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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(下)
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第二十二話 母の言葉




 か弱い少女の背を眺め、咲弥は戦々恐々(せんせんきょうきょう)としていた。

 シャーロットは小さな体を大きく広げ、異形となり果てたスイと対峙している。皇女(こうじょ)といった高貴な身分――確かに、それも震撼させる理由の一つではあった。

 しかし、本当の問題点はそこではない。


 シャーロットのオドは、見てわかるくらい未熟なのだ。

 いくらなんでも、無茶が過ぎる。

 引き下がらせるため、咲弥は手を前に伸ばしていく。


「ぐぅ、うっ……」


 どれだけ無視をしていても、体中がひどく(きし)んだ。

 自分の意思とは無関係に、咲弥の膝が地面へと落ちる。

 迅速に息を整え、再び痛みを気力で消していく。

 咲弥の事情などお構いなしに、スイは口を開いた。


「シャーロット――あの男の血を継ぐお前こそが、もっとも不浄であり、よき(にえ)であったのに……己の使命すら果たせぬ者が、なぜまだ私の眼前に立つのです?」

「お母様……私は……」

「お前もまた、心の一隅(いちぐう)では願っていたはず。傲慢(ごうまん)で薄汚い皇妃(こうひ)達、自らを選ばれし者だと錯覚した腹違いの兄姉(けいし)達――あと少しで、殲滅(せんめつ)できたのですよ」


 シャーロットが両腕を下げ、すっと身を縮めた。

 寒さに凍えるかのように、彼女の肩と足が震えている。

 表情が見えずとも、萎縮(いしゅく)しているのが容易にうかがえた。


 気弱な性格を思えばこそ、咲弥の胸はちくりと痛む。

 母親を止めたいと願い、勇気を振り絞ったに違いない。

 だがスイは呆れ気味に首を横に振り、(いびつ)な声を(つむ)いだ。


「もうよい。私が帝国を終焉(しゅうえん)へと導く」

「わ、わた、私は……お母様に……」

「失せろ。役立たずの(けが)れめ」


 スイの暴言に、咲弥の心臓が大きく跳ねた。

 スイは冷徹な声色で続ける。


皇子(みこ)としての力や才気はなく、(にえ)としての役目も果たせぬお前の存在など、もはやあの男が私を縛りつけるためだけの(かせ)でしかありません――(おろ)かで出来損ないのお前が、本当に我が子なのかどうか、疑わしくすらもある」

「――っ!」


 スイの発言を聞き、咲弥ははっと息を呑んだ。


「お前のような愚図(ぐず)――生まれてこなければよかったのに」


 信じられない発言に、咲弥の思考が停止した。

 からっぽになった頭に、ふと古い記憶がよみがえる。


 まだ五歳くらいの頃、母親の誕生日にプレゼントを贈った思い出――朧気(おぼろげ)になったところは当然あるが、とても鮮明に覚えている部分も多い。

 なぜならその日、咲弥はとある事件を起こしたからだ。


 咲弥はよく祖父に連れられ、山へ散歩に行っていた。

 虫や動物などのこと、植物に関するあれこれ――

 祖父から多くを学び、幼い咲弥は知識を吸収していく。

 それが要因の一つだとも言えるが、単純に幼さゆえの思慮不足なのは(いな)めない。


 山で見つけた綺麗な花を、母親に贈りたいと考え、咲弥は一人で山へと入った。花を発見したまではよかったのだが、そこで問題が発生する。

 探すのに必死だったせいで、迷子になったのだ。


 日も暮れ始め、森の中は次第に暗くなっていく。

 咲弥は(おび)え、その場から動けなくなってしまった。

 結局、祖父に救出され、事なきを得る。


 その日は、両親にこっぴどく(しか)られた。

 だが、その後――

 事情を知った母親が、咲弥を抱き締めながら言った。


『素敵なプレゼントを、ありがとう。(うれ)しい。でもね、私はもう、あなたからちゃんとプレゼントをもらっているのよ。私のところに、咲弥が生まれてきてくれた……それが、私にとっては、一番のプレゼントだからね』


 いまだ記憶に残っている、母親の言葉だった。

 母親の顔、表情、声――一際(ひときわ)、鮮明に脳裏(のうり)に浮かぶ。

 咲弥はスイを見つめ、我知らず(つぶや)く。


「それが、母親の言葉か――」


 胸の奥に、強烈な熱を覚える。

 咲弥は心の底から、怒声を放った。


「母親が子供に、言っていい言葉じゃないだろうがぁあ! なんなんだよ! 心配そうにずっと、シャーロット様の手を握っていたじゃないか!」

「呪いの進行を調べるため――ただ、それだけのこと」


 スイの淡々とした声音に、咲弥はより怒りが込み上がる。

 咲弥は奥歯をぐっと()み締め、ふと気づいた。

 怒りによる影響か、謎にエーテルが精製できている。

 咲弥は少し、獣じみた深呼吸をした。


「まずは、その女神の力……消滅させます」


 咲弥は言い捨て、一気にスイへと向かう。

 はらわたが煮え返っていたものの、咲弥は冷静だった。

 視野は広い。かすかな物の動きが、はっきりと見えた。


 おそらくは、エーテルによる効果に違いない。

 オドを(きた)えれば、体に関するあらゆる面が向上する。

 それは当然、エーテルとて例外ではないのだ。


 スイの手が、ゆっくり動いた。ツルが一斉(いっせい)に迫ってくる。

 かわせるツルは避け、無理そうなツルは黒爪で裂く。

 引き裂く感覚もまた、通常時とは異なっていた。

 黒爪の切れ味が、数倍に跳ね上がっている。


(……いける!)


 完全に女神の力が馴染(なじ)めば、予想もつかなくなる。

 いくらエーテルといえども、勝機を失する危険性が高い。もっと言えば、奇跡的に発現したエーテルが、あといったいどのくらい持つのかわからなかった。

 もし尽きた場合、また精製が可能なのか――


 さすがに、期待は抱けそうにない。

 次の攻撃を最後に、咲弥はすべてをかけるしかないのだ。

 しかし、相手も黙って静観しているわけではない。

 馴染みつつある力を、スイは次から次へと行使してくる。


「ぐぅ……っ!」


 鋭利なツルが迫り、鈍器みたいなツルも襲いかかる。

 さらに槍のごときツルに、爆発を生じさせる花粉――

 スイの多彩な攻撃を受け、咲弥は目を大きく見開いた。


 エーテルを失いたくない。下手な反撃はできなかった。

 咲弥はすべてを()(くぐ)りつつ、エーテルの残量を調べる。

 とはいえ、あくまでも感覚的なものではあった。


(たぶん、あと三回くらいの余力ならあるはず……)


 やや希望も込めているが、咲弥はそう見当をつける。

 スイとの距離を目で測り、実体のあるツルの状況に加え、不測の可能性を考慮しておく。敵はたった一人だが、まるで複数人を相手に戦っている心境だった。


 咲弥は迷わない。自分を信じて進む。

 仲間と日々研鑽(けんさん)を重ね、師に一から叩き込まれ、帝国軍の訓練にも参加した――どれも厳しい修行ではあったものの、すべて血となり肉となってくれている。

 咲弥とスイの距離は、またたく間に縮まっていた。


(絶対――人に戻して、罪を(つぐな)ってもらいます!)


 咲弥は決意を胸に秘め、スイの攻撃をかわしていく。

 スイの人ならざる顔に、かすかな(けん)がこもった。

 咲弥の身のこなしに、若干の(おび)えが見え隠れしている。


「よもや、これほどの者だったとは……」


 スイが淡く輝いた右手で、はらりと虚空を()いだ。

 咲弥は目を()き、ほんのわずかに体が硬直する。


 スイの(そば)に、赤と青の禍々(まがまが)しい気配を醸した花が咲く。

 どこか彼岸花を思わせる花――すべてではないが、花糸(かし)の先端部分が輝きを放ち、周囲にあるマナを吸い込んでいく。すると、気温が途端に(いちじる)しく下がった。

 咲弥は嫌な胸騒ぎを覚える。


「まずい!」


 咲弥は即座に、防御の態勢に入った。

 初めに光っていた部分は、おそらく雌蕊(めしべ)に違いない。

 雌蕊の光りが消えるや、今度は雄蕊(おしべ)から(ほたる)みたいな光球がふわりと舞い上がる。

 光の粒がスイの体へ流れ込んでいく。瞬間――


「近づくな」


 スイが(いさ)ましい声を放ち、咲弥のほうに手を向けた。

 咲弥をめがけ、赤と青が入り混じる光芒(こうぼう)が伸びてくる。


 咲弥は冷静に、間合いをはかった。

 物理的なものでなければ、白爪で裂ける。

 いかに女神の力といえども、それは例外ではない。

 しかも今は、エーテルを身に(まと)っている。


(これで消費しても、あと残り二回分……!)


 咲弥は冷静に対応する。しかし、失念していた。

 白爪に裂かれる寸前で、スイの放った光芒が花火のごとく破裂する。散った光の線が咲弥の周囲に落ち、またたく間に人型の植物を誕生させていった。


 多種多様な木造の武器を、それぞれが所持している。

 その姿はどこか、帝国軍の兵を彷彿(ほうふつ)とさせるものだった。


(なんで、考えなかった……? あたりまえじゃないか)


 今になってようやく、咲弥は理解に達した。

 白爪の力を、スイはもちろん知っている。

 出会って間もない頃に、咲弥自身が解説したのだ。

 もっとも、さきほど白爪空裂きを身に浴びてもいる。


 警戒するのは至極当然であり、対策を講じてくるのは別に不思議でもなんでもない。きっと通常時であれば、そこまできっちりと思考が及んでいた。

 (はかな)いエーテルに意識を奪われ、どうしても(あせ)ってしまう。


 ただの言い訳に過ぎない。咲弥はギリッと奥歯を鳴らす。

 事情はどうであれ、人型の植物が襲いかかってくる。

 無駄に攻撃はできない。咲弥はひらりとかわしていく。


 エーテルのお(かげ)で、迫る攻撃の軌道はよく見えていた。

 それ自体は(うれ)しい誤算ではあったが、あまり好ましくない事実もいくつか含まれている。まずさきほどの防衛により、貴重な一回分のエーテルが消え失せていた。

 そしてさらに、徐々にエーテルが失われつつもある。


 おそらく、身体能力の強化で消耗しているに違いない。

 なかば自動的なもののため、止めることはできなかった。


(くっ……急がなくちゃ)


 風が斬られる音を聞きながら、注意深く活路を探る。

 だが、そんな希望はどこにもない。


 最悪なのは、どんどん増え続ける人型の植物にある。

 同士討ちを狙ってもみたが、あっさりと再生していた。

 女神の力が消えない限り、増殖するのかもしれない。

 

(くっそ……これじゃあ、どこも進めなくなるぞ)


 人型の植物が咲弥の進路を奪い、加えて退路をも奪う。

 自動、あるいはスイの意思によるものか――

 どちらにしても、状況は一気に悪化していく。

 咲弥の抱く焦燥感が、大きく(ふく)れ上がる。

 それが、よくなかった。


「し、しまっ……!」


 ついに、回避に限界が訪れた。

 周囲を囲む人型の植物が、一斉(いっせい)に攻撃へと転じる。

 逃げ道など、いっさい見当たらない。

 とはいえ、黒爪を用いれば切り抜けられる。


 咲弥はなかば、諦めの境地で黒手を高く(かか)げる。

 そのとき――上空から黒い影が落ちてきた。


「烈火の紋章第八節、(たけ)残火(ざんか)!」


 青い炎に包まれた大剣が、咲弥の前を駆け抜けていく。

 人型の植物が斬られ、次々と青い炎に包まれる。

 大柄な男が眼前に立ち、(たくま)しい背を咲弥に見せた。


「咲弥殿! ここは、お任せください!」

「ジェラルドさん! でも、体が……!」

「ふっ……この程度の怪我で動けなくなるようでは、とても大将軍など務まりません。咲弥殿には、何か策があるご様子――ならば、私が道を切り開きましょう」


 ジェラルドは言いながら、人型の植物を灰へと変えた。

 ほんの一瞬だけ悩み、咲弥は再びスイを目指していく。

 たとえジェラルドが、虚勢を張っていたとしても――

 彼の意思を無駄にはしたくない。


「その白爪は――ひどく危険なもの」


 スイは(つぶや)き、地から二本の大きな木を生みだした。

 立派な葉をつけた木の(みき)がぐるりと動き、まるでほうきで掃くようにして咲弥に襲いかかってくる。跳べば回避できる可能性はあったが、追撃されたらまずい。

 空中では、身動きが取れなくなるからだ。


 一度、後退するべきか――それも、あまりよくない。

 きっと近づかれたら最後だと、スイはそう認識している。

 だから物理的な方法で、咲弥の接近を(こば)んでいるのだ。

 ここで咲弥が退()けば、次の一手をスイに与えてしまう。


 咲弥は目を見開き、前方をじっと凝視する。

 そこに見える、小さな希望――咲弥ははっと気づいた。


(いや、そうか! 逆に利用してやる!)


 ()ぎ払われた木を、咲弥はわざとその身で受け取る。

 想像以上に硬い。だが、耐えられないほどではなかった。

 軍の耐久訓練で、楽な受け方は学んでいる。

 咲弥はそのまま、大きく空へ弾き飛ばされた。


「咲弥殿ぉおおおお――っ!」


 ジェラルドの悲鳴が、かすかに聞こえてきた。

 問題はない。悪くない位置にまで飛ばされていた。

 咲弥は空色の紋様を描き、後方に右手を伸ばして唱える。


「水の紋章第二節、天空の砲撃!」


 咲弥の右手から、青く(きら)めく一筋の光が放たれた。

 高い場所に恐怖していた頃とは、もう違う。

 今の咲弥には、空中でできる手段などたくさんある。


 エーテルでの紋章術は、想像以上に(すさ)まじかった。

 咲弥の体は紋章術の衝撃で、勢いよくスイへと飛ぶ。


「あと……一回!」


 エーテルを扱わないまま、オドのみの使用はできない。

 こればかりは、仕方ないと諦めるしかなかった。

 スイに近づくにつれ、よりはっきりと見えてくる。

 スイの表情が、ひどく強張(こわば)っていた。


「愚かな」


 宙に浮くスイの背後に、大きな樹木が瞬時に生えた。

 無数の枝が編み込まれ、頭上から襲いかかってくる。

 おそらくは、はたき落とすために違いない。

 咲弥は状況を把握してから、スイに語りかけた。


「そういえば、白手についてのご説明はしましたが……逆に僕の黒手は物理的なものであれば、すべて引き裂けるほどの力があります」


 聞こえているのか、もちろん咲弥にもわからない。

 ただスイの顔が、より一層強張(こわば)った形へと変化した。


「言い忘れていましたね。すみません」


 咲弥は優しい声音で言い、スイに微笑んだ。

 自分の勝ちを(さと)ったからか、あるいはもっと別の何か――スイが我が子に浴びせたひどい暴言を、さすがに許せないと思ったからなのかもしれない。


 深く反省してほしいと、そう願いながら――

 咲弥は両手に、ありったけのエーテルをつぎ込んだ。

 防衛に回れば、エーテルが尽きる。

 ならば――咲弥は空色の紋様を、宙に浮かべた。


「黒白の籠手、限界突破」


 まず左手を手刀の形に変え、白爪を綺麗に並び(そろ)える。

 エーテルは黒白に宿り、咲弥の体からは消えていた。

 しかし、もうそれで構わない。充分だった。

 咲弥は再び、空色の紋様を描いてから唱える。


「黒白巨大化、限界突破」


 迫り来る樹木を、咲弥は巨大な黒爪で引っかく。

 それは裂くというよりは、消し飛ばしたのにも等しい。

 迫っていた大樹の一部が、大きく消滅している。


 もうスイとの間を(はば)むものは、何一つとしてない。

 咲弥はエーテルが宿った白手を、頭上より高く(かか)げた。


「女神の力なんか、吹き飛んでしまえっ!」


 咲弥は叫び、巨大な剣のごとき白爪を振るう。

 全身全霊をかけた白い光が、スイをまるまる飲み込んだ。


「あぁああああ――っ!」


 スイがけたたましい悲鳴をあげた。

 咲弥は着地したあとも、スイのほうを注意しておく。

 油断などできない。周囲は深い土煙に包まれている。

 スイの生みだした植物が、次第に枯れていった。


「……はぁ……はぁ……」


 まだ何が起こるかわからない。咲弥は呼吸を整えた。

 そして――


「……よし! やったぞ!」


 咲弥は心から、歓喜の声を放つ。

 土煙が晴れ、スイは地面に倒れ込んでいる。

 その姿は、異形と化す前の人へと戻っていた。


「うぅ……うっ、うぅう……」


 スイがうめき、震えた手で体を起こしていく。

 スイの顔は悔しさ、あるいは絶望に染まっていた。

 咲弥は呼吸を整え、スイに話しかける。


「もう……女神の力はありません。諦めてください」

「くっ……まさか、これほどの……」


 スイの(つぶや)きを、ゆっくりとした拍手が(さえぎ)った。


「見事だ――冒険者にしておくには、実に()しい逸材だ」


 拍手と声を振り返れば、そこには皇帝陛下がいた。

 鷹揚(おうよう)に歩み、こちらへと向かってきている。

 激しい物音がスイから響き、咲弥は(あわ)てて前を向いた。

 スイは宿り木を手に、(けわ)しい表情で(にら)んでいる。


「寄るな! 寄るなぁあああ――っ!」


 スイの悲鳴じみた怒声に、咲弥は内心どきりとした。

 皇帝陛下ベルガモットが、咲弥の近くで立ち止まる。

 それから小さく両手を広げ、呆れ声でスイに問いかけた。


「いったい、何が気に食わなかった?」

「くっ……」

「スイよ。お前の心を聴かせろ」


 ベルガモットが腕を組み、スイの応答を待っている。

 スイは視線を伏せ、絞り出すような声音を(つむ)いだ。


「あなた様には、おわかりになりません」

「がっはっはっ! よい。それでも、申してみよ」

「あなた様の声が、耳障りなのですよ」

「声……?」

「いいえ……すべてにおいて、嫌悪(けんお)しております」


 ジェラルドの話によれば、ベルガモットが心底愛している妻はスイのみであった。そこにある真偽は、さすがに面識の浅い咲弥では確かめようがない。

 ただシャーロットを救うための対策を考えれば、その話が嘘とも思えなかった。


 しかし、当人同士でしかわからない部分もあるだろう。

 これほどまでに、スイが狂う何かが――


「嘘つき……」


 スイは消え入りそうな声を吐いた。

 咲弥は小首を(かし)げる。


「おわかりになりますか……?」

「何を、だ?」

「ほかの女に(つむ)いだ声で私に(ささや)き、ほかの女に触れた指先で私の肌を()で、ほかの女を()でた眼差しで私を見つめる――そのたびに、私の心は崩れ、壊れ……」


 震えたスイの言葉を聞き、咲弥は漠然と理解する。

 それは確かに、皇帝陛下たる責務なのかもしれない。

 そう簡単に言えはするが、スイも一人の女性なのだ。


「つまりは、嫉妬か……がっはっはっ。()い奴め」


 ベルガモットの口調は、少しばかりおどけていた。

 スイは再び、ベルガモットを(にら)みつける。

 彼女の眼差しは、ぞっとするくらい殺意に満ちていた。

 ベルガモットがため息をつく。


「そこまで()を憎むのであれば、直接……余をやりにくればよかろう。なにゆえ、シャーロットまでをも巻き込んだ?」

(みかど)の血が流れており、もっとも(そば)にいて不思議ではない者――呪いの進行を調べるためには、その子が最適でした」


 つらい事実を知り、咲弥はふとシャーロットを見た。

 うつむいた彼女の顔は、ひどく曇っている。

 ベルガモットが(いぶか)しげな声色で、スイに問いかけた。


「本当に、それだけか?」

「……時折、あなた様の面影が……ちらつくのですよ」


 スイが吐き捨てるように放った言葉――

 咲弥の胸がきつく、心苦しいほどに絞めつけられた。


(ああ……この人は……もうどうしようもないくらいに……怨んでいるんだ)


 そんな感想を、咲弥は心の中でもらした。




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