。


「さあ、知らねぇな。俺はこのガキから受け取っただけだ。これがお前の物だって、何か証拠でもあるっていうのか?」

「なっ……それは間違いなく、僕のお金です」

「口でだけなら、なんとでも言えるな。証拠がないんじゃ、これを奪おうとしているだけの、盗賊にだって見えるぜ?」


 また周囲から、下卑(げび)た笑い声が飛ぶ。

 大男の暴論に、咲弥は奥歯を()み締めた。


「では……その袋の中身を、確認してみてください。中には七二〇〇スフィアが、ちゃんと入ってるはずですから」


 自分の所持金ぐらい、しっかり把握している。

 咲弥が確認を(うなが)すと、大男は布袋の中身を覗いた。


「確かに、お前が言った通りの金額が入っているな。だが、お前がこいつらの仲間なら、知っててあたりまえだよな?」

「なっ……別に仲間じゃありません。盗られただけです!」

「証拠は?」


 大男が嘲笑まじりに言った。

 咲弥は愕然とする。

 何を言ったところで、結局は返すつもりがないのだ。

 大男の後ろにいる別の男が、途端に甲高(かんだか)い声を出した。


「あ、あれ? そこの(むすめ)、酒場の新人ちゃんじゃないか?」


 男の一人が鼻息を荒くして、紅羽のほうへと歩み寄る。


「わぁあ。私服は清楚感があって、とっても可愛いね」

「なんだ、知り合いか?」


 大男はぶっきらぼうな声で()いた。

 集団の中にいた男の一人が、代わりに応える。


「知らねぇの? 最近酒場で、可愛い娘が雇われたって話」

「冒険者ギルドの隣にある酒場のことか?」


 紅羽の(そば)にいる男が、大男を振り返った。


「そうそう。それが、この()だよ」

「まあ、確かに……」


 大男はいやらしい目で紅羽を眺め、舌で唇を湿らせる。

 頬が引きつりそうになったが、咲弥はかろうじて(こら)えた。


「ねえねえ。どうして、こんなところにいるの?」


 興味津々そうな男の隣をすり抜け、紅羽が大きく歩いた。

 紅羽は、布袋を持った大男の目の前まで進んだ。


「お? なんだ。へへっ、俺に興味でも――」


 それはまさに、一瞬の出来事であった。

 大男の足先を、紅羽は()ぐようにして蹴り入れる。


 大男が宙を舞い、地面に背中から叩きつけられる――その寸前のところで、紅羽が大男の首元を(つか)んで支えたのだ。

 一緒に飛んだ布袋を、紅羽がもう片方の手で受け取った。


「これは、咲弥様のお金です。ご理解いただけましたか?」

「く、紅羽……?」


 咲弥が不安な声で呼んだのには、きちんと理由がある。

 ほかの男達の雰囲気が一変していた。


「兄さん達、気をつけて……こいつらは、()()めの黒十字騎士団の連中だ」


 フードをかぶったレンの言葉に、咲弥はぎょっとする。

 騎士団員を眺め、我が目を疑いたい気分になった。


 さきほどの言動といい、雰囲気といい――どう考えても、騎士団というより、野盗だと言われたほうがしっくりくる。

 にわかには信じられない情報だった。

 紅羽は(つか)んでいた手を離し、咲弥のほうを振り返った。


「咲弥様。二度と盗られないよう、注意してください」

「あ、ありがとう……紅羽」

「はい。では、行きましょう」


 何事もなかったかのように、紅羽はすたすたと歩いた。

 紅羽にこかされた大男が、激高の声で呼び止める。


「おいおい……待ちやがれ、このクソメスが! 俺達に手を出して、無事で済むと思ってんのか! ああんっ?」

「く、紅羽ちゃん。さすがに、まずいよぉ……」


 紅羽を知っていた騎士団の男は、おろおろとしている。


「くっはっはっはっ。こりゃあ、傑作(けっさく)だぜ」


 また別の男が一人、奥のほうから向かってくる。

 柔和な優しい顔立ちをしているが、雰囲気はどこか硬い。


「ああ、情けねぇ情けねぇ。娘一人にスッ転ばされるとか」

勘弁(かんべん)してくださいよ。部隊長……力抜いてただけっすよ」

「本当かぁ? 綺麗に転ばされたように見えたけどなあ」


 微笑んだまま、部隊長と呼ばれた男が虚空を見上げた。

 転んだ大男の顔に、激しい(けん)がこもる。

 怒りに満ちた大男の肩を、部隊長はポンポンと叩いた。


「悪いけど、そこの娘は俺らと来てもらおうか。俺らもさ、舐められたままじゃいかねぇのさ。だから、お仕置きする」


 あまりに筋違いな話に、咲弥は否定の声を張った。


「ふざけないでください。もとはといえば、あなた達が僕の盗られたものを、返してくれなかったからじゃないですか」


 部隊長は短く(うな)り、眉をひそめる。


「もしかして、君――あの可愛い娘の男かなんか? ははは……似合わねぇからさ、やめとけって。釣り合ってねぇぞ」


 別に男女の仲ではないが、咲弥は激しい嫌悪感を覚える。

 そうであるなしにかかわらず、モラルが感じられない。


「こんな(さえ)えない男はほうっておいてさ、俺らと……」


 隣を進む部隊長の腕を、咲弥は強く(つか)んだ。


「近寄らないでください。紅羽は僕の大切な……仲間です」


 見下した目で、部隊長が妖しく笑う。

 掴んだ咲弥の手を、部隊長は謎の技術で振り払った。

 離そうとしたわけではない。自然と離させられたのだ。


「へぇ……そうなんだ? 仲間、ね」


 微笑んだ顔だが、その目は明らかに笑っていない。

 少し距離を取った部隊長が剣を抜き、剣先を向けてくる。


「男と男が一人の女を奪い合う……となれば、わかるな?」


 周囲にいた騎士団員達が、一斉に囲いを作った。

 (ねずみ)一匹、通り抜けられそうにない。その慣れた様子から、今回のような事例が、一度や二度ではないのだろうと悟る。

 手のひらを上に向け、部隊長が手招きした。


「ほらほら、怖いのか? 男なら、得物を手にしな?」


 あざけるような口調で、部隊長が言った。

 挑発と理解はしているが、咲弥の胸にいら立ちが募る。

 不意に、後ろから気配を感じた。


「咲弥様」

「ん? な、なに……?」

「この場にいる者すべて、私が処理します」


 表情を一つも変えず、紅羽はそう(ささや)いた。

 確かにそれも、一つの方法ではある。紅羽ほどの実力者であれば、ただの過言ではなく、実現しそうな気配があった。

 しかし、咲弥はゆっくりと首を横に振る。


 格好をつけたかったわけではない。

 下手に紅羽が禍根(かこん)を残すのは、よくないと考えたのだ。


「大丈夫。少しだけ、下がってて」

「……了解しました」

「娘からのアドバイスは終了か? 情けねぇ情けねぇ」


 部隊長はけらけらと嘲笑する。

 咲弥は大きく深呼吸してから、空色の紋様を浮かべた。




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