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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第一章  王都を目指して
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第十七話 間違えた!




 咲弥は奥歯を()み締め、町の中を全速力で走っていた。

 歩く人達の間をすり抜け、大慌てで目的地へと向かう。

 疲労が溜まっていたせいか、つい寝過ごしてしまった。


「やばいやばい。すみません、通ります! すみません!」


 相部屋の者達は誰も起こしてくれなかった様子で、咲弥が目覚めたときには、部屋はもう(もぬけ)(から)となっていたのだ。

 宿屋の主人から、まだ出たばかりだと聞かされている。

 だから急げば、きっと追いつけるはずであった。


 しばらくして、遠くに馬車の群れが見えてくる。

 どうやらまだ出発前らしく、咲弥は心の底から安堵(あんど)した。

 隊商の話によれば、乗車する馬車には赤印がついている。

 馬車の間を縫うように進み、咲弥は目印を探した。


(どれ……だろう……あっ!)


 とても頑丈そうな馬車が、咲弥の目にとまった。

 おそらく、安全面を考慮してか――格子状となった木製の囲いが、本来なら荷台にあたる部分に造られている。そこに赤い二重丸の印がつけられていた。

 乗車席のほうには、すでに多くの人が乗っている。


「あん? お前で最後か?」


 馬車の付近にいた、小太りの男が唐突に声をかけてきた。

 声や態度から、かなりいら立っている様子がうかがえる。寝坊した咲弥の到着を、ずっと待たされたからに違いない。

 咲弥は罪悪感から、深く頭を下げた。


「はい! 遅れて、本当にすみませんでした!」

「ちっ……まあいい。とっとと乗れ」

「はい!」


 咲弥は馬車の乗車席へと進んだ。

 不意に、小太りの男に呼び止められた。


「あ、あれ? 待て。お前、腕輪はめてねぇじゃねぇか」

「えっ? 腕輪、ですか?」

「あぶねぇあぶねぇ。おい、お前。両腕を出せ」

「あ、はい……」


 両腕を差し出すと、ごつい腕輪をガチンとはめられた。

 まるで逮捕でもされたような気分になる。

 咲弥は怪訝(けげん)に思い、乗車席のほうへ視線を移した。


 よく見れば、誰もが一様に腕輪をはめている。

 この世界での事情や常識は、まだあまりよく知らない。

 なんらかの理由があると、咲弥は呑み込んでおいた。


「あっ、しまった。お前、荷物なんか背負ってんのかよ」

「え? あ、はい」

「チッ! まあいい。どうせ、ロクなもん入ってないだろ」


 貴重品はお金しかないが、それにしても失礼な話だった。

 タダで王都まで乗せてもらうため、強くは言い返せない。


「ええっと……少しばかりの、お金ぐらいです」

「金? ふぅん。まあいい。とっとと乗れよ」

「はい……」


 木製の囲いの中を進み、開いている席に腰を下ろした。

 乗車席には、見た記憶のない者達しかいない。

 宿屋で相部屋だった者がいれば、少しは安心できたのだが――隊商の総人数は、ずいぶん多そうだったため仕方ない。


(それにしても……なんだか……)


 重苦しいぐらい、陰鬱(いんうつ)な空気が漂っていた。

 誰もが憔悴(しょうすい)しきった表情をしている。


「おい、ザップ。ちゃんと全員積んだか?」


 小太りした男――ザップの(そば)に、栗毛の男が詰め寄った。

 硬派な見た目をした男は、少しいかつい雰囲気がある。


「アニキ! ちゃんと、人数は揃っていやす!」

「そうか。なら、俺達もそろそろ行くか」

「了解っす」


 囲いの扉が閉められ、しばらくして馬車は動き始めた。

 カタカタと車輪が回る音が、どこか小気味よく響き渡る。

 同席していた女が、突然すすり泣きだした。


「え? あ、あの……どうかされましたか?」


 咲弥はすぐ、声を押し殺して泣く女に寄った。

 女はただ悲しみに暮れ、何も答えない。


「僕で力になれるなら、なんでも言ってください」

「へっ……小僧が、どんな力になれるってんだ」


 咲弥は肩越しに、男の声がしたほうを振り返った。だが、誰もが咲弥のほうを見ており、声を上げた者がわからない。

 背後にいた男は全員、死んだような目つきをしている。

 誰にとなく、咲弥は声を(つむ)いだ。


「わかりません。でも、何かあるかもしれません」

「ねぇよ。そんなの……」

「どうして、そんな酷い言い方をするんですか?」

「俺も小僧もその女も、同じ売られた身だろうが」


 くたびれた男の言葉が、何一つ理解できない。

 咲弥は首を(ひね)った。


「何を言ってるんですか?」

「頭でもやられちまったか? それとも、ここが弱いのか」


 男は自身のこめかみを、指先でとんとんとする。

 その男のしぐさに、咲弥は嫌悪感を抱いた。

 さきほどといい、今といい、あまりにも失礼な人が多い。


「意味がわかりません。はっきりと言ってくれませんか?」

「はぁ……気を悪くしたんなら謝るよ。まあ、どうせ俺らの運命は変わらん」

「あの、本当に言ってる意味が、よくわからないんですが」

「奴隷だよ……わかるか? それが運命だって言ったんだ」

「……奴隷……? えっ……?」


 格子状になっていた理由から、乗っていた人達の状態――

 いまさら理解に達し、咲弥は一気に血の気が引いた。また同時に、奴隷という存在がある事実に対しても、少なからずショックを受ける。


 胸の辺りがざわつき、いやな不快感が襲ってきた。

 まさかとは思う反面、否定できない部分があまりに多い。


「まあ、運がよければ……そんな悪くねぇかもな」

「前よりも、いいところだといいな……」

「買ってくれた主様次第だよな……」

「前の主は、クソみたいな奴だった……もう嫌だ……」


 男達の会話が、咲弥の胸をきつく絞めつける。

 奴隷に対して悲しく思う反面、ふと想像が働いた。

 今回、タダで王都まで乗車させてもらっている。

 奴隷にまぎれ、乗せられていても不思議ではないのだ。


「ちょ、ちょっと、待ってください……この馬車は、王都へ向けて、出発したんですよね……? そうですよね……?」


 男達は全員が顔を見合わせ、同時に小首を(かし)げる。


「この馬車は、アドロア町っていう無法地帯行きさ」


 咲弥は絶句する。

 突っ込む勢いで、御者台(ぎょしゃだい)のほうへ近寄った。

 格子状となった木枠の一部に手を置き、咲弥は声を張る。


「すみません! 僕、乗る馬車を間違えてしまいました!」


 栗毛の男が肩越しに振り返り、鋭い視線を投げてきた。


「あぁん? 人数は揃ったって話だが?」

「そういや、奴隷にしちゃ鞄なんか背負っていやしたね」

「おいおい。オメェ、まさか……おい、小僧。名前は?」

「え? 咲弥ですが……」


 男は鞄から取り出した紙で、何かを確認している。

 しばしの沈黙を経て、男は深いため息をついた。


「はぁ……咲弥なんて名前、載ってねぇわ……」

「え? マジっすか?」

「シャレにならん。人を間違えたとか、最悪、消されるぞ」

「うぇ……マジっすか? どうしやしょう、アニキ……」


 奇妙な静寂が、場に満ちる。

 男がザップを、呆れ声で(しか)った。


「どうしようって……なんで、ちゃんと確認しねぇんだよ」

「でもこいつ、お前が最後かって()いたらそうだって……」


 咲弥のほうに指を差し、ザップはそう言い訳をした。

 引きつった顔をして、男が肩越しに咲弥を向く。


「……なんでだよ?」

「隊商の話では、赤印が馬車についていると言ってました。この馬車には、赤い二重丸の印がついてたじゃないですか。だから、てっきり……」

「あっ……オレっちが、昨日遊びのためにつけた……」


 ザップの(つぶや)きに、咲弥は戦慄(せんりつ)する。

 男は唖然とした顔で、ただザップを向いていた。


「小僧の理由はわかった……つか、ザップ。荷物を背負ったまま拘束具とか、普通に考えておかしいって気づくよな?」

「あ、いや。腕輪は、さっきオレっちがはめやした。へへ」


 ザップは愛想笑いをする。

 男は硬派な顔を渋くしてうめいた。


「拘束具、してなかったのか? そもそもから、ぜってぇに違うじゃねぇか!」

「すいやせん! てっきり、はめ忘れたのかと思って……」

「この、くそばか野郎が! 奴隷となった時点で、拘束具は絶対してんに決まってんだろうがよ! ほんとばかだな!」


 男は声を大きく荒げた。

 どんどん馬車は加速し、前に進んでいる。

 咲弥は隙を見計らい、口を挟んだ。


「すみません! もういいですから、降ろしてください!」


 沈黙が訪れ、車輪の音のみになる。

 硬派そうな男が、気まずそうに振り向いた。


「すまねぇ。悪いが、ちょっと奴隷になってくんねぇか?」


 男からの提案に、咲弥は驚愕する。

 何を言っているのか、少し理解できずにいた。


「えっ? 嫌ですよ!」

 咲弥は重ねて告げる。

「僕はどうしても、王都に行かなければならないんです」


 申し訳なそうに、男は両手を重ね合わせた。


「そこをなんとか、ちょっと頼むわ。このままじゃあ、俺は上に消されるかもしれねぇ。わかるか? 殺されるんだ」

「それは、ちょっと……アレですが……でも、王都の冒険者ギルドのほうで……僕、人と待ち合わせをしていますから」

「うぇっ? 小僧、まさか冒険者かっ?」

「い、今は違いますが、そうなる予定です!」


 男は心の底から、安堵(あんど)したようなため息を()いた。


「あ、焦ったぁ……冒険者ギルドに所属とかされていたら、完全アウトだったわ」

「いや、所属していなくても、完全アウトですよ!」

「ま、まあ、ちょっと、話を聞け。いいか?」

「なんですか?」


 スムーズに話が終わるのなら、そのほうがいい。

 咲弥は話を聞く姿勢を見せた。


「とにかく、奴隷のフリでいいんだ。わかるか? フリな。一応、形式上は奴隷だが……何も俺も鬼じゃねぇ。ちゃんと便宜(べんぎ)ははかってやるさ」

「それは、すぐに解放してくれるってことですか?」

「ああ……まあ……それは……できる、限り?」


 男は訥々(とつとつ)と答え、咲弥の頬は自然と引きつった。

 精一杯の声を張って抗議する。


「できる限りってなんですか。今すぐ解放してください!」


 栗毛に指を通して、男は愛想笑いで誤魔化してきた。

 こうしている間にも、馬車はどんどんと進んでいる。

 男は親指を立て、ザップのほうへと向けた。


「とりあえず、今からこの豚を馬車から蹴落とす。それで、本当の奴隷を探させる。見つかれば交代って感じでどうだ」

「ええっ! アニキ! そんなぁあああ! 酷いっすよ」

「うっせぇ! もとはといえばな、テメェがちゃんと奴隷の確認をしなかったからだろうが! さっさと探してこい!」


 ザップはぶんぶんと首を左右に振る。


「いや、だって……そんなぁ……酷いっすよ」

「いいからとっとと戻って探してきやがれ! 豚ザップ」

「ブヒィイイイ……」

「見つけるまで帰ってくんなよ! いいか、絶対だ!」

「もう絶対に見つかりませんよ……アニキィ!」

「もし手ぶらだったら、俺がテメェを消すからな!」


 男が言い終えた直後、ガンッと(にぶ)い音が響いた。

 ザップが本当に、馬車から蹴り落とされたのだ。

 馬車はもう、かなりの速度が出ている。

 ボールみたいに転がるザップが、素早く遠のいていった。


「なっ? 見ただろ? 俺はな、ちゃんと約束を守る男だ。とりあえず、フリだけでもいいから、なんとか頼むぜ……」


 咲弥は唖然となり、言葉が出てこない。

 蹴落とされたザップが、無傷で済むはずがない。


「それに奴隷も、案外……悪くねぇかもしれねぇ。ちゃんと飯は出るし、寝床だってある。ああん。悪くねぇなあ……」


 咲弥ははっと我を取り戻した。

 なかば聞き流していた男の言葉に反応する。


「いや、悪いですよ! 奴隷ってなんですか。奴隷って!」

「ちょ、落ち着けよ。俺にできる範囲内で協力はするから」

「奴隷って……いったい、何をされるんですか?」


 男は虚空を見上げる。


「ああ……ここでは、主に肉体労働だな。現在とある施設の整備中なんだが……それに奴隷の多くが、割り当てられる」

「施設?」

「まあ……あんま気分のいい施設じゃねぇよ」


 どんな施設なのか、男は口を閉ざして続けなかった。

 いずれにしても、拘束され続けているわけにもいかない。

 ただ無理に逃げ出せば、今度は男の命に関わるようだ。

 咲弥は徐々に、諦めの境地に入ってくる。


「わかりました……できる限り、早くお願いしますよ」

「マジかっ? やってくれるか? ああ、ありがてぇ……」


 男はとても大きなため息を漏らした。


「あぁ、そう。俺、ロイってんだ。よろしくな、咲弥君」

「ええ……よろしくお願いします……」


 咲弥は渋々、もといた座席へと戻った。

 ふと気づけば、泣いていた女は静かになっている。

 激しく回転する車輪の音だけが、咲弥の耳に届いた。


(僕も、泣きたくなってきたな……)


 そんなことを、咲弥は心の内側で(つぶや)いた。




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