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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第一章  王都を目指して
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第三十三話 馬車に揺られながら




 一台の馬車が激しい音を響かせ、草原を疾駆(しっく)していた。

 馬車にはいくつか、目的別に種類がある。

 咲弥が初めて乗ったのは、ただの運搬用の荷馬車だった。次は勘違いから護送馬車に運ばれ、今現在は移動専門の乗用馬車の中で、その身を揺らしている。


 最初の頃は、変な生物が引く馬車――そういった感想しかもてなかったが、この世界を訪れてから多くを学んできた。

 だからこそ、きっちりと理解できることがある。

 まず車体の部品には特殊な素材が使われており、それぞれ紋章効果が宿されていた。そのため車体を引く生物には軽く感じられ、荒い道も難なく走っていける。


 次にエンジンの役割を(にな)うのは、迅馬(じんば)と呼ばれる生物だ。

 迅馬は馬っぽい体形だが、馬かと問われれば少し首を(ひね)る存在であった。龍を連想する顔を持ち、その体には黒鉄色の(うろこ)が張りついている。

 鹿のごとき角も生え、火を彷彿とさせる(たてがみ)も立派だった。


 まるで伝説上の、麒麟(きりん)と呼ばれる存在に近い気がする。

 そのいかめしい姿からは想像もつかないが、かなり温厚な性格をしている。また同時に、憶病(おくびょう)な生物でもあった。

 しかし驚くべきは、性格や性質とかではない。


 迅馬の特殊過ぎる食事方法にある。

 迅馬は走行中に、漂うマナから栄養を摂取するのだ。

 食費がかからないうえ、トラック以上の力を持つ迅馬は、さらにもう一つ――憶病ゆえの、特別な力を保有している。

 それは――


「クォオオオ――ッ!」


 迅馬は突然、警報じみた声を放つ。

 奴隷施設までは、遭遇しなかった事態が発生する。

 赤髪の真上に両腕を伸ばし、ネイが大きく背伸びした。


「やれやれ、魔物さんのご登場みたいね」

「どうする? 迂回(うかい)するか?」


 ネイの隣に座る熊型の男獣人、ゼイドがそう問いかけた。

 ネイは後ろを振り返り、座席に両膝を乗せる。

 ふっくらとした彼女のお尻に、つい咲弥の視線が向かう。


「ねぇ。おじさん。そのまま進んでくれていいからね」

「進行方向に魔物がいるみたいだが……大丈夫かい?」

「大丈夫、大丈夫。冒険者の私達が撃退するから」


 陽気な口調で言い、ネイはきちんと座席に座り直した。

 ネイは足を組み、ゼイドの片腕をぽんぽんと叩く。


「そんじゃ、まあ。いっちょやったりますか」

「おう」


 ゼイドが応じたあと、ネイが馬車体にある扉を開いた。

 流れていく地面を見つめると、窓から眺めるよりも遥かに速度が出ているように感じられる。そんな高速の中、赤髪の彼女は半身を外へと放り出した。

 ネイは額に手を添え、周囲を大きく見渡している。


「んぅー。あれは、タイガの群れかなぁ」


 咲弥は馬車の窓から外を覗いた。

 ネイが発見したらしき、魔物の姿を探してみる。

 前方のやや遠くに、複数の小さな影をいくつか捉えた。


 細長い(ひげ)をもつ、狼に酷似した魔物が走っている。

 馬車は徐々に減速し、やがてその動きを止めた。


「あんた達は乗ってていいわよ。さくっと退治してくるわ」


 ネイは言ってから、ゼイドと一緒に馬車から飛び降りた。

 ついでに、こっそりと銀髪の少女も下車する。


「え、ちょっ……」


 咲弥が呼び止める間もなく、ネイ達と走っていった。

 タイガの群れが、馬車を大きく取り囲んでいく。

 肉食獣さながら牙を剥き、重く(うな)って威嚇(いかく)してきていた。腹を空かしているのか、よだれがぼとぼとと(したた)っている。

 ネイとゼイドに加え、紅羽が即座に攻撃を仕掛けた。


 ネイは投げナイフを閃かせ、ゼイドが豪快に大斧を振り、紅羽は光の矢を()る。その光景はもはや、襲ってきたはずのタイガが、逆に不憫(ふびん)に思えるほどであった。

 数多くいたタイガが、瞬く間に数を減らす。


「紅羽!」


 紅羽の背後にいるタイガに気づき、咲弥は叫んだ。

 紅羽は片足を、頭上よりも高く上げる。襲いくるタイガに気づいていたらしく、強烈な踵落(かかとお)としを繰り出したのだ。

 地をも砕く蹴りを受け、タイガの顔がひしゃげている。


 襲う相手を間違えたと言わんばかりに、タイガ達は脱兎(だっと)のごとく撤退(てったい)した。

 ネイとゼイドの二人に、終戦の雰囲気が漂う。

 だが――紅羽だけは、タイガの撤退を許さなかった。


 限界まで弓を引き絞り、逃走するタイガに光る矢を放つ。

 一本の矢は、途中で無数に枝分かれして飛翔する。

 逃げ惑う複数体のタイガを、背後から光の線が射抜いた。

 あまりにも容赦(ようしゃ)のない紅羽に、咲弥はなかば唖然となる。


「あんれ、まぁ……」


 御者台(ぎょしゃだい)にいる壮年(そうねん)の男が、そんな(つぶや)きを漏らした。

 きっと、咲弥と同様の気持ちを抱いたに違いない。


「ただいまぁ」

「お、おかえりなさい……」


 颯爽(さっそう)と馬車に乗り込むネイに、咲弥はかろうじて応じた。

 ゼイドと紅羽も帰還し、座っていた席へと戻る。

 ネイは振り返らないまま、御者に合図を飛ばした。


「それじゃあ、出発してちょうだい」

「あ、あいよ」


 ネイの指示に従い、御者が迅馬を走らせる。

 ゼイドが腕を組み、感嘆(かんたん)の声で言った。


「しかし、聞いていた通り……紅羽ちゃんは本当に強いな。頼もしい限りだ」


 やはり紅羽の戦闘能力の高さは、冒険者も舌を巻くほどのものらしい。実際、明らかに異質な強さを保持している。

 紅羽の事情は、まだ何も聞かされていなかった。


 ただ、アラクネ女王のねぐらで垣間(かいま)見た光景から、壮絶な人生を歩んできたことは間違いない。きっと紅羽の強さは、そんな悲しい過去の出来事が起因している。

 だから彼女の過去については、簡単に()くべきではない。


 いつか自分から話してくれる、その日が来るまで――

 咲弥は自分の胸に、そってしまっておいた。

 話しても構わなさそうな範囲で、咲弥は言葉を(つむ)ぐ。


「はい。奴隷施設のときも、びっくりの連続でしたから」


 ゼイドがごつい手で、自身の(あご)()でた。


「さらに治癒術(ちゆじゅつ)も扱えるんだから……まったく恐れ入るぜ」


 あまり下手に負担をかけるわけにもいかないが、選択肢の一つとして治癒が入るのは、確かにかなりの強みだった。

 特に魔物が蔓延(はびこ)るこの世界では、貴重な能力に違いない。


「あんま、妙な詮索(せんさく)はなしよ。治癒術が扱えるってだけで、わかるでしょ?」

「ああ、いや……そんなつもりはないさ」


 ネイの言葉に、ゼイドは苦笑まじりに否定した。

 咲弥は漠然と、ロイの言葉を振りかえる。

 紋章術の効力を高めるためには物事の本質、または知識を得なければならない。

 高性能な治癒術が扱える。それは、つまり――


 咲弥は静かに、思考を打ち消した。

 たとえ胸の内側だとしても、ネイの言葉通りではある。

 ばつの悪そうなゼイドに、紅羽が珍しく口を開いた。


「ロイの性的奴隷発言に比べたら、特に問題はありません」

「いや、おまっ! えぇ……? それ、言っちゃうのかよ」


 紅羽の苦情まじりの発言に、ロイが激しく取り乱した。

 咲弥も内心、これには少し驚かされる。

 紅羽は咲弥以外とも、わりと喋れるようになっていた。

 だがそれでもまだ無表情に加え、無言が基本ではある。


 紅羽は案外、根に持つタイプなのかもしれない。

 失言の過去を持つロイへ、ネイが(けわ)しい表情を向けた。


「はぁ……? あんた、そんなこと言ったわけ?」

「それは、お前……さすがに、ちょっと……」


 ネイとゼイドが、まるで汚物でも見るような目をした。

 ロイは視線を泳がせながら、片手を大きく振る。


「いやいや! だから、それは謝ったじゃねぇかよ!」

「うわっ、本当なんだ……」

「いやいや、こんな可愛い子が奴隷って聞きゃあ、誰だってそうなんじゃねぇかなぁって、普通は思うだろ……なあ?」


 助けを求めているのか、ロイはゼイドへと少し詰め寄る。

 ゼイドは引き気味に、その身をすっとずらした。


「思ったとしても、普通は口には出さんな……」

「いや……まあ……つい、口が滑っちまったんだよ」

「マジ、サイテー……」


 ネイとゼイドに責められ、ロイはしゅんと肩を落とした。


「咲弥様にはもう誤解を解きましたが、そんな経験は一度もありません」

「ほんと、謝るから……もう勘弁(かんべん)してくれや」


 ロイは紅羽へは向かず、げっそりとした顔で謝罪した。

 重い空気が(にじ)む馬車内で、咲弥は不意の思いを巡らせる。

 同室だった男のコルスは、同室の女を犯しても(とが)はないと口にしていた。真偽は知れないままなのだが、きっとそんな奴隷が実在するにはするのだろう。


 奴隷制度に関しては、どうしようもないことではある。

 咲弥にはとやかく言う権利も、奴隷制度を壊す力もない。だから大多数は諦めるしかないと、ちゃんと理解している。

 それでも、やるせない気持ちは募るが――


(全員は無理でも、紅羽だけは救えたんだ……)


 それでよしとはならないが、心の救いにはなれていた。

 咲弥の視線に気づいたのか、紅羽が紅い瞳を向けてくる。

 すると紅羽は、そっと柔らかく微笑んだ。


 眩しいほど綺麗な顔に、痛いぐらい咲弥の心臓が跳ねる。

 どぎまぎとしてしまい、咲弥はなぜか愛想笑いで返した。


「お客さん達。そろそろ、町のほうへ着きますよ」


 御者(ぎょしゃ)が肩越しに咲弥達へ向き、そう声をかけてきた。

 次の町は中継地点――としか、咲弥は聞かされていない。


「あの、もうすぐ着く町は、どんな町なんですか?」

「んっふっふぅん」


 ネイが奇妙に笑い、咲弥の額を指でつんと押した。


「次は、果実酒が名産の町よ」

「えっ……」


 咲弥はつい頬が引きつった。

 果実酒が名産の町など、嫌な予感しかない。事前の注意もむなしく、結局ネイは先日も限界まで酔っぱらっていた。


 そうしてまた、咲弥が寝室まで運ぶはめとなったのだ。

 二度目だとはいえ、女性の体に触れるのは抵抗を感じる。

 妙な気恥ずかしさもあれば、変に意識してしまうからだ。


林檎酒(りんごしゅ)から葡萄酒(ぶどうしゅ)に、檸檬酒(れもんしゅ)桃酒(ももざけ)……はぁ~ん。どれもこれも、一通りぜぇんぶ飲んでいきたかったのよねぇ……」


 ネイは目を輝かせ、(りん)とした顔をうっとりとさせた。

 ゼイドが微笑しながら、虚空を見上げる。


「フルーティーな味や香りもいいが、酒は酸味や辛味の強いほうが俺は好みだ」

「わかる。がつんと来るやつのほうが、俺もいいな」


 ロイが同意を示した直後、ネイが呆れ顔で(つぶや)いた。


「そんなのはどこの酒場でだって、いつでも飲めるでしょ。折角だし、酒場ではあまり出回らない品々のほうがいいわ」

「それは、確かに……まあそうだな」

「奴隷施設のある町にゃあ、国外酒も結構あったんだよな」


 しみじみとした雰囲気を放ち、ロイはため息をついた。

 奴隷時代に同室だった男も、酒の話をしていた気がする。


 興味のあるなしに関係なく、見聞を広めるために足を踏み入れたかったが、大人の世界が広がっていた様子の町へは、結果的に行かずじまいとなってしまった。

 それは仕方のないことだが、少し残念な気持ちになる。

 ネイが右手を持ち上げ、否定的な声を投げた。


「そんな無法地帯の町にあるお酒なんか、何が入ってんのかわかったもんじゃない。後が怖くて、ちょっと飲めないわ」

「いや、これが案外いけんだ。特に辛口好きのゼイドなら、絶対気に入るぜ?」

「ほう……?」

「マジあまりの旨さに、腰抜かすこと間違いなしだ」


 大人の舌を持つ三人の会話を、咲弥はぼんやりと聞いた。

 お酒に関しては、よくわからない。むしろネイのせいで、より一層お酒の存在から遠ざかっている気もする。


 酔いという感覚を知らないが、酔いたいとは思えない。

 ふと紅羽に視線を移すと、彼女は外のほうを眺めていた。


「紅羽は、お酒を飲んだりしないの?」


 問いかけると、彼女の紅い瞳が咲弥へ向けられた。


「はい。口にした経験はありません」

「そっか……」

「咲弥様は飲まれるのですか?」


 咲弥は苦笑まじりに、首を横に振った。


「お酒は苦手だから、飲める年になっても飲まないかな」

「そうですか。私も今後を含め、飲まないと思われます」


 同じ仲間を見つけ、咲弥は少しだけ嬉しく感じる。

 ネイがわざとらしく、大仰(おおぎょう)なため息をついた。


「あんた達はお子様ね。もったいない、もったいない」

「とはいえまあ、楽しめるものは何も酒だけじゃないさ」


 ゼイドのフォローに、ロイが乗っかった。


「酒以外の楽しみっつぅーと……ギャンブルか!」

「ははは……」


 咲弥は苦笑した。

 ネイが言ったように、自分の思考はまだ子供に違いない。どちらにせよ、自分には向かないとしか感じられなかった。


(まあ、僕には遊んでる暇なんか……ないんだよな……)


 そう思ったものの、さすがに息抜き程度のものは欲しい。

 現状、やはり生きるうえでも大事な食事が思い浮かぶ。


(あとは、そうだなぁ……)


 咲弥は思案している最中、ネイの透き通った声が飛んだ。


「あ、見えた見えた。やぁっと一息つけるわね」


 前方に視線を移すと、巨大な壁が咲弥の視界に入った。




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