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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第一章  王都を目指して
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第三十九話 冷徹な青い瞳




 洞穴(どうけつ)内部を進み、咲弥はふと思った。

 すでに結構な距離を歩いたはずなのだが、いまだ(さら)われた人達や、救助に向かった人達の影がどこにも見当たらない。

 ただ気持ち悪い臭いだけは、ずっと(ほの)かに漂っている。


 村長は、もう生きてはいないと言っていた。だが、実際に目で確認するまでは、まだ諦めるのは早いような気もする。

 しかしそんな咲弥の理想や希望は、即座に打ち砕かれる。

 ネイが立ち止まり、無言のままにすっと手を上げた。


(……こん、な……こと……)


 咲弥は胸が絞めつけられ、深い悲しみに満ちる。

 誰一人として、声を発する者はいない。

 抱いた幻想が、どれほど甘いものだったのかを自覚した。


 吐き気を(いざな)う臭いが、いやに鼻の奥に溜まる。

 食事場だと思われるところには、さまざまな生き物の血と肉片が、乱雑に散らばっていた。奴隷施設で見てきた遺体も結構なものだったが、ここは比にならない。

 咲弥はぐっと息を詰め、涙を必死に(こら)える。


「いずれ埋葬(まいそう)してもらうから、もう少しだけ待ってなさい」


 ネイは祈るように言い、また歩き始めた。

 誰も口にはしないが、しっかりと伝わっている。

 咲弥は拳を握り締め、全員でネイについていった。


 またしばらく歩いた通路の途中――

 ネイが人差し指を、自身の唇の前に添える。


「ここら辺かなぁ……」

「はい。間違いないと思われます」


 ネイの言葉に、紅羽が同意を示した。

 何が間違いないのか、特に異変的なものは見られない。

 岩壁の一部に、ネイはそっと手を置いた。


「ゼイドと紅羽。ここに紋章術を、一緒にぶっ放して」

「おう。任せろ」

「了解しました」


 ネイ達は距離を取り、同時に紋様を浮かべた。

 咲弥も意図を呑み込み、少し離れておく。


「一気に行くわよ。せぇーの!」


 ネイの合図が飛び、同時に詠唱が始まった。


「風の紋章第三節、戦神の号令」

「土の紋章第二節、土竜(もぐら)の行進」

「光の紋章第四節、白熱の波動」

黒白(こくびゃく)の籠手、解放」


 風の槍、手の形をした岩、純白の閃光が一斉に放たれた。

 その最中に、咲弥は獣の手をしたモヤを両手に(まと)う。


 荒々しい爆発音が(とどろ)き、岩壁が豪快に破壊された。

 崩れ落ちていく壁の向こう側に、新たな空洞が現れる。


「行くわよ!」


 ネイが颯爽(さっそう)と、壁の向こう側へと進んだ。

 次いで紅羽が飛び込み、ゼイドの後に咲弥も続いた。


「グォアアアアアア――ッ!」


 強烈な咆哮(ほうこう)は衝撃となり、空気を激しく震わせた。

 これまでの猩々(しょうじょう)とは、明らかに異なる巨大な猿がいる。


 三メートはゆうに超える猩々の周囲には、数多くの猩々が集まっていた。その中に、ネイが傷を負わせた猩々もいる。

 意表を突かれ、驚き戸惑い、猩々は威嚇(いかく)を繰り返した。


「雑魚は任せた! 紅羽、あんたは私と親玉を狩るわよ!」

「了解しました」


 ネイと紅羽が、親玉の猩々へと向かう。

 ゼイドと一緒に、咲弥は周囲にいる猩々の討伐を始める。

 不意打ちされたとはいえ、猩々は平静を取り戻していた。一部は仲間同士で固まり、強固な守りの姿勢を取っている。


 その守りを崩すのは、かなり困難だと判断した。比較的、対処がしやすそうな猩々から、切り崩していくことにする。

 咲弥は黒い爪で裂いては、即座にゼイドの(そば)まで戻った。


 あまりに数が多いため、すべてを把握しきれない。

 ゼイドの傍であれば、死角はそれだけ減らせるのだ。


「うぉおおおお――っ!」


 ゼイドが雄叫びを上げた途端、次第に熊のごとき容姿へと変貌(へんぼう)していく。昇華(しょうか)と呼ばれる獣人ならではの特殊な力だ。

 ゼイドはすでに、オドをかなり消耗しているはずだった。

 だからしばらくは、紋章術が扱えないと思われる。


 ただ昇華したゼイドは、まさに圧巻の一言であった。

 力任せの猩々以上に、破壊力が桁違いに上がっている。

 しかし安堵(あんど)したのも、一瞬の出来事に過ぎない。


「んな……っ!」


 咲弥は目を剥いて見上げ、思わず声が漏れる。

 真っ白な毛と、灰色の毛をした――二体の大きな猩々が、ほかの猩々を殴るように押し退け、歩き向かってきていた。

 どちらも原始的な、でかい木の棍棒を持っている。


「咲弥君。片方は任せてもいいか? さすがに……ちぃっとばかりきついぜ……」

「……はい。頑張ります」


 咲弥は唖然となっていたが、かろうじてゼイドに応じた。

 周囲の猩々は危険を感じているのか、一斉に離れる。

 白毛と灰毛の猩々二体が、肉食獣らしく牙を剥き出した。


 ネイが側近と判断した猩々とは、明らかに容姿が異なる。

 おそらく目の前にいる猩々こそが、真の側近に違いない。

 黒い手を大きく開き、咲弥は構えた。


 絶望的な状況だが、奴隷時代の頃よりはまだ救いがある。

 冒険者二名に加え、銀髪の少女もぴんぴんしているのだ。とはいえ、どうやらネイ達のほうでは、親玉の猩々に苦戦をしいられている様子だった。

 一瞥(いちべつ)程度にしかうかがえないが、攻めあぐねている。


(加勢するにしても、まずは……)


 二色に異なる猩々二体を、どうにかしなければならない。

 少しの(にら)み合いを経て、先に動いたのはゼイドであった。

 白毛の猩々が、ゼイドに向け棍棒を振り下ろす。

 大きな棍棒を、ゼイドは大斧で力任せに受け流していた。


 灰毛の猩々が、のそりと棍棒を背後へと回す。

 二体の猩々は、集中的にゼイドを狙う姿勢を見せた。


(一体は、僕のほうへ引きつけなきゃ……!)


 任された以上、静観しているわけにもいかない。

 咲弥は横に払われた棍棒を、滑り込むように()けた。

 そして、灰色猩々の足元を黒い爪で狙う。

 機動力さえ奪えば、それだけ今後の戦いは有利になる。


 だが獣特有の察知か、機敏に後退してかわされた。

 苦い思いを胸に抱き、咲弥の頬が引きつる。ただ、当初の目的である、ゼイドから注意を()らせることには成功した。

 今はそれで充分だと、認識を改める。


(でも……こんな怪物……どうすれば……)


 灰毛をした猩々と睨み合い、咲弥は思考を巡らせた。

 みんなそれぞれの戦いに、全力を尽くしている。

 助けは期待できないし、助けられる展開も望ましくない。その(ほころ)びは、確実にほかの人の戦いによくない影響が出る。


 反対に一体でも討てば、こちら側に好機が流れるだろう。

 咲弥は空色の紋様を浮かべ、目を大きく見開いた。

 灰色の毛をなびかせ、猩々が威嚇(いかく)しながら攻撃してくる。


 全神経を集中し、咲弥はチャンスを探った。

 迫りくる棍棒を回避した直後、咲弥は驚き戸惑う。

 攻撃をしながら、灰毛の猩々が魔法陣を宙に描いたのだ。

 魔法が発動する寸前、咲弥は白い爪で魔法陣をかき消す。


「ギャッギギャッ!」


 ほんの一瞬の綻び――灰毛の猩々は、驚愕にうろたえた。

 胸内から発生するオドを、咲弥は一時的に(せき)き止める。


「黒い爪に、限界突破」


 咲弥が唱えると、空色の紋様は砕け散った。

 眼前の魔物の腹部をめがけ、限界突破した黒い爪を()ぐ。

 爪の斬撃は空を裂きながら、灰色の毛を持つ猩々の胴体に強烈な爪痕を残した。爪の長さ以上の深手を負わせている。


 空を裂いた衝撃が、鎌鼬(かまいたち)的な現象を起こしたに違いない。

 灰色の毛が素早く、黒色に染め上げられていく。

 まるで糸が切れた人形のごとく、猩々は崩れ落ちる。

 臓物(ぞうもつ)が漏れ、胴がかろうじて繋がっている状態であった。


 固有能力に並ぶほど、生命の宿る宝具はかなり凄まじい。それよりなにより、これ以上ないぐらい相性が合っていた。

 生命の宿る宝具は、その宿主に合った形に創り変わる――

 まさに、ロイの発言通りの代物だった。


 たとえ限界突破を使っても、黒白の籠手ならば壊れない。

 戦闘中にたとえ傷ついたとしても、またしばらくすると、まるで新品同様に初期の状態へと戻っているのだ。

 人と同様に成長する――つまりついた傷も()えるらしい。


(よし……!)


 ぼさっとしている暇もない。

 咲弥はすぐさま、周囲へ視線を流した。


「風の紋章第三節、戦神の号令!」


 緑黄色をした風の槍が、親玉の猩々へと飛翔した。

 だが親玉は、裏拳で風の槍を吹き飛ばしている。

 直後、紅羽の詠唱が響いた。


「光の紋章第四節、白熱の波動」


 巨大がゆえに、真下からの攻撃にはなすすべがない。

 純白の閃光が、猩々の顎下(あごした)に直撃した。

 上位種だけあってか、猩々は意外なほどの強度がある。


 紅羽を踏み潰そうと、何度も地を踏み抜いた。その振動はどこか、地震でも起きたかのような錯覚を抱かせる。

 ただ紅羽の動きには、さすがについてはいけないらしい。


 そうしている間に、今度はネイが短剣を閃かせる。

 素早い女性陣に、猩々の親玉は完全に翻弄(ほんろう)されていた。


 ネイ達が奮闘(ふんとう)している(かたわ)ら、ゼイドは白い毛をした猩々と打ち合いをしていた。凄まじく重い音が、響き続けている。

 互いに、一歩たりとも後退していない。

 打ち合いに夢中らしく、猩々の背後ががら空きであった。


 咲弥は一通り状況を把握して、空色の紋様を虚空に描く。

 内側から湧くオドを、再び一時的に()き止めた。


「水の紋章第一節、螺旋の水弾――限界突破!」


 紋様が砕け、色濃い渦が咲弥の付近に発生する。

 けたたましい音を(とどろ)かせ、渦から水弾が放たれた。


 瞬間的な速さで、白い毛をした猩々の後頭部に命中する。

 消し飛ばせはしないが、(いびつ)に頭部が変形していた。

 ぐらりと猩々の巨体が揺れた瞬間、ゼイドが咆哮(ほうこう)する。


「うぉおおおおお! 剛力の開花!」


 黄土色の紋様が砕け、ゼイドの腕が大きく膨れ上がった。

 大斧を高く振り上げ、白い猩々へと振り下ろされる。

 全身全霊ともいえる一刀両断を受け、巨体の猩々が後ろへ豪快に倒れた。


 白い猩々が首から股にかけ、大きく切り裂かれている。

 流れは、完全にこちらに向いていた。

 その中を、ネイの声が空洞内を反響する。


「紅羽! 一瞬、動きを止めて!」

「了解しました」


 視線を向けた直後、純白の紋様を浮かべた紅羽を捉えた。


「光の紋章第一節、閃く剣戟(けんげき)


 純白の紋様が弾け、眩しい光球が生み出される。

 本来は斬撃を繰り出す光球は、相手を斬ることなく舞う。

 どうやら、めくらましだけを狙った攻撃のようだ。


 すっと目を細めた巨大な猩々が、その場に(とど)められる。

 そんな親玉猩々の顔面へと、ネイは華麗に跳び向かった。



「私の最大最高最強を見せてあげる」

 若草色の紋様を描き、ネイは唱えた。

「風の紋章第六節、暴君の宝玉」


 翡翠(ひすい)色をした風が轟音(ごうおん)を立てて、ネイの右手に集まった。

 宝石みたいな色濃い風の玉が、またたく間に作られる。


「消し飛べ!」


 至近距離から放たれた風玉が、猩々の顔に放たれた。

 瞬間――爆発じみた破裂音が(とどろ)き、親玉猩々の顔が粉々に吹き飛んだ。

 それはまるで、手榴弾を連想させるものであった。


 あまりに物騒なネイの紋章術に、咲弥はつい唖然となる。

 返り血を少し浴びたネイが、石の地面へ華麗に着地した。


「やれやれ。汚いわね……」


 雑に返り血を拭い捨て、ネイはため息を漏らした。

 まだ楽観できない。周りには、ほかの猩々がいるのだ。

 咲弥はすぐ我を取り戻し、周囲に視線を滑らせる。

 親玉と側近がやられ、猩々達はひどく驚き戸惑っていた。


「どうする? もう少し駆除しておくか?」


 ゼイドの問いに、ネイは悩ましげな顔に変化する。


「まだ余力はあるけれど……そうね。そうしましょうか」

「オメェはな! 俺はもうへとへとだぞ!」


 苦笑まじりに言ったゼイドに、ネイは小さく肩を(すく)めた。


「情けないわね」

「いやいや! オメェが酷使させたんだろうがよ」

「はいはい。ちゃっちゃと片付けるわよ」


 ぱんぱんと両手を叩き、ネイが動き始めた。

 その瞬間、周囲にいた猩々がびくりと震える。

 (りん)とした顔に凄惨(せいさん)な笑みを(たた)え、ネイは声を(つむ)いだ。


「人を襲っておいて、無事で済むはずないでしょうが」


 普段のおどけた感じとは違い、冷ややかな声だった。

 どこか憎しみの宿った彼女の青い眼差しに、咲弥の背筋がゾクッと凍りつく。


 ネイは風のごとく進んだ。

 投げナイフと短剣を駆使し、猩々達を次々に狩っていく。

 そこに、雄叫びを上げたゼイドが参戦する。

 咲弥も動こうとした直後、銀髪の少女が袖を引っ張った。


「咲弥様。これから、どうなされますか?」

「えっ? あ、えっ?」


 予想外の質問に、咲弥はつい戸惑った。

 どうするも何も、答えは一つしかない。

 紅羽は無表情ながら、どこかきょとんとしていた。

 彼女の中では、もうすでに終わった出来事らしい。


「えぇっと……ほうっておいたら、どこかでまた被害が出るかもしれない。だから僕達も、ネイさん達を手伝おう」

「了解しました」


 すたすたと歩きつつ、紅羽は弓に光の矢を(つが)えた。

 結構な激戦だったと思うが、彼女は息一つ乱れていない。

 そしてネイ達に続き、咲弥も紅羽と一緒に参戦する。


「ほら、ちゃんとそっちも処理して!」

「お、おう! 任せろ!」

「咲弥様。もっと背後を警戒してください」

「あ、ありがとう。紅羽!」

「ほら! 殲滅(せんめつ)じゃ殲滅!」


 親玉を失った猩々達は、もうそれほど脅威(きょうい)ではなかった。

 撤退(てったい)の姿勢を見せた猩々は、ゼイドが崩しておいた場所へまんまと追い詰められ、そこでネイと紅羽に討たれた。


 そんな猩々を仕留めるのに、咲弥は少しだけ心を痛める。

 しかし惨劇の現場を見た以上、見逃すことなどできない。

 あらかた狩り終えると、ネイが清々(すがすが)しい声を放った。


「よし。それじゃあ、最初に入ってきた場所に帰ろうか」

「ですが、ネイ――」

「いいの。行くわよ」


 紅羽の言葉を遮り、ネイは(りん)とした顔をほころばせた。

 咲弥は首を(ひね)ったが、その理由はすぐに判明する。

 最初の出入口の付近に、まだ猩々達が溜まっていた。

 ネイいわく、外を巡回していた猩々が帰還したらしい。


 わざと穴を塞がなかったのは、すべてはそのためだった。

 ネイは最初、渋々(しぶしぶ)残党を狩るという雰囲気を(かも)していた。だが策略の点を考慮すれば、そもそもはなから、一体すらも逃す気などなかったように思える。



 その日、猩々の住処となっていた洞穴(どうけつ)から――

 魔物の声が、完全に途絶えた。




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