表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(下)
185/222

第十四話 とある日の夜




 帝都の一隅――老幼(ろうよう)を問わない昼とは(こと)なり、夜になれば大人の雰囲気を色濃く漂わせる歓楽街があった。健全な店も当然あるが、いかがわしい店も多い。

 メイアは一人、そんな場所をゆったりと歩いていた。


 そのまましばらく進むや、目的の建物が視界に入る。

 まるで闇に(ひそ)むようにして建つお店の前に立ち、メイアは扉をそっと押して開いた。すると、扉に備えつけられていた鈴が、どこか小気味よい音を響かせる。

 また同時に、室内から濃厚なお酒の香りのほか、物静かな音楽も聞こえてきた。


「おやぁ……? 薄く記憶にある顔じゃないか」


 カウンターの奥にいる強面(こわもて)の店主が、ぼそっと(つぶや)いた。

 メイアは視線を据え、店主に声をかける。


「友人を待たせている。もう来ているか?」

「ああ」


 店主はそっけない声で言い、(あご)をしゃくった。

 柱があるせいで、玄関口からは少し見えづらい。

 体を軽くずらし、遠くから奥を覗けば紫髪の女がいる。

 彼女はひどく(けわ)しい表情で、こちらを(にら)んできていた。


「遅ぇぞ! このドクソノロマメストカゲ!」

「やれやれ。時間通りのはずだが?」


 メイアは肩を(すく)め、友人アイーシャに歩み寄っていく。

 彼女の前には、赤い液体の入った細長いグラスがある。

 量が減っている気配はない。注文だけ先にしたようだ。


 色合いを見るに、帝都名物のすっぱい果実酒に違いない。

 そう検討をつけるなり、カウンター席にいるアイーシャが怒鳴ってきた。


「呼び出した側が、普通もっと早くにくんだろ!」

「ここ最近は、多忙の身でな」

「それは、お互いさまだ!」


 アイーシャの隣にある席に、メイアは腰を落ち着けた。

 グラスを(みが)く店主に目を向け、メイアは注文する。


「彼女と同じもので構わない」

「あいよ」


 とりあえず、メイアは一息ついた。

 お互い沈黙したまま、静かなひとときを堪能する。


 ここに来るのも、実に数年ぶりであった。

 初めて訪れたのは、帝都の冒険者ギルドで大きめな仕事を片付けたあとだ――アイーシャにいい店があると紹介され、連れてこられたと記憶している。

 ほかにも何名かいた気がするが、よくは思い出せない。


 数回しか組んでいない者は、かなり記憶が薄れている。

 ただアイーシャとは、何かと組む機会が多かった。

 いまにして思えば、不思議な縁だと言わざるを得ない。

 過去をぼんやり振り返っていると、注文品がやってきた。


「帝都名物、ピィアッタだ」


 店主がグラスを置き、すっとメイアの前まで(すべ)らせた。

 メイアが受け取るや、アイーシャもグラスを持つ。

 お互い無言でグラスを軽くぶつけ合ってから、口の中へと流し込んでいく。


 そのまま果実を食すのは、かなり厳しい。しかし、特定の料理にかけたり醸造したりすれば、すっぱさを残しながらもさっぱりとした口当たりへと変わる。

 他国にあるレモンが近いが、こちらは赤みと酸味が強い。


「……んで? 話はなんだ?」


 グラスをコトッと置き、アイーシャが顔を向けてきた。

 メイアは赤いグラスを見つめたまま、ふっと微笑する。


「久々に会った旧友と、ちょっと飲みたかっただけだ」

「んなわけねぇだろ。さっさと本題に入れ」


 相変わらず、アイーシャはせっかちだった。

 最後に会ってから、もう結構な時が流れている。

 丸くなるどころか、昔と何も変わっていない。

 メイアはため息をつき、本題を切りだした。


「咲弥の件についてだ」

「答えられない」


 アイーシャは即答した。

 メイアも即座に問いかける。


「軍の訓練だと?」

「知らないね」

「そんな任務、聞いたことがない」

「アタシもないね」

「まあ、おおかたの想像はつく」

「なら、()くな」

「そうはいかない」


 メイアはここで、アイーシャの水色の瞳を見据えた。


「任務に関して、別にあれこれ問うつもりはない」

「そうかい」

「冒険者なんだ。頼られることもあるだろう」

「何が言いたい?」

「だからといって、()()()()()とするなら話は別だ」


 メイアは少し、目に力を込めた。


「あいつは特殊だ。おそらく、どの国も欲しがる逸材(いつざい)だと、私はそう判断している。お前はその力の一端を、冒険者資格取得試験で目撃したな?」

「したな」

「お前は皇帝陛下直属、第二大将軍の娘だったな?」

「ああ」

杞憂(きゆう)であればいい。だが、取り込もうとはするな」

「あんたには関係のない話だろ」

「あるさ。彼らは、私や里の恩人だからな」

「彼ら?」


 アイーシャは(いぶか)しそうな表情で、虚空を見上げた。

 メイアは視線を()らさない。


「客観的にではあるが、かなり不憫(ふびん)でな」

「何がだ?」

「紅羽だ。咲弥と離され、心が()んでいるふしがある」

「いや、冒険者なんだ。数か月会えないなんてざらだろ」


 メイアは一呼吸の間を置き、アイーシャに尋ねた。


「お前の目に、紅羽はどう映っている?」

「戦闘や支援に超特化した怪物だな。あと接した感じから、小僧に相当イカレてることしか、アタシにはわからないね。ただのちに知ったが、あの容姿――」

「ああ。その通りだ」

「やっぱりか……」


 世界規模で眺めれば、ロヴァニクス帝国はラングルヘイム帝国の反対側にある。そのため、いかに冒険者といえども、彼女が情報に(うと)いのも仕方がない。

 そもそも各国のいざこざは、まだ大陸内で収まっている。


 もう少し事態が(きゅう)さない限りは、危険視しないだろう。

 だが、メイアはもともと、世界中を見て回りたいといった願望を、幼い頃から持っていた。そのため、冒険者ギルドの管轄外にも目を向けたことがある。


 ロヴァニクス帝国も、その一つだった。

 メイアは(さと)すような声音を作り、アイーシャに告げる。


「あいつは、まだ()()()()()なんだ」

「はぁんっ……?」


 アイーシャは間の抜けた声を漏らした。

 呆気に取られた表情をする彼女に、メイアは述べる。


「戦闘に超特化しており、日常生活におけるすべてにまで、最適解で行動しようとする。おまけに感情表現も(とぼ)しい――だから傍目(はため)には、とてもわかりづらいが、その中身は本当に幼い少女そのものだ」

「お、おう……」


 理解に苦しいのか、アイーシャが小首を(かし)げた。

 メイアは、もう少し()み砕いて説明する。


「お前は(うと)いかもしれないが、あの帝国はこの帝国とまるで別物だ。いまだ大陸統一に向け、あちこちで戦争している。そんな帝国が造り出したのが、紅羽のような紅眼(こうがん)の悪魔だ。本来、普通の人が至極当然に経験できる時間のすべてを……あいつはこの世に誕生した瞬間から、ただの戦闘兵器として育てられてきている」


 眉をひそめるアイーシャに、メイアはなおも続けた。


「ここからは実際に接してみて――あるいは、本人や仲間の話から程度での判断だが、咲弥と出会い、あいつはようやく人としての人生が歩めている状態だ」

 メイアは目を閉じる。少し思案してから再び目を開いた。

「だが、戦闘兵器として育てられたがゆえ、心を殺すすべが徹底してしまっている。ただ心とは、単純なものじゃない。頭と心の齟齬(そご)くらい、わかるだろ?」


 アイーシャが鼻で短いため息をついた。


「だから、アタシにどうしろと?」

「毎日とは言わない。会える時間が作れるようはからえ――それが、咲弥に頼っている代償だと思え。お前には、さほど難しい話じゃないはずだ」


 メイアは気持ち、声音を重くして提案した。

 アイーシャは顔をしかめ、思案しているのか沈黙する。


「……まあ、善処(ぜんしょ)はしよう。だが、期待はするな」

「いや――」


 メイアは目に、ぎゅっと力を込めた。


「――全力であたれ。約束しろ」

「おお……()っわ! 竜人特有のぶち切れた目してんぞ……わかったわかった。親父には話を通しておく。いまの咲弥は親父の管理下にあんだ」


 そうかもしれないと、薄々感づいてはいた。

 おそらくだが、咲弥は皇族(こうぞく)絡みの問題に直面している。

 随分と厄介な話に、メイアは内心でため息をついた。


「まあいい。そこに関しては、深く聞かない約束だ」

「ああ。ぜひ、そうしてくれ」

「たった数時間でも構わない。配慮しろ」

「了解。ったく、あんたさ……昔から変わんねぇな」

「お互いさまだ」

「どこがだ! アタシは大人になってんぞ」

「ふっ。それこそ――どこが、だ」

「なぁにぃ?」


 険悪な雰囲気は、綺麗さっぱりと消え去っていた。

 これは単純に、昔ながらのやり取りに過ぎない。


「今日は、もう時間あんだろ?」

「ああ」


 メイアはこくりと(うなず)く。

 アイーシャは不敵に微笑した。


「んなら、久々の勝負といこうじゃないか」

「また負けて泣くなよ?」

「一度も泣いたことねぇよ! このドクソメスドラゴン!」

「そうだったか?」

「ちっ、ふざけた女だな!」


 そう吐き捨ててから、アイーシャが大量の酒を注文した。

 店主が肩を(すく)めて応え、裏手のほうへと消えていく。

 その方角をどこかぼんやり眺めていると、隣からため息が聞こえてきた。


「一つ、言っておく」

「なんだ?」


 メイアは小首を(かし)げる。アイーシャは困り顔で告げた。


「取り込んでいる――ではないが、囲っているのは、むしろ咲弥の国側かもな。今回、あいつを呼び寄せるにあたって、ギルドを通したんだが……」

「ああ……それで?」

「ものの数分で、あちらの王族から概略説明を求められた」

「王族から?」


 メイアは少し驚き、顔をしかめた。

 アイーシャがゆっくりと(うなず)いて見せる。


「王家の血を引く変わり者と言われている――ミルドレット公爵からさ。紅羽もそうだが、その公爵が彼らの身元を受け持っているらしい」

「そんな話……あいつらから聞いたことがないな」

「あんたが言った通り、あいつはどの国も欲しがる逸材だ。それでも冒険者として平穏に過ごせているのは、その公爵が裏で手を回しているからなんだろうさ」


 それぐらいの権力があれば、確かに不可能ではない。

 内心の戸惑いは拭えないまま、メイアは深く思考した。

 そうしている間に、巨大なグラスに注がれた酒がどんどん運ばれてくる。

 アイーシャが、その内の一つを手に取った。


「まあ、取り込むのは不可能っつぅ話だ。さあ、勝負だ」


 アイーシャの誘いに、メイアはくすりと笑って応える。

 その日の夜――

 メイアとアイーシャは、立てなくなるほどまでに潰れた。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 ある日の朝――

 咲弥は両腕に拘束具をはめられ、軍の訓練所にいた。

 目の前には、木製の鉤爪(かぎづめ)を身につけたシルヴィアがいる。

 シルヴィアは舞うように爪撃(そうげき)を仕掛けてきた。


「もっと予測を早く正しく! それでは(さば)き切れないぞ!」

「はい!」


 咲弥は攻撃に特化した靴で、まずは防御に(てっ)していた。

 腕が使えない――これが、本当に難しい。

 受け身の一つすら、簡単には取れない状況なのだ。

 しかしシルヴィアは、怒涛(どとう)の攻撃で迫ってくる。


「滞空中にも蹴りを放て! 牽制もできないのか!」

「はい!」

「文字通りの防御ばかりでは、何も意味がない!」

「はい!」

「攻撃の中に防御を交え、攻撃を防御に転じろ!」

「はい!」

「遅い!」


 シルヴィアが足技で、滞空中の咲弥を引っ張り込んだ。

 そのまま腕ごと、胴体を木製の爪で引っかかれる。


「武器が本物ならば、今頃は体がバラバラだぞ!」

「ぐっ――!」


 咲弥は地に、背を強打する。

 傷みを(こら)え、即座に後方に回転して立つ。

 一呼吸の間もなく、そのままシルヴィアへと向かった。


 シルヴィアいわく、咲弥は爪に頼り過ぎている――正直、(いな)めない。

 これまで足技を、まったく扱わなかったわけではないが、あくまでも補助的な役割であり、主体ではないのだ。そこを見抜かれ、いま徹底的にしごかれている。


 ここ数日間は、ずっと足技の訓練をさせられていた。

 立ち方や足運びに、攻撃から防御――シルヴィアに一から学んでいる。彼女の足捌(あしさば)きは本当に多彩で、むしろ爪術より長けている可能性が高い。

 だからこそ、よくわかることがある。


 巧みな足技に爪術が加われば、怖いほど強くなるのだ。

 そのお(かげ)か、足技の訓練が咲弥は楽しいと感じている。

 シルヴィアみたいになりたいと、心からそう思えていた。


 ただ、現実はうまく()み合わない。

 シルヴィアの爪が、蛇のごとく伸びて咲弥の胸を突く。


「がはっ……」


 胸から響く衝撃で、咲弥は再び地に背を打ちつけた。


「終了!」


 シルヴィアの声を聞き、咲弥ははっとなって立ち上がる。

 息苦しさも忘れ、シルヴィアの前まで駆け足で迫った。


「ちょっと待ってください! まだ四回目のはずです!」

「残念。五回目だ。背、太腿、腹、腕、そして今の胸元だ」


 記憶を振り返ってみれば、確かに五回目であった。

 咲弥は悔しさに下唇を少し噛み締め、ぐっとうめく。


 今回の対人戦での反省点は、いくらでも見つかった。

 まず、予測が遅い。次に、立ち回りが下手であった。

 あれやこれやと、だめだった点が脳裏(のうり)をよぎっていく。

 もっとやれたはずだが、なかなか上手くはいかない。


(でも、明日こそは……)


 実は本日から、追加された新ルールがあった。

 五回の直撃を食らえば、その日の対人訓練は終了となる。

 それ以外はまた、普段通りの訓練をするしかなかった。


 シルヴィアと実戦したほうが、実入りは桁外れに大きい。

 とはいえ、約束は約束だった。守らなければならない。


「ありがとう、ございました……」


 今は帝国式の敬礼ができない。

 咲弥は苦い心境を抱えながら、頭を敬礼通りに下げた。


「ふっ……悔しいだろ? もっと、やりたかっただろ?」

「……はい」

「それでいい。そういった負の感情が、次の向上へ繋がる」


 確かに、明日はもっと上手くやると考えていた。


「だが、忘れるな。負の感情は心を、思考を(にぶ)らせる。その結果、時には目をも曇らせ、何も見えなくなる。これは別に訓練だけの話ではないが――己の()り方を見失うな。視野を(せば)めなければ、見える景色もまた変わる」


 つまりは、これもこれで訓練の一つに違いない。

 咲弥がうな垂れていると、腕の拘束具が外された。

 シルヴィアが、拘束具をまとめながら告げてくる。


「本日の訓練は以上。また明日、早朝から開始する」

「うぅ……はい。了解しました。ありがとうございました」


 咲弥は帝国式の敬礼で、シルヴィアに感謝を述べた。

 訓練が終われば、やることは変わらない。

 咲弥はそのまま、呪術師ラクサーヌのもとに向かった。


 彼が指導してくれる呪術の勉強は、本当に面白い。

 黒魔術的なものから、神事的なものまで幅広くあった。

 とはいえ、皇女(こうじょ)の呪いは(おろそ)かにできない。

 だから並行するかたちで、呪術に関して勉強していた。


 そして、また夜を迎えた頃――


「さて……んじゃあ、今日はお前が皇女の結界を作れ」


 ラクサーヌから途端に告げられ、咲弥はぎょっとする。


「えっ! いやいや、不安ですよ!」

「教えた通りにやれば、もうできんだろ? あほ猿かよ?」

「えぇ……」

「見ててやるから、行くぞ」


 ラクサーヌは返答を待たず、颯爽(さっそう)と歩きだした。

 咲弥は内心震えながら、ラクサーヌを追いかける。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 ラクサーヌと一緒に、呪われた皇女がいる部屋を目指す。

 帝国城内を検問している衛兵に、ラクサーヌは相変わらず横柄な態度を取っていたが――さすがに慣れてきたらしく、衛兵達は渋い面持ちで手続きをしていた。


 ほどなくして皇女の部屋に辿(たど)り着く。

 充満した花の香りが、咲弥の鼻腔(びこう)をくすぐる。


 ベッドで壁を背にして座る皇女、シャーロットの(そば)には、ひどくやつれた第四皇妃(こうひ)スイの姿もあった。こちらもまた、どうやら何も変わっていないらしい。

 咲弥は礼儀を欠かさず、帝国式の深い敬礼で挨拶した。


「スイ様。シャーロット様。夜分にすみません」

「結界の張替えですか?」

「ああ。そうだ。今回はこいつにさせる」


 ラクサーヌが応え、咲弥はスイの顔色をうかがった。

 彼女は微笑んでおり、こくりと(うなず)いて見せる。


「はい。よろしくお願いしますわ」

「は、はい。了解しました!」


 咲弥は返事をしてから立ち上がった。

 この部屋にはまず、真鍮(しんちゅう)で作られた五つの小瓶がある。


 小瓶の中に入った水を捨て、新たに清水を入れるのだが、(そそ)ぐ順番がある。最初は北から始まり、次に南西、東、西、南東――つまりは、五芒星を表していた。

 小瓶の下にもまた、五芒星が描かれた図が敷かれている。


 さらにこの五つの小瓶に、どこで入手したのかわからないヒイラギの葉がついた枝を挿していく。ここまで終われば、あとは注いだ順にオドを浴びせればいい。

 これで魔除けの効果に加え、精神の安定もはかれるのだ。

 咲弥は学んだ通りに進め、ラクサーヌを振り返る。


「……どうでしょうか?」

「もし皇女(こうじょ)に異変が起きたら、どういった反応を示す?」

「ヒイラギが枯れ、小瓶が割れる……です」

「よし。問題ない。優秀だ」


 ラクサーヌがにやりと笑い、鷹揚(おうよう)(うなず)いた。

 咲弥はほっと胸を撫で下ろす。

 それから、スイへ向かって簡易的な敬礼をする。


「夜分遅くに、すみませんでした。どうか……お体のほう、ご自愛くださいませ」

「ありがとうございます。また、お願いしますわ」

「了解しました。失礼致します」


 咲弥は別れの挨拶を送り、ラクサーヌと部屋を出る。

 帝国城の中を歩いている最中、ラクサーヌが言った。


「それじゃあ、今日はこの辺にするか。さすがに疲れた」

「わかりました」

「また明日な」

「はい。ゆっくり休んでください」

「お前もな?」


 また本日も、咲弥の姿がぼろぼろだからに違いない。

 咲弥は苦笑する。


「はい」


 帝国城を出てすぐのところで、ラクサーヌとは別れた。

 本来、自室が用意された帝国城に引き返すのだが――


 本日からなぜか、別の自室が与えられている。

 おそらくは、咲弥をおもんばかっているのかもしれない。

 なぜなら新たな自室が、軍の訓練場付近にあるからだ。

 正直、ありがたい話ではある。


 移動が短くなれば、きっと心にもゆとりが持てるだろう。

 咲弥はそう思いながら、新たな自室へと向かう。


 その日の夜、新築みたいな部屋の中――

 咲弥はまるで、泥のように眠り込んだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ