表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殺しの獣  作者: Key-No.92
第一章  王都を目指して
25/222

第二十四話 一難去ってまた一難




「いい見世物だった」


 開口一番、アグニスは謎に圧迫感のある声で()めてきた。

 アグニスの口もとに、薄い笑みが張りつく。


「まさか魔獣ヌエを倒すとは、夢にも思わなかった」

「……勝てば、望みを叶えていただけるんですよね?」

「ああ。そうだ。望みを言え」

「奴隷達を全員、解放してあげてください」

「無理だ」


 一息の間もなく、恐ろしいほど迅速に否定された。


「あくまでも、個人――一人分での範囲内だ」


 実際、奴隷全員は難しいとは思える。

 個人――常識の範囲内であれば、問題ないのだろう。


「では……彼女を奴隷から、解放してあげてください」


 銀髪の少女は驚いたのか、ほんの少し目を大きくした。

 当初の奴隷が見つかれば、咲弥は奴隷でいる必要はない。

 それならば、せめて少女だけでも救ってあげたかった。

 アグニスは腕を組み、質問をしてくる。


「お前は解放されなくてもいいのか?」

「僕は、別に構いません」

「どうして……」


 不思議そうに(つぶや)いた少女の言葉を、咲弥は手で制した。

 少女の首輪が、アグニスの御付(おつ)きの女によって外される。

 確認を終えた咲弥が、口を開く前にアグニスが言った。


「代わりを見つけたとて、お前は奴隷のままだからな?」

「……?」


 一瞬、アグニスの言葉の意味を理解できなかった。

 遅れてきた理解と同時に、咲弥の背に悪寒が走り抜ける。


「知らないとでも思ったのか? 舐められたものだ。そんなわけがないだろ? きっちり、お前もロイも把握している」

「なっ……」

「ロイの奴にも、罰を与える予定だ」


 ここ最近、ロイが姿を見せなかった理由が判明する。

 心臓を握られるような焦燥感を抱き、咲弥は混乱した。


「だが、ある条件を呑めば、お前もロイも不問にしてやる」

「条件……それは、なんですか?」


 アグニスは不敵に笑った。


「条件を呑むかどうか――話は、それからだ」


 あまりに理不尽極まりない。

 条件を提示しないまま、要求を呑めと言っているのだ。

 アグニスの横暴に、咲弥は歯がゆい思いを抱える。


 咲弥からすれば、条件を呑む以外の選択肢はない。

 そう理解しているからこそ、足元を見ているのだろう。

 本当に、天使と似たやり口に感じられた。


「さあ、どうする?」


 咲弥はくっと息を詰め、じっと下のほうを見つめる。

 選べる選択肢など、はなから一つしかない。


「……わかりました」

「よし。では、ついてこい」


 アグニスが颯爽と振り返り、勇ましく闊歩(かっぽ)を始めた。

 少女が途端に声を(つむ)いだ。


「あの……! 私も……お供しては、いけませんか?」


 消え入りそうなほどか弱い声に、アグニスは足を止めた。

 横目に少女のほうを見据え、アグニスは不敵に笑う。


「小僧が望んだ通り、お前はもう自由だ。好きにしろ」


 アグニスは御付き二人を連れ、再び前へと進んだ。

 少女はまだ、完全には回復しきれていない。

 たどたどしく立ち上がり、足を引きずりながら歩いた。

 少女と歩幅を合わせ、咲弥もアグニスを追う。


「どうして、君まで……」

「……なぜ、理由を求めるのですか? 私が自分の意思で、そうしたいと思ったからです。それでは、いけませんか?」


 咲弥が少し前にした発言と、似たような言葉で返された。

 もし否定すれば、自分の言葉を否定することに繋がる。

 これには、さすがに苦笑で応じるしかない。


「……わかりました」

「はい。咲弥様」


 咲弥は少しぎょっとする。

 様づけで呼ばれ、何やらこそばゆい感覚を覚えた。

 やや戸惑い気味に、咲弥は少女に伝える。


「えっと……別に、様とかはつけなくても……」

「いいえ。そう呼ばせてください」

「うーん……」


 困っている途中に、咲弥はふと気づいた。

 アグニスとの距離が、どんどん離されていっている。


 少女は無表情だが、どこかつらそうに前へと歩いていた。しかしアグニスは気にすらも()めず、ただ自分なりの速度で進み続けている。

 咲弥は一瞬だけ悩んだ末に、少女の前に駆け出た。


「咲弥様……?」


 なかば無理矢理、咲弥は少女を背負った。


(うぉ……)


 細い体つきだが、出るところはかなり出ているらしい。

 女と強く感じさせる部分が、背や手から伝わってきた。

 恥じ入る気持ちをかなぐり捨て、速足でアグニスを追う。


「つらそうなので……少しの間だけ、我慢(がまん)しててください」

「咲弥様……ありがとうございます」


 咲弥の首に、少女が細い腕を回してくる。

 心臓をバクバクとさせながら、咲弥は不意の疑問が湧く。


「そういえば、君の名前……よければ、教えてください」


 ほんの少しだけ、少女は体をぴくりと震わせる。

 その振動が、背を通じて伝わってきた。


「……私に、名はありません」

「えっ……?」


 深い沈黙が、お互いを行き来する。

 やがて、少女は可憐な声を(つむ)いだ。


「……咲弥様が、私に名をつけてください」


 いきなり過ぎる少女の願いに、咲弥は心底困り果てる。

 そもそもゲームのキャラクター、またはペットぐらいしか名づけた経験がない。


 名を考えるのもつけるのも、実は苦手とする部分だった。むしろばかにされるくらい、センスがないと自覚している。

 だから生きた人に名をつけるなど、さすがに委縮(いしゅく)せざるを得ない展開であった。


「いやぁ……それは、ちょっと……」


 しかも、とっさには何も思い浮かばない。

 少女はずっと、無言を貫いていた。

 どうやら名づけられるのを、じっと待っているらしい。


 咲弥は悩み、そして迷った。

 ただ名前がないのは、かなり不便だとも思う。

 似合いそうな名を、咲弥は必死に考え始める。


 一番印象的なのは、綺麗な紅い瞳だった。

 あとは細長い銀髪、透き通るような白い肌、華麗な体捌き――咲弥の脳裏に、彼女に名をつける要素が巡る。

 やはりどれもこれも、安直なものしか考えつかない。


「それじゃあ、紅羽(くれは)……って、名前はどうですか?」

「わかりました。これより私は、紅羽と名乗ります」

「あ……いや……う、うん。えっと……」

「ありがとうございます。咲弥様」


 口にしてみると、別の名前のほうがいい気がした。

 少女は、日本人とはかけ離れた容姿をしている。

 しかもこちらの世界の住人に、漢字読みの名はおかしい。

 だが当の本人は、すんなりと受け入れた様子であった。


(カタカナのクレハなら、別におかしくない……のかな?)


 今さら変更できる空気でもない。

 咲弥は胸にしこりを残しつつ、無言で歩き続けた。


 何度か階段を降り、地下へと進む。

 木製扉の前で、アグニスが立ち止まった。


「ここだ。入れ」


 観音開(かんのんびら)きの扉が静かに、御付きの二人によって開かれる。

 するとその先には、ロイの姿があった。


「ロ、ロイさん!」

「お、おう……」


 ロイの見せた笑みは苦かった。

 ロイの視線は、明らかに咲弥のほうを向いていない。

 アグニスへと(そそ)がれていた。


「早速、本題に入る」


 大きなテーブルを前にして、アグニスは指を鳴らした。

 御付きの一人が、大きな地図を広げる。

 その際中、咲弥は近くの椅子に紅羽を下ろした。

 まだ()えていない足でも、椅子ならば楽になるだろう。


「これは古代ドワーフの跡地の地図だ。現在ここまでしか、我々は領土を獲得できていない。それが、現状だ」


 アグニスが短鞭(たんべん)の先で、大雑把(おおざっぱ)に円を描き続ける。

 それから、ある一点を示した。


「そうなる元凶が、ここを根城としている」


 話の展開が早過ぎて、咲弥にはついていけない。


「あ、あの……」

「なんだ?」

「まったく話が見えないんですが、元凶とはなんですか?」


 アグニスは、やれやれとため息をついた。


「お前はこの数週間、何を見てきたのだ?」

「……まさか、アラクネ……ですか?」

「その親玉――アラクネ女王の討伐が、お前達の任務だ」


 咲弥は驚きを隠せない。


「ちょっと、待ってください。まさか三人で、ですか?」

「そうだ。アラクネの巣に潜入し、女王を討ち取ってこい」

「あ……ありえません。アラクネの数がどれほどいるのか、ご存じないわけでは、ありませんよね……?」

「だからこその少数。お前達三名で、潜入してもらう」


 アグニスが何を考えているのか、さっぱりわからない。


「こんなの……無謀過ぎませんか?」

「だが、その無謀で――お前は、魔獣ヌエを討ち果たした」

「えっ! マ、マジかっ? 咲弥君……?」


 驚いた様子のロイが、大きく目を見開いた。


「あれは……ただの、偶然……奇跡だっただけです」

「ならば、アラクネ女王にも、その奇跡とやらを起こせ」


 無茶苦茶だとしか言いようがない。

 奥歯を()み締めてから、咲弥は疑問を問う。


「この地図を見る限りでは、領土からだいぶ離れています。本当に、アラクネ女王がいるんですか?」

「三十七名」

「……え?」

「アラクネ女王の巣を発見するのに、失った()の数だ」


 咲弥は両肩が少し()ねる。

 かなりの数の命が、すでに失われていた。


「言っておくが、失ったのは奴隷ではない。これほどまでに重要な任務を、奴隷ごときには任せられないからな。だから人の数だ。中には、私の友人だった者もいる」


 同じ人の命だというのに、奴隷に対する扱いは厳しい。

 言葉に(とげ)はあるが、声には残念そうな響きが(にじ)んでいた。


「僕も今は奴隷です。討伐を任せても、いいんですか?」

「魔獣ヌエとの戦いから、私はできると判断した。そこは、己の直観に従おう」


 なんとしてでも、行かせたいのが伝わってくる。


「それに、貴重な治癒術(ちゆじゅつ)を扱える元奴隷に、紋章符(もんしょうふ)の扱いにたけた男も同行する。上手く立ち回りさえすれば、必ずこのミッションを達成できるはずだ」


 咲弥はある言葉から、ロイを見た。


「ああ……俺は、紋章術が扱えない。いや、才能がないって言ったほうがいいか。だが……代わりに紋章符の扱いには、ちぃっとばかし自信がある」


 咲弥は疑問を覚える。

 紋章術が扱えない――才能がないと同義だと思った。

 微妙なニュアンスの違いが、何かあるのかもしれない。


「欲しい武器、防具、道具は、すべてこちら側で用意する。その代わり……なんとしてでも、アラクネ女王を討ち取れ。そうすれば、お前らは自由だ」


 アグニスは御付きの二人を連れ、出入口まで進んだ。


「二日間の猶予(ゆうよ)を与える。出立は三日後だ。それまで各自、このフロアにある場所を、好きに使ってくれても構わない。破格の待遇だろう?」


 アグニスは不敵に笑い、部屋を出ながら続けた。


「それでは、健闘を祈る」


 扉が閉じたあと、しばらくの静寂が訪れる。

 唐突な出来事が連鎖的に続き、脳が処理しきれない。

 緊張の糸が切れたように、ロイが椅子にどさっと座る。


「はぁーあ……なんとか首の皮が一枚、繋がった感じか」

「ロイさん。大丈夫だったんですか?」

「真面目に、死んだと思ったな。ま……それはこれからも、あまり変わらないか。相手はあの、アラクネ女王かぁ……」


 沈黙が広がり、咲弥は疑問を述べる。


「どうして、身代わりがバレたんですか?」

「あの感じからすると、最初から全部わかってたくせぇな」

「な、どうやってですか?」

「わからん……対処のしようが、まるでなかったんだぞ」


 漠然としていて、よくわからない。

 とにかく、最初からアグニスは気づいていた。

 承知の上で、平然とあんな対応をしてきたのだ。


「……あのアグニスって方……なんだか、怖いですね」

「ははは……そりゃあ、ドンの一番のお気に入りだからな」

「とても元奴隷だとは、感じられませんね」


 ロイが頬を引きつらせる。

 怪訝(けげん)な顔つきで、ロイは否定した。


「演説で何を言われたか知らんが、そりゃただの嘘だぞ」

「え……?」

「あんな横柄な元奴隷が、この世にいてたまるかって話だ。奴隷達に希望をちらつかせる、そのための算段だろ。それ」


 すっかり(だま)されていた。

 アグニスの声、あるいは雰囲気のせいに違いない。

 奴隷からでも這い上がれると、疑いすらもしなかった。


「それはそれで……余計に、怖いですね……」

「だな……にしても、あの魔獣ヌエを倒したんだって?」

「ああ……まあ……ぎりぎりですね」

「冒険者になる……か。なんか、納得だな」


 そうであれば嬉しいが、今はそれ以前の問題がある。

 アグニスのせいで、ロイの言葉を素直には喜べない。


「そっちの可愛い嬢ちゃんは、治癒術の使い手だって?」


 紅羽はじっと黙ったまま、一言も発さない。

 妙に気まずい空気が流れる。


「あれ……? 俺、何か悪いこと言ったか?」

「あ、あれ……?」


 さきほどまでは、受け答えしてくれていた。

 今は石のように固まっている。


「でも、彼女の扱う治癒術は、本当に凄いですよ。ヌエとの戦いで折れた骨も、短時間で治してくれましたし」


 咲弥はロイに、ぼろぼろになった右手を見せた。

 ロイは感心したように(うな)る。


「ほう……ずいぶん、人体の知識が豊富なんだな」

「人体の知識……ですか?」

「どの系統に関してもそうだが、知識があれば幅が広がる」

「……は、はあ……?」


 咲弥は曖昧(あいまい)に相槌を打ち、続きを(うなが)した。


「初歩的な話さ。火は燃え、万物を灰燼(かいじん)()する。されども世界を照らし、多大な恩恵をもたらす――まあ、火の知識が高まれば、扱い方も変わるって話だな」

「なるほど……知識ですか……」

「つまり、人体への知識が高まれば高まるほど、折れた骨や破裂した内臓なんかだって、(いや)せるようになるわけさ」

「……確かに、ものを知らなければ、扱えませんからね」


 咲弥はロイから、なんらかのヒントを得た気がした。

 この三週間、水の紋章の新たな力が芽生えていない。

 その理由は、単純に知識不足なのかもしれないと考える。


 水の化学式は、学校で学んで知っている。

 だがおそらくは、そういうことではない。

 もっと根本的な理解にまで、及んでいないのだろう。


「にしても……この子……」


 ロイの(つぶや)きに、咲弥は小首を(かし)げる。


「なんですか?」

「あ、いや。とても奴隷には見えねぇなって」


 咲弥も初めて見たときに、同様の思いを抱いた。身なりを少し整えるだけでも、聖女と呼ばれそうな雰囲気がある。

 ロイは苦い顔をして、ぼそっと言った。


「しかし、可哀そうに……これほど綺麗な容姿なら、きっと性的奴隷か何か経験してきたんだろうな……」

「ロイさん!」


 咲弥は思わず声を張っていた。

 それでなくとも、同室の男に襲われかけたばかりだった。

 ロイは気まずそうに、苦笑しながら両手を合わせる。


「すまねえ。無神経だった。ほんと、すまん」


 咲弥がため息を漏らすと、ロイは話を変えた。


「まあ、なんしても……三日後には、地獄の渦中(かちゅう)だな」


 ロイの(おび)えた声に、咲弥も少しばかり萎縮(いしゅく)する。

 乗る馬車を間違えた日から、苦難が絶え間なく続く。

 一難去ってまた一難――咲弥は、ふと紅羽を見た。


 すべてが悪い話というわけでもなかった。

 この先、どうなるのかはわからない。

 それでも、一人の少女だけは救えた。


 今はそれだけでいい。

 咲弥は心の中で、そう思っておくことにした。





 ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます。

 ここで少し、小話というか――ただお願いするだけなのも芸がなさ過ぎると思い、ちょっとした蛇足をば。


 アグニスのもとに来た時点で、咲弥は疑われています。

 無線機で逐一報告を受けていたのに、咲弥が来たのは最後――アグニスが班分けのときに、咲弥を最後に残したのは、じっくりと真偽を確かめるためでした。


 確定したのは次の日、調査させた結果で知ります。

 なお、銀髪の少女が最後に残されたのも理由があります。

 勘の鋭い方ならわかるのではないでしょうか。


 ちょっとした、ごくごく普通のお願い。

 ブックマークや★評価する場所が、少し下にあります。

 ブックマークと評価で、どうか応援をお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ