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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(下)
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第七話 試し合い




 咲弥はやや懐疑的(かいぎてき)に、知的な美女パスカを見つめていた。

 紋様に荷物が宿せるなど、にわかには信じられない。

 パスカが口もとに、不敵な笑みを浮かべた。


「別にすぐ結論を出せ――と、急かすような真似はしない。そちらもそちらで、秘密を簡単に明かしはしないだろうと、私はそう踏んでいるからな」

 パスカの舌は、とても(なめ)らかに回り続けた。

「だからこれは、最初で最後の交渉なのだと認識してくれ。こちらは条件を提示した。それに応えるか否か、少なからず選択肢に含まれはしただろう?」


 咲弥は漠然と、パスカの意図を汲み取る。

 無理強(むりじ)いされるよりは、確かにきちんと選択肢に入った。

 大人の交渉に、咲弥の心がたじろぐ。


 まだ真偽は知れないものの、実に魅力的な話ではある。

 今回のような長距離の旅ともなれば、荷物量はどうしても増えてしまう。また事と次第によっては、荷物の厳選をする必要性が出てくる場合も多々とあるのだ。

 もし本当に軽減できれば、非常に助かるのは間違いない。


「えぇっ? パスカ所長ばかなんですかっ?」

「この機会を(のが)したら、もう二度とありませんよ!」

「無駄に格好つけんなよ! 絶対、後悔すんぞ!」


 パスカの部下らしきリィン達が、早口に(まく)し立てていた。

 しかし、パスカは少しも動じていない。

 冷静な姿勢を保ち、じっと咲弥のほうを見据えていた。


 口を開かない者は、どう足掻(あが)いても口を開かない――

 パスカはそれを、重々承知しているのだろう。

 だから提案したうえで、選択権を相手に委ねている。

 パスカは両手を小さく開き、ちょこんと肩を(すく)めた。


「引き留めて悪かったね。そちらにも都合はあるだろうに」

「い、いいえ……」

「ところで、この国にはいつまで滞在を?」


 パスカの疑問には、ジェラルドが代わりに答えた。


「期間は不明瞭だが、しばらくは滞在してもらう予定だ――だが、好きにはさせんぞ? さきほども言ったが、彼は私の管轄だ。それを、理解しろ」

「ほう……なあに、決めるのは彼さ。選択権は咲弥にある」


 ジェラルドとパスカの間に、不穏な空気が漂い始めた。

 リィン達と一緒に、咲弥もおろおろとするほかない。


「やれやれ……それが、お前の狙いか。咲弥殿――どうやらこれ以上ここに居ても、息抜きにはなりそうもありません。ですから、場所を移りましょう」

「え? あっ……はい!」


 咲弥は我に返り、とっさにジェラルドへ反応を示した。

 案じてくれているのだと、わかってはいる。

 しかしもう、パスカの取引は、咲弥の胸に大きなしこりを残していた。


 パスカの口ぶりから、漠然と浮かんでくるものがある。

 荷物を紋様へ収める方法は、あくまでも興味を引くための一例に過ぎない。同等、あるいはそれ以上の何かを、彼女は隠し持っている気がした。


 それを尋ねたところで、きっと答えない。

 すでにパスカは、咲弥への餌撒きを終えているからだ。

 咲弥はジェラルドに誘導され、室内の出入口へと進む。


「いつでも連絡してくれたまえ。喜んで、お招きしよう」


 ジェラルドが扉を開くや、パスカの涼やかな声が届いた。

 咲弥は肩越しに、背後を振り返る。


 荒れ果てた室内の中で、パスカはどっしりと椅子に座って構えていた。頬を(ゆる)ませた顔は、どこか勝利を確信している様子にもうかがえる。

 咲弥は改めて、パスカに向き直った。

 そして、なかば諦め半分の気持ちで告げる。


「わかりました。考えがまとまり次第、ご連絡します」

「ああ。待っているよ」

「それでは、失礼します」


 簡易的な帝国式の敬礼を送り、咲弥は研究所を後にする。

 しばらくしてから、ジェラルドが忠告してきた。


「咲弥殿。どうか、お気をつけください。普段はああやって剽軽者(ひょうきんもの)を演じているため、誤解されがちですが――あの女、相当な切れ者ですから」

「ははは……そんな印象は、確かにありましたね」

「今はもう研究職に身を置いていますが――軍学校を首席で卒業後、しばらく軍の参謀を務めていました。()()が出した功績は、正直ばかにできないほどです」


 ジェラルドへの態度を含め、ぼんやりと相関図が見えた。

 咲弥は頭に思い浮かんだ疑問を、そのまま投げる。


「そんな方が……なぜ、研究職に……?」


 ジェラルドは答えない。言いづらそうに顔を(ゆが)めている。

 重い沈黙を経てから、ジェラルドは口を開いた。


「誰でもできる参謀より、自分にしかできない可能性を追い求めたいと、駄々(だだ)をこねまして……止めようとしたときにはもう遅く、文句がつけられない者を参謀に据え置き、自分の在籍を研究所のほうへ移し替えていました」


 ジェラルドは、げっそりとしたため息を吐いた。

 この帝国の中枢(ちゅうすう)とも呼べる場所で、そこまで自由気ままに動ける人物は、おそらくそう多くはない。ジェラルドからの助言を、咲弥は素直に呑み込んでおく。

 ただ問題は、咲弥の頭脳では対処しきれないことだった。


 これまでも頭の出来が違う人とは、多く巡り会ってきた。

 そのたびに、いつもわりを食わされている気がする。

 咲弥は心の中で、ジェラルドと同等のため息をつく。


「はい、次ぃ! 素振(すぶ)り千回! 一人でも遅れた場合、もう五百回を追加する!」

「了解しました!」


 了承の合図が無数に重なり、少しけたたましく聞こえた。

 咲弥は目で探り、声がしたほうを見る。

 どうやら軍人が、整えられた草地で鍛錬(たんれん)しているようだ。


 やや遠めに見ているためか、状況がよくわかる。

 剣を振り上げてから振り下ろすまでの間隔が、全員寸分の狂いもない。あまりに機械じみた素振(すぶ)りは、見ていてとても清々しい気分にさせた。


(やっている側は、絶対大変だよなぁ……)


 そんな感想を抱いていると、ジェラルドが(つぶや)いた。


「そうか……今はシルヴィアが担当だったか……」


 ジェラルドは立ち止まり、大広場のほうを眺めていた。

 ジェラルドの青い瞳が、不意に咲弥へと向けられる。


「咲弥殿の主な武器は、爪――で、間違いありませんか?」

「え、あ、はい……逆に、それ以外の武器を扱った経験が、ほぼありません」

「そうですか……」


 ジェラルドは(あご)をつまみ、虚空を見上げた。

 妙な間が置かれ、咲弥は首を(ひね)る。


「いえ……ただ待つだけというのも、退屈かと思いまして。今あそこで指導しているシルヴィアは、咲弥殿と同じ爪術(そうじゅつ)の使い手なのですよ」

「えっ! そうなんですかっ?」

「咲弥殿は、冒険者。ゆえに、ここで体を(なま)らせるわけにはいかないでしょう。ですから、同じ武具を扱うシルヴィアを相手に訓練されては……と、思いまして」


 帝国紋章学研究所と同じくらい、咲弥は興味を引かれた。

 爪を武器として扱う者とは、案外あまり出会わない。

 だいたいが短剣、剣、槍、弓の四つが主流だからだ。

 咲弥は悩み、ジェラルドに尋ねる。


「でも、よろしいんでしょうか……? 軍の訓練もしっかりやってらっしゃるのに、一介の冒険者でしかない僕なんかの相手をしてもらっても……」


 ジェラルドがくすりと笑った。


「パスカには、方便で言った程度に過ぎませんでしたが――咲弥殿に興味がおありでしたら、本当に軍事訓練に参加してくださっても構いません」

「えっ……!」

「日々同じ顔触れでは、飽きも生じましょう。他国の賓客(ひんきゃく)が参加するともなれば、みな恥をかかぬよう一層奮起するかもしれません」

「えぇええ……!」


 ジェラルドは大きく笑い、手で誘導を(うなが)してきた。


「それはさておき、まずはシルヴィアを紹介しましょう」

「あ、はい! よろしくお願いします!」


 ジェラルドに連れられ、咲弥は訓練場へと向かった。

 遠くでは聞こえなかった音も、近づくにつれ響いてくる。


 剣が虚空を斬る音、地を踏み締める足の音――

 音以外にも、とても張り詰めた雰囲気が肌で感じ取れた。

 息が詰まりそうな空気が、この辺りにひどく漂っている。


 数えきれないほど大勢の軍人を指導しているのは、褐色の肌をした銀髪の女だった。彼女もまた軍人だからか、どこか(いさ)ましい顔つきに見える。

 だが、その容姿は妖艶な美女――そんな言葉がよく似あう人であった。


 まだ距離はある。しかしシルヴィアの綺麗な顔が、不意に咲弥達のほうへ向いた。どうやら気配から、こちらの存在に気づいたらしい。

 シルヴィアは小首を(かし)げたあと、再び顔を前に戻した。


「全体、一時停止!」


 シルヴィアの号令に、全員の動きがぴたりと止まる。

 一呼吸程度の間を置き、まずシルヴィアが帝国式の敬礼を咲弥達側へ送ってきた。すると今度は、訓練していた者達が一斉(いっせい)に敬礼の姿勢へと変化する。

 (すさ)まじい光景に、咲弥は感動と恐怖を同時に覚えた。


 忘れていたわけではない。ただ、改めて認識が強まる。

 帝国軍第二大将軍といった階級を持ち、さらに皇帝陛下の(そば)に立つことが許された人物――ジェラルドの存在は、軍の訓練を中止させるほどなのだ。


 そんなジェラルドと並び、咲弥はシルヴィアの前に立つ。

 シルヴィアはやや硬い面持ちで、力強い声を(つむ)いだ。


「第二大将軍ジェラルド様――ご多忙の中お越しくださり、大変恐縮でございます。本日はどのような御用で、訓練場を訪れくださったのでしょうか?」

「ああ、構わない。訓練自体は続けてくれ」

「はっ……! 了解しました」


 シルヴィアは素早く、軍人達を振り返った。


「再開!」

「はっ――!」


 了承の合図が重なり、爆音にも等しい響きをもたらした。

 再び剣を振る音と、地を踏み締める音が鳴り渡る。

 シルヴィアは少し見届けてから、また咲弥達を向いた。


「ジェラルド様、如何(いかが)されましたか?」


 シルヴィアの翡翠色をした瞳には、困惑が宿っている。

 ジェラルドが案内するような手振りで、咲弥を示した。


「紹介しよう。こちらはレイストリア王国の冒険者、咲弥殿――少々込み入った事情から、帝国がお招きした御仁(ごじん)だ」

「お初にお目にかかります。帝国軍第一千人隊長を務める、シルヴィアと申します。どうか、お見知りおきください」


 帝国式の敬礼をもって、シルヴィアが自己紹介してきた。

 咲弥もやや(あわ)てながら、帝国式の敬礼で応じる。


「あっ、えっと……初めまして。よろしくお願いします」

「咲弥殿は、しばらく帝国城に留まる予定だ。その間、体を(なま)らせるわけにもいかない。聞けば、彼は爪術の使い手だ。シルヴィア――君もそうだろう?」


 シルヴィアは目を開き、はっとした表情を見せる。

 それから微笑を(たた)え、彼女はゆっくりと首を縦に振った。


「心得ました。身に余る大役ですが……お受け致します」

「ああ」


 ジェラルドが微笑み、鷹揚(おうよう)(うなず)いた。

 咲弥は固唾を呑んで、なりゆきを見守る。

 シルヴィアが手のひらを、ひらりと虚空に漂わせた。


「それでは、咲弥様――こちらのほうへ」

「え? あ、はい」


 咲弥が返事をするや、シルヴィアは颯爽(さっそう)と歩きだした。

 どんな訓練を施されるのか、予想すらもつかない。


 咲弥は緊張しながら、とりあえず誘導に従って進む。

 少しでも何かで気分を(やわ)らげたいと思い、咲弥は前を歩くシルヴィアの観察を始めた。まず彼女の腰でゆらゆらと揺れ動く、二つの鉤爪(かぎづめ)へと視線が移る。


 片方につき四本ある細長い刃物は、まるで鎌と刀の融合を思わせる形状をしていた。現状は刃の部分にはめ込む形で、連なった金属製の(さや)(かぶ)せられている。

 材質や装飾から、結構値が張りそうな気配が漂っていた。


 シルヴィアが不意に足を止め、咲弥側を振り返る。

 場所自体に、移り変わりはほとんどない。

 鉤爪を腰から取り外しつつ、シルヴィアは言った。


「それでは、こちらで試し合いをさせていただきます」


 咲弥の緊張感が一気に高まった。

 まさか対人戦をするとは、まったく考えていない。

 咲弥はひどく戸惑い、シルヴィアに問い返した。


「た、試し合い……ですか?」

「はい。一度、咲弥様の実力をお見せください。どういった訓練が効果的なのか判断するため、任を授かった私が、直接お相手させていただきたく存じます」


 シルヴィアは述べながら、得物を手に装着した。

 黒白とは、また異なった威圧感を放っている。

 事情は理解した。確かに、実力が不明のままでは難しい。

 咲弥は呼吸を整え、次第に覚悟を決めていく。


「……了解しました。それでは、僕も武器を装着します」


 咲弥は右手を少し(かか)げ、虚空に空色の紋様を描いた。

 やや茫然とした表情のシルヴィアを眺め、咲弥は唱える。


「おいで、黒白」


 空色の紋様が砕け散り、両腕が淡い光に覆われていく。

 眩しい光が弾け飛んだ瞬間、右手に漆黒の籠手、左手には純白の籠手が装着した状態で出現した。籠手へとオドを少し流し込み、黒白を解放する。

 光沢感のあるモヤが、瞬間的な速さで両腕を呑み込む。


 右手は黒と赤が交じる、悪魔を連想する獣の手に――

 左手は白と金が交じる、どこか神々しい獣の手に――


「……っ! 生命の宿る――宝具所持者?」


 シルヴィアは目を丸くして、ジェラルドへと顔を向けた。

 ジェラルドは、少し離れた位置にいる。

 腕を組んだ姿勢で、ジェラルドはにやりとしていた。


 表情を硬くしたシルヴィアが、咲弥のほうへ向き直る。

 それから足を適度に開き、両腕を垂らした構えを取った。


「咲弥様。お手合せのほど、よろしくお願い致します」

「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 つかの間の沈黙を経て、ジェラルドの太い声が放たれた。


「――始めぇっ!」


 開始の合図が響くや、シルヴィアが先んじて動く。

 ふわりとした動作は、まるで風に流される煙を思わせた。

 咲弥は視界全体を漠然と(とら)え、彼女の行動を予想する。


(どう来るんだろう……)


 思考を働かせつつ、咲弥もシルヴィアとの距離を詰める。

 しなやかで軽やかな動きから、おそらく素早さを活かして攪乱(かくらん)するタイプだと(にら)んだ。そうだとすれば、まずは防御に(てっ)したほうがいい。


 下手な攻撃に出れば、返り討ちに合う可能性がある。

 少なくとも、軍人の指導を任されるほどの人物なのだ。

 全力で対応しなければ、何もできず終わるに違いない。

 咲弥は気を引き締める。目に全神経を集中させた。


「ふむ……」


 そんな(うな)り声が、かすかに耳に届いた。

 シルヴィアの姿が、ふわりと消える。

 注意していた。それなのに、彼女の姿を見失ってしまう。


 咲弥はとっさに、オドの気配を探った。

 彼女は横にも上にもいない。咲弥の股下を(くぐ)っていた。


(ま、まずっ……!)


 足を斬られる。瞬時にそう判断した。

 頭が下になるようにして、咲弥は力強く跳躍(ちょうやく)する。

 幸い足は斬られずに済んだ。だが、追撃が迫ってくる。

 こうなると、シルヴィアはそう踏んでいたのだろう。


 シルヴィアの鋭い蹴りが、咲弥へめがけて飛んできた。

 右手の甲でいなしたあと、咲弥もここぞと白爪を送る。

 しかし、届きそうにない。

 蹴りによる衝撃で、想像以上に距離が離されたからだ。


 間合いから外れた白爪が、むなしく虚空を()いだ。

 咲弥は気を取り直し、すぐ地に足をつける。

 わずかに滑ったが、この程度であれば何も問題はない。

 地を力強く踏みつけ、再びシルヴィアとの距離を縮める。


 黒手を大きく開き、斜めに振り下ろした。

 シルヴィアは()けない。弾きすらもしなかった。

 代わりに右腕を鉤爪の隙間に挟み、きつく(ひね)ってくる。


(お、折られ……いや、同時に斬って無力化が狙いかっ?)


 咲弥はなかば無意識に、流れに逆らわず腕を引っこ抜く。

 それ自体は、かろうじてうまく対処ができた。

 ほんの一瞬の隙――咲弥は背筋がぞっとする。


 気づかない間に、シルヴィアの細長い脚が、咲弥の右足に(から)まっていた。それはきっと、女性特有の軟体がもたらせる芸当に違いない。

 咲弥の体が吸い寄せられるかのように、シルヴィアの脚で引っ張り込まれた。


「んなっ……」


 咲弥は瞬時に(さと)る。このままでは、拘束されかねない。

 咲弥は白爪で、すてみの攻めへと転じた。

 今は不格好でも構わない。

 距離を取らなければ、確実にやられる。


「うっ……!」


 白爪に裂かれ、シルヴィアは驚愕している。

 肉体ではなく、精神――オドを削られたからだ。

 咲弥は思考を改めた。

 距離を置けば、相手が逆に冷静を取り戻す時間になる。

 好機は(のが)せない。即座に攻撃に打ってでた。


(えぇえ……)


 やはり相手は、戦闘のプロなのだと思い知らされる。

 未知への硬直など、まばたき程度のものでしかない。

 すでにシルヴィアは、戦闘態勢を整え直している。

 咲弥は判断を誤った。とはいえ、もう後には引けない。


(やるしか、ない!)


 咲弥はさらに奥の手、黒白を振りながら爪を伸ばした。

 突然の変化に、シルヴィアの目が大きく見開かれていく。

 今度ばかりはいける――そのときであった。


「そこまで!」


 野太い停止の合図に、咲弥の体はびくりと硬直した。

 辺りは、しんと静まりかえっている。

 咲弥は呼吸すらも忘れていた。


 確かに咲弥の爪は、シルヴィアに届く直前ではある。

 だがシルヴィアの爪もまた、咲弥の腹を裂く寸前だった。

 正確に状況の把握をした途端、嫌な冷や汗をどっとかく。


「まるで野良犬みたい。いえ……傭兵仕込みかしら、ね?」


 シルヴィアが鮮烈なほど、妖しい笑みを口もとに(たた)える。

 咲弥は、ほんの少し――

 本当に極わずかに、シルヴィアの素を垣間見(かいまみ)た気がした。




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