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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(下)
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第十三話 姿無き女神




 朝の訓練を終えたのち、咲弥は帝都のほうへ来ていた。

 神秘的な雰囲気を放つ、トネリコ大聖堂――とても大きな古城と形容できそうな外観をしており、内部はその名の通り荘厳(そうごん)な教会を思わせる構造となっている。

 老朽化した箇所(かしょ)は多いが、それも歴史を感じさせる要因の一つに過ぎない。


 ラングルヘイム帝国領の各地にある支部とは違い、ここは女神ユグドラシールを信仰する本拠地となる。そのためか、高貴な印象のある人ばかりが目立った。

 おそらく、生まれから身分の位が高い人達に違いない。


 そんなトネリコ大聖堂までの道中――

 ばったり仲間と会えないか、ほんの少し期待を寄せた。

 しかしそのような奇跡は、もちろん訪れそうにない。

 仲間の活動拠点とは、かなり離れた位置にあるからだ。


 また咲弥の(そば)には、ラクサーヌとジェラルドもいる。

 仮に会えたところで、和気あいあいと話している時間など得られない。仕方のないことではあるのだが、変に期待したぶんだけ、勝手に気落ちした。

 とはいえ、ずっと腐ってもいられない。


 すぐ気持ちの整理をつけ、今現在は任務に集中していた。

 今回の目的は、女神ユグドラシールの情報収集となる。

 演説台にいる年老いた教皇――ゼクセンから神話について聞いていた。


「――であればこそ、我々、帝国民は、彼の女神がもたらす恩恵を授かり、この灼熱の大地にありながらも、平穏無事に生きてゆけるのです」


 この演説に関しては、資料のほうで調べ尽くしていた。

 要約すると、女神を敬愛しながら感謝して日々を過ごそう――これ自体は、別におかしな話ではない。どこにでもあるリフィア教も、似た教えを()いている。


 もとの世界で、熱心に何かを信仰していたわけではない。

 近くにありはしたが、それは遠い存在のもの――

 咲弥の人生で宗教とは、その程度でしかなかった。


 だから見識の浅さは(いな)めないが、地球にある宗教もまた、理念や意義などは同じような気がする。人としての在り方、あるいは心の平穏を求めているのだろう。

 ただあちらとこちらでは、明確に異なる部分がある。


 神と呼ばれる何かが、こちらでは実在しているのだ。

 もっと言えば、精霊のほかに、魔物や悪魔までもがいる。神自体はまだ実際に見たわけではないが、これまでの経験を考慮すれば疑う余地などない。

 つまり地球と比べ、神はとても身近な存在だと言える。


 そのはずだった。ここが、本当によくわからない。

 神の御使いリフィアが魔神から世界を救い、神格化され、今もなお(まつ)られている――魔物という存在があれば、神器も噂では神殿で祀られているのだ。

 だから真偽(しんぎ)はさておき、まだ理解に及べる範囲ではある。


 だが女神ユグドラシールは、天啓もなければ降臨もない。

 一瞥(いちべつ)程度に過ぎないが、ほかの神には巫女や聖女がいる。

 実際に降臨したという話すら、資料で見られたほどだ。


 正直、女神ユグドラシールは、地球で言い伝えられている神と、あまり大差がない。もし呪いの件がなければ、誰かの空想か創作としか思えなかったほどだ。

 トネリコ大聖堂を訪れてもなお、その印象に変化はない。


 規律正しく並べられた立派な長椅子に、横柄な姿勢で座るラクサーヌが言った。


「結局のところさ、そんな感想程度のものしかなく、実際に女神が降臨や天啓、または神器的な何かを授けたとかって、そういう話はねぇのか?」

「この灼熱の地で人が生きられる。それが、ある種の証明と言えるでしょう」


 教皇は微笑み、そう(さと)した。

 咲弥は少し動揺しながら、隣にいるラクサーヌを見る。

 彼の態度に教皇が激昂(げっこう)しないか、不安でしかない。

 ラクサーヌは虚空を見上げ、かすれたため息を投げた。


「その程度で、女神からの恩恵って言われてもねぇ……」

「ラクサーヌ殿……!」


 咲弥達の背後に立つジェラルドから、叱咤(しった)の声が飛んだ。

 うんざりとした表情で、ラクサーヌが肩を(すく)めた。


「まあ、おたくらが熱心ってのは、見ててわかるよ。かなり古びちゃいるが、大聖堂はきちんと手が行き届いているし、教えの手順もしっかりとしている。だがな……大切なもんが欠けてんだよなぁ」

「大切なもの……ですか?」


 教皇は小首を(かし)げた。

 ラクサーヌは、教皇のほうを見据える。


依代(よりしろ)がねぇ――って、ことだ」


 教皇は目を見開いた。

 演説台の奥に、とても豪華な台座がある。


 そこには枯れ枝らしきものが置かれており、存在感を一際強く放っていた。厳重に保護されている様子もあるためか、どこか神聖さがうかがえる。

 背後にある枯れ枝へと、教皇は手を差し向けた。


「いえいえ……依代ならば――」

「それ、依代じゃねぇだろ」


 ラクサーヌが(さえぎ)った。

 顔を硬くした教皇に、ラクサーヌはずかずかと述べる。


「その枝には、神の()()()がついちゃいねぇだろ。あんたも教皇ならさ、わかんだろ? もし神の依代となる何かがある場合、そこには()()()がつくもんだ。それは、巫女や聖女の尸童(よりまし)もしかり。つまり人であれ物であれ、場所であれな?」


 教皇は押し黙った。じっとりとした冷や汗が浮いている。

 しばらく黙していた教皇が、諦め気味に首を横に振った。


「いやはや……よく勉強されておりますな……」

「隠しごとはなしだ。だから人払いをさせてんだ」


 ラクサーヌはそう言い、やや前屈みの姿勢を取った。

 重圧な空気に包まれ、教皇は静かに口を開く。


「あなた様がおっしゃる通り、これは依代ではありません。ですが……昔は本当に、これとよく似た依代が、大聖堂には存在していたのですよ」

「本物はどこいった?」


 ラクサーヌの問いに、教皇はゆっくりと告げた。


「光の泡となり消え去った――と、先代のほうからは、そう聞かされております。なにぶん遠い昔の話ですから、先代もひどく困惑されておりました。当時は、どこか別の場所へと移ったのではないかと考えられ、内密に捜索したようですが……結局、いくら探しても見つからなかったそうです」


 教皇はつらそうに、硬い顔を()せていく。

 しかし、すぐ力強い眼差しを(たずさ)え、すっと顔を上げた。


「……それでも、私は信じております。たとえこの宿り木がただの模造品に過ぎないとしても、女神ユグドラシール様に想いや願いは伝わり――我々帝国の民達に、慈悲深き恵みを与えてくださっているのだと」


 教皇のせつない声音に、咲弥の胸が痛んだ。

 先の見えない暗闇を、彼はずっと歩いてきたのだろう。

 それが声によく宿っていた。


 場が静寂に満ちていく。

 これ以上、教皇を問い詰めるのは気の毒だと思える。

 実際に接してみて、より深く理解できた。


 彼はただ、善良な宗教家の一人に過ぎない。

 私腹を()やすためなどではなく、単純にこの帝都で暮らす人々の安寧(あんねい)を望み、日々神への祈りを捧げているのだ。また宿り木が消滅した過失は、彼にはない。

 少ししてから、教皇は沈黙を破った。


「ですが……女神様の力が宿らない宿り木なくして、神事はおこなえません。そのため、(まつ)りではなく――祭りとして、天樹祭が開かれたと()われております」


 資料のほうには、理由までは明記されていなかった。

 当然といえば、当然ではある。宿り木が消滅したなどと、公言できるはずがない。おそらく、この件は帝国側も知らなかった事実なのだ。

 見えなかったものが、わずかではあるが見えてくる。


 今回の呪い騒動――

 その消滅した宿り木が絡んでいる可能性が高い。

 きっとラクサーヌ達も、そう考えている。

 場に落ちた沈黙を破ったのは、ラクサーヌだった。


「ああ。そうだな。間違いねぇ。想いの力っつぅのは強い。その念が積もりに積もり、今はただの偽物だろうが、いつか新たな宿り木になる。俺はそう思う」


 教皇は微笑んだ。その目は、(うれ)しさに少し(うる)んでいた。

 ジェラルドはやや、不可解そうな顔をしている。

 咲弥は内心、こっそりと苦笑した。


 わかりづらいのは(いな)めないが、ラクサーヌは優しい。

 それを知っている咲弥からすれば、当然の対応だった。

 教皇が鷹揚(おうよう)(うなず)く。


「ええ。そうですとも」

「いろいろ手配してもらって、悪かったな」

「いいえ。お力になれたのかはわかりませんが……」

「いや。いい話を聞けたぜ」

「そうですか……安心致しました」


 教皇は帝国式の敬礼をしてから、さらに声を(つむ)いだ。


「私はこれから、ほかの教会を回らねばなりません」

「ああ。気をつけてな」

「はい。失礼致します」


 教皇は演説台から降り、脇にある出入口へと向かう。

 だが不意に足を止め、教皇はうめくような声をあげた。


「あぁ、そうそう……実はこれまで中止していた天樹祭を、復活するといった動きがありましてね。もしよろしければ、貴方達も拝見してみてください。とても華やかで、美しく、心に残るでしょうから」


 咲弥はふと、紅羽達の姿が漠然と思い浮かんだ。

 思えば天樹祭の内容については、神事のなり代わりとしか把握できていない。まさかとは思いつつも、完全には否定ができない自分がいた。

 もしかしたら、紅羽達が参加する祭典が――


「なんか中止していた理由でもあんのか?」


 ラクサーヌの問いに、教皇が自身の腰を叩いた。


「なにぶん、私も老いたもので……私を抜きに開催しろとは言ったのですが、ほかの者達が、教皇のいない天樹祭に何も意味はないと猛反対しましてな……それからずっと、開催ができないまま、もう随分な時が経ってしまいました」


 当然、真偽(しんぎ)は知れない。しかし、間違いない気がした。

 なんと不思議な縁か――仲間達もまた、女神関連の問題に首を突っ込んでいる。ただ咲弥のほうとは違い、祭りならば危険はないだろう。

 咲弥は奇妙な運命に、どこか胸がはらはらとした。


「体、大事(だいじ)にな」

「ありがとうございます」


 ラクサーヌに応え、教皇は大聖堂から姿を消した。

 少しして、ラクサーヌから深いため息が聞こえてくる。


「やれやれ。困ったもんだな」

「やはり、宿り木でしょうか?」


 咲弥は(ひか)えめな声で()いた。

 ラクサーヌは姿勢を崩さず答える。


「だろうな」

「そんな事実があったとは……正直、驚きを隠せません」

「まっ、言えるわきゃねぇわな」


 ジェラルドに応えてから、ラクサーヌは立ち上がった。


「ともかく方針は定まった。ちと先に、資料室に戻るわ」

「何かいい方法でも、思いついたんですか?」


 咲弥も立ち上がり、嬉々(きき)とした声色で尋ねた。

 ラクサーヌが呆れ気味に肩を落とし、そして(にら)んでくる。


「あほ! あるわきゃねぇだろクソが。ねぇから、資料室に戻って作戦を練んだ」

「あ、あぁあ……」


 落胆と同時に、咲弥は冷や汗をかく。

 太い息を吐き、ラクサーヌは歩きだした。


「じゃあ、また夜な」

「あ、はい! わかりました!」


 こちらに向かないまま、ラクサーヌが手を振ってきた。

 伝わらないとは思いながら、咲弥も手を振り返しておく。


 ラクサーヌが姿を消した。その少しあと――

 今度はジェラルドから、重いため息が聞こえてくる。彼は長椅子に腰を下ろし、どこかぼんやりとした眼差しで演説台付近を眺めていた。


 傍目(はため)にはわからないが、どうやら疲れているらしい。

 不意に、ジェラルドと視線が重なった。


「あっ……すみません」

「いいえ……お疲れみたいですね」

「……ふっ。どうぞ、咲弥殿もおかけになってください」

「……? はい」


 咲弥は(うなが)されるまま、ジェラルドの隣に座る。

 するとジェラルドが前を向き、そっと語り始めた。


「まだ私が幼かった頃の話ですが、この大聖堂を度々、母と一緒に訪れていた記憶があります。信心深かった母は、女神ユグドラシール様へ感謝の祈りを捧げ、その後は決まって、教えを私に()いてきたものです」


 咲弥は黙って、ジェラルドの言葉に耳を(かたむ)けた。


「ですが、それは……別に私だけではありません。この地に住まう者達は皆、そうだと言っても過言ではないでしょう。姿無き女神に祈りを捧げるのが、帝国が誕生するよりも遥か昔からある、民としての姿勢なのです」


 ジェラルドは、そっと微笑んだ。


「ですから、呪いの(みなもと)がユグドラシール様と知ったときは、内心かなりのショックを受けておりました。また……なぜ、呪いの対象が、よりにもよってシャーロット様であり、またなぜ、この時代に、とも……」

「……?」

「ここだけの話です」


 ジェラルドの青い瞳に、力強い何かが宿っていた。

 咲弥は事情を呑み込めないが、ぎこちなく(うなず)いて応える。


「陛下は……本当は、皇帝陛下たるうつわではありません」

「えぇ……っ!」


 とんでもない発言に、咲弥は激しく冷や汗をかいた。

 聞いた咲弥のほうが、戸惑いを隠せない。

 ジェラルドは(やわ)らかな表情で、くすりと笑った。


「そもそも、あの方ご自身……はなから皇帝陛下の座に就く気など、まったくありませんでしたから。ただ(みかど)の血を受け継いだに過ぎず、自由気ままに人生を謳歌(おうか)したい――それが現皇帝陛下、ベルガモット様なのですよ」

「は、はあ……」


 咲弥は曖昧(あいまい)相槌(あいづち)しか打てない。

 どう言葉を返せばいいのか、何もわからないのだ。


「そして、あの方が心から愛された女性は……スイ様、ただお一人なのですよ」


 自然と眉間にしわを寄せ、咲弥は首を(ひね)った。

 事情を呑み込めない咲弥に、ジェラルドが説明してくる。


「以前、帝国の歴史について、ほんの少し語りましたが――この帝都はもちろん、帝国には九つの主要都市があります。もとは共和国や王国だった場所なのですが、取り込んだ際、そのまま流用する形となりました」


 ジェラルドは人差し指を立てた。


(みかど)の血を受け継ぐ者達が八つの都市に送られ、ゆくゆくは都市の長として執政(しっせい)(たずさ)わることになります。そうして今の都市長は後見人となり、若き芽を育てる立場になるのです。無論、事と次第によっては、その方々のご子息やご息女が、都市長を継ぐという可能性もありますが」


 咲弥は頭が混乱しそうになっていた。

 こういった分野は、正直あまり得意なほうではない。

 きちんと呑み込めているのか、不安が押し寄せてくる。

 ジェラルドは前を向き、さらに話を続けた。


「陛下も本来は八つの内の一つ――辺境とも呼べる場所で、長閑(のどか)な人生を過ごすはずでした。おそらく、陛下もスイ様もそのような未来を思い描いていたことでしょう。ですが……想定外の事態と問題が発生した結果、陛下はラングルヘイム帝国の皇帝となるしか道はありませんでした。つまり――」


 皇帝陛下ともなれば、話は大きく変わってくる。

 思い描いていた未来のすべてが、(つい)えたと言ってもいい。

 愛した者以外を、妻としなければならなくなったのだ。


 さらに言えば、スイは辺境の地が出自の者に過ぎない。

 そのため、第一皇妃(こうひ)どころか、第二以下ですらも猛反対の声が上がる。末端とも言える第四に入れたのは、皇帝陛下の無理押しだったそうだ。

 見えなかったところが、徐々に形をなしていく。


「――もしシャーロット様の件が(おおやけ)の事実となれば、ほかの皇妃達や、その派閥の者達からの圧力で潰されかねません。ですから呪いが発覚した時点で、第三までの皇妃及び皇子(みこ)の自己研鑽という名目で、主要都市へ流浪が命じられました」


 咲弥は内心、それとなく納得した。

 確かにそういった人物を、いっさい目にしていない。


「そんな理由が、あったんですね……あっ! で、ですが、スイ様達が帝国城に留まったままなのは、逆にちょっと変に思われたりしませんか?」

「むしろ、第三以上の方々は……それを至極当然だと思っていらっしゃるでしょうな。第四の皇子(みこ)に八つのどれか一つを統治などありえない、と」


 スイがやつれていた原因は呪い騒動だけではなく、環境に寄るものなのかもしれない。また、シャーロットの引っ込み思案な性格も、同様の可能性が浮いた。

 国政など遠い存在のため、深くは理解できないが、悲しい気持ちが胸に湧く。


 ただ今回の会話から、より一層深く事情を呑み込めた。

 確かに、極秘任務に間違いはない。

 一歩間違えれば、帝国は大きく揺れ動くはめになる。


 咲弥の一般的な思考では、そこまでが限界であった。

 ジェラルドのため息のあとから、それをひどく痛感する。


「しかし……本当に最悪としか言いようがありません」

「……? と、いいますと?」

「もはや帝国だけには、留まらないかもしれないからです」


 ジェラルドの懸念を聞き、咲弥は心の底から恐怖する。

 最悪なのは、呪いが伝播(でんぱ)する可能性についてであった。

 もし発動すれば、帝国が揺れるどころの話では済まない。


 呪いで帝国が滅んだ場合、友好国のほか、冒険者ギルドの加盟国すべて――文字通り、世界中が震撼するような歴史的大事件へと発展するのだ。

 それは、政治、経済、文化面での交流も含まれている。


 もっと言えば、空白の領域――帝国が機能しなくなれば、冒険者ギルドとの連携も途絶え、抑え留める者も消え去り、もはや無法地帯となるのだ。

 その結果、領域が拡大する恐れがある。


 想像外の事態は、まだまだ起こるとのことであった。

 一国が滅ぶ事情と同じくらい、咲弥は自分が置かれている状況にも戦慄(せんりつ)する。

 自分の行動一つで、世界に大混乱を招くかもしれない。

 事態を把握すればするほど、そこには恐怖しかなかった。


(ジェラルドさんは……僕以上にきついだろうな……)


 咲弥はそう、ジェラルドの心情を推し量る。

 当のジェラルドは、苦笑しながら肩を(すく)めた。


「なんとかするしかないのが、大人のつらいところですな」

「ははは……」


 これには、苦笑でしか応えられなかった。

 本日で不透明な部分はまだ多くあるものの、鮮明になった部分も多い。ジェラルドが抱え込んでいる負担を、少しでも減らしたいとは思えた。

 どの問題に関してもそうだが、本当にため息は尽きない。


(現状は、まだ何もできない……ほんと……)


 心の中で(なげ)いていると、ジェラルドが立ち上がった。

 彼は手を、そっと咲弥のほうへ差し出してくる。


「それでは、そろそろあちらへ戻りましょうか」

「あ、はい」


 ジェラルドのごつい手を取り、咲弥も立ち上がった。

 ジェラルドは微笑んでから、颯爽(さっそう)と歩き始める。

 咲弥は彼の後ろにつき、大聖堂の出入口を目指していく。


 咲弥はなんとも言えない不安を胸に抱え――

 ジェラルドと一緒に、軍の訓練場まで戻ったのだった。




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