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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第一章  王都を目指して
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第三十四話 魔物による影響




 王都への中継地となる町には、甘い匂いが漂っていた。

 果実酒が名産なだけあってか、果物の香りがとても強い。


 ここは旅人がよく訪れるからか、あちこちに出店がある。だから人間以外にも、別の種族の姿がちらほらと見られた。

 咲弥達は今現在、繁華街的な場所を歩き続けている。


「あっれぇー? 確か、この辺じゃなかったかなぁ?」


 悩ましげな顔をして、ネイは小首を(かし)げた。

 大荷物を背負うロイが、息切れまじりに怒鳴る。


「おまっ……ざけんな……いったい、何度目だよ……!」

「ここは飲食店とか、食品関係のお店が多そうですね」


 咲弥も大荷物を背負い、(つぶや)きながら周囲を観察する。

 この付近は、レンガ造りのオシャレな建物が多い。そんな場所にいる人々は、庶民的ではあるが景観に沿()う格好をした者ばかりであった。


 ほかにもメイド服や、執事っぽい格好の者もいる。それがお屋敷勤めなのか、飲食店の店員なのかまではわからない。

 この場の雰囲気に馴染まない者は、きっと咲弥達と同様、よそ者だと思われる。


「酒の匂いに釣られ、無意識に(さそ)われたんじゃないか?」


 ゼイドのからかいに、ネイが(りん)とした顔に笑みを(たた)えた。


「んぅ……そうかも?」

「ざけんな! 先に宿を見つけて、荷物を下ろさせろ!」


 ロイの不満げな声に、ネイは呆れた様子で肩を(すく)めた。


「情けないわねぇ。私の荷物持ち君を見習いなさいよ」

「いや、ぜってぇしんどいだろ? なあ?」


 確かに少々重く、大変ではある。だが、奴隷時代で(つちか)った経験のせいなのか、もはやそこまで苦ではなくなっていた。

 同意を求めてきたロイに、咲弥は苦笑まじりに答える。


「早めに荷物を下ろせるなら、ありがたくはありますね」

「ほれ、見てみろ!」


 ネイが、すっと目を細めて睨んできた。


「単純に、あんたが同意求めたから配慮してるだけでしょ。だって咲弥君、まったくといって疲れた顔してないもん」

「いっ……?」


 ロイが驚いた面持ちで、咲弥を振り返った。

 どうやら、ネイには見透かされているらしい。

 ゼイドが豪快に笑い、フォローしてきた。


「動きづらくはあるし、とにかく宿は早めに探そうぜ」

「それはそうね。でも……おっかしいな……この辺だったと思うんだけどなぁ」


 ネイは困惑げに、すらりとした足をゆったりと進める。

 その隣に、ロイが並んだ。


「どうして、その宿に固執(こしつ)してんだ?」

「え? 普通に、お風呂がちゃんとあるから」

「ま、まさか……それだけ、か……?」

「それだけって、それが一番重要でしょうが」


 歩き回った理由が判明し、ロイががっくりとうな垂れた。

 咲弥は苦笑したものの、心の内側で賛同しておく。

 ロイがすっと立ち直り、ネイに提案した。


「つか、人に聞いたほうが早くね?」

「観光がてらに探したいでしょ? 急ぐ理由もないし」

「俺は急いで、このばかでかくそ荷物下ろしたいんだよ!」


 ネイが口を尖らせ、半目でロイを睨んだ。


「お金、出すのは?」

「うっ……」


 ネイのほうから視線を()らし、ロイは押し黙った。

 そんなロイに、ネイが追い打ちをかける。


「宿代。移動費。食費――貸しとはいえ、誰が出すのよ? 無職さんか?」

「す……ほんと、すんませんでした……」


 ネイはからからと笑い、ロイの肩をぱちんと叩いた。

 咲弥は二人のやり取りを眺め、ある種の予感を覚える。

 きっとネイの本心は、観光がてらではない。

 ある目的から、ついでに下見をしているのだと思われる。


 それから三十分以上も歩き続け、やっと宿を探しだした。

 部屋に荷物を降ろしたのち、再び一同は玄関口に集まる。


「飯にはまだ早いし、三時間ぐらいは自由行動ってことで。ほな!」


 ネイは片手を振り、颯爽(さっそう)とどこかへ去っていく。

 ゼイドは腕を組み、ネイが消えた方角を見つめていた。


「あいつ、果実酒のためだけに、この町を選んだな……」

「やっぱり、そうだと思いました。お酒、好きですもんね」


 ゼイドと一緒に、咲弥は深いため息を漏らす。

 ロイが不意に、ゼイドへと歩み寄った。


「ゼイド。わりぃが、ちと俺に付き合ってくれねぇか」

「ん? どうしたんだ?」


 ロイは歯を食い縛り、その拳を震わせた。


「あんの赤毛メスガキに、元裏の住人である俺の力を、思い知らせてやるぜ」

「ほう。どうするつもりだ?」

「なぁに。簡単な話よ。だが、無職の俺一人じゃ無理だ……だから手伝ってくれ」

「やれやれ……まあ、いいぜ。お手並み拝見といこうか」

「おう」


 馬車に乗り始めの頃に聞いた話なのだが、ゼイドとロイは同年代らしい。だからか、二人のやり取りはとても気さくなものに感じられた。

 ゼイドがいかつい顔を、咲弥のほうへ向けてくる。


「それじゃあ、ちょっと行ってくるぜ」

「あ、はい!」


 ゼイドはロイと一緒に、どこかへ行った。

 ロイが何を(たくら)んでいるのか、少しばかり不安を覚える。

 ただゼイドが一緒であれば、特に問題はなさそうだった。面倒見のいい彼なら、最悪の場合止めてくれるに違いない。


 ふと気づけば、咲弥は銀髪の少女と取り残されていた。

 彼女は真顔のまま、ぼんやりと周囲を眺めている。

 整った綺麗な横顔を見ながら、咲弥は声をかけた。


「紅羽。僕達も時間まで、町を散歩でもしてようか?」


 紅羽がふわりと、咲弥を振り返った。


「了解しました」


 紅羽はこくりと(うなず)き、抑揚(よくよう)のない口調で了承した。

 果実の匂いに満ちた町の中を、咲弥は紅羽と散歩する。

 咲弥は行き交う人々に、視線を巡らせた。


 みんなそれぞれ、さまざまな目的を持って生きている。

 馬車内でした会話の記憶が、不意によみがえった。


(ここの人達にも、何か自分なりの楽しみってあるのかな)


 答えの出ない疑問を抱え、咲弥は紅羽に視線を移した。

 神々しさのある少女は、無表情で前を見据えている。


「ねぇ、紅羽」


 魅力的な紅い瞳を見据え、咲弥は質問する。


「紅羽は何か……やりたいこととかってある?」

「……? 咲弥様のお力になることです」

「あぁ、いや、そうじゃなくて……趣味っていうか、紅羽が息抜きになる何かとか、そういうのは特にないのかな?」


 紅羽は、すっと前を向き直った。

 一瞬、無視されたのかと思ったが、なにやら思案している雰囲気が漂っている。さすがに無表情からでは、感情を読み取るのがとても難しい。

 少しして、紅羽の紅い瞳が咲弥へ向けられた。


「はい。ありません。特に必要性も感じません」

「そ、そっかぁ……」


 無趣味というのは、ちょっと寂しい気もする。とはいえ、そういうものは自分の興味、あるいは感性によって決まる。

 だから、無理矢理に押しつけるようなものでもない。


「咲弥様には、何かあるんですか?」

「あ、いやぁ……」


 もとの世界なら、それこそ多種多様の娯楽に満ちていた。だが、こちらの世界で似た――または同様の趣味を持てるかどうかは、正直まだよくわからない。

 咲弥は首を横に振ってから、紅羽と視線を重ねる。


「僕も特になくて……だから、何か探してみようかなって」

「そうですか。では、私も咲弥様と一緒に探してみます」

「うん。お互い、いいものが見つかるといいね」

「はい」


 紅羽は再び、前を向き直った。

 表情に変化はないが、どこか笑っているようにも見える。たとえ表情が(とぼ)しくとも、その美貌(びぼう)は損なわれていない。


 透き通る白い肌に、(きら)めく銀髪――やや幼い顔立ちだが、紅い瞳が際立(きわだ)っているせいか、とても力強いといった印象を抱かせる。さらにまつ毛も長く綺麗だった。

 見れば見るほど、非の打ち所がまったくない。怖いぐらい綺麗な顔は、まるで人の上位種だと錯覚しかねないほどだ。


 それこそ、この世界へ放り込んだ天使クラスだと思える。

 紅羽の横顔に見とれていると、聞き慣れた声が聞こえた。


「ちょっと! どうして、こんなに高いわけっ?」


 咲弥は、荒々しい声の方角を向いた。もう一人の美人――赤髪のネイが、店員らしき男となにやら言い合っている。

 やや遠くからだが、(りん)とした顔をしかめているようだ。


「ネイさん? 紅羽。ちょっと、行ってみようか」

「了解しました」


 歩み寄る最中、ネイと男店員の会話が聞こえてくる。


「だから、生産がおっつかないんだよ。ただでさえ、どこもかしこも、魔物の活発化による影響は、とても大きいんだ」

「だからって、こんなばかな値段はないでしょうよ!」

「嫌ならほかをあたりなよ。まあ、どこも変わらんがね」


 まるで野犬みたい顔をするネイに、恐る恐る話しかける。


「……ネイさん……? 何してるんですか?」

「あ、咲弥君! 聞いてよ! こいつ、ぼったくりなの!」

「姉ちゃん、人聞きが悪いな?」


 男店員はむすっとした顔で、唇を尖らせた。


「本来なら一本数百スフィア程度のはずが、一万スフィアを超えるだなんて、どう考えたっておかしいでしょうが!」

「やれやれ、話が進まんな。何度も言ってるが、ほかの町や村への輸送に大多数が回されちまって、本来なら、旅人達に販売する余裕なんかないんだ。だから一本丸々売るんなら、この金額で出せって上のほうから言われてんだよ」


 男店員は、うんざりとした顔を見せた。

 ネイの言い分はわかる。確かに、ぼったくりだと思えた。

 ただ男店員の言い分もまた、当然のように理解できる。


「……ネイさん。今回は諦めるしかないですよ」

「はあ? ばか? ここまで来て、それはないでしょ!」


 もの凄い剣幕(けんまく)で、ネイが睨んでくる。

 咲弥は軽く後退して、言葉を返した。


「いやまあ、そうですけど……さすがに高くありません?」

「高いわよ! ぼったくりよ!」


 咲弥は苦笑で、なんとかネイをなだめる。

 不意に、ネイの背後を町人らしき青年が通り過ぎた。


「おっちゃん。いつものちょうだい」

「はいよ」


 なんらかの液体が入ったビンが、青年に手渡された。

 種類はわからないものの、おそらく果実酒だと思われる。


 その後――男店員へと支払われたスフィアは、どう見ても一万以上ではない。一瞬、咲弥は自分の勉強不足を疑った。

 しかし正しければ、六〇〇スフィアで間違いない。


「いつも、ありがとうよ。親父さんに、よろしくな」

「うん。それじゃあ、また」

「あいよ!」


 立ち去る青年を眺めるネイの姿を、咲弥は見つめた。

 奇妙な沈黙が訪れたのち、ネイが声を最大にして荒げる。


「はぁああっ? どういうこと! おかしいでしょうが!」

「あの子は、この町の子なんだ。あたりまえだろ?」

「訳わかんないわ! なんであの人には定価なのに、私にはぼったくり価格なわけ! きちんと、一から説明しなよ!」


 男店員は面倒そうに、老けた顔をしかめた。


「この町の人にとっちゃ、果実酒が唯一の生きがいなんだ。でも、あんたみたいな旅人はそうじゃないだろ? 別の町に行きゃあ、息抜きなんか腐るほどあるんだ」

「私だって! お酒が息抜きで生きがいやろがい!」


 地面を一度強く踏みつけ、ネイは全力の抗議をした。

 男店員は、深々とため息を漏らす。


「兄ちゃん、知り合いだろ? この()を引き取ってくれよ」

「えぇえ……」


 咲弥はつい嫌そうな声が漏れてしまう。

 これほど怒ったネイを、初めて見たというのもあるが――正直、下手に刺激するのは、よろしくないと感じられた。

 しかも双方の言い分がわかるだけに、難しい話でもある。

 とはいえ、このまま放っておくわけにもいかない。


「ネイさん……」

「もういいわよ! わかったわよ! 製造所に直接行って、交渉してくればいいんでしょ! じゃあ、そうするわよ!」


 咲弥の言葉を(さえぎ)ったあと、ネイは飛ぶように去っていく。

 持ち前の機敏さで、あっという間に姿が見えなくなった。

 しばしの静寂を経て、男店員のため息が聞こえてくる。


「そっち行っても、同じなんだがなぁ……俺だって本当は、まっとうな値段で売りたいんだ。でも魔物の被害のせいで、そう簡単な話じゃないんだ」


 (つぶや)く男店員に向け、咲弥は頭を下げる。


「すみませんでした。ネイさん……果実酒が手に入るのを、凄く楽しみにしていたので……わかってあげてください」

「ああ……見てたら、わかるよ。もしも安くなったら届けてあげるからって、あの娘に言っておいてやってくれないか」

「はい。ありがとうございます。きっと、喜びます」


 お礼を告げてから、咲弥は紅羽と一緒にその場を離れた。

 再び歩きながら、咲弥は思考を巡らせる。

 魔物による影響は、こんな場所にまで出ていると知った。おそらくほかにもまだ、似た事例はたくさんあるのだろう。


 それは――魔物を討伐する人の数が、追いついていないのかもしれない。

 そうでなければ、こんな被害が出るはずがなかった。


(魔神を討てば……魔物の被害も消えるのかな……)


 初めて訪れた村でも抱いた疑問だった。

 あの頃から、その答えはいまだ出ていない。

 すべては――


「だぁあああああ――っ!」


 唐突な男の叫びに、咲弥の肩が大きく飛び跳ねた。

 声がした方角を振り返り、咲弥は視線で探る。

 するとそこには、見慣れた二人の男がいた。


 見知らぬ男とテーブルを(はさ)み、ロイは頭を抱えている。

 咲弥は首を(ひね)ったあと、紅羽に視線を移した。


「今度は何があったんだろ? ちょっと、行ってみようか」

「了解しました」


 咲弥は紅羽と並び、ロイ達がいるほうを目指した。




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