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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
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第一話 所持金の悲鳴




 南レイストリアにある公園には、いろいろな人達がいた。

 会話を楽しむ人達に、運動や休憩をして過ごす者もいる。のびのびとした雰囲気に、みんな心が(いや)されているようだ。

 その中で、咲弥はどんよりとした空気を(かも)していた。


 道の脇にあるベンチに座り、周辺を眺めては空を(あお)ぐ。

 飛行機らしき大船が、遠い空をいくつか()けていた。

 まともな状態で見れば、きっと驚倒していたに違いない。

 今の咲弥には、まったく感情が揺れ動かなかった。


(あぁーあ……やっちゃったなぁ……ほんと……)


 悔恨(かいこん)の念のみが、咲弥の胸をいっぱいに満たしていた。

 今現在――咲弥達が試験へのエントリーが不可だと知り、ネイとゼイドが、何かいい方法がないか探ってくれている。

 ただ結局、身分証がなければ、その制限はかなりひどい。


 最初は密入国や不法滞在など、懲役(ちょうえき)か国外追放の可能性を懸念(けねん)したが、どうやらそういうことは特に発生しなかった。

 この世界では、そもそも無国籍者がとても多いらしい。


 主な理由は魔物による被害なのだが、他種族での問題から領地問題と、ほかにもさまざまな理由が存在するようだ。

 だが当然、無国籍には相応の不利な点がたくさんある。

 国による恩恵を、ほぼ受けられなくなってしまう。

 冒険者ギルドに関しても、その内の一つとも言える。


「はぁああ……」


 まるで煙が出そうなほど、咲弥は重いため息を吐いた。

 隣にいる紅羽は、無言のまま前を向いて座っている。

 この重い沈黙を破ったのは、以外にもそんな紅羽だった。


「咲弥様」

「ん……?」


 紅羽が紅い瞳で、まっすぐ見据えてくる。


「これから、どうなされますか?」

「ああ……うぅん……」


 言葉も予定も、何も浮かんでこない。

 想定していた未来から、大きく外れてしまった。

 どうすればいいのか、さっぱりとわからない。


「冒険者への道は、もう諦めますか?」


 望みが薄いとはいえ、ネイ達が頑張ってくれている。

 もし徒労(とろう)に終わったとしても、そんな状態で諦めるのは、二人に申し訳なさ過ぎる。か細い希望でもすがるしかない。


「いや、それに関しては……ネイさん達を待つよ」

「少々……咲弥様らしくありません」

「えっ……?」


 紅羽はどこか寂しそうに、そっと目を()らした。


「たとえどんな最悪な状況にあろうとも、決して諦めない。私の知っている咲弥様は、そんなお方です。それは……私の勘違いなのでしょうか?」

「紅羽……」


 紅羽は前を向き直り、遠くのほうを見つめた。

 紅羽から静かな叱咤(しった)を受け、咲弥の意識が次第に変わる。


(そうか……そうだよな……)


 ただほんの少し、つまずいただけに過ぎなかった。

 今回の失態で、道のすべてが閉ざされたわけではない。

 無職のロイも、今頃は面接を頑張っているはずだった。


(そう……落ち込んでたって、何も始まらないじゃないか)


 咲弥は立ち上がり、大きく深呼吸する。

 気持ちを入れ替えてから、紅羽を振り返った。


「そうだね。紅羽……不安にさせて、本当にごめんね。今の僕にできることから、ちょっとずつでも始めてみるよ」


 わずかに笑みを浮かべ、紅羽は顔を伏せる。

 一度目を閉じた紅羽が、ゆっくり視線を重ねてきた。


「これから、どうなされますか?」


 咲弥は腕を組み、しばし黙考した。

 試験に関する問題は、ネイ達に任せてある。

 それならば、別の情報を探っておくほうがいい。


「王都に来たら、いろいろ調べたいことがあったんだ」

「なんでしょう?」

「一つは、無属性についての情報かな。ほかにも……空白の領域に関する情報と、魔神に関連した情報とかも欲しいね」

「魔神……ですか?」

「うん。ここ最近……魔物が活発化してるって情報が多い。その原因は魔神の復活にあると、僕はそう考えてるんだ」


 紅羽は何も言わず、極わずかに不思議そうな顔をした。


「王都なら、たくさんの情報があると思う。僕はもともと、自分の道を決めるために、この王都を目指してたからね」

「そうですか。了解しました」


 顎を指で撫で、咲弥は小さく(うな)った。


「でも……どこへ行けば、こんな情報が手に入るんだろう」

「それも含め、これから探しに行きますか?」

「うん。そうしよう。ついでに、王都のことも知れるから」


 紅羽が立ち上がり、とりあえずは適当に歩き始めた。

 とにかく、王都の広さは計り知れない。ただ、これだけの広さがあれば、どこかに案内板的なものはあるように思う。

 そう考えた矢先、目的の物を発見する。


「うぁっ……こんなところにあったんだ……」


 ネイ達と解散したあと、通ってきた道に案内板があった。

 周りが目に入らないほど、落ち込んでいたと自覚する。

 自身に呆れ果て、咲弥は案内板へと歩み寄った。


「ええっと……今は、ここにいるんだね」


 王都は全部で五つに区分され、方角の文字が先頭に入る。

 南レイストリアには、冒険者ギルドのほか、別のギルドがたくさんあった。だが、図書館や情報屋的なのは特にない。

 ほかの区での詳細図は、現地まで行く必要があるようだ。


(うぅーん……ネットでもあれば、簡単に……あっ!)


 咲弥は、はっとなる。

 これまで文明の利器(りき)とは、かけ離れた生活をしいられた。

 そのせいで、思考の外側にあったのは否めない。

 冒険者ギルドには、その文明の利器がたくさんあるのだ。


「紅羽。もう一度、冒険者ギルドに戻ろうか」

「なぜですか?」

「もしかしたら、そこで欲しい情報が手に入るかも?」


 紅羽は少し固まったあと、曖昧(あいまい)(うなず)いた。

 現在地からは、そう遠くない。

 ほどなくして、咲弥達は冒険者ギルドに戻ってきた。


(やっぱり……あった)


 フリースペースらしき場所には、数台のパソコンがある。

 空いていたパソコンの前に、咲弥は紅羽と並んで立つ。


 パソコンの形状は、デスクトップ型であった。ただ咲弥が知っているキーボードよりも、一回りぐらい広くて大きい。

 文字の打ち方も、非常に難解そうに感じられた。

 モニターには、すでに何かが表示されている。


「ん……? 冒険者カードを、読み込んでください……?」


 咲弥は嫌な予感がした。

 まさかとは思いつつ、適当にキーボードを操作してみる。

 案の定、まったく何の反応も示さない。


「うわぁ……そうか……冒険者専用なんだ……これ……」


 咲弥は大きくうな垂れる。

 消えた利点の一つが、このパソコンに違いない。

 やはり冒険者にならなければ、選択肢が(とぼ)しくなるのだ。


「咲弥様。これはなんでしょうか?」

「これは、パソコンだよ――」

「パソコン……?」


 咲弥は、紅羽に簡潔に説明した。


「――僕の求めるデータ……記録、だね。それがおそらく、この中にあると思う。たとえば、無属性と検索をかければ、関連した情報がモニターに表示されるんだ」


 頭の中で情報を整理しているのか、紅羽は沈黙した。

 咲弥は彼女の整理が終わるまで、静かに待ち続ける。


「……つまり、書物みたいなものなのですね」

「ああ、そうだね。自動的に選ばれた書物って感じかな」

「あらまあ? 君達は……?」


 聞き覚えのある、おっとりとした女の声が聞こえた。

 背後を振り返ると、やや遠くに青髪のミリアがいる。


「あ、ミリアさん」

「どうしたの? こんなところで」


 間延びした口調で言い、ミリアが近づいてきた。


「あ、いいえ……パソコンが使えるかと思ったんですけど、冒険者専用だったんですね。これ以外で、一般人でも使える方法とかはありませんか?」


 人差し指を唇に添え、ミリアは短く(うな)った。


「なくはないけれど……冒険者専用のものとは違って、情報規制されているものもあるわよ? 何を調べたいのか、まだ知らないけれども……」

「えっ……情報……規制、ですか?」

「重要な情報や、簡単には手に入らない情報とか……まあ、本当いろいろねぇ。でも、冒険者にさえなれば、等級とお金次第では開示が可能よ」


 ミリアの説明に、咲弥は絶句を余儀(よぎ)なくされた。

 かなり嫌な疑問が、漠然と思い浮かんだ。


「もしかしてですが……その情報規制って、書物やなんやも対象なんですか?」

「ええ、もちろん。そうなるわね。そうでなければ、規制の意味がないもの。たとえば……書物なら、認められた者しか入れないエリアに保管されているとか」


 咲弥は足から力が抜け、(あや)うく崩れかけた。

 冒険者にならなければ、手に入れられない情報が存在する――それは貴重な情報と同時に、絶望的な情報でもあった。


 王都に着いてから、まったく前進できていない。

 もはや、八方ふさがりであった。

 ミリアは、ゆっくり両手を重ね合わせる。


「そうだ。私これから休憩なの。ご一緒にどうかしら?」

「え? あ、あの……」

「お姉さん、(おご)ってあげるから。ついておいで」


 紅羽の背後に、ミリアは軽快に回り込んだ。

 こちらの返答を聞く前に、紅羽の肩を押して進む。

 重いため息を漏らしてから、咲弥はミリア達を追った。


 冒険者ギルドのすぐ隣に、飲食物を提供する酒場がある。

 咲弥達は数あるテーブル席の一つに着いた。


「好きな物、なんでも頼んでいいからね」

「ああ、はい……ありがとうございます」


 メニューを見るが、正直あまりよくわからない。

 これまではずっと、ネイやゼイドが注文してくれていた。

 だから品名からでは、どんな品なのかピンとこない。

 ただ、一つ――


(あ、これ……リャタンナってところの、飲み物だっけ)


 一か月ほど前、ゼイドに勧められて飲んだ記憶がある。


「では、このリャタンをお願いします」

「ええ。いいわよ。そちらの可愛いお嬢さんは?」

「咲弥様と同じ品で構いません」

「ふふっ。遠慮しちゃって……わかったわ」


 注文してから、ほどなくして商品が運ばれてきた。

 ミリアは紅茶的な品を頼んだらしい。

 そしてリャタンのほか、少し豪華そうなパフェも届いた。


「えっ……あの、ミリアさん?」

「遠慮しないで、召し上がってね」


 ミリアの配慮に、咲弥は申し訳なくなる。

 紅茶を(たしな)んでいるミリアに、咲弥は小さく頭を下げた。


「すみません。いただきます」

「どうぞ」


 ストローをくわえ、まずリャタンを飲んだ。

 かなり甘い炭酸のオレンジジュースなのだが、謎に後味はさっぱりとしている。

 最初はお酒に似た匂いが、個人的に受けつけなかった。


(久々に飲んだけど……これ、本当に美味しいや……)


 咲弥は次に、あまり食べた経験のないパフェを口にする。

 ただ単純に、甘いというだけではない。多種類の果物が、それぞれを絶妙に生かし合い、また溶け合っている。

 食べる場所によっては、まったく別の味に変化していた。


(いろいろ入ってて……これも、かなり美味しいなぁ)


 咲弥は心の内側で驚き、ふと紅羽に目を向けた。

 無表情のままパフェを(にら)み、ゆっくりと食べている。

 彼女の口に合っているのか、咲弥は少し気になった。


「……ところで、ネイとはどういった関係なの?」


 ミリアの唐突(とうとつ)な質問に、咲弥は小首を(かし)げる。


「どうって……えっと、そうですね……恩人、ですかね?」

「恩人?」


 ネイとの出会いから、咲弥は簡潔に語る。

 ただ気づけば、これまでの経緯(けいい)を事細かに説明していた。

 ミリアは問い方が非常に上手い。


 特に話してはいけない内容だとも思えなかった。

 咲弥は()かれた話には、素直に答え続ける。

 あらかた語り終え、ミリアは小刻みに(うなず)いた。


「そう。君達……結構、大変な目に遭ったのね」

「いいえ……皆さんがいてくれましたので、助かりました」


 ミリアは柔らかい微笑を見せた。


「そうだわ。ところで君達、これからどうするのかしら」

「今は、ネイさん達を待つしかないかと……」

「いいえ。そうではなく、もっと目先の話ね」

「目先……?」


 ミリアの意図が呑み込めない。

 咲弥が考えていると、ミリアはくすりと笑った。


「ここまで来て、まさか野宿ってわけでもないでしょう?」

「はぁっ……!」


 咲弥は思わずうめき、がばっと立ち上がった。

 ずっとネイ達に頼りきっていたため、うっかりしていた。


「ミリアさん。この付近の宿代っていくらぐらいですか?」

「んぅ……安ければ一泊、一〇〇〇スフィアだったかしら。ごめんなさいね。利用した経験がないから、正確には……」


 紅羽の分も含め、二〇〇〇スフィアを失う計算となる。

 現在の手持ちは、四〇〇〇しかない。食費など関係なく、咲弥の財力では宿代の二日間で、全財産を失ってしまう。

 そもそもの話、王都を訪れたら、まず仕事か何かでお金を稼ぐつもりだった。


 一度つまずいてからというもの、思慮が欠け過ぎている。

 その場に直面しなければ、何にも気づけないでいた。

 ただ今回ばかりは、落ち込んでいる場合でもない。


「やばい……お金をどうにかして、稼がなきゃ……」

「魔物でも狩りに行きますか?」


 紅羽の提案に戸惑いつつ、咲弥は悩んだ。

 生き物の命を奪うのは心が痛む。

 だが選べる選択肢など、そう多くはない。


「そう、する、しか……なさそうだね」

「ふふっ。まるで、冒険者みたいなことをするのね」


 ミリアはくすりと笑った。

 微笑むミリアを見据え、咲弥は言葉を返す。


「それぐらいしか、稼ぐ方法が思いつかなくて……です」

「この王都なら、ほかにもいっぱいあるのに……?」

「えっ?」


 ミリアは立ち上がり、両手を合わせながら首を(かし)げた。


「よぉし。ちょっと、お姉さんに任せておきなさい」


 ミリアが何を考えているのか、よくわからない。

 咲弥はひとまず、ミリアの思いつきに乗ることにした。




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