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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(下)
201/222

第二十九話 驕るな古の神




 天樹の樹冠(じゅかん)が、緩やかに遠退(とおの)いていく光景を眺めていた。

 たった一日――時間にすれば、ほんの数時間に過ぎない。

 そんな短い時の中で、咲弥は大切なものを失った。


 きっとまだ知らないだけで、もっと多くを失っていく。

 咲弥が相手にしているのは――そうではない。もっと遥か遠い未来を含めれば、最終的に咲弥が戦わなければならない標的は、ありふれた魔物なんかではない。

 神と呼ばれた存在なのだ。


『邪悪な神を討ちなさい』


 認識があまかった。そこに関しては、言い訳できない。

 しかし神々など、あまりにも遠過ぎる存在だった。だから狙われる可能性について知ったときも、どこか夢物語に近い心境でしかなかったのは(いな)めない。


 そのときがくれば――

 その日が訪れたら――


 現実逃避にも似た思考が、咲弥から大切なものを奪った。


(だったら……どうすれば、回避できた……?)


 自問したところで、明確な答えなど見えてこない。

 もしかしたら、正解などない可能性も充分にあり得る。

 何もわからないまま、真っ暗闇に身も心も落ちていく。

 もはや悲しみを突き抜け、底知れない虚無に支配される。


「紅羽……ごめん……」


 どんどん、落ちていく――(くら)き、闇の底へ――


《君――戦い――》

《――なたの――いは》

《ま――終わって――い》

《――だ、潰え――ない》


 やや遠くのほうから、黒白の声が聞こえてきた。

 途切れ途切れではあったが、次第に鮮明になっていく。


《でも、選ぶのは君次第》

《あなたには、選択肢が無限にある》

《無数にある分岐に、君は立っている》

《だから、進むべき道はあなた次第》


 まだかすかに思考が残っていた。

 進むべき道――いったい、どこにあるのか。

 これから先、どこへと向かえばいいのか。


 忘れていたわけではない。

 それもまた、ずいぶんと遠い願いだった。


「僕は……もとの世界に、帰りたかっただけ……」


 事実だった。嘘や(いつわ)りなど、いっさいない。

 ただ心の中では、ずっと混迷していた。

 胸に抱いた希望は、果たして正しいのか――

 この世界を訪れ、多くの経験を積んだ。


 あの頃の自分は、何も知らない子供でしかない。

 おそらく子供じみているのは、今も変わらなかった。

 だが幾多(いくた)の経験から、多少なりとも成長はしている。

 多くの人や仲間と出会い、触れ合い、想いを見てきた。


 そのせいか、今は自分の希望が子供っぽく感じられる。

 とはいえ、やはり家族や友人に心配をかけたくない。

 安心させたいという願いは、胸の奥に眠り続けている。


「僕は……どうしたいんだ……?」


 その自問自答もまた、闇の中へ溶けていく。

 考えなければならない問題が、山のように積み重なる。

 もとの世界へ戻り、家族達を安心させ、それから――


 平穏な日常生活に、果たして戻れるのだろうか。

 この世界を去り、後悔はしないのだろうか。

 こちらで得た経験を、あちらで活かせるのだろうか。

 もとの世界を捨てて、いつの日か忘れていくのだろうか。


 頭がぐちゃぐちゃに、こんがらがっていく。

 先延ばしにしてはならない。今回の件で痛感している。

 依然として、やはり答えが出る気配など一向にない。

 この世界を訪れ、大切なものが数多くできたからだ。


 しかし、その中で――もっとも大切だと感じていた人は、もうこの世にはいない。咲弥の思慮の足りなさか、あるいは境遇により、巻き添え()らって死んだ。

 それならば、なんのために――もう、何もわからない。


「ごめんね」

「ごめんなさい」


 不意に暗闇の中で、小さな手にそっと握り締められる。

 最初は朧気(おぼろげ)だった。徐々にはっきりと浮かんでくる。

 どこか悲しげな表情で、黒白が見守ってきていた。


「でも、忘れないで」

「私達は、あなたの味方」

「僕達は、君の力」

「だから、忘れないで」


 咲弥は心を静めてから、力の限り微笑みを作った。


「あのときにも言いましたが、謝る必要なんかありません。この想いや迷いは、僕の問題だから……だからもう、そんな悲しそうな顔をしないで」


 咲弥は小さな手を、反対に握り返した。

 確かに神殺しの獣を宿した事実で、神々に狙われるという悪影響は発生するのだろう。だが実際問題、黒白がなければ咲弥の旅は、確実にどこかで(つい)えていた。

 またその悪影響は、ある種の幸運と言える可能性もある。


 咲弥の最終的な目的は、邪悪な神を討つこと――

 もし邪悪な神が、破壊と再生の神リフィアであった場合、神殺しの獣は必ず力強い助けとなってくれる。当然、魔神に関しても救われるに違いない。


 計り知れないほどの力には、相応にマイナス面もある。

 つまりは、ただそれだけの話に過ぎない。


「ずぅっと先にある未来なんて――いくら考えても、僕にはまったくわかりません……自分の目的や覚悟ですら、何一つ見えないくらいです。でも、今は――」

 咲弥は涙しながら、黒白を見据えた。

「僕から……多くの人から……理不尽に、残酷に……大切なものを奪っていった……あの女神ユグドラシールを、絶対に倒さなきゃ、ですね」


 しばしの静寂を経てから、黒白は同時に(うなず)いた。

 するといつしか忘れていた感覚が、唐突(とうとつ)によみがえる。

 あまり心地よいとは言えない、奇妙な浮遊感だった。

 咲弥はひたすら、どんどんと落ちていく。


(……あっ)


 気づけば、黒白の姿は消えていた。

 夢を見ていたのか、それともまだ夢の中なのか――

 吸い込まれていくような、気味の悪い浮遊感しかない。

 暗い――闇の中を――ずっと――


 咲弥は不意に、全身に悪寒が走った。

 静かな驚愕に襲われる。

 眼前にあるのは、闇そのもの――

 間違いではないが、正しくもない。

 少し雑音まじりの声が、また咲弥の耳へと届く。


《ならば》

《もっと深く》

《もっと深淵(しんえん)に》

《近づいてこい》


 咲弥は理解する。これは、瞳の一部分に過ぎなかった。

 いくら落下しても、瞳の終着点などわからない。

 まるで吹き払われるかたちで、咲弥は遠退(とおの)いていく。


 そして次第に、漠然と見えてくる。

 世界を丸のみにできそうなくらいの、巨大な獣――


 ふと咲弥の視界に、強烈な光が差し込んだ。

 咲弥はぼんやりとした頭で、現状の把握をしていく。

 体が重い。枝の一部に、(えり)が引っかかっているようだ。

 また体中にあった激痛が、なぜか()()()()()えている。


 理解不能な心境を抱えながら、咲弥は視線を――胸の奥がずきんと痛んだ。

 やや離れた場所に、男の死体が挟まっている。

 見上げていたときには、まったく気づかなかった。

 ラクサーヌの(そば)には――咲弥は唇を()み締める。


(やられっぱなしでいるんじゃねぇよカス……きっと、そう言いたいんですよね)


 問題はある。しっかりと扱えるのかわからない。

 それでも、やるしかないのだと己の心を(ふる)い立たせた。

 不意に、黒白から意思が流れ込んでくる。

 咲弥はぎゅっと目を閉じてから、見開く目に力を込めた。


「行きましょう……あの、女神を……()()に……」


 己の心と腕に向かい、咲弥は覚悟を口にした。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 シャーロットは何もできないまま、ずっと動けずにいた。

 ジェラルドは今現在、延々と成長するツルに脚を拘束され続けている。助けようとはしたが、こちらの身を案じてか、絶対に触れてはならないと忠告されていた。

 救助活動もままならず、戦いはなおのこと役に立たない。


 シャーロットは内心、現実に打ちのめされていた。

 兄姉達(けいしたち)と同様、戦闘訓練を受けていればと痛感する。

 もう護ってくれていた母はいない。

 父もまた、母と心中するかたちで他界してしまった。


 生きている意味など、果たしてあるのだろうか――

 悲観的な思考ばかりが、脳裏(のうり)を巡り巡っていく。

 重々、承知している。

 疑う余地などなく、ジェラルド達への侮辱(ぶじょく)にも等しい。


 彼らは命を()け、(とら)われていた空間から救ってくれた。

 そして今もなお、必死に護ってくれている。

 頭では理解していても、心までは追随(ついずい)しない。


 しかもこのまま、帝国が滅ぶ気配も濃厚に漂っていた。

 女神ユグドラシール――既知(きち)の伝承とは、まるで異なる。守護神獣とは違い、言葉が()()()聞き取れなかったのだが、確実に慈愛(じあい)の女神などではない。

 十中八九、(あら)ぶる神に近い存在なのだと考えられる。


 そして、咲弥と呼ばれていた黒髪の男――

 女神の力を得た母を打ち破り、そのうえ女神そのものにも果敢(かかん)に立ち向かっていた。どんな人生を歩めば、彼のような勇敢(ゆうかん)な者になれるのだろうか。

 出会って間もないが、正直ひどく(あこが)れを抱かされた。


(……彼は、なぜ……?)


 これが、一番の疑問だとも言える。

 もはや咲弥は、純粋に謎めいた存在でしかない。


 守護神獣とは異なり、女神は()()()()を発していた。

 単純にシャーロットが、無知という可能性は(いな)めない。

 けれども、明らかに人語だとは思えなかった。


 おそらくは、神語(しんご)だと考えるのが妥当(だとう)だろう。

 それなのに、咲弥は――間違いなく女神と対話していた。こちらに喋るときは共通言語だったが、女神に向かっているときだけは、神語を発していたのだ。

 あらゆる面から、咲弥に関しての興味は尽きない。


(けれども、そんな彼でさえ……)


 女神の放った不可思議な爆発により、彼は吹き飛ばされ、この場から落とされた。素人の目から見ても、女神には手も足も出せない状態にあったとわかる。

 人の身ではかなわない。あまりにも次元が違い過ぎる。


 もし彼で勝てないのなら、もう誰もかなわない気がした。

 女神に蹂躙(じゅうりん)され、このまま帝国は終わりを迎える。

 正直、心の片隅では、それでも構わないと思えた。


 嫌な現実ばかりが脳裏(のうり)をよぎり、心がくすんでいく。

 だから、いっそのこと――突然、空気が張り詰めた。

 ふと感じ取れたおぞましい気配に、自然と身が(すく)む。


 不穏の正体は(つか)めないが、気味の悪い何かが確実にある。

 女神がぼそっと(つぶや)いた。

 言葉の内容は当然、シャーロットには予想もつかない。


 徐々に悪寒が強まり、肌がぴりぴりと(しび)れる。

 樹木を砕くような音が響き渡り、地面が揺れだした。

 シャーロットは視線を移し、心が恐怖一色に染まる。

 頬も口も手も足も――全身が小刻みに震えていた。


「……なにが女神だ(驕るな古の神)お前なんか(貴様など)ただの(邪な)邪神だろうが(歯車の一つに過ぎぬ)


 吹き飛ばされた咲弥が、巨大樹をよじ登ってきた。

 シャーロットはなかば、思考停止の状態で眺め続ける。

 彼が発した声に、何か()()()()が入り混じって聞こえた。

 それは、間違いなく――


「あれは、いったい……」


 ジェラルドの(つぶや)きには、驚愕と恐怖が詰め込まれていた。

 彼は絡まったツタから(のが)れるのもやめ、唖然としている。

 仕方のない話ではあった。なぜなら――


 恐ろしいほどの巨大な獣が、咲弥の背後にいたからだ。

 巨獣は咲弥の動きに合わせ、巨大樹の枝を握り潰しながら――あるいは、樹幹に爪を立て、その身を持ち上げている。深淵(しんえん)彷彿(ほうふつ)とさせる鋭い眼差しから、自然と身が(すく)むような激しい殺意が強烈に放たれていた。


人の命を(妄りに)なんだと思ってる(人の命を踏み躙るな)お前の(貴様の)おもちゃじゃない(玩具ではない)

「――――」

「――――」


 女神が再び何か発言した。 

 咲弥の言葉もまた、女神と似た言語に切り替わる。すると突然、殺意に満ち溢れた眼差しをする巨獣が、どんどん淡い光の粒となって咲弥へ流れ込んでいく。

 シャーロットは内心、混乱状態へと(おちい)っていた。


 これまでの人生、一人で過ごしてきた時間は長い。

 幸い、皇族の権限も利用できたため、希少性の高い蔵書も簡単に手に入った。よく侍従(じじゅう)に運んでもらい、自室にこもり読書に(ふけ)る日々を送ってきている。

 ありふれた日常の中にある記憶が、ふと呼び覚まされた。


 複数の遺跡から、発見された壁画や遺物を(まと)めた書物――

 題名は、神殺しの獣――(いにしえ)の破壊神の話であった。


 まるで湧き出る泉のごとく、ある想像が浮かんでくる。

 無論、真偽は知れない。けれど、(あやま)りだとも思えない。

 彼の戦い方や異能――数々の謎が、解消されていく。


(そうか。この人……神殺しの獣の生まれ変わりなのね)


 そんな感想を、シャーロットは胸の奥に抱いた。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 咲弥は奥歯を噛み締め、女神を(にら)みつけていた。


「止めたいか? されども、哀しきかな。(なんじ)には力がない」

「あるさ……」


 咲弥は胸の前に、黒白を持ち上げた。瞬間――

 濃厚過ぎるエーテルが、咲弥の中へ流れ込んでくる。

 体内を満たしたエーテルは、やがて咲弥の全身を(おお)った。

 神殺しの獣による力だと、はっきりと理解している。


《ひとときのみ、力を()わせてやる》


 黒白を通じて、神殺しの獣が送ってきた意思だった。

 もちろん代償はあるものの、迷ってなどいられない。

 今、この瞬間に、全身全霊をかけるしかないのだ。

 咲弥は(あら)ぶる心を静め、黒白をすっと構える。


 黒白の周辺に(ほとばし)った光は、まるで稲妻を彷彿(ほうふつ)とさせた。

 咲弥は溢れんばかりのエーテルを(たずさ)え、足先にぐっと力を込める。それは明らかに、自分本来の力ではない。瞬間的な速度で、女神の眼前まで迫った。

 当然、女神に(あわ)てた様子はない。すでに始動している。


 何度も見てきた。これは、召喚のたぐいに違いない。

 ()じれた空間から、生きた植物が飛び出してくる。

 形はさまざまだった。どれも動物らしき姿をしている。


 まず先陣を切ったのは、虎みたいな植物であった。

 咲弥は漠然と全体を(とら)えながら、黒爪を()いで対処する。奇跡的とはいえ、自力で生み出したエーテルでの攻撃とは、明らかに次元の違う威力であった。


 破裂した虎の形をした植物の裏側には、鳥類らしき植物が(ひそ)んでいる。おそらく、意表を突く気だったのであろうが、今の咲弥は無に等しい気配も探れていた。

 咲弥は低い声で(つぶや)く。


「黒爪空裂き」


 咲弥が黒爪を振るうや、空気が強烈に震えて爆発した。

 女神が呼んだ複数の植物を、一薙(ひとな)ぎで消滅させていく。

 女神も巻き込んだつもりだが、さすがにあまくはない。


 女神はすでに、別の場所へと移っている。

 その事実が、咲弥にわずかな希望をもたらした。


「怖いか? 神殺しの力が」

「無傷では済まぬ。それだけのこと」


 女神がふわりと、がらんどうから飛び去った。

 ほぼ同時に、女神ははらりと右腕を振る。


 すると虚空を侵食するかのごとく、無から誕生した複数の植物が、またたく間に成長していく。やがて植物は、三つの円を形作った。

 咲弥は怪訝(けげん)に思い、眉をひそめる。


 これまで魔法じみた力を、突発的に発動してきていた。

 それなのに、魔法陣らしさを(かも)した物質を生んでいる。

 あらゆる思考が、咲弥の脳裏(のうり)を駆け抜けていく。


(しの)げるか?」


 魔法陣らしき造型をした植物に咲いた花々が、色鮮やかに輝きながら、時計の秒針みたいな動きを見せる。そのたびに色が変わっていた。

 咲弥は自分の体に、突如として異変を覚える。


(体が、植物化――違う! 表面に植えつけられてる!)


 自分の思考に、自信が持てない。

 わずかに体の感覚が、消えつつある。

 咲弥は瞬時に悩み、白爪を大きく構えた。


「白爪空裂き」


 植物の魔法陣に狙いを定め、咲弥は白爪を勢いよく振る。

 爆風にも等しい衝撃波が、女神のほうへと飛んでいく。


 だが(あわ)てて放った一撃など、(はば)まれて当然ではある。

 三つある魔法陣の内の一つが、白爪の生んだ衝撃波を綺麗さっぱりと受け流してしまったのだ。どうやら魔法陣には、それぞれ別の役割があるらしい。


 最悪なのは、白爪の攻撃ですら受け流せる事実にあった。

 (はば)んだ魔法陣の防御性能が、異常なくらいに高い。


(まずい……!)

 判断を(あやま)った。どんどん体の感覚がなくなっている。

(いや、それも違う! これは……)


 体の支配権を、女神に奪われつつあるのだ。

 咲弥は急ぎ――女神の妨害が迫ってくる。

 三つ目の魔法陣が、無数の動物を模した植物を生んだ。


 白爪で自分を裂きつつ、咲弥は黒爪で対処する。

 近づき、直接やったほうがいい。咲弥はそう判断した。

 裂いた植物を足場にして飛び移り、咲弥は女神を目指す。


 女神の猛攻撃はやまないが、黒白の威力が(すさ)まじい。

 まるで水を切る感覚で、あらゆるものを裂けていた。また身体能力自体も爆発的に上がっており、またたく間に植物で作られた魔法陣の一つに到達する。

 まず厄介(やっかい)なのは、体の支配権を奪う魔法陣だった。


 咲弥は白爪で裂き、一つ目の魔法陣を砕く。

 流れに乗り、即座に――咲弥は気づいた。

 この魔法陣は、ただの時間稼ぎに過ぎない。


「もう()まいか?」


 女神は言い、右手で空を縦に切る。

 電流にも似た音を響かせ、無から植物が生み出された。

 大きな矢の形――違う。大槍が、咲弥へと襲いかかる。

 咲弥は空色の紋様を描き、力強い声で唱えた。


「黒爪、限界突破!」


 植物が形作る大槍を、咲弥は黒爪の一振りで消し飛ばす。

 その衝撃を利用して、がらんどうの足場に舞い戻った。

 咲弥は素早く(あお)ぎ、女神を(にら)む。

 宙に咲く花を足場にして、女神は華麗に下ってくる。


(いにしえ)の獣の力を得てもなお、その程度か? (あわ)れよのぉ」

「くっ……」

「拮抗では意味がない。時間切れだ」


 宙に咲く花の一つに立ち止まり、女神が右手を(かか)げた。

 すると樹上にある輝きが、停電のごとく消え去る。


「もはや、属性など関係ない――心弱き者達はみな、天樹の輝きに飲み込まれ、そして目覚めよ。(なんじ)の力量不足が、この災厄を(まね)くのだ。もっと苦しめ」


 咲弥は心の底から震え上がる。

 少し前とは比べ物にならない輝きを、樹冠(じゅかん)(まと)った。


(……くそっ! ここまで力の差が……!)


 これまでの事実から、咲弥は自然と理解に達する。

 女神ユグドラシールは、本気ではなかった。

 やろうと思えば、いつでも咲弥を殺せたのだろう。


 しかし、やらない。なぜなら、咲弥を苦しめたいからだ。

 そのためだけに、心血を注いでいるに違いない。


(……絶対、やらせるか……!)


 咲弥は白爪を構え、警戒態勢に入った。

 位置的な事情から、どう足掻(あが)いても完全には(ふせ)げない。

 たとえ限られた人数だとしても、救えるのであれば――


「さあ、絶望しろ。(いにしえ)の獣と異界の者よ。これが、すべてを照らす(きら)めきだ」


 まるで爆発のごとく、色鮮やかな光が樹冠(じゅかん)から放たれた。

 咲弥は奥歯を()み締め、白爪に全力のエーテルを込める。

 より多くの光を消し飛ばせる間を見計らい、咲弥は白手を大きく振りかぶった。


「白爪、限界突――」


 咲弥は目を見開き、ふと詠唱を止めた。

 女神も驚きの雰囲気を漂わせ、ぴたりと固まっている。

 時が停止したかのような静寂が、じわりと広がっていく。


(なんだ……今の……)


 さきほど見た光景を、咲弥は再び頭の中で振りかえる。

 色濃い光が放たれたあと、黒い何かが帝都のある方角から飛んできた。それはどこか巨大な鳥にも見えたが、さすがに正体までは(つか)めそうにない。

 一つ確かなのは――いまだ燃え盛る黒い(あと)が見えていた。


「天樹の光を、斬った……のか?」


 咲弥は我知らず、疑問を(つぶや)いた。

 また別の神か何かが、現れたのではないか――

 そう考えても、なんら不思議ではない。

 明らかに、人ならざるものの斬撃でしかなかったのだ。


 だがなぜか、ある別の予感が咲弥の胸を締めつけていく。

 この()に及んでまだ、あまい希望を胸に抱いた。

 絶対にありえない。さすがに疑う余地しかなかった。

 わかってはいても――


(……紅羽……?)


 咲弥の脳内は、信じ難い妄想に取り()かれた。




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