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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
46/222

第三話 死の狂姫




 王都に到着してから、二日後――

 冒険者資格取得試験のエントリーは、いまだ進展がない。

 上級冒険者は基本、世界中を巡っており、王都でも滅多に出会えないようだ。正直なところ、そこから五名もの推薦を得るのは、あまり現実的な方法ではない。


 身分が高い者の推薦は、上級冒険者以上の難題であった。

 かなり特殊な状況でもない限り、ただの一般人――身分が最下層に位置する無国籍者は、対面すらも不可能に等しい。

 いずれにしても、正体不明の者に手を貸す変わり者など、そう多くはないのだ。


 咲弥は今現在、紅羽と東レイストリアの北側にいる。

 大きな噴水のふちに二人して腰をかけ、休憩をしていた。

 昨日から荷物は宿屋に預けており、どちらも身軽な格好で王都を散策している。持ってきているのは、所持金を入れた布袋くらいだ。


 咲弥はぼんやりと、雲が流れる大空をじっと見つめる。


「はぁあ……今日も、進展がなかったなぁ……」


 噴水の音を聞きながら、咲弥はため息を大空へと投げた。

 かなり追い込まれた状況に、現実逃避でもしたくなる。


「もっと時間があれば、別の方法もあったのになぁ……」

「もう明日までしか、時間は残されておりません」


 隣にいる紅羽の言葉を聞き、再びため息が漏れる。

 あと数時間後には、酒場の仕事に出なければならない。

 酒場は一昨日に比べ、昨日は倍ほど忙しかった。

 冒険者達の間で、ある噂が密かに流されているらしい。


 神々しいぐらい美貌(びぼう)の少女がいる――そんな噂を聞けば、見てみたいと思う気持ちは、男としてちゃんと理解できる。

 紅羽を初めて見たとき、咲弥も目を奪われた一人なのだ。

 過去の記憶を、ぼんやりと掘り起こす。


(って、違う。そうじゃない。今は、試験のことだ)


 自身を(いまし)めたあと、ふとある女の子の姿が視界に入った。

 金髪の女の子は、まだ十歳にも満たない年頃だと思える。


 なにやら必死に、周囲を慌ただしく見回していた。

 咲弥はそっと立ち上がり、女の子へと歩み寄る。

 咲弥はしゃがみ込み、目線の高さを合わせて声をかけた。


「どうしたの? お母さんと、はぐれちゃったかな?」

「だ、誰っ? あんたの相手なんか、している暇ないわ!」


 女の子の予想外な発言に、咲弥は一瞬だけ硬直した。

 ばつが悪い思いから、(そば)に来た紅羽に苦笑を送る。

 気を取り直して、咲弥は声を優しくして伝えた。


「いや……なんだか、困ってる雰囲気だったからさ」


 女の子は、しきりに周囲を見渡している。

 咲弥の言葉には、何も反応を示さない。

 その状態から、少しただならない事情を察する。


「おかしい……いったい、どこにいるの……?」

「誰か、探してるのかな?」

「……あんた。金髪の眼鏡をかけた女を見なかった?」

「金髪の、眼鏡……?」


 姉妹なのか友達なのか、さすがに情報があまりに(とぼ)しい。

 もう少し詳しく、咲弥は()いてみた。


「ほかに何か、特徴はあるかな?」

「歳は二十五、身長は百七十。体重は五十三、白いスーツを着た人間の女」


 その詳細にというよりは、言葉遣いに驚かされる。

 容姿が女の子なだけで、実は年上ではないのかと疑った。

 この世界であれば、それもまた不思議とは感じられない。


 そんなことを考えながら、咲弥は記憶の糸をたぐった。

 どこかで見たような気もするし、見なかった気もする――さすがに通り過ぎた人を、全員覚えているような力はない。

 女の子は、ひどく呆れた様子のため息を漏らした。


「もういいわ! 邪魔をしないで!」


 女の子がもの凄い剣幕(けんまく)で声を荒げ、さっと走りだした。


「あ、ちょっと……」


 咲弥の制止の声を振り切り、女の子は走り去った。

 女の子が向かった先へ行けば、北レイストリアに入る。

 咲弥はまだ、足を踏み入れたことのないエリアだった。

 少々変わった女の子だが、いまさらほうってもおけない。


「あの子の探している人を、一緒に探しちゃだめかな?」

「問題ありません」

「ありがとう。終わったら、北レイストリアでも見ようか」

「了解しました」


 紅羽と一緒に、咲弥は走り去った女の子を追った。

 もしかしたら、相手も女の子を探しているかもしれない。もし周囲を見回している人がいれば、すぐにわかるだろう。

 咲弥は追う道中、情報にあった探し人を目で探った。

 そうこうしている間に、北レイストリアへと入る。


 北レイストリアでは、工場関連の建物が数多い。行き交う人々も、その関係者だと思われる者達ばかりであった。

 大通りへとやってきて、少しした頃――

 唐突な爆発音が、やや遠くのほうから鳴った。


「な、なんだ?」

「咲弥様」


 紅羽が指差した場所に、追っていた女の子を発見する。

 騒然としている人々の間を縫うように、女の子は駆けた。

 咲弥はやや慌てながら、追いかける足を速める。

 路地裏に入り、迷路みたいに入り組んだ道を進んだ。


 人の気配がどんどんなくなり、寂れた場所に辿(たど)り着いた。

 ややひらけた場所に、とても大きな建物がある。

 少し開いた鉄扉の隙間を、女の子はすり抜けていく。

 咲弥も進もうとした、そのときであった。


「きゃあああああっ!」


 女の子の甲高い悲鳴が、鉄扉の先から漏れた。

 咲弥は急いで、建物の中へと飛び込む。

 途端に血臭を嗅ぎ取り、緊張感が一気に高まる。

 咲弥の視界に、不穏な光景が広がった。


 水色の短い髪をした不気味な女が、ぽつんと(たたず)んでいる。

 咲弥の眉間に、わずかな力がこもった。女はどこか花魁(おいらん)を彷彿とさせる、丈の短い着物を着ている。意匠(いしょう)は和服だが、別に東洋人といった容姿ではない。

 そんな女の奥には、男達が血まみれの状態で倒れていた。


「なっ……」

「リリス……なんで……どうして……」


 小さな体を震わせ、女の子が誰かの名を口にした。

 倒れた男達の中に、情報にあった金髪の女を発見する。


 佇む女がぬっと振り向き、水色の髪がふわりと揺れた。

 その(よど)んだ瞳は、明らかに常人の者とはかけ離れている。

 女はゆったりとした口調で言った。


「おやおや……? 迷子達かな?」


 背筋が凍るような凄惨(せいさん)な笑みを、女は頬に乗せた。


「な、何をして……」


 咲弥が動こうとした瞬間、紅羽が細い腕を伸ばした。


「咲弥様。お気をつけください」

「紅羽……?」

「相手は――死の狂姫(きょうき)と呼ばれる、異常者だと思われます」

「死の、狂姫……?」


 咲弥の問いに答える前に、紅羽は行動を開始した。

 純白の紋様を右手付近に描き、紅羽は走りながら唱える。


「光の紋章第一節、閃く剣戟(けんげき)


 紋様がガラスのごとく砕け散り、小さな光球が舞い踊る。

 光球が閃く斬撃となり、死の狂姫に襲いかかった。


 死の狂姫は、腰に帯びていた短剣を(さや)から滑らせる。

 咲弥は我が目を疑った。

 紅羽の紋章術を、死の狂姫は短剣一つでいなしている。


「あら、まあ? 可憐なお嬢さん。私をご存じで?」


 死の狂姫の口調は変わらない。

 紅羽は何も答えない代わりに、また唱えた。


「光の紋章第二節、(きら)めく息吹」


 純白の紋様が、再びバチンッと砕け散る。

 ちかちかとした光粒(こうりゅう)が、紅羽の周囲に漂う。

 それは身体能力が向上する、補助系統の紋章術であった。


 紅羽はさらに速度を上げ、死の狂姫へと突っ込んだ。

 死の狂姫が繰り出した斬撃は、紅羽ではなく(くう)を裂く。

 死の狂姫の背後へと、紅羽は瞬時に回り込んでいた。

 そのとき、死の狂姫が灰色の紋様を浮かべる。


「霧の紋章第八節、散開の陽炎(かげろう)


 死の狂姫の姿が、まるで煙みたいに消え去る。

 するとあちこちに、色濃い煙が発生した。

 分身だろうか――死の狂姫の数が、十数人に増える。


 死の狂姫達が、一斉に短剣を振った。

 紅羽は回避しながら蹴りを入れ、大きく離れる。

 複数いた死の狂姫が、吸い込まれるように一人に戻った。


「へぇ……お嬢さん、いったい何者なのかしらね?」


 死の狂姫はうっとりとした眼差しで、頬に右手を添えた。


「この私が、二撃しか入れられないだなんて……驚きだわ」


 一瞬だけ遅れてから、咲弥は紅羽を見る。

 すべて上手く、回避しているはずだった。


「紅羽っ……?」

「問題ありません。ただのかすり傷です」


 紅羽の頬と右腕に、死の狂姫の短剣がかすったらしい。

 咲弥は恐怖と同時に、焦りも覚える。

 まさか王都で戦闘になるとは、夢にも思っていなかった。紅羽の弓は昨日と同様、宿屋に預けたままとなっている。


 しかも戦う相手は、獰猛(どうもう)な魔物ではなく人なのだ。

 心臓が気味の悪い鼓動(こどう)を繰り返し、少し吐き気を覚える。

 人と戦う――殺し合うなど、考えられない事態であった。


「リリス……リリス!」


 金髪の女の子は、いつの間にか倒れた女の(そば)にいた。

 遠目からではあるが、まだかろうじて息はある。

 心に湧く恐れを()み殺し、咲弥は空色の紋様を描いた。


「あらぁ……あらららぁ? わぁあああ……」


 紋様を見てか、死の狂姫は子供みたいに目を輝かせた。

 気味が悪い死の狂姫の視線を、咲弥は無視して呼び出す。


「力を貸してくれ……黒白(こくびゃく)の籠手!」


 紋様が砕け、無数の輝きが咲弥の両手に集まった。

 まばゆい光が、散るように破裂する。

 生命の宿る宝具が、両腕に装着された形で出現した。


「わぁおっ! 坊やは、宝具所持者なのね」


 死の狂姫の顔に、妖しい笑みが張りついた。


「つまらない国と思ったけれど、面白い二人に出逢えたわ」

「あなたの目的は……なんなんですか?」

「目的? ああ、ここにはなかったみたい。とても残念」


 咲弥は眉間に力を込めた。


「目的もないのに、どうして人を傷つけるんですか?」

「うぅん……そうね。ある日――一人の少女が、森で魔物に襲われていた。それを見た男の一人が、魔物を討ち果たして少女を見事に救ったの」


 死の狂姫は突然、何かを語り始めた。


「その男が見知らぬ少女を助けたのは、なぜ?」

「そんなの、当然じゃないですか」

「そう? まあ、自己満足、正義感、いろいろあるのかな」


 死の狂姫が何を言いたいのか、まったく理解できない。

 死の狂姫は冷たい笑みで、自身の頬に指を()わせる。


「そんな二人を無残に虐殺したら、楽しいと思わない?」

「……は?」

「救われた。救った。その直後に、真っ赤な血で染めるの」

「何を、言ってんだ……」

「少女を救った者と、さして変わらないでしょう? ただ、そうしたかったから、そうした。そこに違いはないでしょ」


 異常者――紅羽の言葉が、身に染みて理解できた。

 咲弥は人に冷徹(れいてつ)な者を、ほかに知っている。だがその者は少なからず、主のためという揺るがない目的を持っていた。


 目的も、何もない。

 ただいたずらに、暴虐の限りを尽くす。

 そんな人間が、今まさに目の前にいる。

 咲弥は恐怖とはまた別物の、異質な恐れを抱いた。


「救いたいと願う、坊や達が勝つのか――」


 死の狂姫の姿が、ふっと消えた。

 咲弥は一瞬、驚きで体が硬直する。


「私の愉悦(ゆえつ)が勝つのかという。お、は、な、し」


 いきなり真後ろから、死の狂姫の声が飛んできた。

 咲弥は籠手で身を護りつつ、声のほうを振り返る。


 死の狂姫の刃が、籠手に直撃した。

 同時に紅羽の強烈な蹴りが、死の狂姫へと放たれる。

 蹴りが命中する瞬間、また死の狂姫は煙のように消えた。


「なんなんだ、これは……! これも、紋章術なのか?」


 死の狂姫の第八節は、補助系統の紋章術だと予測する。

 攻撃系統とは違い、補助系統なら効果時間は長いのだ。


「ふふっ。これは、ただの体術」

(ありえない)


 声を振り返りながら、咲弥は心の中で否定する。

 ただこの世界では、正直よくわからなかった。

 そんな訳のわからない体術があっても、おかしくはない。


「私の紋章術が見たいなら、見せてあげようか?」

 死の狂姫が灰色の紋様を宙に描いた。

「霧の紋章第四節、(まど)わしの渓谷(けいこく)


 途端に周囲が、濃霧(のうむ)に満たされた。

 深く色濃い霧のせいで、一歩先すらも見えない。


「霧の紋章第七節、夢現(ゆめうつつ)(とりこ)


 再度、なんらかの紋章術が放たれた。

 しかし、特に異変は見られない。


「黒白の籠手、解放!」


 籠手が咲弥のオドを少し吸い、両腕がまばゆく光った。

 右は悪魔的な黒い獣の手に――

 左は神秘的な白い獣の手に――

 獣を(かたど)ったモヤが、咲弥の手に(まと)わりついた。


「はぁん……それが、坊やの本当の力?」


 声とは逆の方向から、咲弥は嫌な気配を感じ取った。

 とっさに振り返り、黒い手で身を護る。


 予感を信じて、正解であった。

 閃く短剣が途端に襲ってくる。

 貴金属を削るような、甲高い音が響き渡った。


「へぇ。なかなかやるじゃない。坊や」


 死の狂姫は後ろに飛び退き、深い霧の中へと沈んだ。

 視界がないに等しい空間の中では、そう何度も(ふせ)げない。

 だがこんな視界の中でも、攻防の音が聞こえてきた。

 紅羽と死の狂姫が、戦っているのだと予想する。


(どうやれば、そんな……)


 ふと、咲弥は白い手に違和感を覚える。

 見える範囲まで近づけ――

 その際、違和感の正体が判明した。


 この霧は、紋章術で生み出されている。

 白い爪はまるで、布を切るように濃霧を裂いたのだ。


(そうか……)


 四方八方を、咲弥は白い爪で引っかいた。

 ほんのわずかではあるものの、視界がひらける。


「おや? その左手には、無効化の力でもあるのかな?」


 反応すれば、集中力が途切れる。

 だから、咲弥は何も答えない。

 黒い手で身を守りつつ、白い爪で濃霧を裂き続ける。


「咲弥様。目で見るのではありません」

 紅羽の声が飛んだ。

「相手のオドを探り、位置を感じ取ってください」


 咲弥は言われた通り、相手のオドを探った。

 確かに視界が悪くとも、何かがいる気配はある。


「そこか……!」


 オドを感じ取った付近に、咲弥は白き爪で引っかいた。

 すると、少し晴れた視界に人影を捉える。


 黒い手のほうだと、相手を殺してしまいかねない。だから白い爪で相手のオドを削り、無力化を狙う方針に定める。

 白き手を開き、大きく振りかざした。

 そこで咲弥は、予想外の人物の姿が目に飛び込む。


「く、紅羽っ……?」


 咲弥はとっさに、白い手を宙に(とど)めた。

 紅羽の容姿がまたたくまに崩れ、死の狂姫へと変化する。


「んなっ……」

「どれが真実で、どれが虚実か。坊やにはわかるかしら?」


 咲弥の腹部をめがけ、死の狂姫が短剣を振るった。


(か、かわせない……!)


 短剣の先が、咲弥の腹部に到達した。




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