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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第一章  王都を目指して
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第十八話 奴隷の実態




 石造りの大きな建物の前には、殺風景な広場がある。

 清掃はされているものの、老朽化した部分も多い。そこに拘束具をはめた、数えきれないほどの人達がいた。


 全員奴隷らしく、綺麗な列を作っている。咲弥もその内の一人として並び、少しずつ建物の中へと流れ込んでいった。

 建物の中に入ると、人によっては道が分岐する。

 ある者は右の通路を、またある者は左の通路を進んだ。


「えぇっと……お前は、左」

「あ、はい」


 眠たそうな男から指示を受け、咲弥は左の通路を歩いた。

 数歩進んだ先で、貴金属の首輪をはめられる。

 何も説明されなかったが、嫌な想像しか思い浮かばない。


(爆発とかするんじゃ……)


 咲弥はぶるりと身を震わせ、通路の奥へと向かう。

 しばらく歩くと、壁に背をもたれたロイを発見する。

 素早く駆け寄り、不安要素の一つを問いかけた。


「ロイさん。僕の荷物のほうは、大丈夫でしたか?」

「ここじゃ、まずい。こっちに来い」


 ロイは忍び声で言い、手招きをする。

 すぐ(そば)にあった物置部屋へと、咲弥は招かれた。


「ここなら、いいだろう」

「絶対、なくさないでください。僕には大事な物ですから」

「わかってるって……大丈夫だ。安心してくれ」


 まったく安心はできない。

 そのうえ、不安要素はまだまだある。


「この首輪……なんなんですか?」

「絶対に外そうとするなよ? 首と胴体が離れるからな?」


 悪い予感ほどよく当たる。

 危険物を首に抱え、妙なむず(がゆ)さを覚えた。

 咲弥はため息をつき、気持ちを入れ替える。


「それにしても、人の数がだいぶ多いですね」

「今回は大規模に、あちこちから集められたからな。まあ、それだけどうしようもねえ奴が、多いってことでもあるが」

「奴隷だなんて……ちょっと、ひど過ぎます」


 ロイは悩ましげな表情で、虚空を見上げた。


「咲弥君は……奴隷制度のない国から来たんだな」

「……はい」

「俺もクソだとは思うが……悪いことばかりじゃないさ」

「どういう意味ですか?」


「ここに集められた奴らの大半は、働くこともしないクズな連中だ。ただ売られただけの奴もいるが、大なり小なり罪を犯した奴や、莫大(ばくだい)な借金を抱えたって奴もかなり多い。奴隷制度のない咲弥君のところは、どうだったんだ?」


 そんな者はいなかったとは言えない。

 適切な返答が浮かばず、咲弥は押し黙った。


「なっ? そんな奴に強制とはいえ、労働させる代わりに、最低限の食事と寝床を与えてやってるわけだ……もちろん、一定の監視と秩序のもとでな」


 それでも奴隷制度には、納得したくなかった。

 ただ廃止を求めるだけの力を、咲弥は持っていない。


「正直……制度うんぬんの話は、俺にもよくわからねぇよ。俺はただ、雇い主の命令に従うだけの人材だしな。その点に関しちゃあ、俺も奴隷と変わらねぇさ」

「この国では……それが認められているんですか?」

「あんま下手な扱いをすりゃ、罰が下るかもしれねぇが……ある程度は黙認――ってのが現実だ。犯罪者関連の奴隷が、どこからくるのか考えりゃわかるだろ?」


 国家と繋がりがあると呑み込み、咲弥は驚愕する。

 それならば、現時点ではどうしようもない。

 心苦しさを覚えるが、今はまず自分の身を案じる。


「それで、僕はこれからどうなるんですか?」

「奴隷区域に連れて行かれる。区域つっても、自由に動けるわけじゃないが……」


 どんな場所なのか、まるでわからない。

 想像すらも浮かばず、不安だけが咲弥の胸を埋めた。

 しかしこれもまた、世界を知るための機会だとは思える。

 今はぐっと(こら)え、なりゆきに身を任せるしかない。


「できる限り、咲弥君に会いに来る。もし何かあれば、そのときにでも話してくれ……ただ、俺も自由に動ける身分じゃねぇから、そこは理解してくれ」

「わかりました」

「じゃあ、そろそろ行くか。あんま遅いと怪しまれる」

「はい」


 ロイは部屋の出入口まで進み、そして立ち止まった。

 栗毛に指を通し、ロイは頭を雑にかきむしる。


「あ、そうだ……その、ありがとうな。ほんと助かったぜ」

「いえ……」

「それじゃあ……頼んだ」


 ロイが部屋から出たあと、咲弥も部屋を出た。

 とりあえず、さきほどまで向かっていた方向へと進む。

 先にあった大広間には、すでに奴隷達が列を作っていた。


「お前で最後か。これで全員、(そろ)ったな」


 黒革の服を着た、金髪の女が勇ましげな声で言った。

 女は短鞭(たんべん)を持ち、自身の手のひらをゆっくり叩いている。

 その背後には、似た服を着た二人の女が控えていた。

 咲弥が列の最後尾に並ぶや、短鞭を持った女の声が響く。


「私は奴隷紋章者を任されている、アグニスだ」

(……左右に分けていたのは、紋章者かどうかだったのか)

「これからお前達には、自身がどうあるべきなのか、また、何をすべきなのかを、きっちりと頭に叩き込んでもらう」


 アグニスは別に、声を張っているわけではない。

 それなのに、かなり耳に通る声質をしていた。


「お前達は紋章者。常人より遥かに有能な存在だ。つまり、まっとうに仕事ができる()だと認識している。主な仕事は、雑用から魔物の駆除となる。肉体労働など、紋章術も扱えぬゴミに任せておけばいい。その点では、お前達は有利だ」


 淡々と進む説明を聞きながら、咲弥は周囲を観察する。

 馬車に同席していた者達は、憔悴(しょうすい)した表情ばかりだった。

 ここも陰鬱(いんうつ)な空気は漂うが、顔色がいい者が多い。

 その中で一人――咲弥は自然と視線を奪われた。

 腰まである長い銀髪に、紅い瞳を持った可憐な少女だ。


 神々しいほど美しい容姿だけを見れば、とても奴隷だとは思えない。しかし彼女の着ている服は、飾りけのない灰色のワンピースだけであった。

 それでも、溢れんばかりの魅力を放っている。肌は(けが)れを知らないほど白く、どこか神秘的な空気感を(かも)していた。


「これだけは、伝えておこうか。いくら紋章者といえども、使えないゴミは、ただのゴミだ。それをゆめゆめ忘れるな。では……お前達の生活区域へ案内しよう。常に迅速な行動が取れるよう、しっかり脳に刻み込め」


 アグニスを先頭に、奴隷達は黙々と歩かされる。

 建物の内側は、まるで迷路みたいに入り組んでいた。

 右へ左へと通路を進み、長い螺旋(らせん)階段を降りる。

 三十分ほど歩かされ、豪勢な鉄の門の前までやってきた。


「ここが君らの生活の場所であり、仕事場でもある場所だ」


 アグニスの御付きらしい二人の女が、鉄扉に向かい合う。

 貴金属がこすれる音を立て、鉄扉は少しずつ開かれた。


(なん、だ……これは?)


 信じられない光景が、咲弥の視界いっぱいに広がった。

 荒廃した都市といった言葉が、咲弥の脳裏をよぎる。

 すでに多くの人が、地下の都市で働かされていた。


「驚いたか? ここは、古代地底人――ドワーフの跡地だ。お前達の仕事は、ここを人が住める楽園に作り替えること」


 咲弥はドワーフと聞き、小太りした小人が思い浮かんだ。


「一つ伝えておこう。お前達の働き次第では、たとえ奴隷であろうとも恩恵はある。私も元は、お前達と同じ奴隷だ」


 アグニスの言葉に、周囲がどよめいた。


「お前達の中には――犯され、虐げられ、暴力を振るわれ、苦渋に耐え、涙を飲んだ奴もいるだろう。ここでは違うぞ。認められれば上に行ける。評価を得られれば奴隷ではなく、人としてのまっとうな権利すらも与えられるのだ」


「本当ですか?」

「頑張れば……人としての……?」


 信じられないといった声に、希望めいた響きがあった。

 さきほどまでの、陰鬱とした雰囲気が消えている。


「どうなるのかは、お前達次第だ。では、進むぞ」


 アグニスは颯爽と振り返り、大きく闊歩(かっぽ)した。

 奴隷達の居住区――風呂場、寝室と便所へ案内される。

 果たして言葉通りの場所か、咲弥はふと疑問に感じた。

 風呂と呼ばれていたが、浴槽などはない。シャワーの中をただ進み、さっと汚れを落とすだけで終わる場所のようだ。


 寝室は石の地面の上に、人数分の布が一枚敷かれていた。

 それ以外は特に何もない。とても質素な造りをしている。

 その寝室から、壁を一枚隔てた場所にある狭苦しい便所に至っては、衛生面度外視(どがいし)の汲み取り式しかないらしい。

 便所専門の奴隷が、糞尿を処理するのだと聞かされた。


 あまりに劣悪な環境だとしか、咲弥は感想を抱けない。

 これらから察するに、食事も期待はできそうになかった。

 ネイやゼイドと食べた料理が、とても恋しくなってくる。


「次は、お前達の仕事場へ案内する。ついてこい」


 居住区から結構な距離を歩かされ、仕事場へと向かう。

 肉体労働は、紋章術が扱えない者の仕事だと言っていた。咲弥の目に映る人々は、おそらく紋章者ではないだろう。

 大きな石や資材などを、どこかへ運ぶ者達や、岩を削って加工する者達と、肉体労働にもいろいろな種類がある。


 そこからさらに進んだ先で、待機している者達がいた。

 待機していた一人ひとりに、咲弥と一緒にやってきた者が数人ずつ振り分けられる。どうやら班を作っているらしい。

 気がつけば、咲弥は銀髪の少女と取り残されていた。


 近くで見れば見るほど、本当に綺麗な顔立ちをしている。だが感情の起伏というものが、何一つとして感じられない。

 それこそ、人形と錯覚しそうになるくらい無表情なのだ。

 年頃は自分と、あまり変わらなさそうに見える。

 ただネイの経緯から、自分の感覚はあてにならない。


「こいつらは、お前に任せるぞ」

「は、はい! アグニス様」


 三十代後半か、少し冴えない男が自身の手を揉み込んだ。

 アグニスの機嫌を、腰を低くしてうかがっている。


「こいつは班長のコルスだ。しっかり仕事を教えてもらえ」

「はい」


 横柄なアグニスを見据え、咲弥は返事をした。

 隣にいる少女は、無言を貫いている。

 しかしアグニスもコルスも、さして気にした様子はない。


「では、君達……こっちへついてきて」

 コルスに導かれ、咲弥達は歩いた。

「僕らの班は……まあ、大変だけど、そんなきつくないよ」


 コルスは歯切れの悪い言葉を並べた。

 何が言いたいのか、どんな仕事なのか、よくわからない。


(それにしても……)


 周囲で働く肉体労働者達の雰囲気は、とてつもなく重い。

 誰もが精根(せいこん)尽き果てた表情をしていた。

 茫然となる思考の中で、コルスの声が聞こえた。


「ええっと……君達、属性はなんだい?」

「え? あ、えっと……水です」


 下手に属性がわからないと言えば、面倒になる気がした。

 実際は不明だが、とりあえずそういうことにしておく。


「そ、そっか……そっちの娘は?」


 黙々と歩く少女は、何も言葉を発さない。

 しばらく待っていたコルスが、苦笑いをした。


「はは……困ったな。まあ、いっか。そのうちわかるかな」

「コルスさんは、もうここに来て長いんですか?」

「そ、そうだね。もう五年になるかな」

「五年っ?」


 咲弥は驚きのあまり、つい声が裏返りかけた。

 コルスは困ったような笑みを見せる。


「ははは……まあ、そうだね」

「あ……す、すみません……」

「いやいや、大丈夫……ははは……」

「……班のメンバーは、ほかにもいるんですか?」


 気まずい雰囲気を感じ取り、咲弥はすぐに話を変えた。

 コルスは首を横に振る。


「あ、いや……もう今は君達だけさ」

「そうなんですか……」

「班ではなく組でなら、結構な人数がいるけどね」


 数日のうちに、咲弥は奴隷から解放されるかもしれない。

 それまでの間は、迷惑をかけるわけにもいかなかった。

 少しずつでも、内情を(つか)んでいくしかない。

 不意に――力なく倒れる男の姿が、咲弥の視界に入った。


「だ、大丈夫ですか!」


 咲弥は即座に、倒れた男へと駆け寄った。

 顔に生気がなく、目も(うつ)ろとなっている。

 呼吸はしているが、ほとんど虫の息に等しい。

 周囲を見回すが、誰一人として気にもとめていなかった。


「ああ……こりゃあ、もうだめだね」

「コルスさん。医者……医務室はないんですか?」

「そんなのないよ。その男はもうだめさ。ほうっておきな」

「な、何を……ほうっておけるわけ、ないじゃないですか」

「とはいってもねぇ……」

「おい。何をやってんだ」


 大柄な男が、咲弥達のほうへ寄ってきた。

 咲弥は手短に事情を説明する。


「この方が倒れて……助けてくれる人はいないんですか?」

「ん? ああ……だめだな。処理場に運ぶしかねぇか」

「えっ? 処理場?」

「死んだ人はね、そこで処理されるんだよ」


 コルスの発言に、咲弥は驚きを隠せない。


「待ってください! この方、まだ生きてるんですよ!」

「でも、どうせじきに死ぬだろ?」


 咲弥は耳を疑った。

 大男もコルスも、悪さから言っているわけではない。

 純粋に、それが当然だといった態度で喋っていた。


「知り合いなのか? 残念だが、こうなっちゃおしまいだ」

「そうじゃないですけど……」

「み、水……」


 倒れた男が、か細い声で伝えてくる。

 危うく聞き逃しそうになったが、咲弥はふと勘づいた。


「あの、水はありますか?」

「あ、ああ。水ならあるぜ」


 大男が、ツボが並んだ小屋へと指を差した。

 咲弥は駆け寄り、ツボの中を覗いて見る。

 綺麗とは言いがたいが、水がたっぷりと溜められていた。


 落ちていた木製のコップで、水を汲み取る。

 次に近くにあった布切れに、コップの水をかけた。

 濡らした布を、可能な限り激しく振り回す。


 こうすれば、布を限界まで冷やすことができるのだ。

 理屈や原理はよくわからない。中学生の頃に、真夏の体育授業で友人達と偶然発見した、裏技みたいなものであった。


「すみません。そちらの方を、こちらまで運んでください」


 咲弥は拘束具のせいで、運ぶのが難しい。

 大男は肩を(すく)め、倒れた男を(かつ)いで運んでくる。

 その間に、咲弥はまたコップに水を汲んだ。


「水です。飲んでください」


 倒れた男は、かろうじて水をごくりと飲んだ。

 次に額と脇と唇の下に、冷やした布をかぶせる。


「すみません。正直、こういった場合での処置をした経験がないので、どうなるかわかりません……でも、このまま何もしないよりはいいです」


 横になっている男に向け、咲弥はそう伝えた。


「だめだとは思うんだが……兄ちゃんがそこまでするなら、俺が見といてやるよ」

「本当ですか?」

「つっても俺も仕事あるから、ちょくちょくでいいならな」

「はい。よろしくお願いします」


 やり取りの隙を見計らってか、コルスが口を開いた。


「さあ、そろそろ行こう。遅れると、どやされるよ」

「あ、すみません」


 咲弥は、歩くコルスを追った。

 少し進んでから、咲弥は肩越しに後ろを振り返る。

 倒れた男が回復してくれるよう、心の中で祈っておいた。




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