第二十六話 どれにも属さない
男物の衣類を選んでいる紅羽に、咲弥は歩み寄った。
「紅羽、男物でも着るの?」
問いには答えず、紅羽は無言のまま見つめてくる。
手にしているのは、服と呼べるのか微妙な代物であった。
ほぼ局部を隠すためだけの、分厚い紐でしかない。
(こんな物を、着るつもりなのかな……?)
ついふわっと妄想してから、咲弥は慌ててかき消す。
あまりにあられもない紅羽の姿が、かなり刺激的過ぎた。
紅羽は分厚い紐を指先で掴み、咲弥へと差し出してくる。
どうやら、自身で着るためのものではなかったようだ。
「……え、僕に? いや、これはさすがに、ちょっと……」
しばしの硬直を経て、紅羽はまた服の物色をし始めた。
無表情だが、どこかムスッとした気配を察知する。
次に差し出されたのは、再びセンスのひどい代物だった。
まるで、女性用の下着にも見える。
「いやぁ……それも、ちょっと……」
「今の二つ、なかなかいい代物じゃないか」
遠くから見ていたのか、ロイがそう言い放った。
咲弥はつい、頬が引きつる。
本気か冗談か、咲弥には判断つかなかった。
これまで見た記憶のない、奇抜なセンスにしか思えない。
咲弥達の場所へ、ロイが歩み寄ってきた。
「最初のやつは、闇の紋章効果が付加された装具だな。次のやつは、水の紋章効果が付加された装具か……なるほどな」
「闇と水……どういう効果なんですか?」
「どちらも防御面に特化した効果だ。悪くない選びだぞ」
「いや、でも……これじゃあ、僕……ただの変態に……」
ロイはやや驚いた姿勢になり、怪訝そうな顔をする。
「まさかとは思うが、それしか着ないとか思ってんのか?」
「え……違うんですか?」
「オメェ……今の二つは、服の上に身に着ける装具だぞ」
咲弥は自分の勘違いに呆れ果てた。
服の上からであれば――やはり、少しおかしい気がする。
ただ、誤解していたのは事実ではあった。
「ごめんね、紅羽」
咲弥は素直に謝った。
じっと見据えてきたあと、紅羽はまた服選びを始める。
咲弥は不安な気持ちを込め、ロイに視線を向けた。
お互いを沈黙が行き来して、ロイがすっと肩を竦める。
「着ろってわけじゃなく、ただ選んでるだけなんじゃね?」
「そう……なん、ですかね……」
咲弥は、その後――紅羽達と行動を共にした。
ほんの少し、楽しいといった気持ちが湧き上がる。まるで友人達と街に行き、遊んでいるような感覚になれたからだ。
そんな感覚に浸れる日がくるとは、夢にも思わなかった。
(こういう楽しさって、この世界に来てから初めてだ)
しばらくして、あらかたの方向性が決まる。
紅羽は神職――または、聖職者の意匠を彷彿とさせる服を選んだ。白と黒を基調とした格好は、美しい容姿の彼女にはとてもよく似合っていた。
ただちょっと、目のやり場に困る部分も多い。
脚や胸元――露出している部分は少ないが、ちらりと覗く白い肌からは、彼女の色気がふんだんに醸し出されている。
また全体的に、体の線がはっきりと見える服装だった。
(でも可愛くて綺麗だから、なんでも似合うんだなぁ……)
咲弥はそんな感想をもった。
そして今度は、ロイが手早く着替えを終える。
彼は軍服を強く連想させる服を選んだ。
見た目も相まって、かなりさまになっている。
ロイいわく、物の取り出しやすさを考慮したらしい。
紋章術を扱えないロイだからこその、格好だともいえる。
それから最後に、咲弥が選びに選ばれた服に着替えた。
「ど、どうですか?」
紅羽とロイが、咲弥のほうをじっと凝視した。
下半身はロイの勧めから、見た目がごつい黒いブーツに、とても動きやすい紺色のズボンをはいている。
上半身のほうは、紅羽が見繕ってくれた服を着ていた。
暗赤色のシャツに、黒を基調としたジャケットなのだが、うるさくない程度に、意匠が凝らされている。
「うーん……服に着られる……って感じが拭えねぇなあ」
「ですよね? 着替えながら、あれ? と、思いましたし」
「ま、まあ……性能は文句ねぇし、いいんじゃねぇの?」
服のそれぞれに、紋章効果が宿されている。
身軽さに加え、耐性効果から物理的な防御とさまざまだ。
ただ着ただけなのに、それだけで妙な実感があった。
「着こなすには、それ相応の時間がかかるってもんさ」
「そう……ですかね?」
「いやでも、ほんと……性能は、この中じゃ間違いないぞ」
「は、はい……」
咲弥は、なんとも言えない残念な気持ちを抱える。
そして――
今度は、武器コーナーへと移った。
多種多様の武器が、綺麗に整理されて置かれている。
その中には、使用方法が想像もつかない武器も数多い。
(まいったな……どれもこれも、扱いが難しそうだ)
紅羽とロイがさっそく動き、咲弥はぽつんと残された。
二人はまじまじと、並べられた武器を眺めている。
咲弥も視線を流しながら、ゆっくりと歩きだした。
(うぅーん……)
どの武器を選ぶにしても、上手く扱えるはずがない。
むしろ素人が下手に扱えば、逆に危険な気もした。
とはいえ、何も持たないのもよろしくはない。
咲弥は、ふと目についた剣を拾い上げた。
細部までこだわっており、見た目だけは格好いい。
「それは、だめだな……」
「あ、ロイさん」
「見た目を重視しただけの、ただのハリボテだ」
「そ、そうなんですか?」
「紋章効果も付加されてないし、つか飾り用なんじゃね?」
咲弥は唸りつつ、剣をもとの場所に戻した。
「そういった剣が扱いたいのか?」
「あ、いや。僕、武器とか扱った経験がないので……」
「ふむ。初心者でも扱えそうな武器ねぇ……」
ロイが腕を組み、虚空を見上げる。
どうやら、頭の中で模索してくれているらしい。
「そういえば、いまさらだが……咲弥君の属性はなんだ?」
「あぁ……それがですね……実は、よくわからないんです」
「わからない……って?」
見せたほうが早いと思い、咲弥は空色の紋様を浮かべた。
ロイは怪訝な表情で、まじまじと見つめている。
「たし……かに、わかんねぇ……なんだ、この紋様……」
「そうなんですよ。一応、水の紋章石を宿していますが……別に、僕の属性ってわけでは、きっとないんだと思います」
「紋章石も武器も、基本は属性に合ったのがいいんだがな」
「そうなんですか?」
「武器に関してだが……のちのち役立つのは、属性が合った物を扱いなれておくことだな。聞いたことはないのか?」
どの情報を指しているのか、まるで見当もつかない。
咲弥は首を横に振った。
「かなり貴重な代物だから、ほとんど手には入らねぇんだが……生命の宿る宝具というものが、この世界のどこかある」
「え? なんですか、それは?」
「俺も話でしか知らない。でも、咲弥君の目指す冒険者達の憧れであり、それのために命を賭す者も多いらしいぞ」
咲弥は黙って続き待つ。
ロイは姿勢を楽にした。
「生命の宿る宝具は、自らが宿主を選び、その宿主に合った形に創り変わるって話だ。しかも紋様に出し入れが可能で、人や紋章石と同じく成長もするんだとさ」
この世界には、まだまだ知らない存在がたくさんある。
咲弥は素直に驚いた。
「ただ、まあ――どこで作られたか、なぜ存在してるのか、どうしてそんなことができるのか。誰もその根源を知らない……謎ばかりの宝具でもあるんだ」
「そ、そんな物があるんですね」
「いずれにしても、早いうちから属性に合った武器で、使い慣らしておくのが通例だな。だが、咲弥君の場合はな……」
不意に咲弥は、肩をつんつんとつかれる。
振り返ると、二つの武器を抱えた紅羽が立っていた。
「え……? これを、僕に……?」
紅羽は無言のまま、ほんの少しだけ頷いた。
短剣と、やや細身の剣の二つが差し出される。
「うーん……僕に扱えるのかなぁ……」
咲弥は不安を覚えつつ、まずは短剣を受け取った。
手のひらから、ひんやりとした感触が伝わる。
「それは、水の紋章効果が宿った短剣だな」
「どういった効果なんですか?」
「あっちに、試し切り用の木偶人形がある。試してみな」
ロイに誘導され、咲弥は木偶人形を前にした。
そっと短剣を構え、素人ながらに振るう。
胴を斬ったものの、普通の短剣との違いが不明だった。
「え……?」
「いやいや、短剣にオドを込めてからな?」
「あ、なるほど……」
咲弥は短剣にオドを込め、再び木偶人形を攻撃する。
すると切った端から、シャボン玉みたいなのが発生した。
「わっ! なんだ、これ……」
「うーん……咲弥君は、水属性じゃないっぽいな」
「えっ? そ、そうなんですか?」
「なんつぅーか、力強さが足りないって感じだ」
水属性の者が振るえば、どうなるのかが気になった。
「次は……光の紋章効果が付加された剣を振ってみな」
咲弥は両手で剣を握り締め、木偶人形を斬りつける。
今度は斬った端から、カッと淡い閃光が生じた。
ロイが重く唸る。
「うぅーん……光属性でもないな、こりゃあ」
「あの……紅羽は光の紋章石を使ってるんだよね? もしも光属性なら、ちょっと代わりにやってみてくれないかな?」
紅羽はこくりと頷き、咲弥から剣を受け取った。
華麗に下から振り上げ、木偶人形を斬り裂く。
瞬間――バチッと、まばゆい閃光が発生した。
斬られた部分に、やや焦げた跡がある。
「た、確かに……僕のときとは……まったく違いますね」
「だろ? こういうのは、だいたい見ればわかるもんさ」
「それじゃあ……僕の属性って、なんなんですかね……?」
「見てわからないんじゃあ……一つずつぅ……?」
不自然に、ロイが言葉を止めた。
咲弥は小首を傾げる。
「マジか、あんな代物まであるのか。用意がいいねぇ……」
ロイがすたすたと歩いていく。
咲弥は訳もわからず、ロイについていった。
「何を見つけたんですか?」
「これだよ、これ。まるで予想してたかのような用意だな」
ロイが手にしたのは、奇妙な円盤だった。
迷路のような溝があり、端には文字が刻まれている。
「なんですか、それは?」
「属性盤つって、属性を調べるためだけのものさ」
「なるほど……そんな物があるんですね」
「全員が全員、紋様を浮かべられるわけじゃねぇからな」
ロイの言葉を聞き、咲弥はふと思いだした。
ロイは才能がなく、紋章術が扱えないらしい。
「まっ。これで、咲弥君の属性が簡単に判明するぜ」
「どう扱うんですか?」
「それじゃあ、ちぃっとレクチャーしてやるよ」
ロイは床に属性盤を置き、中央の穴に指を入れた。
属性盤が淡い光を放ち、ロイのオドが吸われていく。
まるで水を流したかのように、吸われたオドが溝を伝う。
辿り着いた先の文字――火のところが赤い光を灯した。
「わかったか? 俺は火属性だってことさ」
「なるほど……ちょっと、僕もやってみます!」
今度は、咲弥が中央の穴に指を入れる。
ついに自分の属性が判明すると思い、胸を高鳴らせた。
咲弥はわずかに、オドが吸われていく感覚を覚える。
オドが溝を流れ――途端に、異変が起こった。
「えっ! あれっ?」
「は、はあ? なんだ、こりゃ……」
オドの流れ方が、ロイのときとは明らかに異なる。
ロイの場合は、火の文字へ一筆書きの形で進んだ。
だが咲弥の場合、同じ場所をぐるぐると回り始めている。
文字に到達する以外の溝が、すべてオドで埋められた。
「え……? これは、どういうことですか? どの文字も、ロイさんみたいに、流れ着いて光ってないんですが……?」
ロイは腕を組み、深く唸った。
少ししてから、ロイは太い声を紡ぐ。
「ああ……そうか! 咲弥君には、属性がないんだ」
「えっ! ちょ、そ、それって、どういうことですか?」
「かなり珍しいな。極まれに、そういう奴がいる」
「さぃ、才能がないってことですか?」
「そうじゃない。無能って意味じゃなくて、単純にどれにも属さないのさ」
どれにも属さない――咲弥は困惑する。
「無属性は……俺は、あんまわからねぇな。少なくともこの施設の者には、誰もいないはずだ。嬢ちゃんは、どうだ?」
紅羽は無言のまま、石像のごとく固まっていた。
反応から察するに、彼女も知らないのだろう。
「それは、困りましたね……」
咲弥が無属性だと、天使が知っていたのかが気になった。
聞く限り、属性を合わせたほうが効果は高い。それなのに手渡された紋章石は、自分に見合う代物ではなかったのだ。
(まあ……あの天使様のことだから、アレかもだけど……)
咲弥はがっくりとうなだれた。
「歴史的偉人の中には、無属性が多いって話だ。俺はあまり学がねぇから、そこまで詳しくは教えてやれねぇがな」
「じゃあ、その偉人を調べれば、方向性が見えそうですね」
「つっても……さすがにこの施設の中にはねぇぞ。王都まで行けば、あれこれと情報は見つかるかもしれねぇけどな」
やはりすべての到達点は、王都になるようだ。
目的が王都なのは、村にいた頃から変わらない。
「まっ、扱えそうな武器で対処するしかねぇ。木偶を相手にいろいろ試そうぜ」
「そうですね。時間も限られていますし、そうします」
ロイは笑みを浮かべ、鷹揚に頷いた。
わがままを言えるような状況ではない。
明後日には、きっと命がけの戦いが待っている。
咲弥は胸に募る不安を払い退け、気持ちを切り替えた。
「必ず全員で、生きて戻りましょうね」
紅羽とロイを見て、咲弥は宿した決心を口にした。
二人とも、無言のまま首を縦に振る。
咲弥は、その日――あらゆる武器を試していく。
その後、息抜きに紋章具に関しても教えを受けた。