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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
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第零話 王都レイストリア




 王都レイストリア――壮観(そうかん)な王城は、中央にそびえ立つ。

 王城を囲う城壁から、まるで波紋のごとく城下町は大きく広がる。その城下町もまた巨大な壁や川によって、いくつか仕切られている様子だった。


 王族や貴族、または民としての位が高い者ほど、城に近い場所に(きょ)を構える。

 基本的には身分が低い者ほど、外側に住む仕組のようだ。

 だから、王都全体を囲む壁はない。ある種、建ち並ぶ民の家々が、王都の中央を(まも)る壁の役割を(にな)っているのだろう。


 そんな王都の最外層付近――

 丸々と太った大荷物を背負う、黒髪の少年がいた。

 赤いシャツの上に黒革のジャケット、紺色のズボンに黒いブーツと、どこか服に着られるといった装いをしている。


「うわぁあ……ここが、王都レイストリアですか!」


 咲弥は感嘆(かんたん)の声を放ち、ずっと遠くのほうまで眺めた。

 王都では大勢の人が行き交い、そして大賑(おおにぎ)わいしている。ここは人間と獣人のほか、別の種族もあちこちで見られた。


 しかも、機械的な代物や乗り物までたくさんある。馬車もあるにはあるのだが、それより機械的な代物のほうが多い。

 文明力が途端に上がり、それも驚きの要因となっていた。


「やっと、王都に……辿(たど)り着けたんですね……」


 ついに念願の王都を訪れ、咲弥は感動に打ち震えた。

 赤髪を後頭部で(たば)ねている女、ネイがひらりと振り返る。


 ネイは胸元や脚と、少し目のやり場に困る服を着ていた。

 身軽そうな軽装を好む彼女は、まだ十六歳と若い。

 咲弥の一つ上とは見えないくらい、かなり大人びた綺麗な顔立ちをしていた。


「冒険者ギルドがあるのは、この南レイストリアよ。ほら、感動するのは後にして、まずはギルドのほうに行くわよ」


 透き通った声で言い放ち、ネイは軽快な足取りで進んだ。

 (りん)とした美人の背を、咲弥はやや急ぎ足で追いかける。

 ネイの隣に、身長が二メートルを超える熊型の男獣人――ゼイドがすっと並ぶ。

 彼もまた、露出度の高い格好をしている。


 しかしそれには、ある特別な理由があった。

 ネイの格好は、単純に彼女の好みでしかない。だが獣人は誰しもが、昇華と呼ばれる特殊な変身能力を秘めている。

 下手な服でははち切れるため、軽装をする者が多いのだ。


「王都のギルドに戻るのは、なんだか久しぶりだなぁ」


 ゼイドとネイは、冒険者ギルドに所属する冒険者だった。

 きっと幾度(いくど)となく、王都を訪れているに違いない。

 ゼイドはしみじみとした声音で、誰にとなく(つぶや)き続けた。


「なんだか、知らない場所にでも来た気分だ」

「そういえば、あんた。結局、王都に帰れなかったもんね」


 ネイの発言を聞き、咲弥ははっとなる。

 ゼイドの帰還が遅れたのは、確実に咲弥のせいであった。


「すみません……いろいろ、ご迷惑をかけてしまって……」

「なあに、問題ない。少し寄り道したようなもんだからな」

「本当に、ありがとうございます。ゼイドさん」


 いかつい見た目に反して、ゼイドは本当に面倒見がいい。

 王都まで無事に辿(たど)り着けたのも、彼が八割方、貸しとして援助してくれたからなのだ。残りの二割は、馬車の手配から王都への経路を考えたネイとなる。


 二人は咲弥にとって、頭の上がらない恩人と言っても差し支えはない。

 不意に背後から、ぶつぶつと(つぶや)く声が聞こえてくる。


「やっぱり面接するなら、服装は整えたほうがいいのか……いや、冒険者ギルドだし、逆に自分を()すのも悪くないか。んぅー、でもなぁ……」


 硬派な印象があるロイに、咲弥は肩越しに視線を移した。

 栗毛に指を通し、彼は頭を雑にかきむしっている。


 王都までの道中、ゼイドと同じ十九歳なのだと知った。

 硬派な見た目のせいか、もっと年上に感じられる。

 そんなロイが、今はがちがちに緊張しきっていた。


「……大丈夫ですか? ロイさん」

「いやぁ……面接を考えると、やっぱ怖気(おじけ)づいちまうぜ」

「その気持ち、わからなくもないです」

「はあ……ここで、無職から脱却(だっきゃく)しねぇとなあ……」


 無職を(なげ)くロイに、咲弥は苦笑を送った。

 突然、咲弥の腕が強く引っ張られる。

 前方への不注意から、危うく人とぶつかりかけたのだ。


「咲弥様。しっかり前を向いて歩いてください」


 神々しいまでの美貌(びぼう)を持つ、紅い瞳をした銀髪の少女――紅羽は抑揚(よくよう)があまりない口調で、そう注意を飛ばしてきた。

 注意されていながら、少しだけ彼女に見とれてしまう。


 紅羽はどこか神秘的な、清楚感に溢れた格好をしている。白と黒を基調とした意匠(いしょう)は、彼女にはとても似合っていた。

 実年齢は不明だが、身長は自分とさほど変わらない。

 だから年齢も差がないだろうと、咲弥はそう感じている。


 咲弥は、はっと我を取り戻した。

 無表情で見据えてくる彼女に、咲弥は素直に謝罪する。


「ごめんね、紅羽。ありがとう。助かったよ」

「はい」


 返事をしたあと、紅羽は前を向き直った。

 彼女の横顔に少し見惚(みほ)れてから、咲弥は周囲を観察する。

 現在いる付近では、屋台や露店などがたくさんあった。

 喧騒が凄まじく、商人が声を張って客を呼び込んでいる。


 武器や防具に加え、謎の怪しげな商品も置かれていた。

 そのせいか、ここは冒険者らしき格好の者が多い。

 さらに、スマートフォン――通信機と呼ばれる携帯機器を扱っている者達が、視線を流すだけでもあちこちにいた。


 これまで訪れた村や町とは異なり、妙な違和感を覚える。

 少し歩き続けると、やや遠くに巨大な建物が見えてきた。

 建物の中央付近には、見覚えのある紋章が刻まれている。


「あれが……王都の、冒険者ギルド……ですか?」


 咲弥は自然と、心の中にある声が漏れていた。

 王都に建っているだけのことはある。

 まるで城を彷彿とさせる、石造りの立派な建物であった。


「そっ。ここが、王国の総支部――冒険者ギルドよ」


 どこか誇らしげに、ネイの(りん)とした顔に笑みが浮かぶ。

 やや長めの階段を、咲弥達はゆっくり歩いてのぼる。

 冒険者ギルドの扉は、常に開かれたままだった。

 そしてついに、咲弥は冒険者ギルドへと足を踏み入れる。


(わっ……テレビとかパソコンとか、いろいろあるぞ……)


 溢れんばかりの電子機器の存在に、咲弥は驚かされた。

 ここでは、こうした機器が盛んに扱われているらしい。


「受付は、メインホールの奥にあるからね」

「凄く広くて、なんだか迷っちゃいそうですね」


 咲弥は苦笑まじりに、ネイにそう伝えた。

 ゼイドが豪快に笑う。


「俺も最初はそうだった。どこに何があるのかさっぱりだ」

「ゼイドさんも?」

「冒険者ギルドだけじゃない。王都全体がまるで迷路さ」


 咲弥も遠目から王都を眺めたが、それはあくまで一部だ。

 それほどまでに、この王都は広い。


「お前らって、案外……田舎者なんだな」


 ロイは苦みのある声音で、そう(つぶや)いた。

 ゼイドが苦笑を漏らす。


「俺の故郷はかなりのもんだぞ。炭鉱夫達が仕事終わりに、日夜(にぎ)わうだけの、なぁんにもない平穏な町だったからな」

「働いて食っていけるだけ、マシってもんさ……」


 無職のロイは、がっくりと肩を落とした。

 咲弥はゼイドと、同時に苦笑いする。


「その無職も、じきに終わるさ」

「だと……いいんだがなぁ……」


 ロイは落胆(らくたん)めいたため息をついた。

 そうこうしている間に、受付らしき場所までやってくる。

 冒険者ギルドの受付嬢は、綺麗というよりは、可愛らしい女であった。長そうな青髪を後頭部で綺麗にまとめており、かなりおっとりとした顔立ちをしている。


「あらあら、まあ……お帰りなさい。ネイ」

「ただいま。ミリア」


 受付嬢のミリアは、見た目通りの(ゆる)い口調をしていた。

 しかし少し間延びした口調は、彼女によく似合っている。

 受付のカウンターに、ネイが両腕を乗せた。

 ミリアはおっとり顔に、優しい微笑みを(たた)える。


「ふふっ。珍しいわね。あなたが、こんな大所帯だなんて」

「まあね……ところで、ミリア。確かもうそろそろ、冒険者資格取得試験の時期よね? 今年は、いつ開催されるの?」

「んぅ……っとぉ……」


 手元にあるパソコンを、ミリアは手際よく操作する。

 カタカタと打ち込み、モニターのほうを見つめていた。


「……十日後の七月十日ね」

「十日……? はあ……やっぱり、ぎりぎりだったわね」

「どなたが、試験を受ける予定なのかしら?」

「あっ、僕です」


 ネイの後ろにいた咲弥は、ミリアが見える位置に出た。

 ゼイドの後ろ辺りにいた紅羽は、その咲弥の隣に並ぶ。


「私も」

「坊やと、まあ……まあまあ。とっても可愛いお嬢さんね」


 紅羽を見てから、ミリアの声色が途端に変化した。


「あんま、舐めちゃだめよ。こう見えてこの二人、アラクネ女王や猩々(しょうじょう)とかも討伐できる、結構な実力者なんだから」


 ネイは不敵な笑みで、そう紹介した。

 ミリアは目を丸くさせ、手を口の前に添える。


「あらまあ……そうなの? じゃあ、将来有望ね」

「でもこっちは、私の荷物持ち君なんだけれどもね」


 不思議そうな眼差しで、ミリアは小首を(かし)げた。


「……あなたがそこまで入れ込むだなんて、少し意外ね」

「そりゃあ、だって……将来有望だからねぇ?」


 友人関係なのか、ネイとミリアは仲がよさそうに感じた。

 ミリアは肩を(すく)める。


「それじゃあ、二人を試験にエントリーすればいいのね?」

「ええ。お願いできる?」

「任せてちょうだい。じゃあ、君達――」


 ミリアに呼ばれ、咲弥は少し緊張する。


「あ、はい!」

「身分証か、国籍証明書を提示してくれるかしら?」


 そのとき、咲弥の思考は完全に停止する。

 我を取り戻すなり、咲弥は悲鳴じみた声を出した。


「……えぇえええっ?」


 まさかの展開――考えてみれば、至極当然の話だった。

 素性の知れない不審者を、組織に加入させるわけがない。

 今まで想像すらしなかった(おろ)かさに、咲弥は呆れ果てた。


「あのぉ……えっとぉ……そのぉ……」


 どう取り(つくろ)えばいいのか、言葉が何も思い浮かばない。

 身分証など、この世界に存在するはずがないからだ。


「そんな物は、持っておりません」


 隣にいる紅羽が、そっけない声で言い放った。

 この世界で生まれ育った者でも、持っていない者がいる。

 仲間を見つけたからか、咲弥は妙にほっとした。


「す、すみません……僕も、持っていません……」


 場の空気が一気に凍りついた。

 周囲の喧騒が、かき消えるほどの沈黙に包まれる。


「……へっ? ちょっと、どういうこと?」


 最初に口を開いたのは、ネイであった。

 半目で(にら)みながら、ネイがぐいぐいと顔を近づけてくる。


「ああ……いや……その……えっと……」

「遠い海の向こうから来たとか、あんた言ってなかった?」


 初めて出会った頃に、そんな言い訳をした覚えがあった。

 ネイの記憶力に、咲弥は脱帽するしかない。


「出自がわかる程度の、簡単な証明書でいいんだぞ?」


 ゼイドの発言に、咲弥は何も応えられない。

 全身から嫌な冷や汗が、だらだらと流れ落ちる。

 ミリアが、(おだ)やかな声で述べた。


「困っちゃったわね。最低限の身分証すら持っていないと、試験へのエントリーすら……もしかして、無国籍?」


 怪訝(けげん)そうに、ミリアは小首を(かし)げた。

 咲弥は吐き気を覚えるくらい、ひどい焦燥感に襲われる。

 あまりに状況が特殊過ぎて、対処方法が何もわからない。


「私は奴隷として、この国へと入って来ました。ですから、どのような手続きがされていたのかは、まったく不明です。そもそも、最初から無国籍だと思われます」

「あら、そうなのね……? 可哀そうに……」


 ミリアは優しい声音で、紅羽を(なぐさ)めた。

 紅羽の時だけ、声色がかなり変化している。


「僕もある種……それに近いというか、全然違うというか」


 実際のところ、似て非なるものに違いない。

 この世界の大陸へと――天使に放り込まれたのだ。


「あの……ほかに何か、手は……ないんでしょうか?」

「あんたは国名さえわかれば、取り寄せられるでしょうが」


 ネイの言うその国名は、こことは別の世界にしかない。

 咲弥は錯乱状態まま、ネイに言葉を返した。


「ちょっと、事情が複雑というか、かなり特殊というか……それが、できない状態なんです……どうしましょう……」


 人差し指を立て、ミリアは自身の唇に当てた。


「ほかの方法となると――上級冒険者、あるいは身分の高い王族や貴族とかの推薦状があれば、可能かしらねぇ。つまりその人が、推薦した方の保証人という形になるの。ただ上級冒険者の場合、最低でも五名の推薦が必要となるわ」


 難易度が激しく高そうな条件に、咲弥は絶句する。

 そんな知り合いはおらず、現時点では無理難題であった。

 ミリアは困り顔で、小首を(かし)げる。


「いずれにしても……三日後の午後三時までにエントリーをしなければ、次に開催されるのは、一年後になるのよねぇ」

「い、一年後……ですか」


 さすがに一年間も、ぼんやりとは過ごせない。

 邪悪な神を討つという使命を、咲弥は背負っている。

 もとの世界へ帰るためには、それしか方法がないからだ。


(こんなの……どうすれば……)


 これではもう、冒険者の道を諦めるほかない。

 咲弥はがっくりと肩を落とした。

 邪悪な神を討つためには、おそらく冒険者になったほうが何かと利点は多い。


 その利点のすべてを、失うはめとなる。

 思慮(しりょ)の足りなさが原因だが、出鼻をくじかれてしまった。


「咲弥様……?」


 紅羽の言葉も耳に届かないほど、咲弥は落ち込んでいた。

 その場でただ、悲しみに明け暮れるしかなかったのだ。




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