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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第一章  王都を目指して
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第三十六話 小さな祈り




 ロイ達とは再び別行動になり、咲弥も紅羽と散歩をする。

 妙な展開の連続だったが、町の雰囲気は何も変わらない。

 甘い香りが漂う中で、人々は活発に行動していた。


 石畳(いしだたみ)で造られた道の脇には、レンガ造りの建物がずらりと並んでいる。そこを歩くのは、故郷ではまったく見慣れない独特な装いをした人々だ。

 今でもほんの少し、不思議な気分に(ひた)る瞬間がある。


 もとの世界でも別の国に行けば、きっと今と同様の感想を抱いたのだろう。

 どちらの世界でも、人の()り方には違いなどないのだ。

 だから人間とは異なる別種族や、人々の命を脅かす魔物の存在がなければ、地球と言われれば納得していたと思える。


 ここがもし、本当に地球なら――

 咲弥は小さく首を振り、そっと思考を打ち消した。

 いくら考えたところで、その事実が変わることはない。

 この世界は地球とかではなく、別の惑星なのだ。

 心の中でため息をつくや、ある建物が咲弥の目に入る。


「ん……あれは……?」


 我知らず、咲弥は(つぶ)いた。

 どこか(おごそ)かな気配を(かも)した教会らしき建物が、少し遠くのほうに見える。

 鉄柵門は開かれ、誰でも自由に出入りができるようだ。


 咲弥の脳裏に、やや古くなった記憶がよみがえる。

 隣を歩く、紅羽の綺麗な横顔に視線を移した。


「紅羽。ちょっと、あそこに行ってみない?」

「……? 了解しました」


 紅羽の了承を得て、咲弥は教会と思われる建物を目指す。

 道中にある庭園では、色とりどりの花が咲き乱れていた。

 どうやらかなり清掃が行き届いており、大事にされているといった様子が、目に映る景色からしっかり伝わってくる。


 庭園前にある鉄柵門と同じく、建物の扉も開かれていた。

 外装に劣らず、玄関ホールは豪華絢爛(ごうかけんらん)な造りをしている。

 その先にあった大聖堂は、まさに圧巻の一言であった。


 模様を刻まれた石壁、多彩に輝いたステンドグラス、照明器具から座席と、すべてにおいて意匠(いしょう)()らされている。

 感嘆(かんたん)の息が漏れ出る空間には、一つの大きな石像が立つ。


(あれが……噂の、リフィア様……を、模した像かな)


 事実は定かではないが、咲弥はそう直感した。

 清らかな女神らしさに加え、戦神のごとき力強さもある。

 悠然(ゆうぜん)と構えた女性像の前に、咲弥は紅羽と並び立った。


 魔神が人々に絶望をもたらしたときに、神の御使(みつか)いであるリフィアが天から舞い降りた――そんな話を、最初に訪れた村で聞かされたことがある。

 あの日から、リフィアを(まつ)る場所とは巡り合えずにいた。


 来るまでは、ちょっとした好奇心が大半を占めていたが、女性像を前にした途端、別の感情が湧いたのを自覚する。

 自分と同様の使命を、与えられた可能性の持つ存在――

 同種と巡り会えたという気分のほうが、遥かに強まった。


(あなたも……僕と同じ、使徒だったんですか……?)


 咲弥は心の内側で、石像にそんな問いを投げた。

 無言の石像に代わり、紅羽の可憐な声が教会内に響く。


「咲弥様は、リフィア教徒なのですか?」


 やはり目の前の石像は、リフィアで間違いないらしい。

 そしてふと、ネイにも同じ質問をされたのを思い出した。

 咲弥は紅羽へ向き、首を横に振る。


「うんん。存在を知ったのすら、一か月ぐらい前の話だよ」

「……そうですか」

「紅羽は、この()について何か知ってるの?」

「遥か昔に地へと舞い降り、人類に三つの神器を与えた神の御使い――彼女の先導(せんどう)により、魔神は暗き闇に封じられた。そんな基本的な神話程度です」


 やはり誰もが、リフィアについての情報は同じだった。

 遠い過去の出来事など、誰も知るはずがない。

 咲弥はまた、リフィア像に視線を移した。


「リフィア様は、なんで神様に()()()ちゃったんだろうね」

「選ばれた……? 真実がどうなのか定かではありませんが……リフィアは、神に創られた存在ではないのですか?」

「……え?」

「彼女は天使ではありません。私達人間に()()容姿の存在と云われており、地上や天上にいた存在とかではなく――神に創られた救世主というのが定説です」


 紅羽の紅い瞳を見据え、咲弥は言葉を失った。

 初めて耳にした話に、ある種の衝撃を受ける。

 神の御使いだと聞いてから、自分と同じ使徒を連想した。

 その事実は、実際は何もわからない。


 だがもし同じ使徒なら、自分と同様の存在だと勝手にそう決めつけていた。

 それ以外の可能性など、考えすらもしなかったのだ。

 リフィアの生まれについては、聞いたことがなかったし、その話を出された記憶もまたなかった。


 当然の話――別世界の者だと、考えられるはずがない。

 無知ゆえの(つぶや)きに、咲弥は背筋がひやりと冷える。

 紅羽は表情を変えないまま、淡々とした口調で述べた。


「ですが、遺された記述に、そんな情報はありませんが――この世界のどこかで生まれ落ち、育ったのかもしれません。今となっては、知るすべはありませんが」

(あぁあ……そういう、解釈(かいしゃく)に至るのか……)


 咲弥はどこか、ほっと胸を()でおろした。


「咲弥様……?」

「え、あ、ん?」


 唐突に呼ばれ、咲弥は戸惑った。

 魅力的な紅い瞳に、咲弥はじっと見据えられる。

 紅羽は沈黙したまま、リフィア像へ顔を向けた。


「ここを訪れ、何を祈りたかったのですか?」

「え? 別に、何も? ただ、見てみたかっただけだから」


 咲弥の答えに、紅羽は無表情ながらに困惑が見て取れる。

 冷静さを取り戻したのか、紅羽は静かに(つぶや)いた。


「……咲弥様は、とても不思議なお方ですね」

「そ、そう? 別に、普通だよ?」

「一か月ぐらい前と、おっしゃっていましたね。リフィアの存在を知らなかったお方に、私は初めて出会いましたから」

「ははは……そうだねぇ。僕、本当に無知過ぎたね」


 咲弥は苦笑してから、からくも誤魔化しておいた。

 思えば最初の村でも、似た経験を何度もしてきている。


 あの頃に比べれば、ずいぶんと知識を得たつもりだった。それでもまだ、知らなければならない情報はたくさんある。

 王都へ行けば、きっと山のように知れるかもしれない。


(あと、もう少しで、王都に辿(たど)り着けるんだ……)


 咲弥が物思いに耽っている最中に、紅羽が()いてきた。


「咲弥様。せっかくですから、何か祈られますか?」


 咲弥は少し考えてから、首を横に振る。


「うんん。祈りたいことは、特に何もないかな……それに、祈るよりも前に、僕には足りないものがいっぱいあるから」

「足りないもの、ですか?」


 咲弥は苦い笑みを頬に乗せ、紅羽の疑問に答えた。


「うん。たとえば、リフィア様についてもそうだけど、僕は本当に何も知らないんだ。オドの訓練とかもそうだったし」

「はい。咲弥様はかなり無知で、オドもとても(つたな)いですね」


 綺麗な顔を崩さないまま、結構きつい言葉を言い放った。

 事実その通りではあるため、言い返せる余地などない。


「ははは……逆に紅羽は、何か祈りたいことはないの?」

「いいえ」


 短く否定されたあと、咲弥は紅羽と視線が重なり合った。


「しいていえば、咲弥様の身の安全でしょうか」

「ああ……いや、紅羽が(そば)にいてくれるだけで、その願いはきっと叶ってるかな」

「そうですか?」

「うん」


 咲弥は紅羽から、リフィア像を見上げた。


「そうだね。じゃあ……」


 紅羽はきっと、つらい人生を歩んできたはずだった。

 だからこそ、幸せな人生を歩んでほしいと願っている。

 信心深くない咲弥に、祈る行為は(がら)ではないが――


(紅羽にたくさんの幸せが、訪れますように……)


 咲弥は心の中で、そう祈っておいた。


「何を祈られたのですか?」


 紅い瞳で見据えてくる紅羽に、咲弥は微笑んだ。


「んぅー。内緒」


 紅羽は少し固まってから、ほんの少しだけ唇を尖らせた。

 珍しい紅羽の不満顔に、咲弥はどきりとする。


「私はしっかり告げました。なのに、咲弥様はずるいです」

「いや……はははっ……別に、たいしたことじゃないよ」

「では、なんですか?」

「うっ……」


 圧迫感のある彼女の雰囲気に、咲弥はつい気圧される。

 咲弥は戸惑うが、紅羽の姿勢はまったく崩れない。

 頑固(がんこ)な紅羽の視線に刺され、咲弥は諦めて観念する。


「えっと、紅羽がたくさん、幸せになれるように祈っただけ」


 素直に答えると、急に恥ずかしさが込み上がる。

 咲弥は振り払うように、何度もため息をついた。


「ああ、もう。なんか恥ずかしいや! そろそろ、行こ!」


 紅羽の返事を待たず、咲弥はそそくさと(きびす)を返した。


「あなたと出逢え、もう叶っています」

「ん? なんか……言った?」


 気恥ずかしさに加え、早くこの場を立ち去りたかった。

 そのせいか、紅羽が何かを言ったように聞こえただけなのかもしれない。彼女は無表情のまま、じっと固まっていた。

 咲弥が首を(ひね)ると、紅羽も小首を(かし)げた。


「別に何も言っていません。集合場所へ戻りましょう」

「そっか……うん」


 妙なしこりは残ったが、もう結構いい時間のはずだった。

 ネイ達と決めた集合場所へ、咲弥達は足を向かわせる。

 教会から外に出ると、もう陽が沈みかけていた。






 宿屋の付近にある酒場で、ネイは紅羽に抱き着いていた。

 少し涙ながらに、ずっと紅羽に頬ずりしている。


「ほんと、あんた最高……最初、変な空気作ってごめんね」

「果実酒の案は私ではなく、咲弥様です」


 淡々とした口調で、紅羽はそう告げた。

 ネイが紅羽から離れ、今度は咲弥に抱き着こうとする。

 とっさに咲弥は身構え、両手で小さな壁を作った。


「大丈夫です、ネイさん! 気持ちはよくわかりました!」

「あんたも最高だわ。あのとき、殴ってごめんね」


 ネイは抱き着く代わりに、頭を優しく()でてきた。

 しおらしいネイに、咲弥は苦笑を送る。

 果実酒の製造所に行っても、結局門前払いされたらしい。集合場所には、絶望感をたっぷり宿したネイが待っていた。


 そこへ果実酒を大量に抱えた、ロイとゼイドが合流する。

 魂の抜けていたネイは、ただただ狂喜乱舞(きょうきらんぶ)していた。

 そんなネイに事情の説明をし――今現在へと至ったのだ。


「それに比べ……」


 ロイ達を、ネイはじろりと睨みつけた。

 料理が並ぶテーブルの脇で、ロイ達は床に正座している。


「紅羽がいなかったら、いくら失ってたって? ん?」

「……二〇万スフィア、です……」

「はぁ? ばか? あんた舐めてんの?」


 ドスの()いた声で、ネイがゼイドを威嚇(いかく)した。

 ロイが慌て気味に、弁解(べんかい)の論を唱える。


「いやまあ、でもしかしな……そのお陰で、果実酒が大量に手に入ったわけだ。結果としちゃあ、俺らのお陰でもある」

「はぁ? 他人の金でギャンブルは、さぞ楽しかったか? 無職さんよ」

「うっ……」


 ネイの棘がある叱咤(しった)に、ロイは苦い顔でうめいた。

 ネイは、呆れをふんだんに含んだ声を投げる。


「王都までまだ距離があるのに、こんなとこで二〇万も失うばかがいるとか冗談よね? 馬車の後ろで首に縄を繋いで、ダッシュでもするか?」

「おいおい……殺す気かよ」


 ゼイドの(つぶや)きに、ネイの冷たい眼差しが向けられた。


「それほどの大金、失ってんじゃないわよ」

「弁解の余地はねぇ」

「あんたら、今晩の飯は抜きだからね」


 ネイの容赦(ようしゃ)ない仕打ちに、ロイが抗議した。


「えぇっ? 無職だって、腹は減っちまうぜ!」


 ネイにきつく睨まれ、ロイは縮こまる。

 ネイがコインを一枚取り出し、にっこりと笑った。


「ほな、あんたらの大好きなギャンブルでもしようか。裏と表を、(かぶ)らないように選びな? 外れたほうは飯抜きね?」


 ロイとゼイドは、お互いに緊張感のある顔を見合わせた。

 指で弾かれたコインは、宙を舞ってから落下する。ネイの左手と右手の甲に、コインはパシッと覆い隠された。

 しばらくの沈黙を経て、二人はごくりと喉を鳴らす。


「じゃあ、俺は裏だ」

「表にするぜ」


 ゼイドが裏を選び、ロイは表を選んだ。

 関係のない咲弥まで、少し緊張してくる。

 ネイは少し恐怖を(あお)る笑みを浮かべ、その左手を離した。


「はぁあああああっ? ずっけぇええええ!」

「ざけんな! テメェ! イカサマじゃねぇか!」


 ゼイドとロイが、ほぼ同時に声を荒げた。

 コインは裏でも表でもない。

 器用に、ネイの右手の甲に立たされ続けている。

 これには咲弥も、つい苦笑いがこぼれ落ちた。


(確かに……左手が少し、山の形してたもんなぁ)


 はなから飯を食わす気など、まったくなかった。

 (わめ)き続けるロイ達に、ネイが冷たい笑みを送る。


「これが、ギャンブルよ。わかったか?」


 凄みのある声で(さと)され、ロイ達は体を縮こまらせた。

 あまりにも可哀そうだと思い、咲弥は助け船を出す。


「ネイさん。もう許してあげてください。二人ともちゃんと反省してますよ。お酒を飲むなら、皆さんで飲まれたほうが美味しいんじゃないんですか?」


 ネイが半目で睨んできたあと、やれやれと肩を(すく)めた。


「しょうがないわね。咲弥君に感謝しなさい」

「ありがてぇ! ありがてぇ!」

「ふぅ……助かったぜ……」


 ロイとゼイドは、ほっと胸を()で下ろしたようだ。

 ようやく、全員で食事を始める。

 たわいもない雑談を交えつつ、腹の中を満たしていく。


 明日にはまた、王都に向けて走る馬車の中にいる。

 英気を養うために、咲弥は――ふと、不穏な影を捉えた。


「ネイさん! あんま下手に酔わないでくださいよ!」

「れーじょぶ! かじちゅしゅうんめぇー!」


 その日の夜――

 咲弥はまた、べろんべろんのネイを担ぐはめとなった。




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