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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第一章  王都を目指して
38/222

第三十七話 鐘の音は唐突に




 王都への中継地となる町を離れ、もう三日の時が流れた。

 移動の最中、何度か魔物の群れと遭遇(そうぐう)したものの、戦闘に特化した冒険者二人に加え、銀髪の少女も同席している。

 魔物は即座に撃退され、順調に王都へと近づいていた。


 そして、今現在――咲弥達は、また新たな村にいる。

 時折こうして、村や町に立ち寄っては、休息や馬車の乗り換えをしているのだ。

 人も迅馬(じんば)も、永続的に活動というわけにもいかない。

 今回は馬車を乗り換えようと、厩舎(きゅうしゃ)を訪れていた。


「……ここから先は、しばらくは進めんよ」


 厩舎には、白髪の年老いた男がいた。

 やや小柄な老爺(ろうや)は、申し訳なさそうな雰囲気を漂わせる。

 ネイの(りん)とした顔に、困惑の色が宿った。


「はぁ? どうしてよ?」

「ここ最近、王都までの道に魔物が巣くってしもうてな……数も多いもんだから、もうどうすることもできん」


 やはりどこも、魔物の活発化には辟易(へきえき)している。

 ゼイドが腕を組み、老爺に問いかけた。


「巣くっているのは、どんな魔物だ?」

猩々(しょうじょう)と呼ばれる、猿みたいな魔物じゃな」


 老爺の言葉に、ネイがうめいた。


「うげぇっ……ちょっと厄介な魔物じゃない」

「そうなんですか?」


 何気なく()いた咲弥を、ネイが半目で睨んでくる。

 すらりとした指先で、ネイは咲弥の額をつんと押した。


「かぁ~なりね」

「は、はぁ……?」


 ネイの嘆いた顔を見て、咲弥は首を(ひね)る。

 道中での魔物の襲撃から、ある事実が見え隠れしていた。


 奴隷施設に単身で潜入していた時点で、少しおかしいとは感じていたが――実は、紅羽と同等クラスの実力を、ネイは持っている可能性があるのだ。

 ゴブリン戦のときは、きっと手を抜いていたに違いない。


 もしネイがその気にさえなれば、ゴブリンボスですらも、一人で討伐できたのだと思える。そう勘繰(かんぐ)ってしまうほど、魔物の襲撃を華麗に撃退していた。

 そんな彼女が嘆く魔物が、どんなものか想像もつかない。


「猩々かぁ……結構、強めの魔物ねぇ……」

「村の若いのも、もう何人か(さら)われてしもうた」

「攫われた……? 魔物に、ですか?」


 老爺の発言に驚き、咲弥は声が裏返りかける。

 ゼイドが渋い顔になり、重い声音で言った。


「猩々が好んで食うのは、若い人の肉体だ」

「えっ……!」


 咲弥は一気に血の気が引く。

 ネイが老爺に問う。


「王国や冒険者ギルドに、通達は?」

「いいや……その道中の者達がやられてしもうてな。だから王都のほうではなく、今現在、別の町からの通達を試みとるところじゃよ」

「そう。けれど、この件を王国の連中が、把握してないとは思えないわ……いったい何をしてんの……とっとと討伐隊を組めばいいものを……」


 ネイは不満げに赤髪を耳にかけ、ため息を漏らした。

 これには咲弥も、同様の気持ちを抱かざるを得ない。

 ゼイドが冷静な口調で述べた。


「どこも魔物の活発化には、悩まされているんだ。おそらく手が回らんのだろう」

「えっ……ちょっと、待ってください。それじゃ、攫われてしまった方達は――」

「ばっ。オメェ……」


 ロイが突然、背後から咲弥の口を(ふさ)いだ。

 肩越しに目を向けると、ロイは苦い顔で首を横に振った。

 咲弥はやっと、己の失言に気づく。

 老爺の顔が(かげ)り、もの悲しい表情に転じた。


「もう生きちゃおらんよ。村の中で救出隊も組まれたが……結局それも、だぁれも戻っちゃこんかったからのぉ……」


 場が重苦しい静寂に包まれた。

 不意に、咲弥の袖が小刻みに引っ張られる。

 紅羽が無表情のまま、じっと紅い瞳で見据えてきていた。


「咲弥様。これから、どうなされますか?」

「う、うぅん……どうにか、ならないんでしょうか……?」


 咲弥の漠然とした疑問に、ネイが嫌そうに反応を示した。


「どうにかって?」

「このままじゃ、村にいる人達は――」


 咲弥の額をつんと押し、ネイは言葉を遮った。

 やれやれとため息をつき、青い瞳で睨んでくる。


「絶対、言うと思った。だぁめ。わかってんでしょ?」


 ネイに(さと)され、咲弥は閉口する。

 無償での奉仕は、冒険者的にはよろしくない。

 そんな過去の記憶が、漠然とよみがえる。


「まあ今回に至っては、そういう意味じゃなくて……単純に私とゼイドだけじゃ、きつ過ぎるのよ。ゴブリンのときや、道中の魔物とはわけが違うから」


 咲弥はそれとなく、ネイの言葉を呑み込んだ。

 つまりは、ボランティア云々(うんぬん)の話ではない。討伐隊を組む――さきほどの言葉も()まえれば、いったいどれほど危険な魔物か想像に難くない。


「だぁーから、順路で進めばよかったんだよ」


 ロイが呆れ顔で、栗毛の後頭部に両手を乗せた。

 ネイは少し、片頬を膨らませる。


「だってこっちのほうが近道なんだから、仕方ないでしょ」

「つっても、これじゃあ……余計に時間がかかっちまうぜ」


 王都までの道筋は、ネイが独断で決めていた。

 そもそも咲弥は、大陸の構造をあまり把握できていない。地図だけで簡単にわかるほど、生易(なまやさ)しい地形ではないのだ。

 だが先へ進めない以上、選択肢はそう多くないだろう。

 ネイが不満の詰まった声を(つむ)いだ。


猩々(しょうじょう)が根を張ってるとか、普通は思わないでしょうが」

「冒険者の情報網っつーのも、案外あてにはならんな」

「はぁ? ばか? 無職のあんたより、数億倍マシよ」

「ぐはぁっ!」


 ロイが力強くうめき、両手を心臓の辺りに添えた。

 ネイは唇を尖らせ、ふんっと、そっぽを向く。

 虚空を見上げながら、ゼイドが顎をさすった。


「真面目な話……ここから引き返すのも、結構厄介だぜ?」

「親玉と側近を抹殺すれば、よいのではありませんか?」


 咲弥は驚きをもって、紅羽を二度見する。見惚(みほ)れるぐらい綺麗な顔をして、彼女は恐ろしいことをさらりと言った。

 ただ、紅羽の言葉の裏を読み、咲弥は少し嬉しく思う。

 ゼイドが戸惑った様子で、相槌を打った。


「確かに親玉と側近を駆除すれば、時間は稼げるが……」

「あんたは、咲弥君側ってわけね――いいわ。わかった」


 ネイは老爺(ろうや)を振り返った。


「じゃあ、いくら出せんの?」


 ネイはやや憤慨した声音で()いた。

 ゼイドが慌て気味に、ネイへと詰め寄る。


「おいおい。まさかギルドを通さず、依頼を請ける気か?」

「仕方ないでしょ。ばかにされたまま、黙ってらんないわ」

「ばれたら、絶対に事だぞ?」


 会話の隙間を見計らったのか、老爺が口を挟んだ。


「もしも依頼ができたらと、こちらが用意できたお金は……確か四〇万だったかの? じゃが、猩々の全討伐じゃぞ?」

「うん。きつい。じゃあ、こうしましょうか。猩々の親玉と側近を討伐してあげる。それでしばらく時間が稼げるから、その間に再度、正式な依頼をすればいいわ」


 老爺はしわの多い顔に、さらにしわを作った。


「ああ、まあ……じゃが、君らに実入りがなくないか?」

「いいえ――討伐の依頼を簡潔に済ますには、王都に行ったほうが確実に早いわ。だからそのついでとして、私達全員をタダで王都まで送り届けてよ」


 ネイは(よど)みなく、すらすらと続けた。


「あと宿の手配と食事の用意も、もちろんそちら持ちでね。どう? 被害から考えれば、そう悪い話でもないでしょ?」


 老爺は数回(うなず)き、沈黙する。

 ネイがくるりと、咲弥達を振り返った。


「これなら、別に問題ないわよね?」

「遂行に関しちゃな……だが、俺と二人でやるつもりか? 正直、猩々の等級は、ゴブリンのときとはわけが違うぜ?」

「なぁに――」


 ネイはすたすたと歩き、咲弥と紅羽の背後に回り込んだ。

 まるでもたれかかるように、咲弥達の肩に腕を乗せる。


「この二人にも、ちょいと手伝ってもらうわ」

「いっ……!」


 咲弥は二つの意味からうめいた。

 ネイの柔らかな胸の感触が、背から脳に伝わってくる。

 照れと同時に、驚愕が併せてやってきた。

 ゼイドは右手を激しく振る。


「いやいや。ぜってぇ、ばれたらまずいって」

「今回は冒険者としてじゃない。ただ障害を払うってだけ。咲弥君はアラクネ女王を、討ち取れるくらいの戦力はあるし……それよりなにより、紅羽は強い」

「だからってなぁ……」


 ゼイドは口ごもり、少ししてから深いため息をついた。


「確かに、それ以外……かなり遠回りになりかねんからな」

「あんたが言いだしたんだから、それでいいわよね?」


 ネイが咲弥の耳元で、そう(ささや)いてきた。

 なんだかんだ言うが、最終的にネイとゼイドは助ける道を選ぶ。心根が優しい二人を、咲弥はとても嬉しく思った。

 少し緊張しながらも、咲弥はネイに(うなず)いて応じる。


「はい……困ってる人を、ほうってはおけませんから。僕がどこまで力になれるかはわかりませんが、頑張ってみます」

「咲弥様のお力になれるのであれば、私も問題ありません」

「んん。わかったわ」


 ネイは咲弥達からすっと離れ、涼やかな声を(つむ)いだ。


「紋章術を扱えない無職さんは、村人の警護でもよろしく」

「オメェ……俺に何か怨みでもあんのか?」


 ロイが渋い顔で、ネイのほうをじっとり睨んでいる。

 さして気にした様子もないまま、ネイは老爺を前にした。


「というわけで……こちらの方針は固まったわ。村長にそう伝えてくれる?」

「いや、その必要はない」


 ネイと同様、咲弥も小首を(かし)げる。


「だって、ワシが村長だし」

「あっ……そう……」


 ネイは苦笑を漏らした。

 その瞬間――唐突に警鐘が響き渡る。

 村長は深々としたため息を吐いた。


「また猩々(しょうじょう)が来おったか……」

「猩々が現れるのは、どの方角?」

「王都側の北の方角じゃが……ちょいと待たれよ」


 ネイは(いぶか)しげに、首を傾げた。

 村長はじっとしたまま、まったく動かない。


「いったい、なんなの?」

「王都側ではない! 村の四区のほうじゃ」

「それはどっちよ?」

「あっちじゃ」


 村長が指差した方角へ、ネイは颯爽と駆けだした。

 咲弥達も一歩遅れ、ネイの背を追いかける。


「警鐘の数で、場所がわかるようにしてたのね」

「村つっても、結構広いからな」


 ネイとゼイドの会話を聞き、咲弥は驚いた。

 ただ警鐘を鳴らすのではなく、しっかり考えられている。

 ネイが肩越しに、後ろを振り返った。


「何匹いるかわからないけど、数匹だけは残しておいて」

「え? ど、どうするんですか?」


 ネイの意図が理解できず、咲弥は走りつつ()いた。

 わざと残す必要性が、まるでわからない。

 咲弥の疑問は、ネイの代わりに隣を走る紅羽が答えた。


「数匹だけ瀕死(ひんし)にまで追い込み、わざと巣へ帰還させます。巣が一つとは限りませんから、そこを見極め襲撃するのだと思われます」

「そういうこと」


 なるほどと、咲弥は心の内側で納得した。

 突発的な事態なのに、ネイの対応は素早い。即座に意図を呑み込んでいた紅羽にも、ネイと同様の感心を抱いた。

 潜り抜けた場数の違いが、こうして顕著(けんちょ)に表れている。


 二人から学ぶため、まずサポートに回ると方針を定めた。

 戦闘になる可能性を考慮し、咲弥は事前の準備をする。

 右手の付近に、空色の紋様を虚空へと描いた。


「力を貸してくれ……黒白(こくびゃく)の籠手!」


 紋様が弾け飛び、無数の輝きが咲弥の両腕に集まった。

 まばゆい光が破裂した瞬間、生命の宿る宝具――

 右手は黒く、左手は白い貴金属の籠手が出現する。


 生命の宿る宝具は紋章石と同様、紋様に宿っているのだ。

 紋様を浮かべ、名を呼べば即座に装着できる。

 この方法を教えてくれたのは、知識豊かなネイであった。


 そして当然、黒白の籠手と安直な名をつけたのは咲弥――ネイには散々ばかにされたが、ほかにいい名も浮かばない。

 結局は、黒白の籠手という名に落ち着いたのだ。


(よし……これで、いつでも解放できる)


 村の大通りを走り抜けると、村人の群れが見えてくる。

 しかし、どこにも猩々(しょうじょう)らしき姿は確認できない。

 村人達の付近に着く前に、ネイが声を飛ばした。


「村長の頼みで来た駆除隊よ。道を開けて!」

「駆除隊?」

「マジか」

「頼む、助けてくれ」


 村人達がどよめき、道を作った。

 だがやはり、魔物の姿はない。

 紅羽がおもむろに木の矢を(つが)え、弓を引き絞った。


「かなりの数です」


 言葉を発すると同時に、紅羽は矢を射る。

 飛翔する矢を目で追いかけ、咲弥は目を大きく見開いた。

 屋根の影に隠れ、こっそり覗き見ていた猩々を発見する。


 全身が赤黒い毛に覆われ、大柄な体格をしていた。まるでマンドリルを彷彿とさせる顔を持つ猩々が、口を剥いて鋭い牙を覗かせている。

 仲間がやられたためか、そこら中から猩々は姿を現した。


「村人は全員、避難して!」

 ネイが指示を飛ばしつつ、若草色の紋様を浮かべた。

「風の紋章第四節、自在の旋風」


 若草色の紋様が砕け、激しい風が巻き起こる。

 暴風は猩々数体を呑み込み、そのまま空高く舞い上げた。

 ネイは猩々よりも、さらに高く空を舞う。

 猩々を踏みつつ、複数の投げナイフを一気に投げる。


 その際中、枝分かれする光の線が猩々達を貫いていく。

 紅羽が光の矢を番え、弓の弦を弾いた。


「うわぁあああ!」


 逃げ遅れた村人へ、一体の猩々が迫っている。

 咲弥は思考する間もなく、村人のほうへと駆けた。


「黒白の籠手、解放!」


 籠手が少量のオドを吸い、咲弥の両腕が光に包まれる。


 右は悪魔的な黒い獣の手に――

 左は神秘的な白い獣の手に――


 獣を(かたど)った色濃いモヤが、咲弥の手に(まと)わりついた。

 恐怖を(あお)る猩々を見据え、咲弥は右手を大きく掲げる。


「誰も傷つけさせない!」


 黒い爪を浴びせ、猩々の胴体を深く切り裂いた。

 しかしすぐ(そば)に、また別の猩々が控えている。

 いったいどれほどの数が、村へとやってきたのか――そのとっさの思考が、咲弥の体をわずかながらに固くさせた。


(しまっ……!)

「土の紋章第三節、岩石の矛!」


 近くにいたゼイドが、まるで弾かれたように指が跳ねる。

 衝撃が地を走り、鋭く尖った岩が猩々を大きく貫いた。 

 ゼイドは口もとに笑みを張りつかせ、咲弥に尋ねてくる。


「大丈夫か?」

「すみません! ありがとうございます!」

「避難は任せろ! 紋章符(もんしょうふ)がなきゃ、俺は役に立たねぇ」


 村人を支えたロイの発言に、咲弥は(うなず)きをもって応じる。

 数多くいた猩々が、次第にその数を減らしていく。

 その大半は、ネイと紅羽が瞬く間に討伐していた。

 咲弥は邪魔にならないよう、はぐれた猩々を討ち続ける。


「ストーップ!」

 若草色の紋様を浮かべたネイが、声高らかに叫んだ。

「風の紋章第三節、戦神の号令」


 屋根の上で人差し指を立てる、ネイの紋様が砕け散った。

 ネイの伸ばした右腕付近に、目視できるほどの激しい風が巻き起こる。

 次第に槍の形へと凝縮され、五つの風の槍が作られた。


 ネイが指を振るや、風の槍がもの凄い勢いで猩々を貫く。

 当初の作戦通り、致命傷は()けているらしい。


「ガグギャガガッ!」


 猩々達は、一目散に撤退(てったい)の姿勢に入った。

 屋根から華麗に降り、ネイが(りん)とした顔に笑みを(たた)える。


「さあ、追うわよ」

「はい……!」


 咲弥は緊張を胸に抱え、ネイの指示に応じた。

 不安は当然あるが、心強い味方がいる。

 どこか安心感を抱きつつ――

 咲弥達は、撤退した猩々達を追った。




22/02/05 改稿

ネイのセリフ部分が、少しだけ狂ってました。

特に大きな問題はないのですが、ちょびっと変えました。

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