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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第一章  王都を目指して
42/222

第?話 狂った運命の歯車




 森の中にある小さな村では、祭りが(もよお)されていた。

 中央に組み立てられた木々を()き、大きな炎を生みだす。その巨大な(たきび)火を村人達は取り囲み、楽器を手にして歌い、そして踊るのだ。


 村からやや離れた丘の草地で、足を広げて座る若い男――

 赤黒い髪と瞳を持ち、その眼差しはとても鋭い。決して、品性が感じられる容姿とは言えなかった。それはこれまで、彼が歩んできた人生のせいでもある。


 幼い頃に戦争で家族を失い、天涯孤独(てんがいこどく)の身となって以来、上品な世界とは無縁の場所で、生きるほかなかったからだ。

 その男の名は、ジオ・ラグナスといった。


(赤い火……ぼうぼうの火……なんだか、温かそうだ)


 (にぎ)わう村の様子を、ただぼんやりと眺めた。

 ジオが生きてきた国でも、類似した祭事はある。参加した経験は一度もないが、精霊を(あが)めるためのものであった。

 ()われているだけで、実際に精霊がいるのかは知らない。


(この新世界でなら、本当に精霊とかもいそうだよなぁ)


 ジオのいた惑星では、伝承扱いとなっていた存在がある。それが新世界のほうでは、普通に魔物として実在していた。

 類似点を探せば、まだいくらでも見つかるに違いない。


 まず安心感を覚えたのは、人の()り方についてだった。

 心を持ち、思いを言葉で伝え合い、腹が減れば飯を食い、生きていくために多くの物事を、日々こなし続けていく。

 人のいる世界は、思いのほか違いはないのかもしれない。


「ふぁああ~ぁあ、あ、あっ」


 途端に大きな欠伸(あくび)が漏れ、ジオは草地に寝転がった。

 新世界の月は二つあり、日によって色が変わる。なんでも色は属性を表しており、同属性なら少し力が強まるそうだ。


(星々は変わらねぇが、月は惑星によって違うんだなぁ)


 そんなどうでもいい感想を、ジオは心の中で(つぶや)いた。

 吹き抜ける風が心地よく、うとうとと夢見心地になる。

 不意に、後方から気配が差した。

 耳を澄ませば、聞き覚えのある足音が聞こえる。


「……やっぱり、今回はここにいらしたのですね」


 (おだ)やかな女の声――エリナという同じ年頃の娘だ。


「やっぱり、あんたか。まぁた、抜け出してきたのか?」

「えへへ。すみません。お邪魔でしたか?」

「忙しそうに見えるか? ただごろごろとしてただけだ」


 ジオは寝ころんだまま、エリナに目を向ける。

 枝を編んだ(かご)を持ち、おっとりとした顔で微笑んでいた。

 長い金髪に青い瞳、そして体の線といい、どれをとっても魅力で溢れている。


 どこかの、お姫様ではないのか――そう錯覚しそうだが、着ている服は、あくまでも庶民的な意匠(いしょう)をした格好だった。

 おそらくは、生まれ育つ場所を間違えたに違いない。

 エリナは風になびく金髪を、耳にかけながら()いてきた。


「お隣、よろしいですか?」

「ああ」


 エリナはたおやかな所作で、ジオの隣に腰を下ろした。

 無言の沈黙が、お互いを行き来する。

 エリナはぼんやりとした顔で、村のほうを眺めていた。


「あのさ。あんたは、()()参加しなくていいの?」

「はい。大事な用が、私にはありましたので」

「ここで、村を見てるだけじゃねぇか」


 ジオは苦笑まじりに(つぶや)いた。

 エリナは綺麗な顔を向け、(ほが)らかに微笑む。


「私には、とても大事な用です。これを、どうぞ」


 エリナは両手で籠を差し出してきた。

 その中には、数日分の食料が詰め込まれている。

 ジオは上半身を起こし、エリナからの支援を受け取った。


「ありがてぇけど、律儀(りちぎ)に持ってこなくたっていいんだぞ」

「ジオ様は、命の恩人ですから」


 それは新世界に来て、まだ間もない頃――

 右も左もわからぬまま、とりあえず飲み水と食料を求め、ふらふらと森の中を、ただずっとさまよい続けていた。


 これに関しては、自分の歩んできた人生に感謝している。どんな過酷な状況下でも、生き抜くすべは学べていたのだ。

 やっとの思いで辿(たど)り着いた泉の(そば)で、魔物に襲われていたエリナと出会った。


 結果的に助けたことにはなるが、少しだけ語弊(ごへい)がある。

 天使から強制的に与えられた異能を、お手頃そうな魔物を相手に、ちょっと試したかっただけであった。

 理由はどうであれ、エリナは恩義を感じているのだろう。


「ジオ様も……村に来てくだされば――」

「ああ。パスパス」


 エリナの言葉を(さえぎ)り、ジオは片手を振る。


「堅苦しそうだしな。こんな廃墟のほうが(しょう)に合ってんだ」

「村の人達は確かに、少し排他的ですが……」

「よそ者に厳しいのは、ほんとどこもおんなじだよなぁ」

「そう……なのですか……?」

「そぉうーなぁのだわよぉー」


 言いながら、ジオはまた草地に寝転がった。

 ちかちかとした星々を眺めながら、エリナに告げる。


「別にいいんだ。俺は、のらりくらりとしてたいからさ」


 また沈黙が訪れたが、長くは続かなかった。


「……ここを離れ、どこかへ旅立つのですか?」

「さあな。今のところ予定はない。どぉうすっかなぁー」


 天使が強制した使命は、邪悪な神を討つことだった。

 討伐対象が何か、現時点ではまったく判明していない。

 仮に判明したところで、討つかどうかはわからなかった。


 自分がやらずとも、おそらく残り九名の使徒が、代わりに使命を果たすに違いない。ジオは勝手に、そう考えている。

 生か死の二択だったから、生を選んだだけなのだ。


「あんたさ……なんか悩みとかってある?」

「私……ですか?」

「ここには、ほかに誰かがいるのか? まさか、俺にだけは見えない幽霊か?」

「怖い話は、やめてください」

「ははは……幽霊より、魔物のほうが怖ぇと思うんだがな」


 エリナは軽く頬を膨らませ、無理した(にら)みをきかせた。

 ジオが苦笑で応えると、エリナは小首を(かし)げる。


「ジオ様は、何か悩みを抱えていらっしゃるのですか?」

「悩みっつぅか。迷っているっつぅか。なんだろうなぁ?」

「ふふっ……変なジオ様」


 ジオはがばっと、また上半身を起こした。


「んで? あんたには、悩みってないのか?」

「私は……」


 消え入りそうな声で、エリナは口を閉ざす。

 少しして、勇気を出したような声音で言い放った。


「私も……悩みっつぅか。迷っていることがあるっつぅか」

「あはは。なんだ、その下手な口調は」

「ジオ様の真似です。変……ですか?」

「俺も変だし、変な者同士いいんじゃねぇの?」


 ジオはエリナと、奇妙な感じで笑い合った。

 なにげなく、エリナの端正な顔を見据える。

 星明かりのせいか、青い瞳が少し(うる)んで見えた。


「ジオ様。もしも、どこか旅立たれるのであれば……」


 唐突(とうとつ)に、ジオは後方から嫌な気配を察知する。

 エリナの言葉を手で制し、顔だけ振り返った。

 暗い闇の中、妙な臭いと気配が強くなる。


「やれやれ……俺と同じ、迷いがやって来たらしいな」


 闇から()い出るように、ぬるりと巨体が現れる。

 激しい形相をした鬼の顔を持つ、熊みたいな魔物だ。


「鬼熊……? どうして、こんなところに……」

「食べ物の匂いにでも、()かれて来たんじゃねぇの?」

「山奥の森が、縄張りの魔物ですよ?」


 ジオは肩を(すく)めながら、首を(ひね)った。

 ジオは鬼熊に、すっと視線を投げる。


「おい。ここは俺のテリトリーだ。侵入罪で死刑な、お前」

「ジオ様……」

「じっとしてろ。すぐ終わる」


 ジオはゆっくりと立ち上がり、鬼熊と向き合った。

 ジオの身長は、百八十程度はある。

 だが鬼熊は、それよりも遥かに大きい。

 じろじろと見つめ、ジオははっとなった。


「こいつ、まさか……食えるんじゃねぇのか……?」

「じょ、冗談を言っている場合ですかっ?」


 エリナのつっこみには反応せず、ジオは真剣に悩んだ。

 魔物といえども、見た目はただの獣に過ぎない。

 ただ肉が臭そうだと思い、食べるのは諦めておいた。


「グッグォオオオオオオ――ッ!」

「へっ。うるせぇな。とっととかかって来い。鬼面野郎が」


 ジオは左手で手招きをした。

 鬼熊は素早く赤い魔法陣を描き、火の玉――火球を放つ。

 ジオは避けるわけでもなく、火球へと突っ走った。


「うぉおおらぁ!」


 駆けながら、火球を拳でぶん殴った。


「ジ、ジオ様ぁああっ!」


 エリナが悲鳴じみた声が聞こえたが、特に問題はない。

 破裂した火球をすり抜け、ジオは鬼熊の眼前に迫る。


「いや、やっぱ普通にあっちぃわ!」


 鬼熊の腹部を、踏み込む形で蹴りを入れた。

 そして即座に、上空へと大きく跳躍する。


「俺の一張羅(いっちょうら)だぞ! 焦げてんじゃん! バカッ!」


 左右に生えた黒角の間に、踵落(かかとお)としをぶち込んだ。

 獣に近い生物なら、頭部に衝撃を与えればだいたい(ひる)む。

 効かなければ、別の方法を考えればいい。

 念のため、ついでに鬼の顔面に拳で殴っておいた。


「グォッ……グォオオオオ!」

「グオグオグオグオと、うっせぇなぁっ?」


 ジオは全神経を集中して、足に練り込んだ()を込めた。


「爆ぜろ! ジオ流必殺奥義――ちょっと本気の蹴り!」


 鬼熊の腹部をめがけ、渾身(こんしん)の回し蹴りを放つ。

 (にぶ)い音が響き渡り、巨体が宙を舞う。

 木々を()ぎ払い、少し遠くなった鬼熊の気配が消滅した。


「へっ。死刑完了だ」

「す、凄い……」


 ジオは、漆黒の紋様を宙に浮かべた。


魂魄(こんぱく)吸収」


 黒い紋様が輝き、鬼熊から赤く丸い光が抜け出す。

 鬼熊は、火の魔法を扱っていた。

 色合いから考えても、火属性に間違いない。

 そのままジオの紋様へと、赤い光が吸い込まれる。


「よし。確保、確保っと」


 天使から押しつけられた固有能力は〝武具創造〟――

 さきほどの〝魂魄吸収〟で魔物のオドの残滓(ざんし)を奪い取り、そこから魔物の特徴を生かした武器を、〝武具創造〟という異能を用いて生み出せるのだ。


 創造した武器の強さは、奪った残滓の強さで変化する。

 まるで御伽噺(おとぎばなし)じみた伝承、神の御使いリフィアにも近しい異能だが――これらを扱えるのは、あくまでも自身のオドで創造したジオのみであった。


 少し面倒な仕様に、ジオはややうんざりとしている。

 ジオは小さなため息をついてから、エリナを振り返った。


「なっ? すぐ終わっただろ?」


 ジオは不敵な笑みを見せる。

 エリナは口を開け、ぽかんとした顔で見つめてきていた。


「鬼熊を素手(すで)で倒せる人……村には一人もおりません」

「この程度なら素手でも余裕。つか、ほぼ蹴りだけどな」


 ジオは苦笑して、エリナの隣に戻った。

 新世界で、オドと呼ばれる力は――もとの世界では、()と呼ばれていた。扱い方次第で、こうして魔物も倒せるのだ。


 そもそも、ジオのいた世界でも魔物は存在している。

 だから、戦い慣れているという側面は確かにあった。

 それもまた、ジオの人生に深く関わりあっている。


「どっこらせぃっ、と!」


 ジオは草地に腰を下ろし、再びのんびりとくつろいだ。


「ジオ様は紋章者ですのに、あまり扱わないのですね」

「ああ、まあ……今はそこまで必要じゃねぇからな」

「ジオ様の紋様……いつ見ても本当にお綺麗ですね。まるで天使様が宿っているかのような、とてもお美しい紋様です」

「ああ……」


 これには、さすがのジオも絶句するほかなかった。

 決して、自分の正体を明かしてはならない――そう言っておきながら、天使は気持ちの悪い仕掛けを施していた。


「ほんと、どっちだよ! って、話だよな」

「え……?」

「いや、こっちの話」


 ジオは軽く肩を(すく)めた。

 小首を(かし)げるエリナに、ジオは問いかける。


「それよりさ……そろそろ、帰らなくてもいいのか?」

「あ……」


 エリナの綺麗な顔が、途端に曇る。

 その理由は、うわべ程度には知っていた。


「あのさ、俺が言っていいもんか、わかんねぇけど」

「はい……?」

「好きに生きりゃいいんじゃねぇの?」

「……いい、の……でしょうか?」

「あんたの人生だろ? やりたいことやっていいだろ」

「……はい」

「やりたいこともやらず、いつか死ぬなんてあんまりだ」


 新世界へ送られる前を、ジオは思い返す。

 唐突に雷に打たれ、気がついたら天の間にいた。


 天使いわく、ただ天の間へ召喚されただけらしい。だが、それにしては、強烈な痛みがあったのを今も覚えている。

 一度死んだのかどうか、ジオは微妙な線に感じていた。


「まあ、そこは天のみぞ知る。って、感じかもだけどさ」

 ジオを苦笑する。

「やりたいことなんか、なんもない俺が言っても、まったく説得力なんか、どこにも見当たらねぇかもしんねぇけど」


 エリナは顔を()せ、ただ黙っている。

 実際、難しい話だとは思った。


 村の風習、家族の(おきて)、世間のしがらみ――人を縛る物事は実に多い。それこそ、身動きが取れないほどだってある。

 彼女の場合もまた、きっとそれに近いものであった。


「私は……」


 エリナは顔を上げ、ジオのほうを向いた。

 何やら恥じ入るように、その表情はこわばっている。

 やや上目づかいに、エリナはジオを覗き込んできた。


「私は……その……」

「ん……?」

「ジオ様のお(そば)にいたい……と言ったら、ご迷惑ですか?」

「え……?」


 エリナの唐突な告白に、ジオは言葉に詰まった。

 頬どころか、耳の裏まで紅く染めている。

 (うる)んだ青い瞳には、さまざまな感情が混じり合っていた。


「すみません。なんでもないです」


 素早く立ち上がり、エリナは後退する。

 ジオは腰をひねって背後を振り向き、手を伸ばした。


「え、あ、おい」

「忘れてください。ジオ様、おやすみなさい」


 エリナは、後ろを振り返った。


「いや、おい。ちょっと待てよ。エリナ! おーい!」


 制止を振り切り、そのままエリナは走り去った。

 追うかどうか悩んだが、追えない雰囲気がある。

 ジオは伸ばした腕を、無言のまま下ろす。

 しばしの静寂が流れ、ジオはもう一度寝ころんだ。


「はぁーあ……あんなの、不意打ち過ぎるだろ」


 いまさらになって、心臓が鼓動を速める。

 ジオの脳裏に、エリナの笑顔が浮かび続けた。

 なんとも言えない気持ちに襲われる。


(ちょっと……寝るか……)


 ジオはそう思いながらも、輝く星々を見上げる。


(ほかの使徒らは、今頃……何してんだかなあ……)


 ジオはそんなことを、ぼんやりと考えた。

 自然と目が閉じ、暗い闇に視界が支配される。

 そしてまた、誰も見えない明日へと進んでいくのだ。




 どんな存在もが、見通すことができない未来へと――

 もしもジオがこの世界にやって来なければ、エリナは暗い森の中で命を失い、孤独にひっそりとこの世を去っていた。


 彼女の人生は、そうなる宿命だったからだ。しかし理由はどうであれ、ジオはこの世界を訪れ、エリナの命を救った。

 だから彼女の運命の歯車は、今もなお回り続けている。


 十人の使徒が、天使によって一つの世界に放り込まれた。

 たった十個の歯車が、ただ組み込まれただけのこと。


 すでに数多の運命は狂い、断ち切れ、(ことわり)は崩壊した。

 天使ですらも予測しえない、暗黒領域へ突入している。


 全使徒の中で、もっとも邪悪な神を討つ可能性がある――全天使から、そう高い評価を受けた男が一人いる。

 その男の名は、ジオ・ラグナスといった。


 だが、使徒の使命とは、まるで無関係の方向へ――

 ジオの運命の歯車は、ずっと静かに回り続けている。




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