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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第一章  王都を目指して
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第二十六話 どれにも属さない




 男物の衣類を選んでいる紅羽に、咲弥は歩み寄った。


「紅羽、男物でも着るの?」


 問いには答えず、紅羽は無言のまま見つめてくる。

 手にしているのは、服と呼べるのか微妙な代物であった。

 ほぼ局部を隠すためだけの、分厚い紐でしかない。


(こんな物を、着るつもりなのかな……?)


 ついふわっと妄想してから、咲弥は慌ててかき消す。

 あまりにあられもない紅羽の姿が、かなり刺激的過ぎた。

 紅羽は分厚い紐を指先で(つか)み、咲弥へと差し出してくる。

 どうやら、自身で着るためのものではなかったようだ。


「……え、僕に? いや、これはさすがに、ちょっと……」


 しばしの硬直を経て、紅羽はまた服の物色をし始めた。

 無表情だが、どこかムスッとした気配を察知する。

 次に差し出されたのは、再びセンスのひどい代物だった。

 まるで、女性用の下着にも見える。


「いやぁ……それも、ちょっと……」

「今の二つ、なかなかいい代物じゃないか」


 遠くから見ていたのか、ロイがそう言い放った。

 咲弥はつい、頬が引きつる。


 本気か冗談か、咲弥には判断つかなかった。

 これまで見た記憶のない、奇抜なセンスにしか思えない。

 咲弥達の場所へ、ロイが歩み寄ってきた。


「最初のやつは、闇の紋章効果が付加された装具だな。次のやつは、水の紋章効果が付加された装具か……なるほどな」

「闇と水……どういう効果なんですか?」

「どちらも防御面に特化した効果だ。悪くない選びだぞ」

「いや、でも……これじゃあ、僕……ただの変態に……」


 ロイはやや驚いた姿勢になり、怪訝(けげん)そうな顔をする。


「まさかとは思うが、それしか着ないとか思ってんのか?」

「え……違うんですか?」

「オメェ……今の二つは、服の上に身に着ける装具だぞ」


 咲弥は自分の勘違いに呆れ果てた。

 服の上からであれば――やはり、少しおかしい気がする。

 ただ、誤解していたのは事実ではあった。


「ごめんね、紅羽」


 咲弥は素直に謝った。

 じっと見据えてきたあと、紅羽はまた服選びを始める。

 咲弥は不安な気持ちを込め、ロイに視線を向けた。

 お互いを沈黙が行き来して、ロイがすっと肩を(すく)める。


「着ろってわけじゃなく、ただ選んでるだけなんじゃね?」

「そう……なん、ですかね……」


 咲弥は、その後――紅羽達と行動を共にした。

 ほんの少し、楽しいといった気持ちが湧き上がる。まるで友人達と街に行き、遊んでいるような感覚になれたからだ。

 そんな感覚に(ひた)れる日がくるとは、夢にも思わなかった。


(こういう楽しさって、この世界に来てから初めてだ)


 しばらくして、あらかたの方向性が決まる。

 紅羽は神職――または、聖職者の意匠(いしょう)を彷彿とさせる服を選んだ。白と黒を基調(きちょう)とした格好は、美しい容姿の彼女にはとてもよく似合っていた。

 ただちょっと、目のやり場に困る部分も多い。


 脚や胸元――露出している部分は少ないが、ちらりと覗く白い肌からは、彼女の色気がふんだんに(かも)し出されている。

 また全体的に、体の線がはっきりと見える服装だった。


(でも可愛くて綺麗だから、なんでも似合うんだなぁ……)


 咲弥はそんな感想をもった。

 そして今度は、ロイが手早く着替えを終える。

 彼は軍服を強く連想させる服を選んだ。

 見た目も(あい)まって、かなりさまになっている。


 ロイいわく、物の取り出しやすさを考慮したらしい。

 紋章術を扱えないロイだからこその、格好だともいえる。

 それから最後に、咲弥が選びに選ばれた服に着替えた。


「ど、どうですか?」


 紅羽とロイが、咲弥のほうをじっと凝視した。

 下半身はロイの勧めから、見た目がごつい黒いブーツに、とても動きやすい紺色のズボンをはいている。


 上半身のほうは、紅羽が見繕ってくれた服を着ていた。

 暗赤色のシャツに、黒を基調としたジャケットなのだが、うるさくない程度に、意匠が凝らされている。


「うーん……服に着られる……って感じが拭えねぇなあ」

「ですよね? 着替えながら、あれ? と、思いましたし」

「ま、まあ……性能は文句ねぇし、いいんじゃねぇの?」


 服のそれぞれに、紋章効果が宿されている。

 身軽さに加え、耐性効果から物理的な防御とさまざまだ。

 ただ着ただけなのに、それだけで妙な実感があった。


「着こなすには、それ相応の時間がかかるってもんさ」

「そう……ですかね?」

「いやでも、ほんと……性能は、この中じゃ間違いないぞ」

「は、はい……」


 咲弥は、なんとも言えない残念な気持ちを抱える。

 そして――

 今度は、武器コーナーへと移った。

 多種多様の武器が、綺麗に整理されて置かれている。

 その中には、使用方法が想像もつかない武器も数多い。


(まいったな……どれもこれも、扱いが難しそうだ)


 紅羽とロイがさっそく動き、咲弥はぽつんと残された。

 二人はまじまじと、並べられた武器を眺めている。

 咲弥も視線を流しながら、ゆっくりと歩きだした。


(うぅーん……)


 どの武器を選ぶにしても、上手く扱えるはずがない。

 むしろ素人が下手に扱えば、逆に危険な気もした。

 とはいえ、何も持たないのもよろしくはない。


 咲弥は、ふと目についた剣を拾い上げた。

 細部までこだわっており、見た目だけは格好いい。


「それは、だめだな……」

「あ、ロイさん」

「見た目を重視しただけの、ただのハリボテだ」

「そ、そうなんですか?」

「紋章効果も付加されてないし、つか飾り用なんじゃね?」


 咲弥は(うな)りつつ、剣をもとの場所に戻した。


「そういった剣が扱いたいのか?」

「あ、いや。僕、武器とか扱った経験がないので……」

「ふむ。初心者でも扱えそうな武器ねぇ……」


 ロイが腕を組み、虚空を見上げる。

 どうやら、頭の中で模索してくれているらしい。


「そういえば、いまさらだが……咲弥君の属性はなんだ?」

「あぁ……それがですね……実は、よくわからないんです」

「わからない……って?」


 見せたほうが早いと思い、咲弥は空色の紋様を浮かべた。

 ロイは怪訝(けげん)な表情で、まじまじと見つめている。


「たし……かに、わかんねぇ……なんだ、この紋様……」

「そうなんですよ。一応、水の紋章石を宿していますが……別に、僕の属性ってわけでは、きっとないんだと思います」

「紋章石も武器も、基本は属性に合ったのがいいんだがな」

「そうなんですか?」

「武器に関してだが……のちのち役立つのは、属性が合った物を扱いなれておくことだな。聞いたことはないのか?」


 どの情報を指しているのか、まるで見当もつかない。

 咲弥は首を横に振った。


「かなり貴重な代物だから、ほとんど手には入らねぇんだが……生命の宿る宝具というものが、この世界のどこかある」

「え? なんですか、それは?」

「俺も話でしか知らない。でも、咲弥君の目指す冒険者達の憧れであり、それのために命を()す者も多いらしいぞ」


 咲弥は黙って続き待つ。

 ロイは姿勢を楽にした。


「生命の宿る宝具は、自らが宿主を選び、その宿主に合った形に創り変わるって話だ。しかも紋様に出し入れが可能で、人や紋章石と同じく成長もするんだとさ」


 この世界には、まだまだ知らない存在がたくさんある。

 咲弥は素直に驚いた。


「ただ、まあ――どこで作られたか、なぜ存在してるのか、どうしてそんなことができるのか。誰もその根源を知らない……謎ばかりの宝具でもあるんだ」

「そ、そんな物があるんですね」

「いずれにしても、早いうちから属性に合った武器で、使い慣らしておくのが通例だな。だが、咲弥君の場合はな……」


 不意に咲弥は、肩をつんつんとつかれる。

 振り返ると、二つの武器を抱えた紅羽が立っていた。


「え……? これを、僕に……?」


 紅羽は無言のまま、ほんの少しだけ(うなず)いた。

 短剣と、やや細身の剣の二つが差し出される。


「うーん……僕に扱えるのかなぁ……」


 咲弥は不安を覚えつつ、まずは短剣を受け取った。

 手のひらから、ひんやりとした感触が伝わる。


「それは、水の紋章効果が宿った短剣だな」

「どういった効果なんですか?」

「あっちに、試し切り用の木偶(でく)人形がある。試してみな」


 ロイに誘導され、咲弥は木偶人形を前にした。

 そっと短剣を構え、素人ながらに振るう。

 胴を斬ったものの、普通の短剣との違いが不明だった。


「え……?」

「いやいや、短剣にオドを込めてからな?」

「あ、なるほど……」


 咲弥は短剣にオドを込め、再び木偶人形を攻撃する。

 すると切った端から、シャボン玉みたいなのが発生した。


「わっ! なんだ、これ……」

「うーん……咲弥君は、水属性じゃないっぽいな」

「えっ? そ、そうなんですか?」

「なんつぅーか、力強さが足りないって感じだ」


 水属性の者が振るえば、どうなるのかが気になった。


「次は……光の紋章効果が付加された剣を振ってみな」


 咲弥は両手で剣を握り締め、木偶人形を斬りつける。

 今度は斬った端から、カッと淡い閃光が生じた。

 ロイが重く(うな)る。


「うぅーん……光属性でもないな、こりゃあ」

「あの……紅羽は光の紋章石を使ってるんだよね? もしも光属性なら、ちょっと代わりにやってみてくれないかな?」


 紅羽はこくりと(うなず)き、咲弥から剣を受け取った。

 華麗に下から振り上げ、木偶人形を斬り裂く。

 瞬間――バチッと、まばゆい閃光が発生した。

 斬られた部分に、やや焦げた跡がある。


「た、確かに……僕のときとは……まったく違いますね」

「だろ? こういうのは、だいたい見ればわかるもんさ」

「それじゃあ……僕の属性って、なんなんですかね……?」

「見てわからないんじゃあ……一つずつぅ……?」


 不自然に、ロイが言葉を止めた。

 咲弥は小首を(かし)げる。


「マジか、あんな代物まであるのか。用意がいいねぇ……」


 ロイがすたすたと歩いていく。

 咲弥は訳もわからず、ロイについていった。


「何を見つけたんですか?」

「これだよ、これ。まるで予想してたかのような用意だな」


 ロイが手にしたのは、奇妙な円盤だった。

 迷路のような溝があり、端には文字が刻まれている。


「なんですか、それは?」

「属性盤つって、属性を調べるためだけのものさ」

「なるほど……そんな物があるんですね」

「全員が全員、紋様を浮かべられるわけじゃねぇからな」


 ロイの言葉を聞き、咲弥はふと思いだした。

 ロイは才能がなく、紋章術が扱えないらしい。


「まっ。これで、咲弥君の属性が簡単に判明するぜ」

「どう扱うんですか?」

「それじゃあ、ちぃっとレクチャーしてやるよ」


 ロイは床に属性盤を置き、中央の穴に指を入れた。

 属性盤が淡い光を放ち、ロイのオドが吸われていく。

 まるで水を流したかのように、吸われたオドが溝を伝う。

 辿(たど)り着いた先の文字――火のところが赤い光を灯した。


「わかったか? 俺は火属性だってことさ」

「なるほど……ちょっと、僕もやってみます!」


 今度は、咲弥が中央の穴に指を入れる。

 ついに自分の属性が判明すると思い、胸を高鳴らせた。

 咲弥はわずかに、オドが吸われていく感覚を覚える。

 オドが溝を流れ――途端に、異変が起こった。


「えっ! あれっ?」

「は、はあ? なんだ、こりゃ……」


 オドの流れ方が、ロイのときとは明らかに異なる。

 ロイの場合は、火の文字へ一筆書きの形で進んだ。

 だが咲弥の場合、同じ場所をぐるぐると回り始めている。

 文字に到達する以外の溝が、すべてオドで埋められた。


「え……? これは、どういうことですか? どの文字も、ロイさんみたいに、流れ着いて光ってないんですが……?」


 ロイは腕を組み、深く(うな)った。

 少ししてから、ロイは太い声を(つむ)ぐ。


「ああ……そうか! 咲弥君には、属性がないんだ」

「えっ! ちょ、そ、それって、どういうことですか?」

「かなり珍しいな。極まれに、そういう奴がいる」

「さぃ、才能がないってことですか?」

「そうじゃない。無能って意味じゃなくて、単純にどれにも属さないのさ」


 どれにも属さない――咲弥は困惑する。


「無属性は……俺は、あんまわからねぇな。少なくともこの施設の者には、誰もいないはずだ。嬢ちゃんは、どうだ?」


 紅羽は無言のまま、石像のごとく固まっていた。

 反応から察するに、彼女も知らないのだろう。


「それは、困りましたね……」


 咲弥が無属性だと、天使が知っていたのかが気になった。

 聞く限り、属性を合わせたほうが効果は高い。それなのに手渡された紋章石は、自分に見合う代物ではなかったのだ。


(まあ……あの天使様のことだから、アレかもだけど……)


 咲弥はがっくりとうなだれた。


「歴史的偉人の中には、無属性が多いって話だ。俺はあまり学がねぇから、そこまで詳しくは教えてやれねぇがな」

「じゃあ、その偉人を調べれば、方向性が見えそうですね」

「つっても……さすがにこの施設の中にはねぇぞ。王都まで行けば、あれこれと情報は見つかるかもしれねぇけどな」


 やはりすべての到達点は、王都になるようだ。

 目的が王都なのは、村にいた頃から変わらない。


「まっ、扱えそうな武器で対処するしかねぇ。木偶を相手にいろいろ試そうぜ」

「そうですね。時間も限られていますし、そうします」


 ロイは笑みを浮かべ、鷹揚(おうよう)(うなず)いた。

 わがままを言えるような状況ではない。

 明後日には、きっと命がけの戦いが待っている。

 咲弥は胸に募る不安を払い退け、気持ちを切り替えた。


「必ず全員で、生きて戻りましょうね」


 紅羽とロイを見て、咲弥は宿した決心を口にした。

 二人とも、無言のまま首を縦に振る。


 咲弥は、その日――あらゆる武器を試していく。

 その後、息抜きに紋章具に関しても教えを受けた。




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