表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殺しの獣  作者: Key-No.92
第一章  王都を目指して
41/222

最終話 満点の星空




 夜の(とばり)がおりると、途端に冷え込みが強くなる。

 奴隷施設は地下にあったため、寒暖差による影響がない。

 そこでの生活に慣れたせいか、地上に戻ってからの気温の違いは、少しばかり厳しく感じられた。ただ紋章効果が宿る衣服のお陰か、寒さはやや緩和(かんわ)している。


 そんな寒空の下にある一つの屋敷――咲弥達は今、村長の家に招かれていた。

 温かい部屋にある横長のテーブルの上には、豪勢な料理が並べられている。

 小柄な年老いた村長が、そのテーブルの脇に立ち言った。


「村の腕自慢が作った料理じゃ。ぜひ堪能(たんのう)していってくれ」

「どれも凄く美味しそうです。いただきます」


 咲弥が素直な感想を告げると、村長はにっこり笑う。

 咲弥の対面に座っているネイが、(いぶか)しげに村長を(にら)んだ。


「言っておくけれど……残党や討ち漏らしが、絶対ないとは言い切れないからね。だから念のためにも、王都では駆除の依頼は出しておきなさいよ」


 ネイからの指摘に、村長はこくりと(うなず)いた。


「心配せんでも、そのつもりじゃよ」

「それなら、まあいいわ。こんなご馳走(ちそう)だから、なんかもう安心しきってんじゃないかと、ちょっと勘繰(かんぐ)っちゃった」

「なぁに。村の恩人へのもてなしにしては、ちとひどいが」


 村長の発言は、多少なりの謙遜(けんそん)があったのかもしれない。

 しかし咲弥は、首を横に振った。


「いいえ。ありがたくいただきます」

「ああ。存分に召し上がってくれ。ワシはこれから、明日の準備に取りかかろう」

「今からか?」


 ゼイドの問いに、村長は首を(ひね)った。


「できる限り、早く王都に行きたいんじゃろ?」


 そんな話をした覚えはない。

 なぜ村長がそう思ったのか、咲弥は小首を(かし)げる。


「近道がどうのこうの言っとったから、てっきりそうかと」


 村長の(つぶや)きを聞き、咲弥は苦笑する。

 咲弥からすれば、とにかく王都に行けさえすればいい。

 ただ、ネイ達の世話になりっぱなしのため、少しでも早く王都に行けるのなら、確かにそちらのほうがいい気がした。


「ええ。そうね。急いでるから、頑張ってちょうだい」


 ネイの不躾(ぶしつけ)な急かし方に、咲弥は内心で焦る。

 気にはしていないのか、村長はからからと笑った。


「なら、明日の朝に出立できるよう、準備を進めておこう」

「すみません。よろしくお願いします」

「気にせんでええ。これぐらいしか、してやれんからな」


 咲弥は座りながら、軽くお辞儀した。

 村長はうんうんと(うなず)く。


「そんじゃあ、たぁんと召し上がってくれ。あと、村の者に風呂と寝間を用意させているでな。食事が終われば、自由に(くつろ)いでくれ」

「何から何まで、ありがとうございます」


 咲弥のお礼の言葉を最後に、村長は部屋から出て行った。

 ネイが颯爽(さっそう)と、骨付き肉を(つか)んだ。


「ほいじゃ、先にいっただきぃー!」

「僕も、いただきます!」


 先陣を切ったネイに続き、各々が好き勝手に食べ始めた。お腹が空いていたからか、誰もが黙々と食事を進めている。

 それから少しして、ネイがテーブルに頬杖をついた。

 ネイの(りん)とした顔に、いたずらな笑みが浮かぶ。


「私達はたぁくさん働いたから、ご飯が美味しいなぁ?」


 ネイの視線に気づいたのか、ロイが苦い顔で文句を言う。


「オメェは、俺にいったいなんの怨みがあんだよ」

「無職食うべからず、餓死せよ。って言葉、知ってる?」

「ねぇよ、んな言葉! あってたまるかってんだ!」


 ネイはにやにやと笑い、再び食事を堪能している。

 ネイのいじりに呆れたのか、ロイはため息をついた。

 咲弥は愛想笑いしてから、ネイに話しかける。


「そういえば、ネイさんって、本当はとても強いんですね」

「ん?」

「ゴブリンのときにも、戦闘慣れしてるなとは感じましたが……まさかここまで強かったなんて、びっくりしました」


 咲弥の言葉に、ゼイドが乗っかった。


「そうだ! オメェ、あのとき手ぇ抜いていやがったな?」


 きょとんとした顔で、ネイは小首を(かし)げる。


「だって、お金になると思ってなかったし」

「オメェなぁ……」

「お金になると知ってたら、私が真っ先に殺してたわよ」


 ゼイドが(ひたい)に手をあて、嘆きまじりのため息を漏らす。

 ネイが骨を器用に指先に乗せ、手遊びしながら言った。


「まあ、最悪。あんたがもし死にそうになったら、手を貸すつもりだったけれど。咲弥君がとどめ刺しちゃったからね」


 ネイの視線が、咲弥のほうへと流れる。


「私よりも、あんたの成長のほうが驚きじゃない?」

「奴隷施設のほうでは、本当にいろいろとありましたから」

「少しは、勉強できたってことね」


 骨をツボに投げ入れ、ネイは若草色の紋様を浮かべた。


「まず己のオドを感知、そして世にあるマナを知覚する――やがて形作られるは、万物の基盤となる己の紋様なり。(ことわり)の紋章を(たずさ)え、いつしか虚空へ紋様を顕現(けんげん)し、奇跡を唱えん。その者、遥か高みの門を開いた紋章者なり」


 まるで歌うように、ネイは滑らかな声を(つむ)いだ。

 ぼんやりとしか理解できず、咲弥は曖昧(あいまい)に返事をする。


「は、はあ……?」

「まっ。神に愛されたあんたには、わからないかぁ」


 そんな話を、出会った頃にも言われた気がする。

 ネイが別の骨付き肉を(つか)み、食べながらに(つぶや)いた。


「……あんたが神に、愛された男なら、ロイは反対に、神に見放された男よね」

「うるせぇやい」


 ロイが不満げに口を尖らせた。

 ふと、過去の疑問が脳裏をよぎる。


「あの……少し、()きづらいんですが……」

「ん?」


 野菜を頬張っていたロイが、咲弥のほうへと顔を向けた。


「紋章術が扱えないと、才能がないのって……いったい何が違うんでしょうか? ロイさん、そう言ってましたよね?」

「ああ……咲弥君、ちょっと紋様を浮かべてみな」


 ロイの誘導に、咲弥は素直に応じた。


「あたりまえの話、そうやって紋様を浮かべられるだろ? で、当然、紋章術ってのは、それがないと扱えねぇわけだ」

「え? あ、はい」

「俺は紋様が顕現(けんげん)できない。どれだけ訓練してもだ。さっきネイが言ってただろ? そもそもの話――俺は己の紋様が、訓練をしても形作られなかったんだ」


 紋章者となるには、血の(にじ)むような訓練が必要になる――この情報からだけでは、頑張りさえすれば、誰もが紋章者になれると思っても仕方がない。


 だが実際は、ロイみたいになれさえしない者もいる。

 あまりに衝撃的な事実に、咲弥は少しショックを受けた。

 ロイの言葉を経て、ゼイドが続いた。


「しかしまあ、それは別に珍しい話でもない。そんな人達はごまんといるからな」

「だからこそ、紋章符や紋章具っつぅ物が生まれたわけだ」

「紋章具は別に、無職とそこまで関係ないけれども」


 (とげ)のあるネイのからかいに、ロイはから笑いを飛ばした。


「属性違い達が、気軽に扱えるようにした。っつぅ側面も、あるっちゃあるわな」

 ロイはそう一言補足してから、咲弥へ視線を戻した。

「だからといってだ。別に俺は冒険者になりたいわけでも、騎士や軍隊に入りたいわけでもねぇ。適材適所――それぞれ見合った場所にいりゃいいのさ」


 ロイは口もとに笑みを(たた)え、格好よく言い切った。

 デリケートな問題かと思ったが、そうではないらしい。


「まっ。無職なんですけれどもね」


 ネイがおどけた口調で、ロイをいじった。

 ロイはガクッとこけてから、肩を(すく)める。


「しかし真面目な話、冒険者ってやっぱすげぇな。施設でも実力者だと言われてる奴らがいたが、プロとアマの違いって見てわかったぜ」

「そこはまあ、ピンキリだとは思うかな」


 ネイは誇らしげな顔で、自身の豊満な胸に手を添えた。


「私は幼い頃から、才能があると言われてたし。別格よ?」


 男性陣一同、(そろ)って苦笑いが漏れた。

 ただ、ネイの発言を否定する者は誰もいない。彼女の戦闘技術に加え、思考の展開や指示など、群を抜いているのだ。


 (そば)にいればいるほど、それが身に染みてよくわかる。

 冒険者としても、多くの修羅場を(くぐ)ってきたのだろう。


(僕も冒険者になれば、ネイさんみたいになれるのかな)


 そんな思いが、ふと咲弥の胸の中を巡った。

 今の自分には、足りないものが数えきれないほどある。


 オドの扱いを少し覚え、偶然にも手にした黒白(こくびゃく)の籠手に、ただ助けられているに過ぎない。どちらも本来なら、自分の力ですらないのだ。

 思考に(ふけ)っていると、不意に小さな衝撃が(ひたい)に走る。


「ぅっ……」


 ネイがテーブルに、大きく身を乗り出していた。

 咲弥の額を、すらりとした指で突いてきたらしい。

 つい彼女の深い胸の谷間に、咲弥の視線が奪われる。


「どうしちゃったの? 難しい顔なんかして」


 咲弥は即座に我を取り戻し、ネイの青い瞳を見据えた。


「あ、い、いいえ。ただ、僕もたくさん経験を積まなきゃと思いまして」

「咲弥様はもう、とてもお強いです」


 黙々と食事を続けていた紅羽が、途端に過剰なフォローを入れてきた。これはさすがに、買い被り過ぎにも(ほど)がある。

 ばつが悪く思い、咲弥は首の裏に手を回した。


「ははは……いやぁ……全然だよ……ほんと……」

「攻撃の威力に関しちゃあ、俺達の中では随一(ずいいち)かもな」


 ゼイドが(あご)に指を添え、虚空を見上げた。

 スプーンを(くわ)えたまま、ネイは声を発する。


「ぶっちゃけ冒険者の中でも、かなり上位だと思うわよ」

「固有能力が凄まじいもんな。咲弥君は生粋の攻撃型だな」


 ネイとゼイドの会話に、咲弥も交じった。


「そんな型とか、あるんですか?」

「どこが特化しているのかという、ただの適当な分類さ――そこを踏まえ、俺は護りを活かした防御型だ。ネイと紅羽は素早さを活かした、速度型って程度のな」

「はぁ……なるほど」


 ゼイドの説明を聞き、咲弥は(うな)った。

 ネイは呆れた声で述べる。


「つっても、チームを組む上では、案外ばかにできないわ。今回の猩々(しょうじょう)クラスなら問題ないけどさ、そうじゃない魔物の討伐には、重要な指標でもあるからね」


 咲弥はゆっくり(うなず)いた。

 バランスの取れたチームのほうが、安定するとは思える。


「それに、紅羽は速度型じゃなくて、確実に万能型でしょ。治癒術(ちゆじゅつ)が扱えるし、攻撃力もかなり高いみたいだからね」

「咲弥様ほどの威力は出せません」

「となれば、咲弥君は超攻撃型かな。案外、このチームって最高かもしんないわ」


 ネイと紅羽の会話の切れ目に、ゼイドは苦笑した。


「とはいえまあ、咲弥君と紅羽ちゃんは冒険者じゃない」

「そういえば、あんたはどうすんの?」


 紅羽に向け、ネイは回答を待たずに続けた。


「咲弥君は冒険者になるために、王都に行くわけだけど……紅羽は別に、冒険者なんかちっとも興味ないんでしょう?」

「いいえ。咲弥様が目指しておられる以上、私も冒険者にはなろうと考えています。そのほうが都合よさそうですので」

「それはそうね。冒険者でなければ、行動に差が出るから」

「はい。ですから、確かに興味はありませんが――冒険者になっておきます」


 どんな試練が待ち受けているのか、まだよくわからない。それでも、紅羽であれば簡単にクリアできそうではあった。

 問題は自分が、試験に合格できるかどうかにある。

 そんな不安を見抜かれたのか、ネイがにやりと笑った。


「紅羽だけが受かって、咲弥君が落ちたらいい笑いものね」

勘弁(かんべん)してくださいよ……そんな気がしてるんですから」

「そういえば、冒険者資格取得試験っていつだったか……」


 ゼイドの(つぶや)きに、ネイが深いため息をついた。


「正確な日時は知らないけれど、あと二週間もないはずよ」

「えっ――!」


 衝撃的な事実に、咲弥は驚きの声が漏れた。

 二週間など、もう目の前だとすら感じられる。


「試験のエントリー期日もあるし、だから急いで近道ばかり選んだのよ」


 ネイが、村長を急かした理由が判明した。

 明かされた事情に、咲弥は心から感謝するほかない。


「僕なんかのために……本当にありがとうございます。凄く……凄く嬉しいです」

「うんうん。早く冒険者になって、私に楽をさせてね」

「え? あ、え? は、はい……」


 ネイがどこまで本気なのかは不明だが、ありがたい話には違いない。今はもう、冒険者になる以外の道はないからだ。

 邪悪な神を討つため――できることは全部やるしかない。

 そう意気込んだ瞬間、扉がコンコンコンとノックされた。


「どうぞぉ」


 ネイの合図で、ゆっくりと扉が開かれる。

 庶民的な服を着た女が足を進め、丁寧(ていねい)な一礼をした。


「失礼いたします。湯浴みと寝床の準備が整いました」

「腹も満たされたし、お風呂にでも入ってくっかぁ~」


 背伸びをしてから、ネイが席を立った。

 ゼイドが手を伸ばして、ネイを制する。


「その前に、荷物を部屋に預けてからな」

「そうね。汗を流す前に、ちゃちゃっと終わらせるかね」

「それでは……お部屋のほうへ、ご案内いたします」


 村の女は再び、かしこまったお辞儀をした。

 咲弥も立ち上がり、礼儀として頭を下げる。


「あ、はい。よろしくお願いします」


 少し困惑したような顔をしてから、村の女は微笑んだ。

 全員立ち上がり、村の女の誘導に従った。

 寝間は村長の家とは別らしく、外のほうへと出る。


 今宵(こよい)は満点の星空が、どこまでも広がっていた。その中にある青い月の(そば)には、紅い小さな月が寄り添っている。

 幻想的な夜空に、つい咲弥の視線が奪われた。


(この広い世界の中……ほかの使徒達は何をしてるんだろ)


 咲弥はぼんやりと、そんなことを考えた。

 同じ夜空を見上げているのか、あるいは夜ではないのか。

 いまだ出会わない同種の存在を、勝手に想像してみる。


「咲弥様? どうかされましたか?」


 紅羽の声に、咲弥ははっと我に返った。

 少し前にいる銀髪の少女は、小首を(かし)げている。

 夜空も(あい)まってか、とても神秘的な姿に見えた。

 暗い中で立つ紅羽を見て、咲弥はふと思う。


 あの日以来、紅羽が暴走する気配はもうない。やはりあの幻影こそが、彼女が暴走に至る原因だったのだろう。

 ただ、あの男が何者なのか――咲弥は首を横に振る。

 紅羽をまっすぐに見据え、咲弥は頬に微笑みを乗せた。


「うんん。なんでもない。寒いし、早く行こうか」

「はい」


 微笑んだ紅羽を見て、心臓の鼓動が少し速まった。

 普段が無表情なだけに、その微笑みにはつい驚かされる。単純に可愛いからという理由も、もちろんあるにはあった。

 咲弥は恥じ入りつつも、紅羽の隣に並ぶ。


 明日はまた、王都へと向かって旅立つ。

 目指していた王都は、あともう少しのところにある。

 最初に訪れた村を出てから、とても長い時間をかけ――

 咲弥はようやく、目的の地を捉えたのだった。





                     第一章 完





 これにて、第一章は終わりを迎えました。

 ここまでお読みいただき、本当に感謝しております。

 メッセージやイイネも、とても嬉しく思っています。


 今回は、蛇足の話が特にありません。

 主要人物に関しては、これからの物語で明かされます。

 ですので、今回は次回予告でもしておきます。


 次回、主人公がまったくの別人に変わります。

 しかし、安心してください。

 ここまでお読みくださった方々であれば――

 ああ……と、なれる主人公ですから。


 ここもお読みいただき、ありがとうございました。

 ブックマークや★評価する場所が、この下にあります。

 ぜひブックマークと評価で、応援をよろしくです!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ