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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第一章  王都を目指して
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第十九話 奴隷紋章者の初仕事




「ここが、僕達の仕事場だよ」


 コルスが片手を上げ、どこか得意げな顔で言った。

 案内された場所は、道中と違ってかなり荒れ果てている。

 建物らしき残骸(ざんがい)はまだかろうじて残っているのだが、ただ長い時の流れだけで、そうなったというわけでもない。


 まるで戦争でも起こったような、そんな印象を強く覚える場所も多々とある。なんらかの力で破壊し尽くされていた。

 咲弥はあちこちに視線を巡らせ、誰にとなく(つぶや)く。


「ここにも、ちらほら人がいますね」

「彼らの班は休憩中だね」

「休憩中……」

「しまった!」


 なにやらコルスが、途端に慌てだした。

 何事かと思い、咲弥は戸惑う。


「君達、紋章石はもう宿しているかい?」

「へ? あ、はい」

「ああ、よかった……そっかそっか……もし紋様に紋章石を宿していなかったら、各属性のを支給してもらえるからね。といっても、かなり粗悪品からだけど……」


 紋章者というだけでは、確かに紋章術は扱えない。

 おそらくは、紋章術を扱っての作業になるのだろう。

 それがどんな仕事なのか、いまだに説明を受けていない。

 問いかけようとする前に、コルスが喋った。


「まあ粗悪品でも、使い続ければちゃんと成長するけどね」


 コルスの言葉に、咲弥は静かに驚かされた。

 紋章石の成長など、考えたことすらもない。

 咲弥の持つ清水の紋章石は、すでに最上級であった。これ以上成長するのか疑問だが、それを()くわけにもいかない。


 施設の者に奪われでもしたら、大変な事態になる。

 コルスの発言に乗っかり、咲弥は話を進めた。


「成長すれば、等級も上がるんですよね?」

「ん? うん。それも、僕らの……まあ、それはいいか」


 咲弥は小首を(かし)げるが、話を変えられた。


「じゃあ、攻撃系統の紋章術は、ちゃんと扱えるかい?」

「はい。多少ならですが」

「そっか。しかし……」

「コルス。こいつらが、お前のところの新入りか?」


 男の太い声が、コルスの言葉を(さえぎ)った。

 黒革の服を着た男が、咲弥達へ向かってくる。

 格好から、施設側の者のようだ。


「へ、へい!」

「ふむ……おい、お前ら。両腕を出せ」

「え? はい」


 咲弥が両腕を差し出すと、拘束具がパキンッと外された。

 銀髪の少女の腕輪を外しながら、施設員が説明してくる。


「この腕輪はオドを乱す装置だ。これをはめたままじゃあ、紋章術はまったく使えなくなる……よしっと、外れたな」


 試してはいなかったが、咲弥は衝撃を受けた。

 いったいどういう技術なのか、想像もつかない。


「早速だが、お前らにも働いてもらうぞ」

「あ、あの……僕達は、何をすればいいんですか?」

「来るぞぉおおお――っ!」


 咲弥が()き終えた瞬間、妙な叫びが聞こえてきた。


「な、なんですか? 今の……?」

「さあ! 早く! 君達も行くよ」


 慌てた様子で、コルスが走りだした。

 事情を呑み込めないまま、咲弥はコルスを追う。

 少し先で、前方に奇妙な影がうごめいている。

 咲弥からでは、まだ遠過ぎてよく見えない。


「さあ……ここで迎え撃つよ」

「迎え、撃つ?」


 周囲にいた者達が、一斉に紋様を虚空へと描いた。

 訳もわからないまま、咲弥も空色の紋様を浮かべる。

 やや遠くのほうから、男の張った声が飛んだ。


「アラクネが来るぞぉおおお!」


 仕事内容を完全に把握すると同時に、咲弥は戦慄する。

 十本の足を持つ猿らしき魔物が、大群でやってきていた。


 まるでクモみたいな風体をした魔物は、咲弥よりも遥かに大きな体つきをしている。そのうえ、数が桁違いに多い。

 とても不気味で、気味が悪い魔物だと感じられた。


「風の紋章第一節、暴風の矢」


 コルスが風の紋章術を放った。

 ほかの者達も、攻撃系統の紋章術を発している。


「水の紋章、僕に力を!」


 輝く紋様が砕け、咲弥の周囲に四つの青い渦が生まれる。

 その渦は速度を増し、破裂音を響かせて水弾を放つ。

 水弾は数体のアラクネに命中し、その進行を止めた。


(硬い……動きは止められても、倒せるまではいかない)


 咲弥とは違い、ほかの者達の攻撃は効いている。

 確実にアラクネを仕留(しと)めていた。

 オドの関係なのか、はたまた実力の違いでしかないのか。

 同じ攻撃系統の紋章術なのに、攻撃力に差があり過ぎる。


 ふと銀髪の少女の姿が、咲弥の視界に入った。

 少女はただじっと、遠くのほうを見つめ続けている。

 この異常事態に、まったく何もせずに突っ立っていた。


(なんなんだ……この子……)


 理解に苦しんだものの、今は気にしている余裕がない。

 この場の全員が、紋章術で応戦している。だがアラクネと呼ばれていた魔物に、距離を徐々に詰められつつあった。


 進行を阻止できそうな個体を選び、咲弥は紋章術を放つ。

 ただでさえ、最大で四回までしか紋章術を発動できない。

 しかしあっという間に、咲弥はオドを使い果たした。

 ただアラクネの数は、あと数匹とまでになっている。


 ほかの者達も、一様にオドが尽きてきたらしい。

 紋章術での攻撃がやみ、場はアラクネの足音だけになる。

 オドが尽きた者は、慣れた様子で次々に行動を開始した。

 付近に落ちていた木の盾と、鉄の槍を拾い上げている。


 そしていきなり、アラクネと接近戦を始めたのだ。

 咲弥も慌てて、(そば)にあった鉄の槍を手にする。

 木の盾を探した――そのときであった。


(あ……危ないっ!)


 一匹のアラクネが、銀髪の少女のほうへと向かっている。

 咲弥は息を呑み、思考する間もなく駆けた。

 アラクネの顔面をめがけ、鉄の槍で突く。

 想像とは違い、アラクネの胸にあたる部分に刺さった。

 鉄の槍を通じて、気持ちの悪い感触が手から伝わる。


「キシャアー! シャァー!」


 悲鳴か威嚇(いかく)か、アラクネが必死にもがき苦しんだ。

 信じられないぐらい、アラクネの力は強い。


(だめだ! 僕一人じゃ抑えきれない!)


 咲弥の腕力では、アラクネに太刀打ちできそうにない。

 それでも懸命に、刺した鉄の槍を押し込む。そうしているうちに、ほかの者達も一緒になって鉄の槍を刺し込んだ。


 やがてアラクネは、その動きを止める。

 咲弥は、どさっと尻もちをついた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 咲弥は大きく肩で息をした。

 周囲を見渡せば、ほかも同じようにへたり込んでいる。

 どうやら無事、アラクネの襲撃を止められたらしい。


 小刻みに震える自身の手を、咲弥はじっと見つめる。

 また生き物を殺したことに、大きな罪悪感を覚えた。

 手から伝わる感触が、命を奪ったことを強く実感させる。


 銀髪の少女を救うためには、仕方のないことであった。

 どういう事情であれ、やはり慣れるものではない。


「お疲れ。お疲れ。お疲れ」


 コルスが力のない笑みで、近寄ってきた。

 気づけば、人の数が増えている。

 どこにいたのか、魔物の死骸(しがい)を撤去する人で溢れていた。

 無残に転がっている死骸が、咲弥の胸を強く締めつける。


「最初にしては、上出来だよ。お疲れ」

「……あ。お疲れ様です。あの、この死骸って……?」

「ああ……アラクネの死骸はね、紋章術を扱えない連中が、処理場のほうへと処分してくれるのさ。このまま放置というわけにはいかないからね」


 至極当然の話だった。

 このまま放置は、いろいろな意味からよろしくない。

 コルスが、咲弥の(そば)で腰を下ろした。


「それにしても……」


 銀髪の少女へと、コルスの視線が流れた。

 少女はいまだ、遠くのほうを見て立ち尽くしている。


「この子は可愛いだけで、てんで使い物にならないや……」


 気持ちはわからなくもないが、少し不快感を覚える。

 倒れた男に関してもだが、人が()としてしか扱われない。

 それはとても哀しくもあり、またとても寂しくもあった。

 咲弥は、無難なフォローを入れる。


「そうなるぐらいのことが、何かあったのかもしれません」

「うぅん……」


 次第に場が、どんよりとした空気に満ちる。

 早々に話を切り替えようと、咲弥は別の話題を模索した。


(そうだ……そういえば……)


 冒険者のゼイドに、()けずじまいだったことがある。

 代わりに、その質問をコルスにぶつけてみた。


「あの。紋章術に関して、少し訊いてもいいですか?」

「ん? なんだい?」

「紋章術の発動前に、第一節と言ってましたよね?」

「うん。それが?」

「第二節とかって、あるんですか?」

「……? もちろん」

「あれは紋章石によって、第一第二を決めてるんですか?」


 コルスは不可解そうに、小首を(かし)げた。


「ごめん。ちょっと、質問の意味がわからないや」

「えっと、例えばなんですが……この風の紋章石には、この効果……もう一つの風の紋章石には、こういった効果がある……とか、ですね」


 想像からでは、新しい術を生み出せなかった。

 だから確率として、ありえそうな質問から攻めてみる。


「同じ属性の紋章石を複数個宿して、それぞれ別々の効果を発動ってことかい?」

「あ……そうです、そうです」


 コルスは(かわ)いた笑いを漏らした。


「うぅん……そんな使い方もできるのかもだけど、紋章穴の無駄だよ。普通は一つの紋章石で効果を編み出し、記録していくものだからさ」

「え……」

「自身の中で第一節、第二節と、記録した紋章術を発言することによって、発動までの短縮を普通はさせるもんだよね」


 いまさらながらに、咲弥は質問の愚かさを自覚する。


(やっぱりそうか……紋章石は一つでも、さまざまな効果を生みだすことができるんだ……ならどうして、僕には一つの攻撃しかできないんだ……?)


 納得はできたが、また別の疑問が浮かぶ。

 質問する前に、コルスが補足した。


「二つ三つと術を増やしていくのは、なかなか大変だよね。紋章穴の無駄でも……もし、そのほうがイメージしやすく、相性を高めていけるなら、そうすべきかな」


 咲弥はようやく、はっと気づいた。

 イメージと相性――

 頭の中にある不可解な霧が、晴れ渡っていく気分だった。


(そうか。そうだ……初めて水の紋章術を扱ったときから、直線的とはいえ……僕はちゃんとコントロールができてる。それは……僕がそこに当てたいと、無意識にでもなんでも、イメージしてるからなんだ)


 水の紋章石を、初めて宿したときの記憶がよみがえる。

 紋章石の意思か何かが、咲弥の中に流れ込んできたのだ。


(そして、相性を高める……あのときは、たぶんだけど……紋章石と僕がリンクしたんじゃないか。それはつまり……)


 紋章石側もまた、咲弥と繋がったのだと考えられる。

 そうでなくては、コントロールなどできるはずもない。

 紋章石は無機物ではなく、意思を持った石――

 紋章石をなくして、紋章術の発動はありえない。


 咲弥は自身の右手を、じっと見据えた。

 紋章石との相性を高めて、自分なりのイメージをきちんと伝える。そうして初めて、力を貸してもらえると理解した。

 独りよがりの妄想で、奇跡が発動するはずもない。


(ごめんね……僕は、君を知ろうとすら考えてなかった……やっと、そのことに気がつけたよ。遅れて、本当にごめん)


 対話が可能なわけではないが、水の紋章石に謝罪をした。


「だ、大丈夫かい?」

「すみません。訳のわからないことを()いてしまって」

「いや、別にいいさ。こんなところに来て、少しパニックになったんだろ? 無理もないさ。僕も最初はそうだった」


 変な勘違いをされたが、そのほうが都合はいいと思った。

 咲弥はなかば茫然と、アラクネの死骸(しがい)処理を観察する。

 数が数なだけに、かなりの重労働に違いない。


 処理している誰もが、疲労困憊の顔つきをしていた。

 咲弥の胸に、なんとも言えない気持ちが募る。

 少しして、不意の疑問が湧く。


「あっ、そうだ……あの、オドを使い果たしてしまって……しばらくは紋章術が扱えません。どうすればいいですか?」

「それは、今回の魔物狩りを担当した連中も同じさ。だからオドが回復するまでの間は、別の班が討伐してくれるのさ」


 ここに来る前の道中に、休憩していた者達がいた。


「あの手前で休憩していた方々が、前の班だったんですね」

「そう。今度は僕らが後ろに回って、休憩をする番さ」


 大体の流れが(つか)めてきた。

 咲弥は続いて、次の質問を投げる。


「コルスさんは、どれぐらいでオドが回復するんですか?」

「だいたい、一時間ってところじゃないかなあ。たぶんね。正直、正確に測ったことが一度もないから、わからないな」

「あ、そうなんですか」


 アンカータ村で計ったときは、二時間ほどで回復した。

 言葉通りであれば、コルスは咲弥の半分の時間らしい。

 これはきっと、慣れによる問題なのだろう。

 コルスは、さっと立ち上がった。


「さあ、僕らも後ろに移動して休憩しようか」

「あ……僕、死骸(しがい)を運んでいる方々の手伝をしてきます」

「え? いや、そんなことする必要は……」


 コルスは慌て気味に、咲弥を制してきた。

 咲弥は首を横に振り、真摯(しんし)に伝える。


「今は、体を動かしていたい気分なんです。だめですか?」

「あ、いや……別に……休憩中は、自由だけどさ……」

「わかりました。それでは、ちょっと手伝ってきます」

「あ、うん……」


 ただの自己満足にしか過ぎない。

 それは咲弥も、しっかりと自覚していた。

 初めて遭遇したガルムのときから、答えなど出ないのだ。

 だからきっと、一生抱えて生きていくしかないのだろう。


 生き物の命を奪った罪悪感を、ただずっと――




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