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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(下)
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間話二 夜の風景




 満点の星空の(もと)にある、風通りのよいひらけた会場――

 紅羽は踊り子達と一緒に、今宵も華麗に舞い踊っていた。


 会場には多くの植物が植えられており、一部の壁や床には水が永続的に流れる仕組みが造られている。そして炎を()く松明台により、視界は夜でも充分に明るい。

 ここはさながら、清涼感に溢れた森を表現している。


 そんな会場にある石の舞台は、少し奇妙な形をしていた。

 観覧席がとても広いため、立つ位置によっては踊り子達が見えづらくなる場所がある。だからなるべく、踊り子の姿が多く見られるように設計された舞台なのだ。


 さらに踊り子達は、一か所に留まっているわけではない。

 観客全員の目に触れるため、踊りながら移動していく。

 (きら)びやかな光景は、きっと大勢の目を奪えるだろう。


 今現在は予行演習のため、観客は裏方の者しかいない。

 修繕、改修したところに、不具合がないか確認していた。また会場の隅々に、音楽がしっかり届くのかも試している。現時点では、特に問題はなさそうだった。

 舞台の床は(なめ)らかで、踊り子がつまずくことはない。


 裏方達の様子からも、良好な雰囲気が伝わってきている。

 みんなそれぞれの役割を、きちんと果たしていた。祭典の復活を特に望んでいたシーラに(いた)っては、それこそ誰よりも奮起していたと言える。


 亡き母の影を追い求め、彼女が心から夢見ていた祭典――それはこの地に古くから言い伝わる、女神ユグドラシールを(たた)えるための催しであった。

 会場の風景自体が、女神を守護する四聖獣を表している。


 植えられた植物は、地を司る神鹿(しんろく)ヨトヴァリン――

 炎を噴く松明台は、火を司る栗鼠(りす)ヴァルトスク――

 水が流れる仕組みは、水を司る蛇龍(だりゅう)ウルズヘッグ――

 開放感溢れる空間は、風を司る大鷹(おおたか)アースヴェルグ――

 これらすべてをもって、女神ユグドラシールとなる。


 女神に思い入れなど、当然まったくない。

 しかし思いのほか、こうして他国の文化に触れてみるのは悪くない心境だった。

 自分は旅のさなかにあるのだと、より強く実感できる。


 厳密(げんみつ)に言えば、レイストリア王国も紅羽にとっては他国に過ぎない。それなのに、今はもう――レイストリア王国が、本当の故郷ではないのかと錯覚している。

 ロヴァニクス帝国が、紅羽の中で薄れつつあるのだ。


(そういえば、咲弥様の国は……)


 咲弥も本当の故郷は、レイストリア王国ではない。

 いまだ不明ではあるが、彼も出自は別のところにあった。おそらく彼のような優しい人が育つくらい、とても(おだ)やかで長閑(のどか)な国なのだろう。

 いつの日か、彼と一緒に彼の母国を訪れてみたい。


 そんな欲が湧いた瞬間――松明台の炎が一斉(いっせい)に消えた。

 まだ照明具がいくつか生き残ってはいたものの、会場内は暗闇に近い状態となっている。唐突(とうとつ)な現象に驚いたらしく、場はやや騒然としていた。

 ほどなくして、再び松明台から炎が立ちのぼる。


「いててっ、おい! 離せって! いててててっ!」


 明るくなると同時に、若い男の(わめ)き声が聞こえてきた。

 栗毛の男、レクトがゼイドに引っ張られてきている。

 紅羽は心の中で、小さなため息をつく。


 実はしばしば、彼は子供じみたいたずらをしてきていた。

 そのたびに、幼馴染のシーラが(しか)りつけている。

 だがどうやら、あまり効果はないようだ。


「ほらよ。犯人捕まえたぞ」


 ゼイドがぽんっと放り投げるようにして、シーラの眼前へレクトを突き出した。

 シーラは何も言わない。無言でレクトを見下ろしている。

 レクトは戸惑いを見せてから、誇らしげな姿勢をとった。


「ほらほら! こうした事態も、ちゃんと想定しなきゃな。まったく、お前は本当いつも詰めがあめぇな。もしなんかの不具合で暗くなったらまずいぜ」


 悪びれた様子はいっさいない。レクトは続けた。


「やれやれ。俺がいなきゃなぁんにもわかんねぇ――」

「レクト! いい加減にして!」


 シーラの怒声が響き、しんとした静寂が訪れる。

 凄みのある声音に、レクトは目を丸くしていた。

 全身をわななかせるシーラの目もとから、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていく。

 それから(けわ)しい眼差しで、レクトをきつく(にら)みつけた。


「なんなの……天樹祭の復活に、私がどれだけ真剣なのか、どうしてわからないのっ? いつもいつも……そんなに私の邪魔をするのが好きなの? おとしめて苦しめて楽しい? ばかにするのが楽しいっ?」

 怒鳴り散らしたシーラは、少しのあいだ肩で息をした。

「もう、二度と……私の前に姿を現さないで! もう二度と私に関わらないで! あんたなんか、大っ嫌い! 嫌い! 大嫌い!」


 シーラは身を(ひるがえ)したあと、むせび泣き始めた。

 傍目(はため)には、ただのたわいない嫌がらせに過ぎない。しかし本番でもやられてしまい、その結果として天樹祭が中断する事態は、なんとしても()ける必要がある。

 紅羽にとっては、そう認識を改める程度でしかなかった。


 だが、シーラは違う。彼女は天樹祭に全力を注いでいた。

 出会って間もなくとも、その程度なら容易に理解できる。

 だからこそ、より不思議さが際立(きわだ)った。


 シーラの願いと想いを、レクトが察せないはずがない。

 二人の関係性――とても幼い頃からの付き合いだと聞いた日もまた、レクトは些細(ささい)ないたずらをして、シーラをひどく困らせていた。

 とはいえ、今回みたいに怒り狂ってまではいない。


 日常の中にある、ありふれた出来事の一つ――

 シーラは不平不満を口にしてはいたものの、別に本心からレクトを嫌っていた様子はなかった。当然、本当のところはシーラにしかわからない。

 あくまで同性としての見立てだが、間違いはないだろう。


 ただ本番が迫り、シーラも余裕がなくなってきている。

 レクトにはそれが、どうにも察せないらしい。


 いつもと様子が(こと)なるシーラを見て、レクトはひどく面を食らっていた。唖然とした表情で、ただただシーラのほうをじっと眺めている。

 ほどなくしてレクトはうつむき、下唇を()み締めた。


「……へんっ! なんだいなんだい! だいたいさ、そんな破廉恥(はれんち)な格好なんかしちゃってさ! 似合ってないんだよ、ぶぅす!」

 売り言葉に買い言葉か、レクトも声を荒げていた。

「お前がそんな女だとは思わなかったぜ! 言われなくても消えてやらぁ!」


 レクトはそう言い捨て、会場の出入口のほうへと走る。

 シーラは何も言わない。泣いたまま、会場の奥へ歩いた。

 数人の踊り子達が、シーラを(なぐさ)めながら寄り添っている。

 紅羽が現状の把握をしているなか、ゼイドがぼやいた。


「やれやれ。念のため、警備を改めておいたほうがいいな」


 ゼイドは裏方達を集め、会場の中心へと向かっていく。

 シーラの件は、踊り子達に任せると判断したようだ。

 ぼんやりとゼイドのほうを眺めていると、メイアとネイが紅羽の(そば)まで来た。


「……素直じゃないというのも、考えものだな」

「ある意味――()()()の同類ね。あれ」


 ネイの発言から、紅羽の脳裏(のうり)に黒髪の少年が浮かんだ。

 紅羽は首を横に振る。


「咲弥様は、あのようないたずらなどしません」


 ネイが呆れがちに微笑み、ちょこんと肩を(すく)めた。


「連想するってことは、あんたも薄々わかってんのね」


 紅羽は閉口した。返す言葉もない。

 メイアが腕を組み、ふっと鼻で笑った。


「まあ、気になった女が、異性の注目を浴びるような衣裳を着ているのが嫌なんだろう。それか、どんどん変わっていくシーラに、嫉妬しているのかもしれない」

「男なら、どっしり構えてりゃいいのに……情けないわね」

「女とは違い、男の精神はやや晩熟(ばんじゅく)だと聞いた記憶がある。あの少年さながらのいたずらを見れば、その話にも信憑性が出てくるな」


 紅羽は再び、首を横に振った。


「やはり、咲弥様とは異なります」

「そう? 方向性が違うだけで、似たり寄ったりよ」


 ネイが苦笑まじりに、両手を小さく広げた。

 紅羽はまた閉口する。心の中でため息が漏れた。

 類似点があると、紅羽も漠然とながらに認識している。

 素直にものを言えないのは、咲弥も変わらないのだ。


「さて……シーラは一緒に行った踊り子らに任せて、私らは残った踊り子達のケアでもしましょうかね。あと、いくつか立ち回りに関しての話もあるし」


 メイアがゆっくりと(うなず)いた。


「そうだな。案外、視野が狭くなってしまうところもある。そこに入って踊っていると、オドを読めない普通の人では、周囲の把握が困難になる」

「あぁ、あそこねぇ……確かに、言われてみればそうかも。私らは平然と察知しちゃうからあれだけど、一般人には少し厳しいかもしれないわね」


 ネイが頬に人差し指を置き、虚空を見上げていく。

 思案している様子のネイに、メイアが助言を送った。


「あの場所は、紋章者を中心に配置したほうがいい」

「よしよし。それも(あわ)せて、踊り子のほうも作戦会議ね」


 これからの方針が定まった。

 目の前にある問題は、小さくても潰さなければならない。

 できればより完璧に、そして華やかに舞いたい。

 観に来てくれた彼の心に、ずっと残るように――


 そう願いを込め、紅羽は先を進むネイ達を追って歩く。

 天樹祭が開催されるまで、あと残りもうわずかだった。




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