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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第一章  王都を目指して
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第二十二話 命を奪う覚悟




 両腕に拘束具をはめた少女は、静かに通路を歩いた。

 薄暗い通路は、どこか不穏な空気に満ちている。


 これからどうなるのか、予想に難くない。

 それでも構わないと、少女は己の運命を受け入れる。

 もうじき、無意味だった生から解放されるのだろう。


(私は失敗作……私は欠陥品……感情なんか、いらない)


 少女の頭の中で、ずっと同じ言葉が巡り続ける。


 ある日を境に――

 少女の心は粉々に砕け散った。

 壊れた道具に価値はないと、そのまま破棄される。

 暗い穴の片隅で独り、息の根が止まるのを待ち続けた。


 中年男が一人、たまたま少女のもとへ迷い込んでくる。

 不憫(ふびん)に思ったのか、男は少女を腕に抱え上げた。

 そのまま男の住処(すみか)へと、少女は運ばれる。

 そこにはまだ幼い娘がおり、優しそうな伴侶(はんりょ)もいた。


 少女は、表情を作るすべを知らない。

 表情の作り方など、教えられた経験がなかったからだ。

 そしていつの間にか、声すらも失っている様子だった。

 声を持たない人形を見て、みんな哀しげな顔をしている。


 それでも男達は、少女を家族として迎え入れてくれた。

 少女は初めて、生きるという意味を家族に教えられる。

 壊れたはずの心が、次第に修復されていく。

 少しずつ声を発し、表情も作れるようになった。

 それからまた、しばらくの時が流れる。


 ある日の出来事――

 極悪非道な賊が、我が家を襲う。

 父と母のほか、幼い妹も無残に殺されていた。

 少女はまた独りになり、家族の遺体を呆然と眺める。

 どれだけ助けたくとも、助けられなかった。

 (そば)にいない間の出来事に、対処などできるはずがない。


 少女は再び、心が粉々に砕け散った。

 今度は本当の意味で、壊れたのだと自覚している。

 気がつけば、辺り一面が血の海で広がっていた。

 賊達の死体が、ばらばらに散らばっている。

 少女は独り、血だまりの中で立ち尽くした。


 それからも何度か、少女は人の手を渡り歩く。

 労働用、観賞用――最初の頃と同じ、()として扱われた。

 だがある一線を越えると、唐突な破壊衝動が起こる。

 意識を取り戻せば、また辺り一面が血の海に沈んでいた。


 なぜ破壊衝動が起きるのか、少女にもよくわからない。

 失敗作、欠陥品――そう言われていたことを思い出した。

 その言葉は正しい。だから。当然のことなのだろう。


(もういい……だから、もう……終わらせよう)


 息絶える瞬間まで、ずっと――

 意識を保ち続けていれば、おそらくは暴走などしない。

 それで本当に、生という呪縛から解放される。


 家族との記憶から、流されるままにただ生きてきた。

 それが間違いだったのかもしれない。


(私は、欠陥品だから……私は、失敗作だから……)


 少女の脳裏に、ふと黒髪の少年が浮かんだ。

 少年は日々を、ひたすら精一杯に生きている。

 目の前で倒れた男を助け、人の世話ばかりをやいていた。


 少女はある理由から、黒髪の少年を黙々と観察する。

 そこでは、少年のいやらしい部分がまるで見えなかった。

 賞賛されたくて、やっているわけではないのだろう。

 少年の嘘のない綺麗な瞳に、つい惹かれてしまったのだ。


 時折、気遣ってくれていたのは、きちんと伝わっている。

 やはり少年はどこか、父となった男とよく似ていた。

 容姿とかではなく、内面的な部分がそう感じさせる。

 心の音がとても心地よく、嘘偽りのない響きをしていた。


 少年が主であれば、自分もまた変われたのだろうか――

 この短い期間、少女は幾度(いくど)となくそんな夢想に(ふけ)った。

 しかしもう、二度と会うことはない。

 会えたとしても、合わせる顔などあるはずもなかった。


 いつもの暴走が起こった結果、少年を殺しかけたのだ。

 失敗作はどこまでいっても、失敗作に過ぎない。

 それが、今回の件でよくわかった。

 血にまみれた少年を見て、少女はすべてを諦める。


 少女はまもなく、処刑されるに違いない。

 だからそこで、すべてを終わらせると心に誓いを立てた。

 もう二度と、欠陥品の人形が歩くことなどないように――



 ただ、もしも赦されるのなら――

 最後にもう一度だけ――



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 咲弥の意識は、ゆっくりと覚醒に向かう。

 うっすらと目を開けば、石の天井が視界に入った。

 焦点が定まらないのか、ずいぶん視界がぼやけている。


(あれ……? もう、朝だっけ……?)


 おぼろげな頭に、銀髪の少女の姿が鮮明によみがえった。


「そうだ……!」


 咲弥は素早く上半身を起こした。

 不意に、強く違和感を覚える。

 酷い怪我を負っているはずだった。


 だが、そんな形跡はない。どこにも痛みすらなかった。

 それどころか、日々残っていた筋肉痛すらも消えている。


(昨日のことは……夢だったのか?)


 自分の体を確認してから、咲弥は周囲を眺めた。

 かなり荒れ果てており、石壁や床には血痕もある。


 昨夜の出来事は、やはり夢ではなかったらしい。

 混乱するさなか、咲弥はふと気づいた。

 コルスや少女の姿が、どこにも見当たらない。


「目覚めたのか?」


 部屋の出入口に、戻ってきた様子のコルスが立っていた。

 咲弥とは違い、生々しい傷の跡がふんだんに残っている。


「コ、コルスさん。平気なんですか?」

「まあ、かろうじてな」

「あの……あの子は……?」


 不満たっぷりの顔で、少しの間コルスは押し黙った。


「あいつなら、さっき連れていかれたよ」

「な、なんですって? どうして……?」

「どうしてって、あたりまえじゃないか」


 コルスは呆れ声で続ける。


「まっとうに仕事をしない、騒動は起こす、それに……」

「……それに?」

「拘束具を勝手に壊したんだ。当然の結果さ」


 昨夜の光景が、咲弥の脳裏をよぎる。

 少女は拘束具を、ねじり切るように壊していた。

 咲弥は、じわじわとした不安を抱く。殺されかけておいて妙な話だが、そんなことよりも彼女への心配が先立った。


 そう思える訳は、それとなく理解している。

 意識が途切れる寸前に垣間見(かいまみ)た、冷たい彼女の紅い瞳――ああなってしまうだけの理由が、きっとあるに違いない。

 咲弥ははっと息を呑み、ある種の覚悟をもった。


「どこに……どこに連れていかれたんですか?」

「さあ? 僕にはわからないね」


 根拠があったわけではない。

 コルスが嘘をついていると、咲弥は漠然とそう思った。

 コルスへと、大きく詰め寄る。


「どこに連れていかれたんですかっ?」

「そ、そんな怒るなよ……たぶん、処刑場さ」

「しょ、処刑場……?」

「僕ら古参連中が、そう呼んでるだけだ」


 咲弥は眉間に力を込め、コルスを見据えた。


「どういう意味ですか?」

「咲弥君もじきに知るさ。新人はみんな招かれるから」

「それじゃあ、遅いんです!」

「おい。お前」


 金髪の女――アグニスの重圧感のある声が聞こえた。

 アグニスは短鞭(たんべん)を手に、咲弥のほうへ詰め寄ってくる。

 御付(おつ)きの女二人も、アグニスの後ろに(ひか)えていた。


「な、なんですか?」

「今から私と来い。教育してやる」


 咲弥は訳がわからない心境だった。


「どこへ連れていくつもりですか?」

「二度目だ。お前は〝はい〟とだけ、応えていればいい」


 アグニスは気迫のある声と雰囲気を放った。

 咲弥は気圧され、今は素直に従うほかない。


「はい」

「よろしい。では、ついてこい」


 アグニスは颯爽(さっそう)と振り返り、勇ましく廊下を闊歩(かっぽ)する。

 咲弥は部屋から出る前に、コルスを見た。

 無言のまま、咲弥のほうに軽く手を振っている。

 何が起こるのか、何もわからない。


 廊下に出ると、すでに何人か集められていた。

 おそらくここにいる全員が、新人の奴隷に違いない。

 アグニスに連れられ、しばらく歩き続ける。

 立ち止まった先で、咲弥は信じられないものを目にした。


(これ……エレベーターだ)


 原理はわからないが、質の高そうなエレベーターがある。

 こちらの世界でも、人数制限はあるらしい。

 複数回に分けて、人が運ばれる。


 咲弥は三度目のエレベーターで昇った。

 辿(たど)り着いた先には、やや薄暗い通路がある。

 一番奥にある扉付近で、妙な臭いが()ぎ取れた。


(なんだ……この臭い……)


 鉄のような、あるいは錆に近い独特な異臭だった。

 アグニスの御付き二人が、ゆっくりと扉を開いた。


「うわぁああああああああああ!」

「いいぞー! もっと見せろー!」

「やれやれ! やっちまえぇ!」


 耳をつんざく歓声が、途端に飛び込んできた。

 耳を(ふさ)ぎたかったが、両腕の拘束具のせいでできない。

 顔を斜め下に反らし、咲弥は静かに視線を前に戻した。


(なんだ、これ……ドーム?)


 咲弥は、また驚かされる。

 中央に堀――血だらけになった石造りの舞台があった。

 その舞台を囲むように、観客席が設けられている。


 咲弥は戦慄(せんりつ)の光景を捉える。

 舞台にいる大きな怪物が、人を(むさぼ)り喰っていたのだ。


「あ……ああ。人、人が……!」


 気が動転してしまい、咲弥は我知らずに駆ける。

 アグニスが短鞭(たんべん)を咲弥の首に据え、動きを止めさせた。


「よく聞け。仕事ができないゴミ、拘束具を破壊するゴミ、脱走を試みるゴミ、はなはだ問題ばかりを起こすゴミは――こうなるのだと、脳に刻み込んでおけ」

「なっ……こんなこと、許されるはずがありません!」


 咲弥は声音を強めて言った。

 アグニスは冷ややかな視線を送ってくる。


「三度目だぞ? お前は、出来の悪いゴミか?」

「ぐっ……」

「これは、罰だ。だがしかし、悪い話ばかりでもない。見事、戦闘に勝利すれば、そいつの願いを一つ叶えてやるのだから――まあ、勝てれば、だがな」


 咲弥は瞬時に、天使の姿を頭に思い描いた。

 討てば願いを叶える――似たような発言をしている。


 咲弥は、舞台にいる魔物に視線を戻す。

 ぱっと見では、虎に似た容姿の魔物であった。しかし鬼を彷彿とさせる顔を持ち、尾の代わりに大蛇が生えている。

 咲弥は漠然と、ある妖怪の話を思いだした。


《さあ、どんどん参りましょう!》


 拡声器でもあるのか、甲高い男の声が響き渡った。

 盛大に銅鑼(どら)が鳴らされ、舞台の端にある柵が上がる。

 そこから現れたのは、一人の銀髪の少女だった。


(あ、あの子だ……)


 咲弥は、また我知らず走る。

 舞台と客席の境目まで進んだ。

 仕切りに手を置こうとしたとき、バチッと電気が走る。

 ほんの一瞬だけ、まるでバリアみたいな幕が見えた。


《さあ準備は整ったようだ! それでは、開戦だぁああ!》


 激しく銅鑼が打ち鳴らされる。

 見た限り、昨晩の機械的で狂気に満ちた少女ではない。

 普段のぼんやりとした状態であった。


《魔獣ヌエ。様子をうかがっているのか、まるで動かない。可憐な少女のほうも、たたボケーッとして動かないぞぉ!》

(ヌエ……やっぱり、そうなのか……?)


 それは、空想上の妖怪の名だった。

 痺れを切らしたのか、ヌエが先に動く。

 少女へと駆け、蛇の尻尾を大きく振りかぶる。

 いまだに少女は、まったく微動だにしない。

 そのまま蛇の胴にぶたれ、少女は大きく吹き飛んだ。


《なんだ、これはぁっ? 少女! まったく動かない!》


 咲弥は理解に苦しんだ。

 命の危険があると思われる現状、彼女は豹変(ひょうへん)しない。

 理由はわからないが、このままでは喰い殺される。

 咲弥はアグニスを振り返った。


「この戦い、止めてください!」


 アグニスは心底、呆れたようなため息をついた。

 咲弥のほうへ歩み寄りながら、短く問いかけてくる。


「なぜだ?」

「こんなの、ただの虐殺じゃないですか!」

「それの、何が問題なのだ?」

「――っ?」

「これは罰だ。死ぬなら精々、見世物になってから死ね」


 コルスが処刑場と表現したのは、確かに正しい。

 咲弥は奥歯を()み締めた。

 どうにか助けたいが、その方法は思いつかない。

 両腕は拘束され、しかもバリアまで張られている。


「くっ……どうすれば……」


 咲弥が無意識に(つぶや)いた直後、アグニスが不敵に笑った。


「そんなに助けたいのならば、お前も行けばいい」

「え……?」

「あそこから、中に行けるぞ」


 アグニスが目で示した。

 地下へ向かうための階段が見える。

 咲弥はアグニスに視線を戻した。


「勝手に助けても……構わないんですね?」

「ああ。助けられるものなら、助ければいい」


 アグニスは胸のポケットから、小さな鍵を取り出した。

 咲弥の拘束具を、手早く外していく。

 そして後ろも見ずに、御付(おつ)きの一人へと投げ渡した。


 アグニスの真意は、まったくわからない。

 それでも、咲弥は一目散に走った。

 階段を駆け降り、通路を進む。

 頑丈(がんじょう)そうな鉄柵の前に、大柄な男が一人立っていた。


「話は聞いている。精々、観客を盛り上げてくれ」


 通信機か何かで、アグニスとやり取りをしたようだ。

 鉄柵が(きし)んだ音を立てて開いていく。

 咲弥は完全に開く前に、下を(くぐ)り抜けた。


《おおっと? なんだぁっ? 乱入かぁっ?》


 咲弥が入るなり、ヌエが大きく離れた。

 唐突な来場に、驚いたのだと思われる。

 咲弥は急いで、少女の姿を目で探した。

 多様の武器が散らばる中央付近には、彼女の姿がない。


(どこだ……ど……あぁあ……)


 少女の姿を発見し、咲弥は自然と眉をひそめた。

 舞台の隅のほうへと、素早く移動する。


(こ、こんな……なんてこと……)


 銀髪の少女の状態に、咲弥は愕然とする。

 左腕と右足が、ありえない方向へと曲がっていた。しかも体中のあちこちに、二本の牙で噛まれた跡が多々とある。


 大量の血が流れ、生きているのが奇跡にすら思えた。

 首から上や、心臓の周辺などには傷がない。

 ヌエは致命傷を()けて、攻撃しているのだと呑み込む――つまり彼女をおもちゃとして、いたぶって遊んでいたのだ。


 ヌエが本気なら、もっと早くに喰い殺されていただろう。

 幸いと言っていいのか、まだ息はあるようだ。


(くっ……)


 咲弥は静かに立ち上がり、ヌエを振り返った。

 勝てば――願いを叶えてもらえる。


「待ってて……あいつを倒して、必ず治療してもらうから」


 少女を向かないままに告げ、ヌエをじっと見据える。

 まるでホッキョクグマにも等しい体格をしている。

 上から見るよりも、二回りぐらいは大きく感じられた。

 ひりつくような恐怖が、咲弥に襲いかかってくる。


「ガァアアアア――ッ!」


 ヌエが腹に響く咆哮(ほうこう)を放ち、咲弥を威嚇(いかく)してきた。

 空色の紋様を浮かべ、咲弥は戦闘態勢を整える。

 握り締めた拳を、さらに強く握った。


「ごめん。お前を討たなきゃ、この子を助けられないんだ」


 咲弥は声に出して、恐怖を()み殺す。

 同時に――魔物の命を奪う覚悟を胸に宿した。




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