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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第一章  王都を目指して
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第三十一話 不意の来訪者




 アラクネ女王討伐後も、アラクネは活発に活動していた。

 また襲われる危険性があるため、ロイは歩ける程度に――紅羽は命に別状がない程度にしか、治癒(ちゆ)を施せなかった。

 討伐した証にアラクネ女王の一部を入手してから、重症の紅羽を咲弥が背負い、ロイと一緒に施設へと帰還する。


 その道中――幾度(いくど)となく、きわどい状況に追い込まれた。

 施設まで戻れたのは、もはや奇跡としか言いようがない。

 紅羽とロイは今現在、別室で治癒を受けている。

 咲弥は豪華(ごうか)絢爛(けんらん)な一室へと、アグニスに招かれていた。


驚嘆(きょうたん)に値する――全員生還など、夢にも思わなかった」


 横柄(おうへい)な姿勢で椅子に座ったまま、アグニスが言い放った。

 その背後に控えた女二人が、感情のない拍手をする。

 まだ帰ってきてから間もない。

 疲労困憊(こんぱい)のさなか、咲弥はアグニスに問う。


「約束通り……これで僕達を、解放してください」


 アグニスは表情を変えないまま、しばらく沈黙した。


「悪いが、それはできない」

「なっ――?」

「ロイと銀髪の女は解放してやるが、お前はだめだ」


 咲弥は驚愕の染まり、一歩前へと踏み出る。


「そんな……約束が違うじゃないですか!」

「事情が少しばかり変わった」


 訳がわからない心境であった。

 どんな事情の変化があるにせよ、解放の延期は困る。


「何がどう、変わったんですか?」

「お前が手にした生命の宿る宝具。それが、問題なのだ」


 紅羽を紋章具で治癒中に、籠手は淡い光となって消えた。そのときにロイから、生命の宿る宝具だと教えられたのだ。

 アラクネ女王を討伐した証拠品を求められたとき、道中の経緯(けいい)も説明させられた。当然、宝具の話もせざるを得ない。

 宝具があったからこそ、アラクネ女王を討てたからだ。


「おそらく、それはドワーフ達が(あが)めた遺産に間違いない。我々の最重要入手項目の一つが、それだったというわけだ」

「宝具が欲しいのであれば、アグニスさんにお渡しします」


 アグニスは、ゆっくり首を横に振った。


「無理だ」

「な、なぜですか?」

「それは、自らが宿主を選ぶからだ」


 ロイから聞かされた話を、咲弥は思いだした。


「宿主に選ばれなければ、何をどうしたところで、石のままだったに違いない。それは、お前を宿主として選んだのだ」


 咲弥は困惑する。

 なぜ自分を選んだのか、その理由まではわからない。


「だがまあ……たとえ扱えずとも、欲しがる阿呆(あほう)は多い」

「では……」

「それでは、だめなのだ。商品にするのなら、完璧の状態に据え置かなくてはならない。至極まっとうな理由だろう?」

「何が言いたいんですか?」


 アグニスは口の端に笑みを張りつけた。


「生命の宿る宝具が、初期状態に戻る方法は――ただ一つ」


 御付(おつ)きの女二人が、素早く咲弥の側面へと迫った。

 左右の首筋に、短剣の刃を突きつけられる。

 冷たい感覚が伝わり、瞬間的に震えてから硬直した。

 死が間近に感じられ、咲弥の心が恐怖に(むしば)まれる。


「な、何を……!」

「抵抗するな。もし抵抗すれば、別室の二人を殺す」

「なん……ですってっ?」

「このボタンを押せば、殺すよう命じている」


 アグニスは、無線機らしきものを見せびらかした。

 完全に見透かされている。

 身を護る行動を取りかけたが、見事に釘を刺された。


「初期状態に戻すには、宿主が死ねばいい。それだけだ」


 アグニスは立ち上がり、咲弥のほうへ歩いてくる。

 短鞭(たんべん)の先を咲弥の顎に当て、無理矢理に顔を上げさせた。


「わかったか? これが、お前だけ自由にできない理由だ」


 裏切られ、悔しい気持ちが胸に溢れ返った。

 命がけで戦った結果がこれでは、あまりにも(むご)い。


「むろん、アラクネ女王を討てる相手に、簡単に勝てるとは思っていない。だからこそ、今が好機だとは思わないか?」

「人質を取るなんて……卑怯(ひきょう)です」

「戦いとはそういうものだ。隙を突くのは当然ではないか」


 咲弥はくっと息を詰めた。

 打開策が何も思い浮かばない。

 仮にこの場を切り抜けられたとしても、別室にいる紅羽とロイが殺される。人質を取られた時点で完全に詰んでいた。


 それでなくとも、動けば躊躇(ちゅうちょ)なく喉元を()っ切るだろう。

 咲弥にできるのは、睨みを()かせるぐらいしかなかった。


「悪く思うな。これもすべては、我らがドンのためだ」

「ぐっ……卑怯者……」

「ご苦労だった。本当に心から感謝はしている。では――」


 ゴンゴンゴン――

 突然、背後から力強くノックする音が響く。

 予定にはない来訪なのか、アグニスは(いぶか)しげな顔になる。


「何者だ……?」


 返事はなく、ゆっくり扉が開く音が聞こえた。


「やあ、悪党ちゃん。いっちょ、戦争でもしてみるかい?」


 不意に訪れた女の声には、聞き覚えがある。

 漠然とした懐かしさが湧いた。


「もう一度、問おう。何者だ?」

「そこの荷物持ち君の主にして、ただの冒、険、者」


 やはり、冒険者のネイで間違いない。

 御付(おつ)きの二人が短剣を引き、アグニスの背後へと戻った。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 咲弥は呼吸を素早く繰り返して、首筋に手を当てた。

 少しだけ、切れている手触りがする。

 背筋に悪寒が駆け抜けるが、まずはネイを振り返った。

 赤髪のネイが、笑顔で手を振ってくる。


「ネイさん……どうして、こんなところに……」

「どうしてじゃないでしょ。あんたこそ、何やってんの?」

「い、いや……僕は……」

「まったく。とんだ大、大、大苦労をかけさせられたわ」


 ネイはひらりと短剣を抜き、咲弥の隣に並んだ。


「それで、どうするわけ? この子を解放するか、それとも冒険者達を敵に回すか……そろそろ、選んでくれない?」


 咲弥ははっとする。


「だ、だめです! ネイさん」

「へぁ……?」


 ネイがぽかんと口を開け、間の抜けた声を出した。


「僕の仲間二人が、人質に取られてるんです」


 ネイの目もとが、ぴくりと引きつった。

 アグニスが不敵に笑う。


「ふっ。そういうことだ。残念だな。間抜けな侵入者」

「はは……ばか? それ、脅しのつもり?」

「脅しではない。必要とあらば、実行させてもらう」


 大きく笑ってから、ネイは再び問いかける。


「そういうことじゃなくてさ、それって脅しのつもり?」

「何が言いたい?」

「やればいいじゃない?」

「ネ、ネイさんっ……?」


 毅然(きぜん)とした態度で告げたネイに、咲弥は震撼する。

 確かにネイからすれば、ただの知らない他人に過ぎない。

 だが、咲弥は違う。そういうわけにはいかないのだ。

 ネイは短剣を、くるくると回した。


「言っておくけれど、人質を殺した時点で……私はあなたを敵と見做(みな)すわ。つまり、完全に戦争をすると受け取るから」


 短剣の切っ先を、アグニスのほうへと向けた。


「意味、わかる?」


 (けん)のこもった表情のアグニスを、咲弥は初めて見た。

 いつも堂々としているアグニスから、余裕が消えている。


厄介(やっかい)だな……お前ら冒険者は、本当に厄介な存在だ」

「私一人に侵入を許す、ザルな警備や監視が問題ね」

「一人、だと……?」


 目を丸くしたアグニス同様、これには咲弥も驚いた。

 この奴隷施設は、規模もわからないぐらい大きな施設だ。

 そのため、監視や警備をしている者の数は計り知れない。しかしネイはたった一人きりで、潜入してきたというのだ。


 いかに戦闘能力が高いといえども、少し不可解に思える。

 咲弥が困惑している中、ネイは肩を(すく)めてから言った。


「仲間にはもし私が戻らなければ、全力で攻め込んでもらうよう頼んでいるけれども……私が一人で、都合よかった?」


 (あお)りにも思えるネイの言葉に、アグニスが舌を打った。

 咲弥には、漠然と思い浮かんだ人物が一人いる。


「仲間って……もしかして……」

「そっ。ところで、あんたの仲間はどこにいんの?」

「別室にいます。今、怪我の治癒(ちゆ)をしてるはずです」

「ふぅん。じゃあ、行こっか」


 アグニスが一歩前へと出た。


「待て。まだ話は終わっていない」

「そう? 私はてっきり、終わったものだと思ったけれど」

「お前に問おう。このままで済むと、思っているのか?」

「逆に問おうか。本気でやる気なのね?」


 どちらも圧力感が凄まじく、一歩も引かない。

 肌がひりつくほどであった。


「まあ、私はどちらでも構わないわよ」

「その小僧一人のために、戦争をするだと? ありえない。冒険者ギルドが動き出すとは、到底考えられないのだが?」


 アグニスが言った通りだと思える。

 今はまだ、冒険者ギルドとは何も関わり合いがない。


「現在、私の仲間がギルドに申請する一歩手前なの。近隣の人達が、この子を救うためであればと、立ち上がったから」


 咲弥は心の中で、漠然とした疑問が広がる。

 いったい誰なのか、その正体が(つか)めない。


「それは親子だったり、販売店の店員だったり、村まるごと一つだったりとね。依頼ともなれば当然、私達は動くわよ」


 謎だった疑問が、素早く晴れていく気分だった。

 この世界で出会った人達の顔が、次々に脳裏に浮かぶ。

 嬉しさと感謝が交じり合い、咲弥の視界は涙で(にじ)んだ。


「それに、もとから黒い噂の絶えないあんた達なんだから。面白がる冒険者も、多数いると思うけどね? どうする?」


 アグニスは深いため息を漏らした。

 黙考する姿勢を見せたのち、アグニスは首を横に振る。


「好きにしろ」

「はあ? ばか? 最初から、そのつもりだけれど?」


 くっと息を詰め、アグニスはネイをきつく睨んだ。

 何かを言おうとしたらしいが、やめた様子であった。


「それじゃあ、あんたの仲間を引き取って帰るわよ」

「はい……あっ!」


 咲弥は唐突に思いだした。

 ネイがうんざりとした顔で()いてくる。


「なあに? まだ何かあるわけ?」

「あ、いいえ。この服とか、借り物なので……」

「そんなの、貰っとけばいいじゃない」

「そういうわけにも……」

「ほんっと! ばかがつくぐらい、あんた真面目過ぎ!」


 ネイには怒られたが、借りた物は返さなければならない。

 黙って持っていくのは、盗人のすることなのだ。

 アグニスはため息をついた。


「構わない。持っていけ」

「え……?」

「そんな物でよければ、いくらでもくれてやる」

「でも……」

「女王がいなくなったことで、ほかに実入りは山ほどある」


 面白くなさそうな顔をして、アグニスは腕を組んだ。


「さっささと行け」

「……はい。アグニスさん。ありがとうございました」


 引きつった眼差しで、アグニスが見つめてくる。

 咲弥はこめかみを、ネイにつつかれた。


「あんた殺されそうになったの、もう忘れたわけ?」

「それとこれとは、話が別です。お礼はちゃんとしないと」

「はぁ……マジであんた……マジで狂気なレベルだわ……」


 心の底から、ネイは呆れたようなため息を漏らした。


「まあ、いいわ。行きましょう」

「はい」


 ネイが進み、咲弥は後を追う。

 扉の付近に着くなり、アグニスが勇ましい声を投げた。


「おい。小僧」

「はい……?」


 アグニスを振り返り、咲弥は首を(かし)げる。

 アグニスの美貌(びぼう)に、不敵な笑みが張りついた。


「確か……咲弥だったな……また、必ず会おう」


 咲弥は背筋がひやりとした。

 その言葉の裏に、何が隠されているのかわからない。

 大きな不安が胸に押し寄せてくる。


「えっと……できれば、ご遠慮しておきたいです」

「ふふっ。嫌われたものだ。しかし、すぐ会いたくなるさ」

「いいえ。すみません。失礼します」


 咲弥はネイと一緒に、仲間のもとへと向かう。

 誰もいない廊下で、ネイがどっとしたため息をついた。


「はあ……マジできつかったぁ……あんたのせいだからね」

「すみません……でも、どうしてここがわかったんです?」


 ネイは片目をぴくつかせた。


「私が王都の冒険者ギルドに戻った日に、どこにもあんたの姿がないから、ちょっとおかしいなって思ったのよ」

「ああ……」

「だから、冒険者ギルドの受付に聞いてみたの。そしたら、そんな子は一度も尋ねて来てない――って、言われたわけ」


 ネイは両手を軽く広げ、重ねて告げる。


「あれほど冒険者ギルドってずっと言ってたのに、どこにも来てないとなったら、普通はおかしいと思うでしょう?」

「ははは……そうですね」

「道中で何かあったのか、ゼイドに連絡して調べてみたの。そしたら、マータス町で奴隷を探してたアホを見つけたわ」


 咲弥はぼんやりと思いだす。

 ロイに馬車から蹴り落とされた、小太りの男がいた。


「そいつを問い詰めたら、洗いざらい吐いてくれたの」

「なるほど……そうだったんですか」


 咲弥はネイに、改めてお礼を告げる。


「本当に、ありがとうございました」

「お礼なら、ほかに言う人がたくさんいるでしょう?」

「はい……本当に、感謝してもしきれません」


 ネイは横目で咲弥を睨んだ。

 咲弥は理由がわからず、あたふたとする。


「まあ、後ででいっか」

「なんですか?」

「内緒。ほら、行くわ――ところでさ」


 ネイが(いぶか)しげに見つめてくる。

 咲弥は小首を(かし)げた。


「なんですか?」

「あんたのソレ――何?」


 ネイが、咲弥のほうを指さした。

 一瞬、何も理解できなかった。

 やがてソレは、咲弥の脳裏で形をなしていく。


「あっ……そうでした……」

「まさか、よね? ただの、首輪でしょ? ねえ?」


 咲弥は冷や汗が(したた)り落ちた。


『すぐ会いたくなるさ』


 アグニスの言葉の真意を、いまさらながらに知った。

 咲弥はネイに、一緒に戻ってほしいと必死に頼み込んだ。

 ネイはただただ、嫌そうな顔をする。

 そして――

 アグニスのもとへ、また二人は踵を返したのだ。




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