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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第一章  王都を目指して
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第三十五話 ある娯楽の危うさ




 咲弥は紅羽と歩み寄りながら、前方の様子を観察する。

 ロイとゼイドがいる場所は、どうやら酒場の様子だった。支柱だけの壁がない建物に、テーブル席が多数並んでいる。


 頭を抱えたロイの隣で、ゼイドが白く燃え尽きていた。

 テーブルにはコインのほか、カードが散らばっている。


「ロイさん。ゼイドさん。何してるんですか?」


 背後から声をかけたが、まるで反応を示さない。

 対面の席にいる強面の男が、ニタニタと笑っている。

 小首を(かし)げ、咲弥は状況を見守った。

 ゼイドが不意に、震えた声を漏らす。


()(がね)、全部、すっ飛んだ……」

「へっ……?」


 あまりに衝撃的な事実に、咲弥は耳を疑った。

 咲弥は呆然と、ゼイド達を見つめる。


「へへへっ。運が悪かったなぁ。まっ、ギャンブルなんだ。こういう日もあるさ」


 男は豪快に笑い飛ばした。

 咲弥は我を取り戻し、ゼイドに問いかける。


「い、いくら失ったんですか?」

「……二〇万、スフィア……」

「えぇえええ……」


 やや引き気味に、咲弥は自然と苦い顔になる。

 自由行動を始めてから、まださほど時間は経っていない。それなのに、すでにかなりの高額なお金を失っていた。


「なんで、途中でやめなかったんですか……ゼイドさん」

「いや、俺も……つい、熱くなっちまった……」

「すまねぇ……全部、俺のせいだ……」


 ロイの謝罪を聞き、咲弥はぼんやりと全容が見えてくる。

 ゼイドであれば、最悪ロイを止めてくれると考えていた。

 だが彼の面倒見のよさが、逆に(あだ)となったようだ。


 やはりギャンブルなど、するものではない。二〇万という大金があれば、できることはほかにたくさんあっただろう。

 咲弥が唖然としていると、ロイががばっと立ち上がった。


「咲弥君……わりぃが、持ってる金を貸してくれ!」

「……え?」

「次は絶対に勝てる! 間違いないんだ!」


 なんら確証のない妄言(もうげん)に、咲弥は半目でロイを見据える。

 ロイの目は血走り、引くに引けない雰囲気が漂っていた。

 仮に貸したとしても、失ってしまうのは目に見えている。

 咲弥はきっぱりと否定する。


「だめです」

「いや、マジで! 次は勝てるんだって!」

「二〇万も使って負けてるのに、四〇〇〇程度あったって、勝てるわけないじゃないですか。絶対に失いますよ……」

「ところがどっこい! 十倍……いや、二十倍にもなる!」

「なりませんって……」

「取り返さなきゃ……ゼイドに申し訳ねぇんだ!」


 それは確かに、その通りではあった。しかしギャンブルで取り返すとなれば、信用は地の底にあると言ってもいい。

 どんなギャンブルかは不明だが、望みはほぼないだろう。

 ロイ達からお金を巻き上げた強面の男が、せせら笑った。


「いや、もうだめだめ。今回は、もうお開きだ」


 ロイはテーブルに手をつき、前のめりに男へ詰め寄った。


「なっ! そこをなんとか頼むぜ、旦那! もう一勝負!」

「だめだって。だいたい見合う金額、用意できねぇだろ?」

「四〇〇〇から増やさせてくれ!」


 ロイの発言に、咲弥はぎょっとする。

 すでに貸す前提で、話が進められているらしい。


「たかだか四〇〇〇ぽっち。もう諦めな?」


 ロイはがっくりとうな垂れた。

 少し可哀そうに思う反面、どこかほっとした気分になる。

 咲弥が安堵(あんど)した瞬間、男はにたりと笑う。


「だがまあ、どうしてもってんなら……そうだな。そっちの可愛らしい嬢ちゃんの一晩も()けるっていうんなら、乗ってやってもいいぜ」


 男の視線が、紅羽のほうを舐め回すように動いた。

 咲弥は眉間(みけん)に力を込め、ただただ震撼する。

 理不尽極まりない条件を、呑めるはずなどない。


「奇跡に近い上玉だ。二〇万なんか、お釣りがくるぜ。ただ相手は、嬢ちゃん自身がやることが条件だ。そっちのほうが後腐(あとくさ)れもねぇからな」

「何を言ってるんですか? だめに決まってます!」


 咲弥は声音を強く、男の発言をきっぱりと否定した。

 男は肩を(すく)め、やれやれとため息をつく。


「なら、諦めんだな」

「紅羽ちゃん……」


 ロイが涙ながらに、紅羽の肩に手を置こうとした。

 紅羽は無表情のまま俊敏(しゅんびん)に動き、ロイの手から逃れる。

 ロイの手は(くう)を切ったが、代わに自身の口を覆い隠した。


「すまねぇ……俺らのために、その涙を飲んでくれ」


 言葉の意図を飲み込み、咲弥は声を張った。


「ロイさん! 何を言ってるんですか!」

「だってよぅ……二〇万だぞ……二〇万……」


 咲弥は呆れ果て、ため息まじりに首を横に振った。

 紅羽を売るような真似は、決してできない。そんなことをするぐらいであれば、大金を失ったほうがマシまであった。


 少し不憫(ふびん)だと思えるものの、お互いの了承を得たうえでの出来事であれば、それはそれで仕方のないことではある。

 これ以上、泥沼にはまる必要性はまるで感じられない。


「私が賭けに勝てば、全額が戻ってくるのですか?」


 紅羽は小首を(かし)げ、誰にとなく()いた。

 咲弥は驚愕して、紅羽に詰め寄る。


「紅羽! だめだよ。そんな――」

「いいね。全額どころか、倍にして返してやってもいいぜ。どうだい、やるか?」


 咲弥の言葉を、男が力強い口調で(さえぎ)った。

 その余裕のある笑みから、底知れない自信が感じられる。真っ先に咲弥が疑ったのは、イカサマの可能性であった。

 そうでなければ、倍にするなど口にできるわけがない。


「だめだよ、紅羽。きっと、勝てるような勝負じゃない」

「ですが、咲弥様。私達の旅費を工面してくれているのは、大半がゼイドですから、今後は厳しい旅となりませんか?」


 紅羽の至極まっとうな意見に、咲弥はつい閉口した。

 珍しく、紅羽の舌は(なめ)らかに回る。


「失ったものは、もう仕方ありません。ですから、現状取り()る最善の手段で、行動をするのがよろしいかと――私は、そう考えております」

「いや、だからって……ギャンブルはないよ……」


 咲弥が否定を述べた直後、背後から男の笑い声が飛んだ。


「いいね。綺麗な顔して(きも)が据わってやがる。気に入った」

 男は立ち上がり、近くにある場所から何かを持ってきた。

「そっちの兄ちゃんは、どうやらイカサマを疑ってんな? だからそんなものが、入る余地のない勝負にしてやるよ」


 テーブルに置かれた(ばん)を見て、咲弥は目を見開いた。

 チェス――あるいは、将棋を連想させる造形をしている。


 そもそも、テーブルに散らばっているカードやコインも、よく見れば、もとの世界にもありそうな代物だと思えた。

 異なる世界でも拝めるとは思わず、咲弥は驚かされる。


「世界中で有名な、戦棋(せんぎ)で勝負をしようじゃないか」

「戦棋……どんなルールなんですか?」

「えっ……?」


 咲弥の問いに、男は強面に驚愕の色を宿した。

 嘘だろと言わんばかりの顔で、硬直してしまっている。


「ああ、戦棋は――」


 ゼイドが男に代わりに、ルールの説明をしてくれた。

 その間に男は準備を始め、紅羽が対面の席につく。


「――で、皇帝か国王を討てば、そこで勝敗が決まるんだ。まあ簡単に言えば、帝国と王国の戦争を模したゲームだな」


 見た目はチェスっぽいが、聞けば将棋のようでもあった。

 大まかな部分は同じだが、どちらとも異なる点がある。


 倒した相手の手駒(てごま)を使えるようにするためには、交渉人と呼ばれる駒で取った場合に限られる。このように、ほかにも違う部分が存在していた。

 ただ一度聞いただけでは、さすがに記憶しきれない。

 とても不安げな面持ちで、男が恐る恐る尋ねた。


「嬢ちゃんは、ルールを知らないなんてことないよな?」

「はい。問題ありません」

「ふう……よかった。それじゃあ……早速、始めようかい」


 男はサイコロを三つ、小さく(かか)げる。


「先手と後手を決める。嬢ちゃんが振りな」


 男からサイコロを手渡され、紅羽は即座に落とした。

 見ようによっては、男がサイコロを振ったにも等しい。

 からからと小気味よい音を立て、サイコロが止まった。


「残念。嬢ちゃんが先手。皇帝側だ」


 男は言いながら、盤上をぐるりと回転させた。

 咲弥は極わずかに首を(ひね)る。


 この手のゲームでは、先手が有利だと思ったからだ。だが男の口ぶりからは、あまり先手なのはよろしくないらしい。

 隣に立つゼイドに、咲弥は顔を向けた。


「このゲーム。先手は不利なんですか?」

「人によるな。実力が互角なら、先手はちと不利だ」

「一騎打ちみたいなもんさ。相手の出方をうかがってから、動く奴がいるだろ。そのほうが展開を予想しやすいのさ」


 ロイの補足を聞き、咲弥は盤上を眺めた。

 紅羽は迷いなく、即座に一手を打つ。


「ほう。悪くない。ちゃんと、わかっている奴の動きだ」


 男は言い終えた直後、自分の手駒を動かした。

 一呼吸の間もなく、紅羽は手駒を進める。

 咲弥ははらはらしながら、盤上を見守った。紅羽が本当にしっかり考えて動かしているのか、大きな不安を胸に抱く。


 そう思わせるほど、紅羽の打つ手があまりに早過ぎた。

 男もまたやりなれているのか、軽快に駒を動かしていく。

 正直、この手のゲームは苦手であった。だから咲弥には、今どちらが優勢なのか、漠然とでしか判断できずにいる。


 しばらくして、不意に男がその手を止めた。

 男は盤上をじっと凝視し、口もとを手のひらで覆い隠す。


「待てよ待てよ……そこで、術者を動かすか……そうか……あのとき近衛(このえ)を動かしたのは、全部このときのためか……」


 男が不安げな様子で、自分の駒をゆっくり動かした。

 相手の駒を、紅羽はすかさず交渉人の駒でかすめ取る。

 男の額から汗が大量に流れ落ち、石像のごとく固まった。

 しばしの沈黙を経て、男は絞り出したような声で言う。


「ま……(まい)った……」

「はい。私の勝ちです」


 咲弥は目と耳を疑った。

 まだどちらも、半分程度しか進んでいないと思える。

 それなのに、もう勝敗がついたようだ。


「戦棋は得意だったんだがな……まさか負けちまうとはね。しかし、それにしても強過ぎだ。チャンピオンか何かか?」

「いいえ。ただ、幼い頃に叩き込まれました」


 自身の過去を、紅羽は淡々とした口調でほのめかした。

 戦棋を叩きこまれた理由は、正直よくわからない。だが、紅羽が見せた意外な一面に、咲弥は静かに驚いた。

 男は曖昧(あいまい)(うなず)き、生返事をする。


「ほう……そうかい」


 それ以上深くは問わず、男は札束(さつたば)を盤の上に投げ置いた。


「わりぃな。実は、倍は無理だ。取った分で勘弁(かんべん)してくれ」

「おうおうおうおうっ?」


 ロイが前のめりに、男へと歩み寄りながら睨みつけた。


「払う金がねぇだと? そりゃあいけねぇな兄ちゃん」

「得た分は返したんだ。それで勘弁しろ」

「いぃや。だめだね。きっちり四〇万、払ってもらおうか。じゃなきゃあ冒険者の旦那と紅羽ちゃんに、こちとら顔向けできねぇんだわ。わかんだろ? おらっ」


 チンピラみたいなロイに、咲弥はつい苦笑が漏れる。

 紅羽がロイ達を見つめ、そっけない声で告げた。


「私は戻ってさえくれば、それで構いません」

「まあ、俺もそうだな」


 二人の発言に、ロイがぐっとうめいた。

 しかしロイは、その首を横に振る。


「だめだ。俺らのときは(しぼ)られ、こいつのときは絞られねぇなんて不公平だろ。ギャンブルなんて、そんなもんだ」

「やれやれ。とはいえ、ないものは絞り出せねぇぜ?」


 男は肩を(すく)め、ため息をついた。

 そんな男の顔の前に、ロイの顔が詰め寄った。


「あんだろ? 家の家具やなんやを金に()えてよ?」

「無茶言うなよ。こちとら庶民の出だぞ」

「だったらよぉ――」


 紅羽の勝利から、ロイはやけに威勢がいい。渋い顔をする男に対して、裏の人間さながらの詰め方を続けている。

 ただ、ロイの言い分も決して間違いではない。


 咲弥はぼんやりと眺め、ふと思いつく。

 両手で壁を作り、苦笑で誤魔化している男に問いかける。


「あの……あなたは、この村の方なんですか?」

「んぁ? ああ、そうだよ」

「それなら、果実酒を何本か手に入りませんか?」

「まさか、果実酒ごときで手打ちにするつもりか?」


 ロイの質問に、咲弥はこくりと(うなず)いた。


「魔物の被害のせいで、果実酒がかなり高騰(こうとう)してるんです」

「……マ、マジ……?」

「はい。一本一万超えです」


 短くうめくロイの顔は、驚きに満ち溢れている。

 男が悩ましげな顔をして(つぶや)いた。


「あぁ……あんたらよそ者には、今かなりの高額だからな。酒場でも果実酒は拝めねぇほどだ。まあ別に何本と言わず、十本でもニ十本でも構わんぞ?」

「ほ、本当ですか?」


 嬉しく思い、咲弥はつい笑みを浮かべた。


「それで帳消しにしてくれんなら、すぐにでも仕入れるぜ。ツケでも(ゆず)ってくれる酒屋には、ちょっとしたあてがある」

「はい……あっ……いろいろ種類を用意してくださったら、かなり助かります」

「わかった。すぐに用意する。あんたも、それでいいな?」

「まあ、それなら悪くねぇな」


 ロイは落ち着きを取り戻したのか、首を縦に振った。

 男はどこか安堵(あんど)した顔で述べた。


「じゃあ、知り合いにかけ合うから、少し待っててくれ」

「逃げないように、俺と冒険者の旦那もついて行くぜ?」


 ロイの言葉に、男は苦笑する。


「ははは……お好きにどうぞ」


 丸く収まった様子で、咲弥はほっと胸を()で下ろした。

 それもこれも、紅羽のお陰ではある。

 銀髪の少女に目を向けるや、不意に視線が重なった。


「咲弥様は、お優しいですね」


 そう言った彼女の微笑みに、咲弥は胸をドキッとさせた。

 不意打ちの微笑みに、つい視線が奪われる。

 ぎこちない(うなず)きで、咲弥は紅羽に応えておいた。




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