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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第一章  王都を目指して
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第三十八話 魔物討伐の開始




 渓谷(けいこく)には、激しい川の音が絶え間なく響き渡っていた。

 陸地では草木が生い茂り、岩や石はひどく苔むしている。

 ここは緑に覆われ、自然の驚異に満ち溢れていた。


 そのため猩々(しょうじょう)が逃げ込んだ洞穴(どうけつ)は、普通なら気がつかないくらい、発見が困難な場所となっている。

 ネイの策略がなければ、間違いなく発見できなかった。


 咲弥は周囲に、視線をゆっくり巡らせていく。

 澄んだ香りが漂う場には、時折、獣臭さが混じっていた。


「洞穴は全部で五つ――さて、どうしたものかしらね」


 器用に尖った岩の先端に立ち、ネイは小首を(かし)げる。

 思案顔のネイに、珍しく紅羽が意見を述べた。


「下から二番目の洞穴が、あやしいかと思われます」


 紅羽が指差した方角に、咲弥は視線をとどめた。

 樹枝(じゅし)が複雑に重なり合い、洞穴はかなり見えづらい。

 ネイが額に手を添え、遠くを見る姿勢を取った。


「んんっ……確かに、あそこから嫌な気配が漂ってんね」

「親玉か側近かまでは、判断できません」

「まっ。どちらにしても、上位種は駆除しなきゃだから」

「オメェら……よくそんな、微量の気配を察知できるな」


 ゼイドの(つぶや)きに、咲弥は心の内側で同意を示した。

 どれだけ頑張ろうとも、不気味な洞穴にしか感じない。

 性別による差か、または単純に実力での差か。

 女性陣の感性は男性陣と比べ、恐ろしいほど鋭いようだ。


 ネイが腰にある鞄から、四つの品を手にする。

 発煙筒を彷彿とさせる筒を、咲弥達に投げ渡してきた。


「効果時間は二時間。今回は全員で光球を灯して行くわよ」

「あいよ。了解」


 ゼイドが応答してから、咲弥も首を縦に振った。


「はい。わかりました」

「よぉし。それじゃあ、襲撃開始といきましょうか」


 ネイは一人、軽やかに進んでいった。

 咲弥達も続き、ネイが待つ小さな洞穴を前にする。


 漆黒の闇に包まれた洞穴から、かすかに風が流れ込んだ。

 なんらかの方法で、空気が循環する構造があるらしい。

 さきほどとは違い、ここは獣臭さがひどく鼻を突いた。


「さあ、誘光灯(ゆうこうとう)を使うわよ」


 ネイの指示に従い、咲弥は誘光灯の(ふた)をぽんっと抜いた。

 白い紋章が浮かんでは砕け、眩しい光球が生み出される。

 咲弥は誘光灯を使ったあと、戦闘態勢を整えておく。


黒白(こくびゃく)の籠手、解放」


 少量のオドが吸われ、獣の手をしたモヤを両手に(まと)った。

 ネイを先頭に、一人ずつ洞穴を(くぐ)り抜ける。

 凹凸(おうとつ)は緩やかで、岩肌はとても滑らかそうだった。自然のなせる業なのか、咲弥はそこに少しばかりの驚きをもつ。


 最初は一人分程度だった道が、途端に広さを増した。

 人為的ではない。だが、なんらかの手が加えられている。

 猩々(しょうじょう)の体格は、大柄な獣人にも等しくでかい。


 村で見た数を考慮すれば、住処には相応の広さ求められるはずであった。浮かんだ疑問の答えは、考えるまでもない。

 広々とした空間の手前で、突然ネイが手で制してくる。


「――? 来るわよ!」


 ネイが張った声が、洞窟の中を反響した。

 心臓が跳ねるような感覚から、咲弥に嫌な緊張が走る。

 さまざまな場所から、猩々が姿を現した。のっそりとした猩々の動きには、不意を打ち損ねたといった雰囲気がある。


 だからなのか、すぐには襲ってこない。

 じりじりと距離を保ち、退路を断とうとしているようだ。

 ただの獣ではない。

 知能の高い魔物と再認識し、咲弥は戦慄(せんりつ)する。


「まっ。逃げる気はないけどさ……邪魔をするなら――」


 腰に帯びた鞄から、ネイは投げナイフをさっと手にする。

 背に携えていた大斧を構え、ゼイドが叫んだ。


虱潰(しらみつぶ)しにしてやるぜぇ!」


 ゼイドが発した声をきっかけに、場が一斉に動き始める。

 猩々は咆哮(ほうこう)を放ち、猛獣さながら牙を剥き出しにした。


「風の紋章第一節、暴虐の風神」


 ネイの詠唱から、若草色をした紋様が砕け散る。

 荒々しい風が猩々を裂きつつ、大きく吹き飛ばした。

 吹き飛ばされた猩々は、別の猩々へと追突する。

 驚き慌てる猩々達の頭部を、紅羽の光の矢が射抜いた。


 大斧を振るゼイドの背後で、咲弥は黒い拳を作る。

 向かい来る猩々の腹部に、黒い拳を叩き込んだ。

 衝撃を受けて(ひる)んだところを、黒い爪を()ぐように振る。

 凄まじい切れ味で、容易(ようい)に猩々の顔を横に引き裂いた。


 一瞬だけ黒い血を噴き、猩々は重い音を立てて崩れる。

 本音を語れば、なるべく生き物を殺したくはない。だが、猩々は人を(さら)い、人に危険を及ぼす魔物だと知っていた。

 殺さなければ、より大きな被害が出る可能性は否めない。

 しかも猩々達の目には、明らかに殺意が宿っている。


(ごめん……でも、人に危害を加えるなら……!)


 確実に仕留められそうな猩々を選び、まずは数を減らす。

 紅羽とネイが、途端に同じ方向を目指して駆けだした。

 大岩の後ろへ、示し合わせたように左へ右へと回り込む。


「手下に小手調べとか、小賢(こざか)しいことしてんじゃないわよ」


 ネイは言葉を発すると同時に、若草色の紋様を浮かべた。

 同時に、紅羽の付近にも純白の紋様が描かれる。


「風の紋章第三節、戦神の号令」

「光の紋章第四節、白熱の波動」


 緑黄色の槍と純白の閃光が、大岩の裏へと放たれる。

 大岩が盛大に砕け、黒煙が立ち込めた。その中に――

 咲弥はなかば弾かれた形で、その足を向かわせる。


 白い手を大きく開き、黒煙の中にある魔法陣を裂いた。

 ほかの猩々よりも、二回りは大きな怪物がいる。

 首を(ひね)って(にら)むその眼差しは、激しい怒りに満ちていた。


「ガァアアア――ッ!」


 凄まじい咆哮(ほうこう)が、まるで衝撃となって襲ってくる。

 威嚇(いかく)の声に、思わず咲弥の身が(ひる)んだ。


「雷の紋章第一節、天空の閃光」


 ネイの詠唱が飛ぶなり、上空からカッと光が落ちる。

 金色の稲妻に包まれ、巨体の猩々から悲鳴が漏れた。

 そのさなか、紅羽の可憐な声が響き渡る。


「光の紋章第一節、閃く剣戟(けんげき)


 光球が舞い踊り、巨体が光の刃によって斬られた。

 集中攻撃を受けた猩々は崩れ落ち、地に(ひざ)をつく。


「咲弥君! 黒い爪で顔を裂いて!」


 ネイの指示に背を押され、咲弥は黒き手を大きく広げる。

 恐ろしいほど鋭利な爪が、猩々の顔面を縦に引き裂いた。

 頭蓋骨までも切り裂き、黒い血がどばっと溢れかえる。


 ほかの猩々達がびくりと震え、唖然となっていた。

 一呼吸の間を置き、一目散に撤退(てったい)を始める。


「猩々達が逃げてしまいます!」

「追わなくていいわよ。目的は上位種の猩々狩りだからね」


 ネイの指示に、咲弥はくっと息を詰める。

 ネイは乱れた赤髪を整え、すたすたと歩み寄ってきた。


「でも! もしかしたら、人に危害を――」


 ネイに指先で額をつつかれ、咲弥は発言を止められた。


「だから、上位種の猩々を駆除するの。そうすれば奴らは、人を襲うどころの話しじゃなくなるからね。わかった?」


 猩々の実態を知らない咲弥に、返す言葉はなかった。

 ネイは大人びた顔をしかめ、巨体の猩々を観察し始める。


「こいつは、ただの側近……かなぁ? うぅん……?」

「これから、どうするんですか?」


 咲弥が問いかけると、ネイは(うな)ってから(あご)に指を添えた。


「うぅん……そうねぇ……」

「ここから行けるか不明ですが、まだ奥に気配があります」

「そうなんだけれど……気配から外れて進みましょうか」


 ネイは理由を告げないまま、軽快な足取りで進んだ。

 紅羽にゼイドと顔を見合わせ、咲弥達は彼女の後を追う。


 察知した気配から外れる――

 きっとそこには、なんらかの理由があるに違いない。

 思考を働かせていると、不意にネイが声をかけてきた。


「ところでさ、あんたの生命の宿る宝具……」

「え? あ、はい?」


 不自然に沈黙したネイに、咲弥は戸惑いながら応答した。

 ネイは肩越しに、半目で睨んでくる。


「わりと真面目に、ほんとかなり使い勝手がよさそうね」

「はい。もともと武器を扱った経験はありませんでしたが、黒白の籠手であれば、自分の一部のように扱えますから」

「そうじゃなくて……魔法陣を裂く、か。それ、紋様も?」

「試したことはありませんが……おそらく、できます」


 ネイは唇を結び、じっと睨んできた。

 どこか懐かしい記憶がよみがえる。

 あの頃と同じで、また不謹慎(ふきんしん)にも可愛いと感じた。


「あんたさ、知らないでしょ?」

「何をですか?」


 ネイが不意に立ち止まり、若草色の紋様を浮かべる。

 それからすっと、咲弥へ紋様を近づけてきた。


「白いほうは使わずに、消してごらん?」

「あ、はい」


 咲弥は解放を解いた右手で、ネイの紋様を振り払った。

 空を切る感覚しかなく、まったく消せそうにない。

 それどころか、揺らめきすらもしなかった。


「あ、あれ? 触れもしません……」

「人の紋様、魔物の魔法陣――気が散るとかそういう場合は除いて、本来は描いた本人の意思なしでは消せないのよ」


 初めて知った事実に、咲弥は驚愕する。

 確かに今の今まで、考えたことすらなかった。

 それはこれまで、試す場がなかったという理由もある。


 白い爪で魔法陣が裂けると理解したのは、ただ白い籠手のほうから、そんな意思が咲弥に流れ込んだからに過ぎない。

 魔法の発動を、確実に止める――

 そんな程度にしか、考えていなかったのだ。


「……わかった? あんたの()()、ほんと便利だから」

「……は、はあ……」


 返す言葉が思いつかず、咲弥はつい生返事をする。

 ネイは後頭部に両手を添え、再び歩きだした。


「はぁあ! いいな、いいなぁ……私も欲しいなぁ……」


 子供みたいにだだを言ったネイに、咲弥は苦笑を送る。

 ゼイドが小さく笑った。


「冒険者の憧れを、まさか冒険者になる前に入手するとはな……人生何が起こるか、本当にわかったもんじゃねぇ」

「はい。入手したのも、本当にただの偶然でしたから」


 緊張感のない会話も途切れ、一同はどんどんと進んだ。

 光る鉱石がある場所を抜け、水の溜まった空洞を横切る。時折、柔らかな風を全身に浴びた。獣臭は相変わらずだが、流れる風のお陰で息苦しさは特にない。


 しばらくして、前方のほうに差し込む陽の光を捉える。

 もとの場所に戻ったのかと思ったが、どうも違うらしい。

 川の流れる渓谷ではなく、谷あいの景色が広がっていた。


「あれ、ここは……?」

「おそらく、王都へ向かう際に通る道かな」


 ネイは外に飛び出てから、こちらのほうを振り返った。


「おぉーい! ゼイドォー!」


 ネイは大手を振って、ゼイドを呼んだ。

 咲弥達は、ネイの(そば)に移動する。


「あそことこことそこと、あっちにそっちにこっち」

 ネイが指を差して言い、そのまま言葉を続けた。

「あんたの紋章術で、(ふさ)いでおいてくんない?」


 ゼイドのいかつい顔が、ほんの少し引きつった。


「えっ! あれを全部か!」

「あんたの紋章術を扱えば、簡単に塞げるでしょ?」

「いや、そうだが……オドを、かなり消耗するぜ?」

「平気、平気。親玉は私達が狩るから」


 ゼイドは渋い顔をして、ネイが指示した箇所へと向かう。

 言葉通りに、紋章術のみで塞ぐのではない。

 その衝撃を用いり、崩落をさせて塞いでいた。

 土属性のゼイドには、確かにぴったりの仕事ではある。


 おそらくネイは、逃亡を危惧(きぐ)していたらしい。

 謎に思えたネイの行動の意図を、ようやく呑み込めた。

 あっという間に作業を終え、ゼイドが疲弊(ひへい)しきった表情で戻ってくる。

 ネイは腰に手を置き、こくりこくりと(うなず)いた。


「うんうん。ご苦労ご苦労」

「さすがに、連発は……ちっと、しんどいぜ……?」


 肩で息をするゼイドに、ネイは呆れた声で言った。


「まったく、情けないわねぇ……」

「俺ら獣人は他種族と比べ、紋章術の連発はきついんだ」


 種族にはそれぞれ、得手不得手があるといわれていた。

 獣人はオドの総量が少ないため、紋章術にも相応の制限がかかってしまう。だがその代わり、身体能力がとても高く、種族の中では上位となっていた。


 ネイ達みたいな人間は、腕力、走力、耐久力、オドの総量――そういったものすべてが、平均的に備わっている。

 つまり、すべての種族の中間に位置する存在だ。そのため()()と呼ばれている。


 もちろんそれは、個人差もあれば、一長一短でもあった。

 咲弥が種族に関して思案していると、ネイが呆れを含んだため息を漏らす。


「なら、獣人界の(から)を破った男になりなさい」

「無茶言ってくれるぜ。こちとら、ただの凡夫(ぼんぷ)だぜ」


 ゼイドは苦笑する。

 ネイは満面の笑みで、ゼイドの肩をぽんぽんと叩いた。


「あともう少し、仕事してもらうからね」

「つか、この程度の塞ぎで済ましていいのか? ぶっちゃけこれじゃあ、ちょっとした時間稼ぎにしかならんぞ……?」

「ん? 別に問題ないわよ。あくまでただの保険だからね。そんじゃあ、さっさとさっきの場所まで戻っちゃいましょ」


 猩々の巣穴へ戻るなり、洞穴(どうけつ)が反対側から塞がれた。

 それから死骸(しがい)が転がる場所まで、咲弥達は戻ってくる。

 ネイは周囲を眺めてから、透き通った声を(つむ)いだ。


「よし。まあ、これでいいか。ねえ、紅羽」

「はい?」

「まだ内部に、それらしき気配は感じられるわよね?」

「特に動いた様子はありません」

「よしよし。間違いなさそうね」


 ネイは腕を組み、小刻みに(うなず)いた。


「それじゃあ、そろそろ本番開始と行きましょうか」

「つっても、ここから行けるかどうかわからねぇんだろ?」


 ゼイドの質問を、ネイは不敵に笑い飛ばした。


「大丈夫だってば。ほら、行くわよ」


 歩くネイに、今度は咲弥が質問する。


「最初に入ってきたほうは、塞がなくてもいいんですか?」

「だいじょぉおおおぶ!」


 ネイは振り返りもせず、そのまま歩き続ける。

 ネイの魂胆(こんたん)は見えないが、咲弥達も進んだ。




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