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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第一章  王都を目指して
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第二十話 失うことの恐怖




 敷かれたシーツの上に、咲弥はばたりと倒れ込んだ。

 魔物の討伐と処理を繰り返したため、疲労感が凄まじい。

 体中に擦り傷を負い、意識するとジンジンと痛んだ。

 初日からずいぶん無茶をしたと、しっかり自覚している。


 もっとも精神的に一番つらかったのは――処理場に魔物の死骸(しがい)を運び込んだときに、人の死体も適当に投げ捨てられていたのを見たことであった。

 死期が迫った者や死んだ者は、ここではアラクネの死骸と同様、一緒くたに焼かれて処理されてしまうのだ。


 応急措置をした男の件から、その事実は予想に難くない。だが実際に目で見ると、やるせない思いだけが胸に募った。

 肉体を酷使したのは、それが原因でもある。

 どうしようもないとはいえ、つい考え込んでしまうのだ。


(今もまた、こうやって……結局、考えちゃうんだよなぁ)


 咲弥は寝ころびながら、小さく首を横に振った。

 考えれば考えるだけ、悲しい気持ちが溢れ返る。

 このままでは、きっと身が持たない。

 咲弥はなかば無理矢理に、別のことを考え始めた。


(そういえば……やっぱり、最悪だったなあ……)


 仕事を終えたのち、水浴びと食事の時間が設けられた。

 水浴びは、まるで家畜の扱いにも等しい。

 まず頭上から降り注ぐ冷たいシャワーを浴びる。それから少量の洗剤で全身を手洗いしたのち、また冷たいシャワーで洗い落とすだけで終わった。


 そして食事に関しては、もはや栄養を摂取するためだけの行為でしかない。与えられた食べ物は、残飯か何かかと疑う程度のものであった。

 正直、食欲など湧くはずもない。だが、何か食べなければ死ぬと思い、なかば強制的に胃袋の中へ収めでおいたのだ。


 ここまで環境が劣悪(れつあく)だと、もはや反応する気すら失せる。

 咲弥はぐったりとして、周囲に目を向けた。

 部屋にはコルスのほか――銀髪の少女と不意に目が合う。

 とっさに()らしてしまい、そのまま宙を見つめる。


 水浴び以外は、男女混合であった。

 まともな状況なら、あたふたとしていたに違いない。

 それすらもできないくらい、咲弥は疲労困憊していた。


(銀髪のあの子……一日中ぼんやりとしてたなぁ……)


 終始無表情のまま、少女はまったく働かない。

 ただなぜか、咲弥の後を追ってくる。

 少し前の水浴びのときも、こっそりついてきていたのだ。


(あれはさすがに……ちょっとびっくりした……)


 施設の者が止めたが、あわや大騒ぎになる寸前だった。


(きっと……どうしていいのか、わからないのかな)


 新参者同士であれば、多少落ち着くというのはわかる。

 おそらくは心細さから、後を追ってくるのだと考えた。


 しばらく寝転がっていると、部屋の扉が叩かれる。

 げっそりとしつつ、咲弥は視線を(そそ)いだ。

 開いた扉の先には、栗毛の男――ロイが立っている。


「黒髪の小僧。ついてこい」

(ロイさん……?)


 妙に高圧的なロイの態度を、咲弥は不可解に思った。

 咲弥は気力を振り絞り、立ち上がる。

 コルスが不安げな様子で、咲弥のほうを見守っていた。

 咲弥が立つなり、銀髪の少女もすっと腰を上げる。


「え? お、おっと……お前はだめだ。こいつだけだぞ」


 ロイが怪訝(けげん)な面持ちで、銀髪の少女を手で制した。

 少女はじっと固まる。そして、また静かに腰を下ろした。

 咲弥は少女に向け、謝罪の合図を手で出しておく。


「行くぞ」


 咲弥はロイに連れられ、施設員がいる廊下を進んだ。

 誰もいない個室へと招かれる。

 扉を閉めた途端、ロイは大きなため息をついた。


「はぁ……演技とはいえ、こういうの向いてないな。俺」

「演技……?」

「ほかの奴隷達や施設員に、怪しまれないようにな」

「あ、なるほど……そうですか」


 施設員と奴隷が仲良くしていたら、確かにおかしい。

 咲弥は納得して、呼び出された要件を待った。

 ロイが苦笑する。


「なんか、だいぶ疲れきってんな」

「ええ……少し無理をしまいまして」

「監視に聞いた。死骸(しがい)処理なんか、する必要ないんだぜ?」

「体を動かさないと、あれこれ考えてしまいそうで……」

「気持ちはわからなくもないが……あまり根詰めるなよ」

「はい。ありがとうございます」


 なんとも言えない顔をして、ロイが心配してきた。


「本当に、大丈夫か? 今にも死にそうなツラだぞ」

「……処理場のほうで、人の死体を見ました」

「……ああ……」

「正直……結構、きついですね……」


 ロイは指で頬をかいた。


「まあ、その……なんだ。気にするなって言うのも変だが、あまり考えるな。ここじゃあ、人の死は珍しくもないんだ」

「……はい」

「それにそれは、咲弥君が目指す冒険者だって同じだろ?」

「え……?」

「あんま詳しくねぇから、あれだが……冒険者だって多かれ少なかれ、魔物に殺されるなんて、結構ざらに聞く話だぞ」


 咲弥はふと、冒険者達の言葉を思いだした。

 冒険者は、いつ死ぬかわからない――そう言っていた。

 そのため一般人よりも早くから、飲酒が認められている。料理も美味しいものを、頑張って出してくれるそうだ。


「な? だから、慣れろとは言わねぇ。でも、それも含め、もっと強い心がなきゃ、冒険者になんてなれないと思うぞ」


 ロイは顔に似合わず、優しい声でそう(さと)してきた。

 咲弥は少しだけ、本来の自分を取り戻す。

 独りで抱え込んでいたら、だめになっていたに違いない。

 ロイと話せてよかったと、心からそう思えた。


「ロイさん。ありがとうございます。もう、大丈夫です」


 微笑みながら(うなず)いたあと、ロイは口を開いた。


「それでだ。ザップの野郎から、連絡が入ったんだが……」

「ああ……どうでしたか?」


 ロイは苦い顔で、首を横に振った。

 そのしぐさから察する。


「どうにも見つからないみたいでな……」

「そうですか……残念です」


 疲労感が、どっと蓄積された気がする。

 どこかへ逃げたのか、無駄に想像ばかりが働く。


「探せなかったら消すって伝えといたから、勘弁してくれ」

「ははは……わかりました」


 ロイが、はっとした顔を見せる。

 咲弥は小首を(かし)げた。


「そうそう。咲弥君に、これを渡しておこうと思ったんだ」

「ん……? なんですか?」


 腰に帯びた鞄から出されたのは、なんらかの品だった。

 手のひらに乗るぐらいの品を、咲弥は手渡される。


「光の紋章術が入った紋章具だ」

「ああ、紋章具……」

「横にスイッチがあるだろ? ちょっと、下げてみ?」


 咲弥は言われた通りに実行する。

 紋章具の先端から、白い紋様が飛び出して砕け散った。

 キラキラとした光の粒が、咲弥の全身に漂う。


「それ結構、高価な代物なんだぜ? どうよ?」

「あれ……なんだか、体が軽くなっていく気がします」

「だろぅ? 傷や疲労を癒す効果のある紋章具だからな」


 まるで汚れを落とすかのように、擦り傷も消えていく。

 原理はわからないが、咲弥は凄いという感想をもった。


「使用回数に制限があるから、無駄遣いすんなよ」

「ありがとうございます。これ、本当に嬉しいです」

「なあに。助けてくれた礼さ。これからもちょくちょく来て、差し入れする。だから、しばらくは我慢しててくれよな」

「わかりました」


 咲弥は紋章具を、ポケットにしまった。


「一応、言っておくが……ほかの奴隷達にはバレんなよ?」

「え? あ、はい」

「奴隷に差し入れなんざ、普通はありえねぇからよ」

「ははは……そうですね」

「おう。それじゃあ、そろそろ戻るか」

「はい」


 ロイと一緒に、咲弥は自室へと戻ってくる。

 コルスと銀髪の少女が、同時に視線を向けてきた。


「それじゃあ、小僧! しっかりと励めよ」


 また高圧的な姿勢で、ロイはビシッと指を差した。

 それから分厚い扉を閉め、どこかへと去る。

 事情を知ってから見ると、確かに向いていない気がした。

 咲弥は心の内側で苦笑して、自分のシーツの上に座る。


「なんだったんだ……あれ?」


 コルスが(つぶや)いた。

 咲弥は少しばかり焦る。

 関係性を問われた場合の方便を、まだ何も考えていない。

 ロイのために、咲弥は必死に言い訳を模索した。


「しっかり仕事をしてるかどうかの……確認、でしたね」

「ふむ……咲弥君をここへ連れてきたのは、彼なのかい?」

「はい。そうです」

「なるほど。査定かなんかに響くから、確認しに来たのか」


 納得してくれた様子で、咲弥はほっと安堵(あんど)する。

 嘘をつくのは心苦しいが、こればかりは仕方がない。


「それにしても、咲弥君はどうして奴隷になったんだい?」

「え……?」

「あっ、ごめん。あまり、こういうのは聞いちゃだめだね」

「あ、いいえ」

「僕は借金がかさんで、奴隷になったんだ」


 コルスが奴隷になった経緯を明かした。

 申し訳ないと思ったからなのか、どんどんと語る。


「このアドロアにはさ、ギャンブルから女からと、とにかく遊べるところがたくさんあってさ。最初の頃は、酒も飲んで気持ちよく遊んでたんだけど……」


 ロイに連れられ、咲弥はここへ直接きた。

 だからアドロア町については、何も知らない。

 おそらく、大人の世界が広がっていたのだろう。


「それで、咲弥君はどうして奴隷になったんだい? 僕とは違って、そんな遊んでいるようには見えないしなあ。接した感じ、犯罪者ってわけでもなさそうだし」


 自分語りをしたからか、コルスは気兼(きが)ねなく尋ねてきた。

 下手に嘘をつくのは、まずいと考える。どういった経緯で奴隷になるのかは、さまざまな事情があるに違いない。

 ただ下手に嘘をつけば、ぐいぐいと問われる気がした。


「すみません。その話は、したくないんです」


 申し訳ない気持ちが伝わるよう、声に乗せて言った。

 この言葉で、引いてくれるのを期待するほかない。

 コルスは少し慌てた様子で、謝罪をしてくる。


「ああ、ごめんね。気を悪くしないで」

「いいえ。すみません」


 不意に、たくさんの小さな足音が耳に届いた。

 扉がある壁の上部には、細長い格子窓がいくつかある。

 その部分から、足音が徐々に大きさを増して入ってきた。


「この足音は……」

「ああ、夜勤組だね」

「夜勤、ですか?」

「ここの奴隷は、昼夜関係なく働かなきゃいけないからね。だって、魔物はこちらの時間を、気にはしてくれないから」


 言われてみれば、当然の話であった。

 魔物は昼夜関係なく襲ってくる。


「僕達はここで休んでても、いいんですか?」

「そのための、組分けさ。僕らが休んでる間に彼らが働き、彼らが休んでる間に僕らが働く。ここでは、それが普通さ」


 そうでもしなければ、確かに身が持たない。

 咲弥は納得して、ただ足音に耳を(かたむ)ける。

 突然、男の叫び声が響いた。


「嫌だ! 俺には、もうできない!」

「黙れ! とっとと歩け!」

「なっ……」


 咲弥は慌てて立ち上がり、固く閉ざされた扉を前にした。

 こちら側からでは、扉は開けられない。


「無理だ! 俺にはもう無理なんだ!」

「貴様、いい加減にしろ!」

「頼む! 誰か助けてくれ!」


 ピシッと、鞭か棒で打ちつける音が鳴った。

 そしてずるずると、何かを引きずるような音が聞こえる。

 咲弥は強く扉を叩いた。


「待ってください! 僕がその人の代わりに行きます!」


 外からは何も反応が返ってこない。

 格子窓の近くへ移動し、咲弥は声を張った。


「すみません! 開けてください!」

「咲弥君! やめときなって……」


 コルスが呆れ声で言ってきた。


「でも……」

「時間が来るまでの間は、そこの扉は開けちゃくれないよ」


 コルスの言葉通り、扉が開く気配はない。

 もう防衛線のところに向かったのだろう。

 咲弥は脱力し、その場で立ち尽くした。


「……多分、新人だろうね」


 コルスはやれやれと(つぶや)いた。


「たまにいるんだよね。かわいそうだけど、仕方ないね」

「無理に働かせても、戦力になるとは思えませんが……」

「だから、ああいう奴から死んでいくんだ」

「そんな……」

「ああいうので、長く生きている奴は少ない。いや、一人もいないんだ。僕の班だって、前はちゃんと人がいたんだよ」


 コルスの班に、ほかの人がいない理由が判明した。

 ここでは毎日のように、人が死んでいる。

 だからこそ、各地から大量に奴隷を集めているのだ。


「今回は見送ったけど、咲弥君も無茶はしないことさ」

「え?」

「そんな行動ばかり続けていたら、君も簡単に死ぬよ?」


 コルスの言葉が、いやに重く感じた。

 死を間近に見届けた者の、言葉だからなのかもしれない。

 咲弥はコルスに、何も言い返せなかった。


「まっ、この()よりは、長く生存できるだろうけど」


 コルスの視線の先には、銀髪の少女がいる。

 少女は膝を抱えて座り、じっと黙っていた。


 いつか、自分か身近な人が死ぬ――

 そんな場面を、咲弥は漠然と想像する。

 心臓がしぼむような、気味の悪い感覚がした。


(嫌だな……そんなの……絶対に、嫌だ)


 いつか訪れるかもしれない悪夢が、頭から離れなくなる。

 何ができるのか――振り払えないなら、考えるしかない。

 そうならないためにどうするか、咲弥は思考を巡らせた。




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