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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(下)
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第二十三話 我が愛しき人




 暗く重い雰囲気のなか、咲弥は沈黙していた。

 愛した人が別の誰かと、親密に過ごす――たとえそれが、皇帝陛下としての責務だと呑み込んでいたとしても、きっとすんなり受け入れられるはずもない。


 現に結果として、スイの心は壊れてしまっているのだ。

 咲弥はスイを(あわ)れむと同時に、ふと過去を思い出す。


 ある島で起きた出来事――もっとも咲弥の場合、恋人だとはっきり言える間柄ではない。それでも、あのときに感じた苦痛を考慮すれば、ほんのわずかでも、スイの抱いた心情をわかってあげられるような気がした。

 もう一つ、そこから見えてきたものがある。


 スイもまた、ベルガモットを心から愛していたのだろう。

 そう推察すれば、余計に悲しさが胸に(つの)っていく。

 ただ何がどうであれ、もう事は起きてしまった。


 シャーロットの呪い騒動に、ラクサーヌの精神的な死――

 この事実だけは、どう足掻(あが)いても(くつがえ)りはしない。

 咲弥が事態を見守っていると、ベルガモットが動いた。


「やれやれ……我が(いと)しき人よ」

 ベルガモットが大きく両手を広げ、スイへと歩んだ。

「どうやらお前には、()の声が届かなかったようだな?」


 スイは冷めた目つきで、ベルガモットに応えた。


「あなた様には、私の闇が伝わらなかったご様子ですね」

「ああ。そうだな」

「もう、あなた様に……愛などない。視界に入るたびに負の衝動が湧き、声を聞くたびに両耳が(けが)れ、触れられるたびに殺意が(にじ)む。だから、寄るな」


 再び宿り木が輝き、地面から無数の植物が生えてきた。

 植物は生き物のごとく、俊敏な動きを見せる。


「陛下ぁっ!」


 ジェラルドが叫んだ。咲弥も(あわ)てて、戦闘態勢に入る。

 ほぼ同時に、ベルガモットが声を張った。


「動くな! 誰一人、場を移ることを禁ずる!」


 助太刀に入ろうとした咲弥の体が、びくりと硬直した。

 皇帝陛下の命令だとはいえ、ベルガモットへ無数の植物が迫ってきている。


 ある植物はベルガモットを貫き、またある植物は肉を深く切り裂いていく。手酷い怪我を負わされているはずなのに、ほんの少しも歩みを止める気配はない。

 何事もないかのように、鷹揚(おうよう)にスイを目指していた。


「ふっ……これは、ひどく嫌われたものだ」

「寄るな! 寄るなぁあああ!」


 スイの怒声とともに、ベルガモットは片足をやられた。

 ()ん張る様子を見せたものの、また前進していく。


「確かに、()は約束を守れなかった男だ。だから、お前から(ののし)られようが、この身を傷つけられようが文句は言えぬ……すまなかった」

「いまさら……なにを!」


 また鋭利な植物が、ベルガモットの体を切り裂いた。


「ぐっ……おいおい。狙う場所を間違えているぞ」

 ベルガモットは立ち止まり、胸をとんとんと叩いた。

「狙うならここか、もしくは頭だ――大概(たいがい)の生物は、それで息の根を止めることができる。いかに屈強な俺だとしても、そればかりは変わらん。さあ、やれ」


 スイに発破をかけ、ベルガモットは再び進む。

 スイは唇を()み締め、右手を前に伸ばした。


「言われずとも……」


 しかし、スイの放った植物は、ベルガモットをかすめた。

 ベルガモットは大きく笑う。


「もっとしっかり狙え。精神を整え、まっすぐに……だ」

「ぐっ……ぐぅっ……」


 スイは(けわ)しい表情で、植物を操っていく。

 それでもまだ、ベルガモットの急所は貫けずにいた。

 きっと、迷いが生じている。咲弥はそう判断した。


 今ならスイの身柄を、容易に確保できるかもしれない。

 だが、ベルガモットから(めい)じられている。動けない。


 ベルガモットの傷がどんどん増え、深さを増していく。

 それでも、ついには――

 手の届く範囲まで、ベルガモットはスイに詰め寄った。


「がっはっはっ! 辿り着いてしもうたぞ?」

「あなた様は、どうして……いつも、そう……」

「これで、(しま)いだ。スイよ」


 ベルガモットは腰に帯びた剣を抜き、天高く(かか)げた。

 咲弥はベルガモットの思惑に気づき、目を丸くする。

 おそらく、自らの手で処刑するつもりだったのだろう。

 スイは抵抗しない。曇りきった表情をうつむかせていた。


 いくら大罪を犯したからといっても、娘のシャーロットの目の前で、父親が母親を処刑する――それはとても残酷で、絶対にあってはならない。

 たとえ罰を受けることになったとしても――


「さらばだ……スイ!」


 ベルガモットが剣に、ぐっと力を込めたのがわかった。

 もう猶予(ゆうよ)はない。咲弥は素早く、阻止すると決断する。

 咲弥は手を大きく前へと伸ばして、一歩を前に進んだ。


「待っ――」


 咲弥は意識的に、自分の発言を抑え込む。

 ベルガモットが迅速に、剣を振り下ろした。確かにそれも理由の一つではあったものの、制止を諦めたのには、もっと別の事情がある。


 ベルガモットの剣は(くう)を裂き、スイには当たっていない。

 ベルガモットは剣を振った勢いで、そのままスイを力強く抱き締めたのだ。


「……すまなかった。スイ。俺はついぞ、お前の抱えた闇に気づいてやれなんだ。お前を幸せにできない、愚かな男だ。それでも、俺は今もお前を愛している」

「なにを……いまさら……」

「許せとは言わん。だがな、俺は何度でも言おう。これから先も、もし生まれ変わっても、お前はずっと俺の(そば)にいろ。()()()()()、お前を幸せにしてやる」


 スイは黙している。ベルガモットも口を閉ざした。

 事実こそ悲しいが、咲弥はまず安堵(あんど)しておく。


(……これで、終わったんだ……)


 もちろん大変なのは、これからなのかもしれない。

 少なくとも、被害者が出ている。それに関しては、絶対に許されるべきではないし、咲弥も許せない――ラクサーヌは咲弥の先生であり、大切な仲間なのだ。

 だから、処刑とは異なる方法で(つぐな)ってほしい。


 咲弥は本心から、そう思っていた。

 だが、咲弥はすぐに痛感する。

 自分の思考が、()()()()()()のかを――


 ベルガモットはスイを抱き締めたまま、肩越しに背後へと顔を向けた。どうやらジェラルドのほうを見ているらしく、少ししてから(おだ)やかに微笑んだ。


「さすがの俺でも、耐えられないことはある……お前には、本当に昔から数々の苦労をかけさせてしまい、すまない……これが、最後だ。シャーロットを頼んだぞ」

「へ、陛下? まさか――お待ちください!」


 次の瞬間――

 ベルガモットはスイの背から鋭い剣で貫き、一緒に自分の胸をも突き刺した。ベルガモットの背から飛び出た剣身が、ぬめり気のある血で湿(しめ)っている。

 咲弥は唐突(とうとつ)な出来事に我が目を疑い、言葉を失った。


「えっ……な、なんで……?」


 思考が疑問で溢れかえる。

 ベルガモットは、口から血を流しながら告げた。


「お前は強く、生きろ……俺達の、愛する宝だ」

「お、おと……お父様……」


 シャーロットは泣きそうな表情で、その身を震わせた。

 シャーロットに微笑み、ベルガモットはまた前を向く。

 ベルガモットが、苦しそうな声で言った。


「いかに、皇帝といえども……お前の死罪は(まぬが)れん……」

「……ええ……」

「これまでも……これからも……お前を、愛している」

「……本当、自分勝手な……お人ね」


 ベルガモットとスイは、しばし無言で見つめ合っていた。

 それから、ほどなくして――

 二人は糸を切られた人形のように、地へと倒れ込んだ。


「なん、で、こんな……」


 体中の力が抜け、咲弥は(つぶや)いた直後に腰が落ちた。

 茫然とした頭の中に、ふとベルガモットの言葉が浮かぶ。


『次こそ必ず』


 きっと――あるいは、もっと前から覚悟していたのだ。

 スイは救えない。だが、処刑される姿など見たくもない。

 その結果、自分を道連れに処刑する選択をしたのだろう。


(そんな選択は、しちゃだめだ……宝だと言えるくらいの、子供の前なのに……)


 咲弥は胸が引き裂かれる思いだった。

 もっと方法はなかったのか、あれやこれやと模索する。

 まったく意味のない、無駄な思考だとわかっていた。


 たとえ何か案が思いついたところで、もうすでに遅い。

 ベルガモットとスイは、この世を旅立っているのだ。

 そう理解していても、考えられずにはいられない。


「くっ……ベルガモット様。本当に、自分勝手なお人だ」


 ジェラルドの声音は苦く、せつない響きがこもっていた。

 咲弥もまた、やりきれない気持ちでいっぱいになる。

 哀愁に満ちた静寂だけが、場を完全に支配していた。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 町から大きく離れた地となる、静かな丘の上――

 大剣を(たずさ)えた男が、一本の大樹に背をあずけていた。

 男はこっそりため息をつき、視線をやや高く上げる。


 黄昏(たそがれ)の空には、星々が薄く姿を現しつつあった。

 (ゆる)やかに、夜が迫ってきている。


 ここは付近の住人でも、滅多に訪れることはない。

 道中に厄介な魔物がいるというのも理由の一つだが、丘を越えた先へ進む必要性が、一般人には特にないのだ。隣町へ行くなら、ほかにいい街道がある。

 だから丘に来る者は、大概(たいがい)が冒険者ばかりであった。


 ただ自分も含め、先にいる二人も冒険者ではない。

 (みかど)の血が流れる大柄な男に、辺境の地に住む貴族の娘――二人は地べたに座り込んで寄り添い合い、遠くのほうにある景色を楽しんでいた。


「がっはっはっ! どうだ? よい景色だろ!」

「ええ。そうですね」

「この時間でしか見られない景色……俺がとても気に入った場所の一つだ」


 大柄な男は立ち上がり、それから両手を大きく広げた。


「ほかのところじゃ、土地開発に心血を注ぎ、より大きく、より豊かな暮らしをするための都市を目指しておる。が……そんなもの、ここでは必要ない。溢れんばかりの大自然を、全身で感じながら生きる。それで充分だ。違うか?」

「いいえ。あなた様が、そうおっしゃるのであれば……」


 大柄な男は片膝を地につけ、貴族の娘の(あご)をつまんだ。


「俺に(なら)う必要はない。お前の心を聴かせろ」

「私の真心が、あなた様の心には届きませんでしたか?」


 貴族の娘はいたずらっぽく微笑んだ。

 大柄な男は面を食らったらしく、体を硬直させている。

 それからすぐあと、大柄な男は豪快に笑い飛ばした。


「がっはっはっ! これは一本取られた。それでこそ、俺が惚れた女だ」

「お褒めにあずかり、光栄でございます」


 大柄な男は不敵な笑みで(うなず)き、再び立ち上がった。

 また山がある方角へ向き、大柄な男は野太い声を(つむ)ぐ。


「帝都のほうでは、次期(みかど)の候補だとかで、なぜか俺の名も挙げられてはいるが……帝の地位なんぞに、興味などない。仮に父上が病臥(びょうが)、あるいは絶息しようとも、俺以外の誰かが新たな帝になればいい」


 これに関しては、いささか複雑な心境ではあった。

 私腹を肥やす俗物、色情に狂った下種(げす)、無能の似非(えせ)為政者(いせいしゃ)――正直、ほかの候補者にはろくなのがいない。帝都を除く八都市ですら、弾かれそうなのばかりだ。


 もし現皇帝陛下の皇子(みこ)達以外となれば、八つの都市長達が候補に挙がることになる。だが、これはこれで、かなり頭を抱えるようなのしかいない。

 帝国の積み重ねてきた歴史が、潰れかねないほどだった。


 先の未来を想えば、再び心の中で重いため息が漏れる。

 こちらの心情も知らず、大柄な男は明るい声で告げた。


「俺は、ここがいい。愛するお前と、この大自然に恵まれた場所で、のんびりと過ごしたいんだ。無論――体裁上程度の責務はこなしてやるがな」

「本当、自分勝手なお人ですね」

「ほかの奴らよりは、随分と出来がよくないか?」

「さあ……血筋を感じさせますね」


 大柄な男は苦笑した。

 方向性が違うだけで、確かに似ている部分はある。

 ただほかの者にはないものを、彼は持っていた。


 それは、慈しむ心――

 民が(なげ)き悲しめば、彼は尽力するだろう。

 民が笑い楽しめば、彼も心から微笑む。

 良くも悪くも、一途(いちず)なのだ。


 とはいえ、本人にその気がなければどうしようもない。

 しかし、そんな彼だからこそ――

 命を(たく)すにふさわしい人物だと思っている。

 そこが少々、歯がゆい点でもあった。


「……ですが、もしあなた様が帝になられたら、そのときは……いったい、どうなさるおつもりなのでしょうか?」


 貴族の娘からの問いに、大柄な男は黙していた。

 まっすぐ前を見据え、微動だにしていない。

 どう応えるつもりなのか、こっそりと興味が湧く。

 不意にこちらへと、大柄な男が顔を向けてきた。


「……そうなれば、お前も俺と一緒に、灼熱の大地を素足で進むことになるな」

「……は?」


 予想外の発言を聞き、つい間の抜けた声を漏らした。

 大柄な男が、大きく笑い飛ばしてから言ってくる。


「せめて()()()()()()()()にまでは、のぼってきてくれ」

「程度……ご冗談を……」

「俺の側近として、未来永劫(えいごう)こき使ってやるからな」


 どうやら、本気で言っているらしい。

 げんなりとしたせいか、なかば自然に肩が落ちていく。


 大将軍になど、なろうと思ってなれるものではない。

 帝国軍の最高峰となる称号なのだ。

 ある種、(みかど)になるよりも大変な道のりだとも言える。

 大柄な男とのやり取りを見てか、貴族の娘が微笑んだ。


「あなたには、いつもいつも……ご苦労をおかけしますね」

「……いいえ。苦労というもので済むような話では……」

「きゃっ……!」


 言葉を(さえぎ)るように、大柄な男が貴族の娘を抱え上げた。


「そして、お前は当然――第一皇妃(こうひ)だ! そもそも、ほかの皇妃なんぞいらん。これから先も、もし生まれ変わっても、お前はずっと俺の(そば)にいろ」


 大柄な男は、自信満々に言ってのけた。

 貴族の娘は恥じらい気味に、微笑んで応えている。

 幸せそうな二人を横目に、一人だけが肩を落としていた。


(やれやれ……本当に、困ったお人だ……)


 そう不満を持ったが、二人が幸せならばそれでいい。

 そのために、これから先もずっと剣を(ふる)い続けるのだ。



 そう、もう少し――あと、ほんのわずかにだけ――

 何かが変わっていれば、それでよかったのかもしれない。

 その小さな変化があれば、きっと二人は――



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



「陛下……スイ様……」

「お父様……お母様……」


 なんとも後味の悪い幕切れだった。

 ジェラルドとシャーロットの悲壮感に満ちた声音が、その心苦しい雰囲気をより強める。誰一人として、いい結果など迎えられるはずのない呪い騒動――

 ただ寂しさと悲しさだけを残して、幕を閉じたのだ。


「……くそ……結局、僕は……」


 誰にも聞こえない声量で、咲弥は悔しさを吐き出した。

 いったい何度、つらい現実を味わえば気が済むのか、もう自分にもわからない。大きな出来事には必ず、誰かが悲しい思いを――心が曇る思いをしている。

 その事実が咲弥の心をより責め立て、苦しめていく。


 天使から与えられた力は、確かに大きなものだ。

 神殺しの獣の力も、計り知れないくらいでかい。

 だがこの世界の広さに比べれば、とても小さかった。

 自分一人の力など、たかが知れている。


 どれだけ頑張ろうとも、どれだけ苦労しようとも――

 何も変わらない。みんなが幸せになれる道などなかった。

 それが悔しくて涙が溢れ、自分の力のなさに胸を痛める。


「くそ……どうして、僕は……」


 地面に(ひたい)をつけ、咲弥は涙しながら泣き言を漏らす。

 そのときのことだった。

 まるで鼓動にも等しい重低音が、周囲に響き渡っていく。

 重く、(にぶ)く――


 咲弥が顔を上げると、視線の先には二人の亡骸(なきがら)がある。

 そこには当然、スイが手にしていた呪いの根源となる――宿り木は深緑色をした光を放ち、ふわりと宙に浮いていた。時折、鼓動じみた音を響かせていく。

 一気に血の気が引き、咲弥は全身に寒気を覚えた。


(なんか……やばい気がする……)


 それは、本能か――いや、違う。

 黒白の籠手が、ひどく警告しているのだ。

 咲弥はとっさに、ジェラルドとシャーロットを向く。


「気をつけてくだ――」


 危険を知らせている最中、宿り木がさらに強烈な重低音を響かせた。

 ベルガモットとスイの間に、宿り木がゆるりと落ちる。

 瞬間――


 二人の遺体が一気に樹木化し、地面が盛り上がっていく。

 そして噴水のごとく、あちこちで大地が噴き出したのだ。


「きゃぁああああ――っ!」

「シャーロット様ぁあああ――っ!」


 巻き込まれたシャーロットのほうへ、ジェラルドが迅速に向かっていった。

 よく見れば、これは土ではない。樹木の様子であった。


(いや、それも違う……っ? まさか……枝、なのか?)


 そう分析した咲弥は、即座にラクサーヌへ視線を移す。

 地から急激に伸びる枝に、ラクサーヌが飲み込まれた。


「ラクサーヌさん!」


 咲弥は駆け寄ろうとしたが、もう間に合わない。

 無数に噴き出した木の枝が、咲弥の体をも引っかけた。


(ぐっ……ぐぐっ……)


 (すさ)まじい勢いで成長している。

 巻き込まれた咲弥は、防衛に回らざるを得ない。


 ときに黒爪で植物を裂き、大木にも等しい枝をいなした。

 何度も――何度も――何度も――

 いったいどれほどの時間、抵抗を続けたのかわからない。

 気がつけば、咲弥は()つん()いの姿勢となっていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 激しい息切れに苦しみながら、咲弥はふっと顔を上げる。

 何がどうなっているのか、まずは理解に苦しむほかない。

 夜の時間帯だというのに、なぜか妙な明るさがあった。

 また遠くに、ちかちかとした帝都の明かりも見える。


 咲弥の視界は、飛行中の飛竜にも近い高さに(いた)っていた。

 理解不能な状況下、咲弥は背後を振り返る。

 そして、そのまま高く見上げていく。


「なん、なんだ……これは……」


 それはまるで、天をも貫きそうなほどの超巨大な樹木――まったく現実味が感じられないまま、今度はふと下を見た。どうやら、極太のツタに立っている。

 もはやツタと呼べるのか、はなはだ疑問でしかない。

 咲弥は呆然となり、また空高く視線を持ち上げていく。


「おいおい……なんなんだよ。いったい……」


 一瞬、満点の星空が広がっているのだと錯覚した。

 しかしそれは、決して星々なんかではない。夜空を完全に(さえぎ)っている枝や葉が、どこかオーロラを彷彿(ほうふつ)とさせるくらい色鮮やかに輝いていたのだ。

 その規模はいまだ、どんどん拡大していっている。


 計り知れないほどの、超巨大樹の一部分で――

 咲弥はただただ、立ち尽くすほかなかった。




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