表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(下)
189/222

第十七話 静かなる攻撃




 夜が訪れた帝都の中を、咲弥は全速力で走っていた。

 ただ思った以上に、進む速度をあげられずにいる。祭典の開催日とあってか、そこら中で出店が立ち並んでいるため、人や物でごった返しているのだ。

 独特な夜祭の空気感が、たっぷりと満ち溢れていた。


(やばっ! 着く前に、もう始まっちゃってるんじゃ……)


 予定していた時刻から、出発が大幅に遅れてしまった。

 これに関しては、本当にどうしようもない。


 先日、皇帝陛下ベルガモットが重い決断を下した。

 明日の深夜帯――今から数時間後に、呪われた皇女の精神世界への侵入計画が実行される。それはすなわち、神殺しも辞さないという選択にほかならない。

 そんな状況下で、外出許可が得られたことが奇跡なのだ。


 きっと、咲弥の士気を下げさせないためなのだろう。

 そう理解すればこそ、不実な真似などできなかった。


 事態がどう転ぶのか誰にも予想がつけられない以上、常に最悪を想定して行動する必要がある。当然、帝国城で呪いの消滅を試すわけにはいかない。だからといって、あまり遠く離れた場所ともなれば、そのぶん時間が食われてしまう。

 近くはないが、それほど遠くもない――


 つまり人の気配がない地で、任務を遂行することになる。

 そこは一般人では立ち入れない、帝国軍の演習目的にのみ扱われる地――より色濃い実戦を経験させるため、多種類の魔物がわざと野放しにされているのだ。

 軍の訓練場からはさほど遠くないものの、帝都とはかなり離れた距離となる。


 そこで咲弥は、限界まで計画の準備に参加していた。

 見通しが甘かったのは(いな)めない。

 (なげ)いたところで仕方ないものの、紅羽達が出演する祭典の開催時間はどんどんと迫っている。そのせいで、不安で胸がひどく圧迫されていっていた。


(あぁあ……時間がないのに……!)


 ついに咲弥の足が止まる。前方を(あわ)ただしく見回した。

 すり抜けられそうなルートが、どこにも見当たらない。


 ほかの人達も、立ち往生している様子であった。

 咲弥は別の道がないか探ろうと、必死に視線を巡らせる。

 そんなさなか、意気揚々とした男の声が飛んだ。


「さあさあ! 寄ってらっしゃい、見てらっしゃいな!」


 張られた男の声に、咲弥はなにげなく目を向けた。

 すぐ(そば)に、装飾品ばかりが展示されている露店がある。

 どうやら人が詰まっているのを、好機と(とら)えたようだ。

 自然と耳に届く男の啖呵売(たんかばい)を聞きながら、咲弥はまた抜け道探しに戻った。


「続きまして、こちらの商品! サイラハス共和国の有名な女細工師が作製した一品! 光の紋章効果が施されており、オドの回復速度を少し早める超レア物!」


 咲弥は漠然と、古い記憶が脳裏(のうり)によみがえった。

 また露天のほうへ、ふと目が向かう。

 男が手にしているのは、紅い花を模したリボンだった。


「あっ……ルクアネラ……?」

「おっ! そこの兄ちゃん博識だねぇ! その通り!」


 ただの偶然か、はたまた同一人物なのか――

 王都にいた女商人の姿が、ぼんやりと頭に浮かんだ。


「こちらは限定品だぞ! 兄ちゃん! これも何かの(えん)だ。購入しないかい? 今ならなんと! 十万! と、言いたいところだが、特別に八万で構わないぞ!」


 咲弥は内心、激しくうろたえた。

 値段が非常に高い。ただ、心のどこかで納得している。

 あの日を境に、似た商品など一度も見た記憶がない。

 商人の意図ではないだろうが、確かに不思議な縁だった。


(遅刻したら……これが、紅羽へのお()びになるかな……)


 打算的な想像を巡らせつつ、咲弥は露天商に歩み寄る。


「少し、見せてもらってもいいですか?」

「ああ! もちろん構わないよ」


 手に取るや、とても(なめ)らかな手触りに驚いた。

 よく観察すれば、細部にまで意匠が()らされている。


(こんな緻密な細工……やっぱ、あの人なのかなぁ……)

「それはなかなか手に入らないぞ! どうだい?」


 咲弥は諦め気味に苦笑を漏らした。


「わかりました。これ、プレゼント用に包んでください」

「彼女への贈り物かい? いいセンスしてるねぇ!」


 露天商の推察に、咲弥は軽く照れた。

 露天商は素早く、紅い髪飾りを包装紙に収めていく。

 言い値を手渡したあと、咲弥は品を受け取った。


「はいよ! まいどあり!」

「はい!」


 咲弥は返事をしてから、目的の方角へと目を向けた。


(あっ……!)


 人でごった返している状況に、何も変わりはない。

 だが頑張れば、どうにかすり抜けられそうな道がある。

 咲弥は考える余地なく、再び駆けだしていく。

 紅羽が出演する祭典まで、あと残りもうわずか――



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 炎で照らされた会場の裏側で、紅羽は待機していた。


「それでは、皆様方――今宵より復活する天樹祭を、どうか心行くまで楽しんでください。我らに恵みを与えてくださる女神ユグドラシール様に、感謝を――!」


 ユグドラシール教の教皇、ゼクセンの挨拶が終わった。

 観客の歓声があがるなか、太鼓の音が大きく鳴り渡る。

 祭典の花――シーラが先陣を切って進んでいく。


 天樹祭の復活に向け、もっとも尽力した人物に認定されたシーラが、輝かしい祭典の花となることを許された。当然、踊りのほうもきちんと評価されている。

 これでひとまず、彼女の願いは叶えられた。


(あとは……天樹祭を無事に、終わらせればいい)


 それが果たせてようやく、本当の意味での成功となる。

 シーラからやや遅れ、紅羽も舞台へと向かう。


 眼前に広がる光景は、どこか国際大会を彷彿(ほうふつ)とさせた。

 観覧席には言葉通り、大勢の人で埋め尽くされている。

 広々とした空間があったはずだった。

 だが、収まりきっていない。席の間に立つ者までいる。

 ここまで人が押し寄せるのは、少し想定外であった。


 紅羽は気持ちを切り替え、予行訓練通りに進めていく。

 舞台に姿を現してから、まず帝国式の敬礼を観覧席にいる者達へと送る。それから華麗に舞い踊り、定められた位置に踊りをまじえて移動していった。

 帝国特有の気候のほか、人による熱気も(すさ)まじい。


 その熱にあてられてか、わずかに紅羽の心が湧き立つ。

 不思議な心境を抱きながら、紅羽の視線は観覧席を巡る。


(……まだ、来ていない……?)


 紅羽にとって、心から特別な存在だった。

 だからもし、ほんのわずかでも彼の気配があれば、たとえどれほど人が群がっていようとも、決して見逃しはしない。極秘任務で来られないのか、それとも――


 彼が訪れていない事実に、紅羽の胸がちくりと痛む。

 とはいえ、まだ天樹祭は始まったばかりだった。


(いいえ。きっと……来てくれる)


 そう願いを込め、紅羽はしなやかに体を動かしていった。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 太鼓のような重い音色が、遠くのほうから響いていた。

 やはり祭典が、もう始まっているらしい。


「まずいまずい!」


 咲弥は全力疾走していた。

 祭典の会場が近づくたびに、不穏な光景が目に飛び込む。

 どうやら、また人だかりができている。

 咲弥は瞬時にルートを探して、走る速度は緩めない。

 ようやく会場の一部が、視界に入ったそのとき――


「咲弥殿!」


 突然、光のごとき速さで、男が咲弥の眼前に現れた。

 咲弥は驚き、とっさに急停止する。


 眼前の男は、黒いフードを目深にかぶっていた。

 いったい何者なのか、さっぱりとわからない。

 咲弥が警戒している最中、男が帝国式の敬礼をした。


「緊急事態につき、失礼! 私はジェラルド様直属の部隊に所属する者です。ジェラルド様よりおあずかりした伝令を、お伝えにあがりました」

「え、あ……き、緊急?」

「咲弥殿――即刻、禁断の地にお戻りください」

「……え?」


 よくわからない状況下、咲弥は頭の中が真っ白になった。

 もう祭典の会場は、目と鼻の先にある。

 黒いフードの男が、素早く咲弥に耳打ちしてきた。


皇子(みこ)様の受けた呪いに、異変が現れたご様子です」


 咲弥ははっと我に返り、そして心の底から震撼した。

 最悪の場合、呪いが発動するかもしれない。

 咲弥は事情を呑み込み、下唇を少し()んでうめく。


 あともう少しなのだ。

 たとえ数分でも見れば、よくはないが約束は果たせる。

 男はなおも続けた。


「最悪に備え飛竜を数体、各所に待機させています。どうかお急ぎください」


 ある日の朝――紅羽との約束が、咲弥の脳裏(のうり)をよぎる。

 とても切ない声色で、彼女は観に来て欲しいと願った。

 これまでも、たくさん迷惑をかけている。

 だから紅羽が喜んでくれるなら、できる限り叶えたい。


「咲弥殿……!」


 男がやや(ひか)えめに、じれったい様子で名を呼んできた。

 その様子から、ひどく切羽詰まった状況がうかがえる。

 咲弥はぎゅっと目を閉じ、どうすればいいのか悩んだ。

 しかし、選べる選択肢など、はなから一つしかない。


(ぐぅうううう……! ごめん……紅羽……)


 苦渋の決断であった。胸がはち切れそうなほどに痛む。

 だが呪いが発動すれば、もはや祭典どころではない。

 咲弥はつらさで(ゆが)んだ視線を、黒いフードの男に据えた。


「案内……してください」

「了解しました」


 男の誘導に従い、咲弥は来た道を引き返していく。

 仕方がない――それは、当然わかっている。

 いくら頭で理解していようとも、心までは追随(ついずい)しない。

 紅羽への負い目が、ずっと胸の中をぐるぐると巡った。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 実戦的な軍の演習場の一部――

 円形をした石造りの闘技場では、ひどく不気味な雰囲気に支配されつつあった。

 ラクサーヌは片目を細め、緊迫した光景を見つめている。

 何がどうなっているのか、困惑するほかない。


 闘技場にはラクサーヌのほか、ラングルヘイム帝国の皇帝陛下に、その側近に位置する第二大将軍ジェラルドがいる。そして、地面に描いた呪術陣の中央には、第四皇妃(こうひ)のスイと――空色の髪をした皇女(こうじょ)が、椅子に座った状態でいた。

 その皇女の周辺に、なにやら妙な異変が起きている。


(なんだ……? 草……?)


 これは、実に珍しい。あまり見聞きしない事態だった。

 呪われた本人ではなく、まず周囲から兆候(ちょうこう)が出ている。

 数少ない類似の現象が、ラクサーヌの脳裏(のうり)を巡った。


(いや、にしても……これは、おかしい……)


 まるでラクサーヌの施しに、対抗している気配があった。

 守護神獣か、はたまた女神本人か――

 いずれにせよ、敵意を示しているのに間違いはない。


 仮に(はば)んでくれているのであれば、不安要素の一つだった問題が片づく。つまりラクサーヌの呪術が、しっかり効果が見込めるという証明になるからだ。

 効果がなければ、そもそも対抗自体してこないだろう。


 ただ不思議な問題点は、まだまだ尽きない。

 ラクサーヌが作った結界が、いまだ沈黙を守っている。

 もし攻撃を受ければ、自動的に発動する仕組みなのだ。

 変な話、呪いの効果でありながらも呪いではない。


「……訳、わかんねぇだろ。そりゃあ……」


 ラクサーヌは我知らず、そんな(つぶや)きが自然と漏れた。

 大柄なジェラルドが、ラクサーヌへと歩み寄ってくる。


「ラクサーヌ殿、これはいったい……?」

「……さあな。マジで、わからん……」


 不明瞭な部分ばかりだが、明確にわかることはある。

 もう呪いの発動は、目前にまで迫りつつあるのだ。


「咲弥を行かせちまったのは……ちぃっと失敗だったな」


 ラクサーヌのぼやきに、ジェラルドは閉口していた。

 正直なところ、最終調整にはどうしたとて時間がかかる。ラクサーヌほど呪術に()けた者はいないため、こればかりは自分でやらざるを得ない。

 たったの数時間――


 その事実を知るや、咲弥が頭を深く下げて懇願してきた。

 子供さながらの願いに、ジェラルド側もやれやれといった様子ではあったものの、今回の作戦の(かなめ)となる少年の士気が下がるのは、まずいと判断したのだろう。

 結果、咲弥の必死な希望を呑むかたちとなった。


 そもそも、呪いは二ヶ月以上も反応を示さずにいる。

 まさかこんなときに限って、兆候が現れるとは誰も――


(いや、今はそんなことどうだっていい)


 ラクサーヌは思考を切り替えた。

 まず石畳の地面に生え始めた草だが、ラクサーヌが描いた呪術陣を消すまでには(いた)っていない。それ以前に、もし陣の上に草が生えても問題はなかった。

 結界自体は、すでに張り終えている。


 だがいまだに、じわじわと草が急成長していた。

 ところどころでは、ついに花まで咲かせている。

 やがて木に成長するともなれば、さすがにまずい。


 ほぼ間違いなく、成長した樹木によって地面が変形する。

 そうなると、結界の一つが呆気なく(つい)えてしまう。


(そうか……だからか……)


 とはいえ、結界の破壊は想定の範囲内ではあった。

 そのため、十重二十重(とえはたえ)、多種類の結界を準備している。

 相手は情報の薄い、姿無き女神なのだ。

 時間が許す限りの準備は、当然の対策だと言える。


 それはおそらく、女神側も理解している。

 曲がりなりにも、神――最悪、すべての結界が潰されると想定したほうがいい。

 ラクサーヌは、どっとしたため息をついた。


「やれやれ……腹ぁ、(くく)るしかねぇか」

「ラクサーヌ殿……?」


 (いぶか)しげなジェラルドの脇をすり抜け、ラクサーヌは皇妃と皇女のほうへ進む。


「へっ……女神だかなんだか知らねぇけど、特殊な奥の手を持ってんのが、テメェだけだと思ってんじゃねぇぞってな。大陸随一と呼ばれた呪術師、なめんな」


 地に描いた呪術陣には、とある仕掛けを施していた。

 それはさながら、機械仕掛けにも等しい。

 皇女達の十数歩手前――

 ラクサーヌはしゃがみ込み、円の一部に手を置いた。


「我、願うは世の(ことわり)。掟に忠実であれ」

 円がオドを吸い、淡く、されど力強い輝きを放つ。

「相反は拒絶、(しょく)は罰、()いは断罪」


 地に描いた模様が、ぎこちない音を立てて動き始めた。

 初見の者であれば、きっと歯車を連想するに違いない。


「我、願うは自然律――(くつがえ)せば、滅せ!」


 呪術陣の光が、さらに強まった。

 すると法則に(そむ)いた草花が、灰となって消えていく。

 これで終わりではない。

 むしろ、ここからが始まりだと予想している。


(やっぱりか……)


 風がやんだ。空気が一気に張り詰めていく。

 時の停止にも等しい空間が、素早く形成されている。

 ラクサーヌは動じず、まず相手の出方をうかがった。


「な、なんだ……」


 ジェラルドの声が、背後から響いた。

 そのとき、次第に地面が震え始める。


「全員、呪術陣の中にいろ!」


 もとから全員、呪術陣の中にいる。

 それでもラクサーヌは、声を張って指示した。

 間抜(まぬ)けはいないと思うが、出られでもしたらまずい。


(なるほど……そうくるか)


 呪術陣の外側が、まるで数年――(いな)、数十年も放置された廃墟のごとく、(すさ)まじい速度で草花に覆われた。おそらく、外側からの攻めへと転じている。

 ラクサーヌは目もとを(ゆが)めた。出し()しみなどしない。


 ラクサーヌは腰から、怨嗟(えんさ)の数珠を取り出した。

 遥か昔、とある国の高名な僧侶が、愛する者を救うために黄泉の国へ(おもむ)く。そこで魑魅魍魎(ちみもうりょう)に、ありとあらゆる苦痛を味わわされたが、目的自体は達成する。

 だが現世に戻った際、受けた苦痛はずっと残っていた。


 気が狂った僧侶は(のが)れられない苦痛を払うために、自らを切り刻み、血と肉と骨を数珠に変えた――そんな逸話(いつわ)のある数珠だった。当然、その真偽(しんぎ)は知れない。

 ただ効果を考えれば、眉唾物ではないと思われる。


 ラクサーヌは皇女に歩み寄り、怨嗟の数珠を首にかけた。

 反応を示さない人形のような皇女から、わずかながら()()()()()が漂っている。

 まず間違いなく、このにおいが媒体となっていた。


「怨嗟の数珠――拒絶しろ」


 ラクサーヌの言葉に、怨嗟の数珠が禍々(まがまが)しい光を放つ。

 やがて悲鳴に似た音を立てて、数珠の一つが砕けた。

 一つ、二つ、三つ、四つ――どんどん珠が破裂する。


(ちっ……さすがに、神を相手にはきつい、か……?)


 人の思念は強い。

 それが負の感情ともなれば、より一層であった。

 いけると踏んだものの、どうなるのか正直わからない。

 ラクサーヌは固唾を呑み、皇女にかけた数珠を見守る。


 次第に、珠を繋ぎ留めていた糸ばかりが残った。

 あと数個――周辺の植物が、ぴたりと成長を止める。

 揺れていた地面も途端に収まった。


 安堵(あんど)のため息を吐きたい。そんな気分になる。

 ぎりぎりのところで、女神側からの攻撃を阻止できた。

 そう思ったのも、つかの間に過ぎない。

 再び、大きな地震が発生する。


「くそっ!」


 忌々(いまいま)しげな声を発した直後――


「あぁあああああ――っ!」


 なんの反応もなかった皇女が、悲痛な声を天へと放った。

 皇女が淡い光に包まれるや、まるで火山の噴火のごとく、呪術陣を描いた地面が盛り上がり、数本の木が生えていく。

 どうやら女神側が、本気になったようだ。


 ラクサーヌは即座に、残り二つの内の一つ――

 悪魔の魂と呼ばれる、秘蔵の呪具を取り出す。

 正直に言えば、あまり使いたくない代物だった。


 迷っている暇などない。

 ラクサーヌは瞬時に覚悟を決め、皇女の太ももへと悪魔の魂を放り投げて置いた。それから今度は短剣を取り出して、自身の右肘(みぎひじ)付近を一気に切り裂いた。

 石の地面に、ぼとっとラクサーヌの右腕が落ちる。


「ラ、ラクサーヌどの!」


 ジェラルドの叫びが聞こえた。

 ラクサーヌは応えない。これが最低限の代償なのだ。

 落ちた右腕を拾い、すぐ悪魔の魂に捧げる。


「我が右腕を対価に、(うと)ましき神の威光を振り払え!」


 炎にも似た禍々しい光が、悪魔の魂から放たれる。

 身の毛もよだつような(ささや)きが、周囲に木霊した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ