第三十五話 額に刻まれた傷痕
樹冠に残る黒い斬撃痕に、咲弥の意識は囚われていた。
(……紅羽……本当は、生きてるのか?)
望みのない願望に過ぎないと、咲弥も重々承知している。
仮に生きていたとしても、彼女にこれほどの力はない。
そのはずなのに――視界に映る斬撃痕から、なぜか紅羽の気配が感じられた。
その真偽は知れない。咲弥の胸が困惑に圧迫されていく。
女神ユグドラシールもまた同様に、不可解な現象にひどく驚き、茫然となっている。災厄が不発に終わるとは、夢にも思っていなかったに違いない。
それは、刹那の領域――
沈黙する女神を見据え、咲弥の意識が切り替わった。
(今……この、瞬間……)
二度と訪れないかもしれない、最大級の機会――
そう悟った頃にはもう、空中に咲いた花の上に立っている女神ユグドラシールへ、咲弥はなかば自然と向かっていた。随所に咲く花々を飛び移っていく。
咲弥は目を見開き、無言のまま女神に黒爪を振るう。
「が、はぁ……っ!」
突如現れた植物が、咲弥の腹部を強打した。
咲弥は吹き飛び、がらんどうの地面へ背を打ちつける。
「ぐがっ……」
「咲弥殿!」
ジェラルドの叫びが、やけに遠く聞こえる。
咲弥は体中から広がる痛みに耐え、ジェラルドへと視線を移した。軽く揺れ動く視界のなか、彼はいまだ足を拘束する植物から抜け出せていなかった。
よく見れば、魔法的な植物の一種なのだと思われる。
「煩わしい……もうよい。我が直々に、天罰を下そう」
ぞっとする声音で、女神は言葉を紡ぎ続ける。
「もう充分、興じた。まずは汝らからだ」
咲弥は血の気が引く。何が起こるのかわからない。
思考する間もなく、咲弥は白手で虚空を薙いだ。
「白爪……空裂き!」
ジェラルドの足を搦め捕っている植物をめがけ、白爪から生じる衝撃波を放った。もちろんジェラルドのオドも多少は削がれてしまうが、さすがに仕方がない。
選べる選択肢など、今はないにも等しいのだ。
咲弥は思考を切り替える。
拘束から逃れたジェラルドへ、短い指示を飛ばした。
「シャーロット様を連れ、ここから逃げてください!」
「で、ですが……」
「あなたの精霊を召喚すれば、不可能ではないはずです!」
ジェラルドが宿す火の精霊は、空を自由に駆け回れる――それ自体は間違いないが、正直なところ、背に跨がれるのかどうか少し疑問ではあった。
とはいえ、再び人質に取られるわけにはいかない。
もしこの場にシャーロットがいなければ、ジェラルドとの共闘もありえたが、事実と異なる思考を持ったところで何も意味はない。
現にシャーロットはここにおり、彼女の身の安全が何より最優先であった。
もうなりふり構ってなどいられない。
たとえ難しくとも、なんとかしてもらうほかないのだ。
ジェラルドが目を閉じてから、重い頷きを見せる。
「了解しました。ご武運を」
ジェラルドは言い、深紅の紋様を浮かべた。
「我に力を――火の精霊グトルファクシ!」
ジェラルドの紋様が砕け、紅い円と模様が描かれる。
傍観しているはずもない。咲弥は女神に注意を払った。
「誰一人、逃しはせぬ」
案の定、女神が行動を始める。
女神が顔の付近まで、右手を持ち上げていく。
咲弥は瞬時に空色の紋様を浮かべ、声を張って唱えた。
「黒爪空裂き、限界突破!」
紋様が砕け散るとともに、咲弥は黒手を振り抜いた。
黒爪が空を裂き、飛ぶ斬撃にも等しい衝撃波を生む。
当然、女神は難なく防ぐ。それでも、別に構わない。
ジェラルド達が遁走する時間さえ稼げればいいのだ。
「あまいのぉ?」
女神が防衛すると同時に、なんらかの力を放っていた。
咲弥は気づく。がらんどうが、ぐにゃりと変形する。
(ま、まず……っ!)
足場や天井から、無数の植物が伸びてくる。
黒爪で襲いかかる植物を裂き、咲弥は大声を張りあげた。
「ジェラルドさん! シャーロット様!」
急成長する植物が邪魔となり、姿がまったく見えない。
咲弥の不安が一気に膨れ上がった。
「ぐっ……くそぉおおおっ!」
無限増殖を思わせる植物を裂き、咲弥は外側へと出た。
巨大な枝の上に移り、がらんどう側へ視線を滑らせる。
気味の悪い植物に、がらんどうは埋め尽くされていた。
ジェラルド達の気配が、どこにもない。
咲弥はくっとうめき、唇を噛み締めた。そのとき――
「……危機一髪だ」
赤く燃え盛る鬣を持つ、漆黒の馬が一体――成体の迅馬が仔馬だと思えそうなほど大きく、体中のあらゆる場所に鬣と同様の激しい炎を纏っている。
その背に、ジェラルドとシャーロットの姿を捉えた。
炎馬は天を駆け、素早く超巨大樹から遠ざかっている。
咲弥に安堵する暇などない。すぐ女神に視線を移した。
女神まで辿り着くための花が、いくつか消滅している。
十中八九、咲弥に迫られないために違いない。
咲弥は空色の紋様を浮かべ、まだ残っている宙に咲く花を飛び移っていく。ある程度まで迫れれば、それで構わない。近づく方法など、一つではないからだ。
女神がぼそりと呟いた。
「言ったはずだぞ――人の子よ。逃しはせぬ」
「お前の相手は……僕だ! 白爪、限界突破!」
咲弥は白爪を薙ぐや、即座にまた紋様を顕現する。
硬そうな女神の顔面に、不気味な笑みが張りついた。
「もう遅いわ。異界の者」
「清水の紋章第二節、澄み切る盾!」
咲弥は唱えながら、炎馬側を一瞥した。
空中に植物が生え、ジェラルド達へ襲いかかっていく。
咲弥は肝を冷やしたが、すぐ安心感に胸が満たされる。
炎馬が襲いかかる植物を、一瞬で灰燼に帰したからだ。
戦闘面は当然のこと、撤退でも強力な助けとなってくれる――これらの事実から、やはり精霊の召喚は奥の手として、残させておいて正解だったと認識する。
咲弥は生みだした水の幕を、トランポリン代わりにする。
大きく飛び跳ね、女神へ迫りつつ声を張った。
「人を……なめるな!」
「遅いか早いか――ただ、それだけに過ぎぬ」
何にしても、一対一の状態にまで持ち込めた。
(ここで討たなきゃ、もう道はない……)
咲弥は己を鼓舞して、覚悟を決めていく。
咲弥もまた――最終手段はいくつか残っているのだ。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
火の精霊――グトルファクシの背に座り、シャーロットは唖然となっていた。
虚空より生じた植物を撃退するときとは違い、この炎馬が纏っている炎は熱くない。むしろ、どこか陽だまりのような温かさすらも感じられる。
震撼している問題点は、しかしそこではない。
精霊の存在は、御伽噺の一つだと思っていた。
読み漁った数々の書物からも、それは間違いない。
けれど、囚われていた場所で召喚をした長身の男と同様、ジェラルドも精霊の召喚をやってのけたのだ。そこの事情がさっぱりとわからない。
彼が精霊を呼べるなど、聞いた記憶はいっさいなかった。
「ジェラルドおじ様は……いつから、精霊様を……?」
シャーロットは好奇心から、疑問を声に紡いだ。
周辺をひどく警戒した状態で、ジェラルドが返答する。
「守秘義務のため、多くは語れませんが――これも彼の力に関係しております」
シャーロットは静かに驚く。
曖昧ながらも、おおよその事情は呑み込めた。
神殺しの獣の生まれ変わりと、そう思われる少年――
「彼は、いったい……何者なのでしょうか?」
「さぁ……私も、すべてを知っているわけではありません」
ジェラルドが肩越しに顔を向け、シャーロットに微笑む。
「ですが、そんな私から申せるものがあるとすれば……彼はとても誠実であり、正義感に満ち溢れた心の優しい少年――と、いうことでしょうか」
シャーロットは視線を伏せた。
少し前の記憶が、ぼんやりとよみがえってくる。
『それが、母親の言葉か――』
自分と重なる部分があったのか、はたまたシャーロットのためだったのか、その真偽までは知れない。それでも、彼は皇族を相手に、あのとき真に怒っていた。
ジェラルドの言を素直に受け取れば、後者なのだろう。
「母に……皇族の者に、あそこまできつく物申せるのは……お強い方ですね」
「は、はは……そうで、ございますな」
ジェラルドは前を向き直り、苦笑まじりに言葉を濁した。
どの部分を指したのか、深く言わずとも理解している。
母から浴びせられた暴言は、確かにショックを受けた。
けれど、さほど心に深い傷を残してなどいない。自分でも認めていた部分なうえに、世界の終末を予感させる状況が、反対に心を鎮める要因ともなっている。
さらに、彼が真剣な声で怒ってくれたから――
これもまた、要因の一つに違いないと自己分析した。
(もし私が生まれた頃から、彼が傍にいてくれたら……)
こんな心の弱い女などに、育ちはしなかったのだろうか。
つい、そんなとりとめのない夢想をする。
シャーロットは胸裏で溜め息をつく。
顔だけ背後を振り返り、遠退く巨大樹へ視線を据えた。
彼は皇族どころか、神にですらも物怖じしない。
「どうか、ご武運を……」
シャーロットは彼の無事を、真心から祈っておいた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
咲弥はエーテルを込め、空色の紋様を右手付近に描いた。
「清水の紋章第二節、澄み切る盾!」
水の足場を使って飛び跳ね、女神ユグドラシールへ迫る。
基本は防衛を主体にして、隙を狙っては攻撃していた。
しかし決定的な一打は、いまだ入れられていない。
女神が繰り出してくる攻撃が、あまりにも凄まじいのだ。あらゆる場所の空間が途端にひび割れ、そこから触手じみた鋭利な植物が襲いかかってきている。
咲弥の攻撃は回避や妨害により、すべて失敗していた。
さらに問題なのは、咲弥のエーテルは限られている。
神殺しの獣から与えられた莫大な力を、もし使い果たせば――咲弥は代償として、生命維持に必要な量以上のオドが、しばらくは生みだせなくなるらしい。
(女神を討つ前に、もしエーテルが切れたら……)
咲弥は当然、なぶり殺しにされる。
それどころか、女神による災厄は、帝国に住まう人々にも降り注ぎかねない――いや、女神の発言を考慮すれば、まず間違いなく滅ぼしにかかってくる。
咲弥は焦っていた。だが辛抱強く、機をうかがい続ける。
(まだだ……絶対に、チャンスはくるはず……)
それはある種、手前勝手な願望にも等しい。
絶好の機会が訪れるか、先に咲弥が力尽きるか――
咲弥は何にとなく祈り、女神との戦闘を繰り広げる。
そして、ついに――
「……ぅが、は……」
さすがに、四方八方にまで気が回らない。
背後から迫った植物に、胸の辺りを貫かれた。
気が高ぶっているせいか、不思議と痛みはあまりない。
咲弥が感じないだけで、体中の力は抜け落ちていった。
「うぅ……はぁ……あ……はぅ……ごふっ……」
喉の奥から、血が逆流してきた。
呼吸がうまくできない。確実に肺の片方が潰れている。
必死に息をするも、意識が急激にぼやけていく。
傷の深さを理解したせいか、痛みが一気に強さを増す。
女神の攻撃はやみ、寒気を覚える静寂が広がった。
「憐れよのぉ……古の獣よ、やはり人選を違えたな?」
女神の声が、やや遠く聞こえる。
ふと気がつけば、女神はすぐ眼前にまで迫ってきていた。
威圧的な恐怖と美しさが共同している女神の顔を、咲弥はじっと見据える。なんの感情も表情からは受け取れないが、どこか微笑んで見えた。
咲弥は、ふと気づく。女神も無傷というわけではない。
どこか亀裂じみたヒビが、女神の額に入っていた。
死に物狂いで戦ったわりには、あまりにも傷が浅い。
やはり、女神と崇められていた存在――
人がおいそれと、立ち向かえる相手ではないのだ。
咲弥は改めて、そう痛感させられる。
(わかってる……わかっちゃいるけど……)
咲弥は気力を振り絞り、全力で女神を睨みつける。
女神は鷹揚に首を横に振った。
「異界の者よ、ゆるりゆるりと死ね。安心しろ。汝を殺したあとは――またこの地に、我自らが天災を与えたもう。我は案外、慈悲深い。寂しくはなかろう?」
「……がぁ……はぁ……あ、あぁ……よか、っだ……」
咲弥は胸の激痛を捻じり伏せ、かすれた声を吐いた。
「あなだが、慈悲ぶかぐで……」
咲弥は力を振り絞り、素早く空色の紋様を浮かべた。
「ベイムゲーズ……我が紋様がら、じりぞげ……」
咲弥の紋様から、ヘイムケースがぽとりと落ちてくる。
ほぼ同時に、女神が虚空から生んだ鋭利な植物によって、ヘイムケースは瞬く速さで真横に両断された。咲弥はなかば自然と、口もとが緩む。
もとからヘイムケースは、すぐ開く状態にしてあった。
(弾くじゃなくて……裂くで、よかった……)
ヘイムケースの中から、黒い影が抜け落ちてくる。
咲弥の血を浴びた悪魔の魂が、ぼろっとこぼれたのだ。
まるで世界が、ゆっくり流れていくような感覚に陥る。
全開の限界突破と、少し似ている光景であった。
(理由までは知りませんが、なんか僕の血……魔には至高の味だそうです)
声を出すのはつらい。だから心の中で、女神に告げた。
女神の顔が次第に強張っていく。瞬間――
心が委縮しかねないくらい気味の悪い叫びを、悪魔の魂が発した。
それは悲鳴というよりは、どこか歓喜に近い。
爆発したかのごとく、悪魔の魂が禍々しい光を放った。
女神の体から空中に生えている植物に至るまで、すべてが一気に枯れていく。咲弥の胸部を突き刺していた植物も力を失い、体の支えが一気に緩んだ。
落下などできない。この一瞬に、咲弥は全力を振り絞る。
咲弥の胸からずり抜けた植物を黒手で掴み、それを足場に女神がいる場所へと飛んだ。一呼吸の間もなく空色の紋様を描き、黒手を頭上よりも高く掲げる。
ありったけのエーテルを黒爪に込め、喉の奥に溜まる血を吐きながら唱える。
「ごぐぞう……げんがいどっぱ!」
咲弥は死力を尽くして、黒爪を女神に振るった。
黒爪は女神どころか、空気をも強烈に引き裂く。
力を失った女神は、やけにあっさりと身を刻まれた。
普通の魔物なら、確実に息の根が止まる。だが――
「ほんに、愚かじゃのぉ……」
咲弥は戦慄する。心から絶望するしかない。
女神の発言から、死には程遠いのだと悟らされた。
(もう、じゃあ……どうやれってんだ……)
女神の肌が、どんどん木質化していく。
やがて枯れ果てて、灰のごとくぱらぱらと崩れ落ちる。
咲弥も力が抜け、地上に向かって落下した。
植物から解放され、咲弥の胸の痛みが徐々に和らぐ。
(あっ……やっぱり、治っていってる……)
悪魔の魂に血を――いや、少し前から薄々気づいていた。
まるで治癒術みたいに、傷がなぜか緩やかに癒えていく。
軍の訓練中に、怪我をすることは珍しくない。そのときは癒えていなかった事実を考慮すれば、おそらくこれもまた、神殺しの獣による恩恵なのかもしれない。
とはいえ、あらゆる部分が癒えるわけではなかった。
疲労感は残るし、部分的に癒えないところも多い。
少なからず、重症は軽傷程度にはなってくれている。
今はそれだけでも、充分にありがたい。
不思議な力を享受しつつ、咲弥はかなり訝しく思った。
(なんだ……? 結局、死んだ……のか?)
状況だけを見れば、咲弥の勝ちで間違いはなかった。
しかし感覚的には、そんな様子は微塵も感じられない。
女神はまだ、確実に生きている。そう考えたほうがいい。
少しずつ、体中の機能を取り戻していく。
そのさなか、超巨大樹が淡い光を纏った。
すると周辺に、ホタルみたいな光の粒が生まれる。
やがて、小さな光が人の形を成していった。
「はっ……あっはっはっはっ……」
咲弥は失笑するほかない。絶望のみが、そこにはあった。
もう何もかもすべて、諦めてしまいたい心境に陥る。
(そういう、ことかぁ……)
いまさらになって思えば、確かにあやふやではあった。
どうやら女神の額に刻まれていた傷は、咲弥が戦いの中で負わせた傷ではない。ほぼ間違いなく、謎の黒い斬撃による傷なのだと確信した。
そう思える根拠は――
(十……二十……三十……ははっ、数えきれないや)
今までなんのために頑張ったのか、本当にわからない。
女神ユグドラシールの数が、次から次へと増えていく。
女神が余裕を見せていた理由も、きちんと呑み込めた。
咲弥が今まで死闘を繰り広げていた相手は、ただの分身に過ぎない――少なくとも、視認できる女神の額にはすべて、亀裂じみた傷が入っている。
この事実が意味するのは、たった一つしかない。
「……そっちが、本体かよ」
咲弥は無気力な声音で、独り言を呟いた。
頭から地上へ向かい、咲弥はどんどん落下していく。
眼前に広がる光景を、逆さまの状態で茫然と眺め続ける。
さすがにこれは、あまりにも慈悲がなく惨い。
たったの一体ですら、死闘を強いられた相手だったのだ。それが今や――女神ユグドラシールが数えきれないくらい、たくさん出現している。
「さあ、再開しようぞ。異界の者」
女神ユクドラシールの声が、幾重にも重なって響いた。
咲弥はふと、紅羽に言われた言葉が脳裏によみがえる。
『どんな困難な状況にあろうとも、決して諦めない――もし過程で諦めても、あなたは最後には立ち向かう選択をする』
「ははは……いや、限度はあるよ……やっぱさ」
過去の紅羽に対して、咲弥は我知らず返答した。
神に歯向かうなど、もとより無理な話だったのだろう。
人の身では、決して抗えないだけの差がある。
そもそも女神ユグドラシールは、きっと使徒が対象とする邪悪な神などではない。さらに言えば、対象となった邪悪な神が、この女神よりも弱いはずないのだ。
いまさらにして、咲弥は己の愚かさを痛感させられる。
(そういえば、天使様はちゃんと言ってたっけ……これは、小さな綻びを突くようなものだって……つまりは、はなから可能性がゼロに等しかったって話か)
体中から気力が抜け落ち、咲弥は活力を失っていく。
この世界を訪れ、強くなったつもりでいた。
それは、間違いない。当初の自分よりは強くなっている。
むしろ、人間離れしたと言っても過言ではない。
どんな厳しい環境や訓練にも、必死に耐えてきたのだ。
(その結果が……これか)
咲弥は心底、何もかもに疲れ果てた。
目もとに涙が浮き、視界がじわりと滲んで歪む。
「父さん、母さん……ごめん。こんなの、さすがに無理だよ……勝てっこない」
父と母の姿が脳裏に現れ、次に紅羽の姿が映った。
紅羽が死んだ姿を見せられたものの、納得はしていない。突如として飛来してきた黒い斬撃が、まだ彼女が生きている可能性を示唆していたからだ。
仮に、本当に死んでしまっていたのであれば――
(謝らなきゃな……僕が実は、この世界の住人じゃなくて、別の世界の人間だったって……それから、君が死んだのは、僕のせいなんだって)
今度は、ほかの仲間達の姿も浮かんでくる。
(ネイさんにゼイドさん……あとメイアさんにも、しっかり謝らなきゃ)
完全に生への執着すらも失い、咲弥は――




